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第26話:パオタロの苛立ち

 今朝の食堂で耳にしたシシンの言葉だ。


『昨日、シングウ中央裁判所でヒヨリは一言も口を開かなかった。

 修道院襲撃の容疑を否定せず、

 そこにいた者たちの命を奪ったことを事実上認めた形になっている。

 このままでは、死刑は免れない状況だ――以上がヒヨリに関する最新の報告になる』


 疑問の声が上がってもよかったはずだ。

 あるいは、ヒヨリを信じる言葉が飛び交ってもよかった。


 だが、誰も何も言わない。


 食堂内に広がるのは、ただ張り詰めた静寂だけだった。


 原因は明白だった。

 一期生の先輩たちが放つ、異様な威圧感。


 彼らはまるで「誰も口を開くな」と言わんばかりに表情を硬くし、圧倒的な沈黙を作り出していた。

 その存在だけで場の空気を支配していた。


 その見えない圧に飲み込まれ、

 二期生、三期生は互いに顔を見合わせることしかできなかった。


 誰もが、この場で何かを言うことは許されないのだと、無意識に理解させられていた。


 ――ふざけやがって。

   ヒヨリさんはなぜ沈黙を貫いている?

   先輩たちは何を隠している?


 パオタロの胸に苛立ちが募る。





 そして今――。


 苛立ちを抱えたまま、俺は拳を握りしめていた。

 戦闘訓練場・弐。ニイチセンの班長決定試合が始まっている。


 対戦形式は同じ班内での個人戦――建前はそうだ。

 だが、パルロとパイヤンは最初から息を合わせ、タッグを組んで俺に襲いかかってきている。


 苛立ちを煽るには十分すぎる展開だ。


「パイヤン、何やってんだ!」


 パルロの焦りを含んだ叫び声が響く中、

 俺は抑えきれない衝動に突き動かされるように、右手を勢いよくかざした。


 ――あれもこれも、どれも気に入らねえ。

   なんで、こんなに頭に血が上るんだ……!


 爆炎が巻き上がり、巨大な火球が咆哮を上げてパイヤンを呑み込もうとする。

 だが、その直前に岩のドームが現れて炎を遮った。


 ――ちっ、パルロのドームか。

   どいつもこいつも、俺の神経を逆なでする……!


 拳を握りしめながら、胸を締めつける本当の原因が別にあることを、俺は知っていた。


 ……そうだ。すべては、“あいつ”のせいだ。





 あの日――“属性解放の儀”当日。

 測定役が言葉をつまらせ、玉座の広間に沈黙が落ちていた。


 片膝をついていたヒカルがゆっくりと顔を上げるのが目に入る。

 その動きには、誰の目にもわかるほどの戸惑いと不安が滲んでいた。


「なんじゃ、はっきり申せ!」


 アモン国王が苛立ちを露わに叱咤する。

 測定役は押し出されるようにして、震える声で告げた。


「ヒカル……無、無属性であります!!」


 一瞬で、広間は騒然となった。


 ――は? 無属性だと?

   ……結局、ただの雑魚じゃねえか。


 「使えるかもしれない」と期待しかけていた俺が、馬鹿みたいだ。


 ……だが、本当に雑魚なのか?


 あのスマホは明らかに異世界の物。転移者であることは疑いようがない。

 俺の潜伏を見抜いたのも事実だ。

 ヒヨリさんの件でも、得体の知れない力を振るっていた。


 雑魚と切り捨てたい衝動と、特別さを認めざるを得ない確信。

 その矛盾が胸の奥でぶつかり合い、俺をさらに苛立たせ続けていた。


 エミリも、あの時は唇を噛みしめ、視線を落としたままだった。

 儀式が終わってからも、ヒカルに声をかけることはできなかった。

 誰よりもヒカルを救世主だと信じ、支えてきた世話役のはずなのに――。





 目の前では、俺の業火がパルロのドームを叩き続けていた。


「パイヤン、勝手に諦めんな!

 俺の魔力値でも、パオタロの攻撃をちゃんと防げてるだろ!?」


 必死に励ますパルロの声が響く。

 だが、ドームの側面には深いひびが走り、ぼろぼろと崩れ始めていた。


 もはや時間の問題だ。


 その光景と重なるように、朝の食堂で耳にしたシシンの言葉が頭の奥でよみがえる。


『ヒカルについては、ガスポール先生が調査を続けている。

 ただ、これだけは言っておく。転移者だからといって国を救ってくれるなどという甘い考えは捨てろ。

 俺たち自身で魔女を倒すしかないと思え』


 ……結局、王血部隊の中でヒカルに向けられていた期待は完全に消えた。

 それにエミリも異動させられ、二期生の戦力は落ち込む一方だ。


 このままでは、俺たち――甲種・二期生クラスの存在価値はどうなる。


 先輩たちの補助役に成り下がるのか。

 いや、それどころか、ガブリエウが加わったことで、内部にすら警戒を強いられている。


 ――あの時、あいつは俺の名前を言い当てた。


 ……信用できるはずがない。

 もし奴が動くようなことがあれば……止められるのは、俺しか――。


「キミのドーム、さっきからずっと崩れそうなんだよ!」


 その瞬間、パイヤンの魔力が一気に解放された。


 轟音とともに空間が震え、凶暴な旋風が巻き起こる。

 風そのものが意思を持ったかのように勢いを増し、瞬く間に“岩のドーム”を粉砕。

 砕けた破片が鋭利な刃となって、俺めがけて飛んできた。


 ――……しまっ


 反応できる猶予は一瞬。選べる手段も限られている。


 俺は迷わず、すでに生成していた“業火”に全魔力を注ぎ込んだ。


 暴れ狂う炎が、渦巻く風と無数の岩片を迎え撃つ。

 炎と暴風、砕けた岩の衝突――。

 空間を引き裂く轟音が響き渡り、衝撃波が辺りを揺さぶった。


 そして――両者に同時にポイントが加算される。


 ……積み上げていた差で、勝ちは拾った。

 だが、勝負はギリギリの攻防にまで持ち込まれてしまった。


 ――この俺が……!!


 到底、納得できるはずがない。

 眉間に深いしわが寄り、胸の奥から苛立ちが噴き上がる。


 俺は、これまで溜め込んできた鬱屈をすべてパイヤンにぶつけるように、吐き捨てた。


「パイヤン、お前のその後ろ向きな姿勢が気にいらねえんだよ!」


 まだ炎の残り香が漂う中、俺の声は訓練場に響き渡った。


「俺が勝ったほうがチームのためになる――そんなこと考えてたんだろ。

 でもな、全員が“誰にも負けねえ”って思ってるチームが一番強いんだよ。このタコが」


 言い切った直後、胸の奥を鋭い痛みが突き刺す。


 ――……違う。


 試合中、余計なことばかり考え、糞みたいな戦い方をしたのは他でもない、俺自身だ。

 砕けた岩の破片が旋風とともに襲い掛かってきたあの瞬間が、鮮明によみがえる。


 俺は――パイヤンとパルロの力を見くびっていた。


 深く息を吐き出し、視線を落とす。小さく呟いた。


「……最後の攻撃は悪くなかった」


 それだけ残して舌打ちし、背を向ける。


 いつまでもグダグダ言って、苛立ちをぶつけてるだけの俺が、一番ダサい。


 ――このままじゃ、口だけの雑魚だ。


 面倒だが、一つひとつやれることを片付けていくしかない。

 ならば――俺がやるべきことは、すでに決まっている。


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