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第35話:宣戦布告

――白月の間――


「……これが、昨日の御前会議で俺が見たガスポール先生の姿だ」


 低く響いたシシンの声に、“白月の間”は息を呑んだように静まり返った。

 早期解放に反対する声が圧倒的だった中、ただ一人、ヒヨリの解放を訴え続けたガスポール――その姿が脳裏に蘇り、全員の胸に重く、言葉にならない感情が沈んでいった。


 やがて沈黙を破るように、シシンが静かに口を開く。


「ミロの記憶によれば、ヒヨリは今、先生を信頼していないようだが、おそらく何らかの誤解があるだけだ。俺たち自身も先生に疑念を抱いていたわけだしな……。

 だが、御前会議で見た先生は、間違いなく信用に足る人物だった」


 短い沈黙の後、数人が小さく頷いた。

 その空気を確認するように、シシンは目を伏せ、ひとつ深く息を吸う。


「……だが」


 一言で場の温度が下がった。


「昨日の御前会議を通して分かったのは、

 “ヒヨリを解放したくない勢力”が確かに存在するということだ。

 そして重要なのは……あの会議の後、ミロが考案した“ヒヨリ解放のための策”が、正式に承認されていたという事実だ」


 ざわり、と空気が揺れる。

 シシンはその反応を見据え、声をさらに低く落とした。


「もし襲撃がなければ、

 あの策はまもなく実行され、ヒヨリは自由になるはずだったんだ」


 重く鋭い視線が、円卓に座る仲間たちをゆっくりと見渡す。

 沈黙が張り詰め、空気がわずかに震えた。


「ミロの策が承認されたこと。

 そして――その直後に、ミロが襲撃されたこと。

 この二つを繋げば、導かれる答えはひとつだ」


 一拍の沈黙。

 シシンの声が鋼のように硬く響いた。


「御前会議の出席者の中に――

 “ヒヨリ解放を阻止するため、ミロを襲撃した者がいる”」


 一同に緊張が走る。


 空気が凍りつく中、それまで黙っていたテオが小さく呟いた。


「……ま、まだ……殺しは続くってことか」


 “白月の間”の全員が一斉にテオへ視線を向けた。

 テオは自分の言葉に気づき、怯えたように肩をすくめる。


「あ……、ま、またやっちゃった? ご、ごめん……」


 テオは慌てて視線を落とし、両手をぎゅっと握りしめた。

 マイペースで空気を読むのが苦手な彼は、話の流れを止めてしまったのではと、心の中で小さく身を縮こまらせる。


 だが、その肩にふと優しい声がかかった。


「やってないやってない。大丈夫だ、テオ」


 イオだった。


 同じ“イチゴセン”に所属し、誰よりもテオを理解している仲間だ。

 穏やかで包み込むような声に、張り詰めた空気がほんの少しだけ緩む。


「みんな、お前の考えを聞きたいんだ。……話してくれないか?」


 テオは驚いたように顔を上げ、イオを見つめる。

 その瞳に浮かぶ真っ直ぐな信頼が、少しだけ勇気をくれたようだった。


「……う、うん。あのね」


 言葉を選びながら、テオはゆっくりと口を開く。


「ヒヨリちゃんが拘束されてる間にしか……できないってことなんだよ。

 だ、だから――殺しは、まだ終わらないって……そう思っただけ」


 戸惑いの空気が広がった。

 “白月の間”が息を潜めたように静まり返る。


 やがてイオが柔らかく問い返した。


「……ん? つまり、どういうことだ?」


 テオは焦りながら、懸命に言葉を探す。


「ええっ……?

 だ、だから、相手はきっと、『ヒヨリちゃんが拘束されてる間』にしか目的を果たせないんだよ……ち、ちがうの?」


 静寂の中で、シシンが小さく頷いた。


「……なるほどな。理解した。

 敵にとって、ヒヨリが動けない間こそが最大の好機。――つまり、テオが言いたいのは“ヒヨリが拘束されてから最初に起きた事件”こそが敵の目的であり、俺たちが真っ先に注目すべき鍵だということだな」


 テオは嬉しそうに小さく何度も頷いた。

 シシンは頷きを返しながら、冷静に言葉を重ねる。


「つまり、俺たちは“ミロ襲撃”にばかり気を取られていたが、あれはヒヨリの早期解放を阻止するための妨害工作に過ぎない。

 敵の本当の狙いは――ダイタ殺害事件のほうにあったんだ。

 そして、ダイタ殺害の後に妨害工作が行われたということは、敵の目的はまだ達成されていない。……言い換えれば、これからも王血部隊を狙った殺害が続く可能性が高いということだ」


 テオがこくりと頷くのを見て、イオが明るく笑いながらテオの肩を軽く小突く。


「おいおいテオ、ちっきしょー……あったまいいなお前!」


 照れたように顔をそらしたテオは、頬を赤らめながらも笑みをこぼした。


「や、やめてよ……」


 “白月の間”に、一瞬だけ柔らかな空気が流れる。

 重苦しい会議の中で、久しぶりに感じた温度だった。


 ――だが。


 その中で、シシンだけは表情を変えなかった。

 眉間に深い皺を寄せ、何かを反芻するように黙り込んでいる。


 それに気づいたモンドが低く声をかけた。


「シシン……どうした? 何か引っかかってるのか?」


 シシンは短く息を吐き、眼鏡の奥の瞳が静かに光る。


「……いや、メモリア・ロードを通じて見た“あの記憶”の中で――

 『……マン様』と呼ばれる声があったことを思い出してな」


 その言葉に、モンドがわずかに目を細める。


「“マン様”……。つまり、その呼び名が示すのは――

 御前会議に出席していた“五家ファイブマン”の誰か、ということか」


 “白月の間”の空気が再び張り詰めた。

 わずかに震える燭台の火が、沈黙の重みを際立たせる。


 シシンは鋭い視線で、ゆっくりと一同を見渡した。

 その眼差しは迷いを知らなかった。


「そうだとすれば――そいつは、俺たち“イチニセン”が御前会議の警護に当たっていると知りながら、堂々とヒヨリの拘束継続を主張したことになる」


 低く、鋭い声が空気を切り裂く。


「そして、それが受け入れられぬと見るや、強引な手でミロを排除した」


 シシンの声が一段低くなり、言葉が鋼のように重く落ちる。


「テオの言った通り、奴らの本当の狙いが――

 ヒヨリを拘束したまま王血部隊の抹殺を続けることにあるのなら……」


 言葉が一瞬止まる。

 次に口を開いたとき、その声は静かに、しかし確かに怒気を帯びていた。


「……もはやこれは“事件”などという生易しいものじゃない。

 我々王血部隊に対する――明確な、宣戦布告だ」


 その一言を境に、空気が音を立てて凍りついた。

 誰も息をしない。

 “白月の間”を満たす沈黙が、重く、鋭く、全員の胸を締めつけていた。


 ――だが、次の瞬間。


 その静寂を切り裂くように、レオが低く笑った。


「ハッ……“ファイブマン”のどいつが相手か知らねぇが――

 ようやく面白くなってきたじゃねぇか」


 薄く口角を上げ、椅子の背に身を預けながら続ける。


「こんなもん、魔女との前哨戦にもなりゃしねぇ。

 俺たち王血部隊を敵に回したこと、嫌ってほど後悔させてやるよ」


 その血気を制するように、フウコが冷ややかな声を差し挟んだ。


「レオ、軽口は慎みなさい。敵の背後に“魔女”がいる可能性だってあるのよ。

 まずは――犯人を特定するのが先決だわ」


 レオは舌打ちをし、腕を組んだ。


「チッ、分かってるっつーの。いちいちうるせぇな、フウコ。

 ……まあでも、ガブリエウが監視対象になってるってことは、どう考えても怪しいのは第一貴族・テックマン家ってことになるんだろうがな」


 その言葉を受け、シシンが静かに口を開く。


「その可能性は否定しない。

 だが、昨日の御前会議でテックマン家当主――エドワードは一言も発していない。ヒヨリの拘束継続を強く主張したのはゼーマン、フリードマン、ワイズマンの三家だ。……とはいえ、それも状況証拠にすぎない。決めつけは禁物だ」


 フウコがわずかに眉を寄せ、不安げにシシンを見つめた。


「でも、シシン……。

 ミロが『メモリア・ロード・シシン』と叫んでいたのなら、敵もあなたにミロの記憶が移ったことを知ってるはずよ。あなた自身が一番狙われる立場にあるのかもしれないわ」


 だが、シシンの表情は微動だにしなかった。


「記憶の移動に気づかれている可能性はある。

 だが、奴らは魔力を帯びた仮面で顔を覆っていた。

 俺がミロの記憶を持っていたとしても、それだけで正体を突き止められるとは思っていないだろう」


 そして、静かに息を吐く。


「それに――標的が王血部隊そのものなら、

 いずれにせよ戦闘部隊である甲種――その部隊長の俺が最優先ターゲットになるのは必然だ。備えて迎えるまでだ」


 シシンは改めて一同を見渡し、目に宿る覚悟が一段と強くなるのを感じさせた。


「さて、情報の精査はここまでだ。これより新たな行動方針を定める。

 王血部隊として、これ以上の犠牲は断じて許さない。

 よって我らは攻守両面で積極的に打って出る。……異論のある者はあるか?」


 “白月の間”の空気が一変する。


 どのような事態にも動じることなく、冷静に最善手を打ち続ける――それこそがシシンの強さであり、仲間たちが彼に絶対の信頼を寄せる理由だった。


 甲種・一期生は皆、決意を示す頷きを返す。反対する者はいない。


 シシンは落ち着いた声で方針を述べる。


「まず“守”だ。

 一期生と二期生を合わせた二十一名を三班に分け、

 二十四時間体制で交代しつつ要所を固める。隙を見せる余地は与えない」


「次に“攻”だが、これは一期生のみで行う。

 正体の掴めぬ相手に対し、決定打を放つ方法は、これ以外にない。それは――」


 シシンは眼鏡を軽く押し上げ、静かに息を吐いて言い切った。


「ヒヨリを取り戻す!」


 その一言が、“白月の間”を貫いた。

 間髪を入れず、シシンはさらに言葉を叩き込む。


「ミロが考案した作戦を、俺たち自身の手で実行に移す!」


 抑えきれぬ昂揚の声が一斉に上がった。

 歓声にも似た短い叫びが重なり合い、部屋は燃えるような闘志で満たされていった。




第2章終了です!

次章からヒカル視点に戻り、物語は“大きな戦い”へ向けて加速していきます。

もし気に入っていただけたら、ブックマークや評価など頂けると励みになります。

引き続きよろしくお願いします。



そして……個人的にコウゲツのことが好きすぎて、

コウゲツが主人公の短編

『社交辞令を見抜く魔法を作らないのなら、転移者なんてもう召喚しない!』

を作成し、公開しました。


本編の前日譚にもなっていますので、

もしよろしければそちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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