第25話:再編成
一匹の猫が、王血館内の食堂へ向かって軽やかに歩いている。
廊下には窓から差し込む朝の光が影を落としていた。
猫はその光の帯の上を音もなく進み、時折耳を動かしながら周囲の気配を探っているようだった。
やがて視界の先に食堂の扉が現れる。
ふわりと漂う朝食の香りに鼻先をくすぐられ、猫は扉の隙間から慎重に中を覗き込んだ。
食堂内では一期生から三期生まで、甲種クラスの生徒たちがすでに席に着いていた。
彼らの前にはまだ配膳されていない空の皿が並び、全員がシシンの方を見つめ、その言葉に耳を傾けていた。
「……それを受けて、一期生と二期生については班構成を見直した。
これが新しい班構成になる」
シシンがそう告げると、空中に大きな紙と筆が生成され、ふわりと浮かび上がった。
紙には新しい班構成が次々と書き込まれ、その内容に生徒たちがざわめき始めた。
・イチイセン 計二名
【ユラ(一期生) 水90 魔力器3】
【サラ(一期生) 水90 魔力器3】
・イチニセン 計三名
【シシン(一期生) 風90 水80 魔力器3】
【モンド(一期生) 土100 魔力器3】
【カイエン(一期生) 火100 魔力器3】
・イチサンセン 計三名
【フウコ(一期生) 風100 魔力器3】
【シスイ(一期生) 水100 魔力器3】
【エミリ(二期生) 火90 土70 魔力器3】
・イチヨンセン 計四名
【ヨツビシ(一期生) 水80 魔力器3】
【タカノハ(一期生) 風80 魔力器3】
【オウギ(一期生) 火80 魔力器3】
【ゲンジ(一期生) 土80 魔力器3】
・イチゴセン 計三名
【レオ(一期生) 風70 魔力器3】
【イオ(一期生) 火70 魔力器3】
【テオ(一期生) 土70 魔力器3】
・ニイチセン 計三名
【パオタロ(二期生) 火80 水90 魔力器3】
【パイヤン(二期生) 風80 魔力器3】
【パルロ(二期生) 土70 魔力器3】
・ニイニセン 計三名
【ケイト(二期生) 火80 魔力器3】
【メイナ(二期生) 水70 魔力器3】
【ガブリエウ(二期生) 風80 土70 魔力器3】
「まず、大きな変更があるのは“イチサンセン”だ。
ハルナが抜けた穴にはエミリが入る。属性のバランスを考えた結果だ。
……エミリは一期生に加わることになるが、どうか」
シシンの問いかけに、エミリが静かに立ち上がった。
背筋を伸ばし、落ち着いた声で答える。
「“イチサンセン”への異動を光栄に思います。
お姉さま方に追いつけるよう、全力を尽くします」
力のこもった返答に、シシンは満足げに頷き、次の説明に移った。
「次は“ニイニセン”だ。
エミリの抜けたところにはガブリエウが入る。
同じく属性のバランスを考慮しての判断だ。……ガブリエウ、任せるぞ」
名を呼ばれたガブリエウは、堂々と胸を張って答える。
「は、お任せください」
堂々とした返事に、シシンの目が細くなる。
「次に、“イチイセン”。
現状、ヒヨリが抜けて二名体制になっているが、当面はこのままでいく。
今は、双子ならではの連携を深めてくれ。一卵性ボーナスを最大限に引き出すことが、チーム全体の戦力向上につながる。いいな?」
ユラとサラが同時に頷く。
まるで鏡合わせのような仕草に、食堂の空気が一瞬引き締まった。
「さて――本日の予定だが」
シシンは一拍置き、二期生たちへ視線を向ける。
「二期生には班長決定試合を行ってもらう。
戦場では班がひとつにまとまらねばならない。
瞬時の判断が分かれれば、戦力は半減する。その指揮を執るのが班長の役目だ。
同じ班の仲間同士で戦い、最も優れた者を班長として任命する」
張り詰めた空気の中、小さな息を飲む音があちこちで響いた。
「さらに、班構成が変わった“イチサンセン”でも班長決定試合を行う。
それ以外の一期生は、試合中の大きな怪我を防ぐため、監視役を務めてくれ。
三期生は、試合の様子を見学して動きを学ぶように」
生徒たちを見回しながら、シシンはいつもの調子で締めくくった。
「何か質問がある者はあるか?」
その言葉を待っていたかのように、刺々しい声が静寂を切り裂いた。
「おい、シシン。“イチゴ”って呼ぶの、いい加減やめろって言ったよな?
俺たちはフルーツじゃねえんだよ」
声の主は“イチゴセン”の班長を務めるレオだった。
不満を隠す気配はなく、腕を組んだまま鋭い目つきでシシンを睨みつけている。
しかしシシンは動じない。
冷静そのものの声で返す。
「その件については、すでにガスポール先生に報告済みだ。
だが現時点で名称変更は決定されていない。
したがって公式名称は“イチゴセン”のままだ。
ただし、お前たちが別の名で自称することを禁じはしない」
冷徹なまでに整った回答。
それでもレオの苛立ちは収まらず、舌打ちとともに仲間へ視線を走らせた。
「いいかお前ら。俺たちは“レイテセン”だ!
“イチゴ”なんて呼びやがったら、ぶっ殺すからな!」
レオの声には怒りがはっきりと滲み、全身から苛立ちが伝わってきた。
食堂内の空気が一気に緊張を帯びる。
そのとき――重く低い声が静寂を切り裂いた。
「レオ、部隊の規律を乱すな。チーム編成は遊びではない。
魔女との戦いを見据えて練り上げられた戦略に基づいている。
全員の命がかかっているのだ。当然、これはシングウ王国の未来を左右する重大事でもある」
モンドだった。
その威圧感は圧倒的だった。
冷徹な視線がレオに向けられると、周囲の生徒たちは息を飲む。
しかし、レオは怯まない。むしろ、その目は炎のように燃えていた。
「そんなことはわかってんだよ。
だがな、これはプライドの問題だ。
俺は、“イチゴ”なんて名前を背負わされて、命懸けて戦えるかって話をしてんだよ」
吐き捨てるような言葉に、空気がさらに張り詰める。
「情けないわね、レオ」
冷ややかな声が重なる。フウコだ。
腕を組んだまま、見下ろすような視線を送る。
「男のくせに、チーム名ひとつで泣き言?
そもそも、あなたたちの実力が低いから、いつまで経っても“イチゴ”のままなのよ。
悔しかったらもっと強くなることね」
挑発的な言葉に、レオの隣でイオが勢いよく立ち上がった。
普段は冷静な彼だが、仲間の誇りを踏みにじられることだけは許せなかった。
「フウコ、俺たちには俺たちにふさわしい名前があると言ってるんだ。
それに、いつまでも下にいると思うなよ。
強さならいずれ証明してやるさ――お前にだってな」
イオの挑発的な言葉に、食堂の空気はさらに張り詰めた。
隣のテオが苦笑し、イオの肩を軽く叩く。
「まぁまぁ……」
その声は、この場にそぐわぬほど緩やかで、かえって静けさを際立たせた。
そんな中、鋭い声が静寂を切り裂く。
「シシン、提案がある」
声の主はカイエンだった。
その声音は冷静だが、どこか鋭く、彼の存在感が食堂中の視線を一瞬で集めた。
「半年後には『魔法競技祭』が開催される。
そのチーム対抗戦で“イチゴセン”が勝ち上がれば、部隊内では“レイテセン”の名を公式に認める、というのはどうか。すなわち、名前ひとつで力が引き出されるのなら、それほど簡単で効果的なことはない。部隊全体にも好影響を与えるはずだ」
ざわめきが広がり、生徒たちの視線がシシンに集まる。
シシンはしばらく沈黙し、やがて頷いて口を開いた。
「……カイエン、貴様の提案には一理ある。意欲が結果を変えるのも確かだ。
よし、半年後のチーム対抗戦で、“イチゴセン”が一期生チームを相手に勝ち上がることができたなら、その名を認めよう。レオ、これでどうか」
レオはイオとテオに視線を送り合い、拳を強く握りしめた。
「上等だ。シシン、あとで泣き言言うなよ」
シシンはわずかに口角を上げて返す。
「互いにな。これで決まりだ」
そう言うと、シシンはおもむろに眼鏡に手をやり、軽く位置を直した。
一瞬、“間”を取った後、再び口を開く。
「最後に、ヒヨリとヒカルの現状について報告する」
その瞬間、扉の隙間から覗く猫の尾がゆらりと揺れた。
琥珀色の瞳が、静かに食堂の光景を映し出す。
穏やかでありながら、どこか秘密を宿した光が――彼らのやり取りの結末を、じっと見届けていた。




