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第33話:甲種・一期生たちの密議

 ――現場は、静まり返っていた。


 ミロが倒れたはずの場所には、

 乾ききらぬ血痕が点々と残り、その他には何一つ痕跡がない。


 白々とした朝の光が差し込み、シシンは無意識に目を細めた。


「……遅かったな」


 隣でカイエンが吐き捨てる。

 モンドは無言のまま、握り締めた拳をわずかに震わせていた。


 “メモリア・ロード”で見た記憶が幻でないことは、これで証明された。

 だが肝心の襲撃者は、まるで煙のように跡形もなく消えていた。





 その日の午前。

 王血館一階の共用室――“白月の間”。


 重厚な扉が閉じられ、十四人の甲種・一期生が沈黙のまま席につく。

 張り詰めた空気が、部屋の隅々まで満ちていた。


 これまでは、ヒヨリの独断専行も「王国のためになるのなら」と黙認してきた。

 だが――拘束され、死刑に問われている今は違う。

 その一線はとうに越えていた。


 「王家がヒヨリを処刑するはずがない」――誰もがそう信じてはいる。

 それでも、最悪を想定せずにはいられない。

 行動を起こさねば、取り返しのつかない結末を迎える可能性がある。


 だからこそ、ヒヨリが拘束されてからというもの、彼らだけの秘密会議は幾度となく繰り返され――そして今日もまた、こうして集まっていた。


 ヒヨリの処刑が迫る兆候を察したなら、必ず阻止する。手段は選ばない。

 その決意は全員で共有されていた。

 責任は一期生のみで負う。二期生も三期生も巻き込まない。


 中央に立つシシンは、握っていた拳の力をゆっくりと解いた。

 禁忌魔法“メモリア・ロード”を通じてミロから得た情報を、今しがたすべて仲間に伝え終えたのだ。


「……ミロからの情報は以上だ」


 その一言が、白月の間に重く響く。

 シシンは軽く眼鏡を押し上げ、わずかな沈黙を置いてから、はっきりと告げた。


「――これより、戦略会議を始める!」


 その言葉を合図に、真っ先に口を開いたのはモンドだった。


「新しく得た情報が多すぎる。まずはその精査が重要だろう。

 当然、過去に我々が掴んでいた情報も洗い直す必要がある。“メモリア・ロード”で得られた記憶と照らし合わせれば、新たな意味が見えてくる可能性があるからな」


 低く落ち着いた声が、部屋の空気をさらに引き締める。


「モンドの言う通りだ」


 その言葉を受け、カイエンが勢いよく前に出る。


「だが、短期間で王血部隊の仲間が次々と戦力外に追い込まれている現実を放置するわけにはいかない。すなわち――ハルナ、ヒヨリ、ダイタ、ミロのことだ」


 口癖の「すなわち」が響くたび、矢継ぎ早に畳みかけるその勢いは、

 まるでマシンガンの連射のように会議室を震わせる。


「すなわち――『俺たちはこれまで受け身の姿勢を続けてきたが、攻勢に転じるべきかどうか』……そこが最大の焦点になるだろう」


 シシンは二人の顔を見やり、静かに頷いた。


「……モンド、カイエン。貴様らの言うとおりだ」


 そして、場を導くように言葉を続ける。


「まずは情報の精査だ。

 『未来が見える』というヒヨリの力についてだが、ミロの記憶を追った限り、信じざるを得ないと判断する。異論がある者はあるか?」


 真っ先に反応したのはフウコだった。


「信じがたい話ではあるけれど……

 これまでのヒヨリの行動を振り返れば、むしろ辻褄が合うことの方が多いわ。

 ミロの記憶を辿ったあなた自身が『信用できる』と感じたのなら、もうそれが結論でしょう?」


 フウコはそこで一度言葉を切り、静かに告げた。


「――そして同時に、

 これは“予言されていた光属性が実在する”ことの証明でもあるわ。

 その持ち主こそ、ヒヨリだったのよ」


 “白月の間”に、静かなざわめきが広がった。

 誰一人声を上げない。だがその空気は、確かな賛同を示していた。


 ヒヨリは数々の事件を解決し、英雄勲章を授けられるほどの功績を残してきた。

 だが裏を返せば――なぜか常に事件の現場に居合わせてきたということでもある。


 「都合が良すぎる」


 そう眉をひそめたのはパオタロだけではなかった。

 他の者たちも、心のどこかで同じ疑念を抱いていたのだ。


 フウコは視線を巡らせ、皆の反応を確かめると、静かに続けた。


「でも、問題はここからよね。

 私たちはこれまで、ヒヨリの行動を“王家やガスポール先生の密命”と考えてきた。

 だからこそ、ヒヨリの独断専行も許してきた。けれど――」


 黄緑の長い髪をかき上げ、フウコは眉をひそめる。


「もしヒヨリ自身が『未来を見て』行動していたのなら、今の状況を王家や先生はどう見ているのかしら?

 特に――ガブリエウを『要注意人物』と認定しておきながら、二期生クラスに組み込んだ件。あれだけは全く理解に苦しむわ」


 鋭い言葉に、“白月の間”が凍りつく。

 誰一人として返答できず、沈黙が静かな水面のように広がった。


 やがて、その沈黙に波紋を投げかけるように、シスイが柔らかな笑みを浮かべる。


「あらフウコ……

 今の『理解に苦しむ』という言葉、あなたにしてはとても良いじゃない?

 今回の会議では、それをキーワードにするのが賢明というものでしょうね」


 フウコは目を細め、探るようにシスイを見つめた。


「あなた、相変わらず回りくどいわね。さっさと結論から言いなさい」


 シスイは肩をすくめて小さく笑う。


「あら、申し訳なくてよ。

 つまり――『理解に苦しむ』と感じる事象は、すべてヒヨリの力に繋がっているのよ。

 未来視そのものが常識では理解し難いのだから、それによって引き起こされる現象もまた同様――そう考えるべきではなくて?」


 シスイの言葉に、“白月の間”の空気がわずかに揺れた。

 その揺らぎに、真っ先に反応したのはヒヨリが所属していた“イチイセン”の双子――ユラとサラだった。


「そっかー」

「そっかー」


 ぴたりと重なる声。そこからは、いつもの双子らしい軽快な掛け合いが始まる。


「えっと、ガブリエウ君が悪さをする未来をヒヨリちゃんが見て~」


 ユラが満面の笑みを浮かべ、人差し指を立てると、サラもすかさず同じポーズで応える。


「それをガスポール先生や王家に伝えたから、

 ガブリエウ君は『要注意人物』に認定された……」


 そして、二人が同時に揃えて言う。


「――ってことだよねっ!」

「――ってことだよねっ!」


 会議室の空気がわずかに和らぐ。

 けれどユラはすぐに首をかしげ、顎に指を当てたまま、むーっと唸った。


「じゃあ、なんでガブリエウ君を甲種・二期生クラスに加えたのかなー?」


 サラも同じように小首を傾げ、困った表情を見せる。


「理解に苦しむ~」


 ユラは頬を膨らませて抗議する。


「あっ、そのキーワード、私が言いたかったのにー!」


 サラが苦笑して答えた。


「えへへー。ごめんね、ユラちゃん」


 ユラはすぐに両手を広げ、温かい笑顔を向ける。


「あ、全然いいよ、いいよ!」


 二人の掛け合いがひと段落したところで、シシンが静かな声で場を引き締めた。


「……おそらく、ガブリエウは単独犯ではなかった。

 彼をあえて甲種・二期生クラスに加え、実質的に王血部隊の監視下に置くことで、敵側の動きを制限し、戦力を分断する狙いがあったに違いない。

 ――これはガスポール先生の戦略だろう」


 的確な分析に、数人が小さくうなずく。納得の色が“白月の間”に広がった。


 その空気を切るように、レオが勢いよく声を上げた。


「なるほどな! シスイのおかげで謎があっさり解けたじゃねぇか!

 ――ってことはだ、ヒヨリが死刑を受け入れてまで修道院を襲撃した理由は……」


 言葉を詰まらせ、拳を握りしめる。舌打ちが重苦しい沈黙に響いた。


「ちっ! それ以上の、とんでもねぇことが起きてたってわけか!」


 シシンは静かに頷き、冷静な声で続ける。


「ヒヨリは、何らかの理由でハルナを見捨てるという決断を下した。

 その彼女が選んだ判断だ。

 ――つまり、ハルナを失う以上に重大で、もっと深刻な未来が迫っていた。

 その破滅を阻止するために修道院を襲撃したと考えるのが妥当だろう」


 レオは歯を食いしばり、悔しげに吐き捨てた。


「……絶対に口を割らねぇのはわかってる。

 だがよ、ヒヨリが全部話してくれりゃ話が早ぇのによ! ……ちくしょう!

 それで結局、ガスポール先生は信じていいのか? 敵は一体、誰なんだよ!」


 “白月の間”の空気がさらに沈む。

 その中でシシンは一拍置き、皆の視線を受け止めてから低く告げた。


「――それについては、昨日の御前会議で俺が目にした光景と関係がある」


 静寂を破るように、シシンはゆっくりと口を開き、昨日の御前会議での出来事を語り始めた。


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