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第29話:ヒヨリぼっち

――拘置所・独房――


「私はずっと“ヒヨリぼっち”なんだよ……」


 そう口にした瞬間、胸の奥で小さなざわめきが生まれた。


 ……まるで、何か大切な存在を忘れているみたいに。


 すぐに首を振る。違う、そんなはずはない。

 だって、あのときも私は独りだった。


 ハルナちゃんを失った、あのときも――。


 胸の奥がきゅっと縮み、彼女の姿が脳裏ににじむ。





 彼女には、自分こそが光属性であり、新魔法を生み出せる選ばれし者だという、揺るぎない信念があった。

 そして、その力を証明しようとして――“魔女の嫉妬”に呑み込まれた。


 そんなハルナちゃんをどうにか救いたくて、私は何度も過去へ戻った。

 数え切れないほど、同じ時間を繰り返した。


 けれど戻るたびに、なぜか巻き戻せる時間が削られていった。


 本来この力には、

 “知る人や疑う人が増えるほど、戻せる時間が短くなる”

 という欠陥がある。


 だけど、この能力のことは誰にも話していないし、見られたはずもなかった。


 ――なのに、どうして?


 原因はパオタロ君だった。

 時間を巻き戻すたび、潜伏して私を監視し続けていた彼の視線が、

 私の力をじわじわと削り取っていたのだ。


 気づいたときには、もう遅かった。

 最初は数日分戻れていたはずの力が、半日すら巻き戻せなくなっていた。

 このままでは、いつか時間を戻せなくなる――。


 ガスポール先生は苦渋の決断を下した。


「このままでは魔女との戦いを迎える前に、

 ヒヨリ君の能力を失ってしまうかもしれんからの……

 ハルナ君を諦めるほかない」


 冷たく響いた。

 けれど同時に、それが最も合理的だということも頭ではわかっていた。

 感情を切り捨て、目的を優先しなければ、もっと多くの犠牲が出てしまう――

 だから私は従うしかなかった。


 でも、ただ諦めるわけにはいかない。

 私は代わりに、ガスポール先生に提案した。


「ハルナちゃんが消える瞬間を属性検出装置で記録させてください。

 この機会を利用して、“魔女の嫉妬”がどうして起きるのか、

 その仕組みを解明したいんです」


 こうして私は、ハルナちゃんに発生する“魔女の嫉妬”の魔力成分を収集する役を引き受けた。


 ――それなのに……。


 その報いは、すぐに訪れた。





――軍令府近くの森の中――


 その姿を一期生の仲間たちに見られてしまったのだ。


 新魔法を使おうとするハルナちゃんをなぜ止めなかったのか、

 彼女が消えるときに何をやっていたのか――

 私の説明は通らず、同期たちの視線は強い疑念となっていた。


「結局、あなたは……私たちを裏切っていた、ってことよね?」


 フウコちゃんの思いがけない言葉に、胸の奥から突き放されるような孤独を覚えた。


 ――私には味方なんて、やっぱりどこにもいない……。


 “時間を戻す能力”――光属性を宿す者が背負う宿命。

 その重さを改めて突きつけられ、思わず目を伏せた――その時だった。


 シシン君が、静かに語り始めた。


「……あれは去年、俺たちが“属性解放の儀”を終えた直後のことだ」


 その声音には、どうしようもない痛みが滲んでいるように聞こえた。

 私は自然と目を伏せ、耳を傾けるしかなかった。


「俺たち“イチニセン”は、ヒヨリに真実を吐かせようとした。

 ヒヨリが隠している矛盾や秘密が、この先、王血部隊にとって致命的な問題になると考えたからだ。

 ――今のお前たちと同じようにな」


 言葉と同時に、場の空気がわずかに張りつめる。


「俺たちは未熟だった。

 ヒヨリが一人になるのを狙い、一斉に襲いかかったが、あっけなく返り討ちにされた。

 それでも諦めきれず、俺は魔法で拘束しようとした。

 だが焦って発動した鉄鎖は、高温で溶けただれた“失敗作”になってしまった」


「その“失敗作”は、よりによってモンドの頭上……わずか十センチの位置に現れた。

 恐怖で体が凍りつき、俺たちは誰一人動けなかった」


 シシン君の指先がわずかに震えているように見えた。


「――だが、ヒヨリだけは違った。

 顔面蒼白のまま迷いもなく駆け出し、巨体のモンドを突き飛ばしたんだ。

 二人はかろうじて避けたが、床に落ちた“失敗作”の一部が跳ね返り、ヒヨリの首に付着してしまった」


 シシン君は言葉を一瞬失い、呼吸を整えるように唇を噛んだ。


「そのときの悲鳴は、今でも耳から離れない。

 俺は慌てて魔法を解き、水で冷やしたが……皮膚はもう焼けただれていた。

 震えるヒヨリを前に、後悔と自責が胸を締め付けた。

 そして叫ばずにはいられなかった――」


『死にたいのか!! お前を襲った俺たちを……モンドを、なぜ助けた!?』


 重苦しい沈黙のあと、シシン君は続けた。


「その問いに、ヒヨリは震える体を必死に支えながら……それでもはっきり答えたんだ」


『シシン君、モンド君、カイエン君……

 イチニセンの三人は、これから絶対に強くなると思うから……。

 本当にごめんね……私、一人でも欠けたら……魔女さんに勝てる自信がないんだよぉ……』


「その瞬間、俺たちは悟った。

 仲間の信頼を裏切っていたのは、他ならぬ俺たち自身だったと。

 ヒヨリの心に、首の傷よりも深い傷を刻んでしまったのだと」


「だからこそ誓った。

 ヒヨリを守れるだけの力をつけると。

 そして、何があってもヒヨリを信じ抜くと」


「あの日、ヒヨリは命を懸けて俺たちを助けた。

 裏切った相手にまで手を伸ばしたんだ。

 抱えているものをヒヨリが見せたくないのなら、俺はそれで構わない」


「見えていないだけで、ヒヨリは今も俺たちのために戦っている。

 俺は、そう信じている。

 だから皆も――もう少しだけヒヨリを見守ってやってくれないか」


 その言葉のせいか、同期たちの硬い表情がほんの少し和らいだように見えた。

 誰も声を出さないが、否定ではなく戸惑いが空気に混じるのがわかった。


 でも私はもう関係ない。

 独りで進むしかないのだから――と、そう言い聞かせる。


 それに、これもきっと皆を納得させるための方便だ。

 こんな言葉を信じてしまえば、また裏切られたときに立ち直れなくなる。


 それが……怖くてたまらない。


「だがな、ヒヨリ……これだけは言わせてくれ」


 ――もう、やめて。聞きたくない。


 私には、誰にも打ち明けられない役割がある。

 結局、独りで背負い続けるしかないのだ。


「お前が何を抱えて戦っているのか、俺にはわからない。

 だが、お前は独りではない」


 嘘だ。そんなことあるはずがない。


 胸が早鐘を打ち、体が震える。

 拒絶されてきた心が必死に抵抗していた。


 それでもシシン君はためらいなく言った。


「俺たち“イチニセン”は、何があってもお前の味方だ」


 その瞬間、世界の音が遠のいた。

 鼓動だけが鮮やかに響く。


 ドクン……ドクン……ドクン……。


 私は顔を上げ、震える手でチョーカーに触れる。

 まっすぐに向けられたシシン君の瞳。淡い光に照らされたその決意は、静かに揺らぎなく浮かび上がっていた。


 ――私……本当は……もう独りぼっちはいやだよぉ……。


 幼い頃から奥底に押し殺してきた泣き声が、ようやく言葉になって零れ落ちた。


 シシン君の言葉が、凍りついていた心の奥に静かに染み込んでいく。

 必死に拒もうとしても、その温かさはじわじわと広がっていった。


 私は小さく頷いた。


「……ありがとう、シシン君」


 かすれた声がこぼれる。

 涙は止まらない。だけど、気づけば口元がわずかに緩んでいた。


 風が髪を揺らし、頬を伝う涙を撫でていった。


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