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第20話:儀式当日――パオタロが紡いだ希望

 パオタロは気に入らなかった――。


 最初は、ガブリエウが小会議室に入ってきた時だった。

 エリート中のエリートである王血部隊・甲種を前にしても、彼はまるで仲間を値踏みするかのような余裕を見せつけていた。


 次は、自己紹介の時だった。

 ガブリエウはダーマンベルクを取り戻すためなら『何でもする』と口にした。

 しかし、ダーマンベルク奪還の唯一の道は――“魔女を倒す”こと。

 その言葉の奥に、パオタロは微かに“別の意図”を感じ取っていた。


 極めつけは、潜伏魔法を披露した際に、ガブリエウが即座にパオタロの名を言い当てたことだった。

 王血部隊・甲種の個人情報は、属性解放が終わるまで国家機密として完全に秘匿されている。名前も、風貌も、得意魔法も、魔力器の数すらも明かされない。


 それを彼が知っているはずがなかった。


 さらに、突然のテロでヒヨリたち『イチイセン』が警備から外れたこと。

 その他の一期生も全員、地方へ派遣されて不在だったこと。

 そして、『属性解放の儀』の順番がガブリエウから始まるようになっていたこと――。


 どれも“偶然”として扱うには、あまりにもガブリエウに都合が良すぎた。

 パオタロの違和感は、ゆっくりと、しかし確実に強まっていった。


 とはいえ、確信には至らない。


 パオタロは誰にも相談せず、ガブリエウの動向を静かに観察し続けた。

 仮に彼が何かを企んでいたとしても、異変を察知した時点で二期生全員を潜伏させれば十分に対処できる――そう考えていた。


 だが、ガブリエウが右手を掲げた瞬間、激しい後悔が胸を刺した。

 『属性解放の儀』を終えていない自分たち非戦闘員が、真っ先に狙われるはずがない――そう、甘く考えていたのだ。


 予測は完全に外れた。


 何もできなかった。


 仲間たちが無残に切り裂かれ、肉片となって散乱する光景を、ただ呆然と見ているしかなかった。


 自分が助かるために、仲間たちを犠牲にしたも同然だと思った。


 『そんな選択をした卑怯者』を懲らしめるために、神様がこの惨劇を見せつけているようにすら感じられた。


 それでも、パオタロは折れなかった。


 ――何もしない神様よりはマシだろ。

   せいぜい黙って見てろ、タコが。

   ガブリエウには、俺が高い代償を払わせてやる。


 ここで折れてしまったら、自分の判断ミスで死んでいった仲間たちに合わせる顔がない。


 パオタロは魔法が飛び交い、死体の数すら把握できないほどの混乱を逆手に取って潜伏に成功した。

 ガブリエウに察知されない安全圏まで移動すると、そこで初めて――貴族の一部がガブリエウと連携していることに気づいた。


 ――チッ。やはり街で起こったテロは、『イチイセン』を玉座の広間から引き離すための陽動だったか。

   敵の狙いが『玉座の広間』で、貴族連中まで絡んでいるとなれば……もはや内乱だな。


 視線の先に、エミリの亡骸の前で呆然と座り込むヒカルの姿が映った。


 ――しかし運のいい奴だ。

   あれだけの惨劇の中、大した傷も負わずに生き残るとはな。

   それとも……なにか“転移者”の能力でも使ったのか……?


 だが、あれでは戦力にならない――。

 パオタロは即座に見限ったが、同時に“敵がヒカルを完全に無視している”事実にも気づいた。


 ――なぜだ……?

   あれほど無防備なヒカルを、奴らはなぜ狙わない……?


 奇妙な疑問は残るが、今すぐヒカルが敵の標的になることはなさそうだ。


 パオタロは短く息を吐き、ヒカルから視線を切って再び戦場全体へ意識を向けた。


 すると意外にも、戦況が膠着しつつあることに気づいた。

 わずかな『きっかけ』さえあれば、この状況を一気にひっくり返せる――。

 そう確信したパオタロは、そのために自分が何をすべきかを考え始めた。


 ガスポール先生やライクンさんを潜伏させるか?


 ――いや、それはダメだ。

   味方との連携が崩れるし、敵の目の前で仕掛けても効果は半減する。

   逆に破られれば即座に壊滅だ。


 戦術の断片がパオタロの脳裏にいくつも浮かんでは、即座に却下されていく。


 戦闘中の彼らに直接介入するのは危険すぎる――。

 その可能性を捨てた瞬間、答えは鋭く一つに収束した。


 ――見つけた。


 ヒカルだ。


 パオタロの口元がわずかに緩んだ。





 俺は、絶望の中に沈んでいた。


「……エミリ、俺には無理だ。

 ……属性解放の順番が決まった時点で、勝負はついてたんだ。

 俺の力なんて、何の役にも立――」


『――たないんだ』


 呟いた言葉に違和感を覚えた、その瞬間――


『言葉にだけ潜伏魔法をかけた。

 ……ようやく言い訳できる程度には戻ったか?』


 ――パオタロだ。


 慌てて声の方向を探そうとしたが――


『動くな。このタイミングでお前を潜伏させるのはリスクがある。

 今は声だけを潜伏させている』


『パオタロ……お前、生きて……』


 言いかけたところで、喉が詰まった。


 胸の中で、いろんな感情がぐちゃぐちゃに渦を巻く。

 悔しさも。安堵も。呆れも。怒りも。

 全部ごちゃ混ぜになって、どう処理すればいいのかわからない。


 それでも――。


 パオタロがまだ生きていた。

 その事実だけが、沈みきっていた心に、ほんの少し温もりを戻してくれた。


『ガブリエウのことは最初から気に入らなかった。

 だから試した。俺が潜伏しただけで、アイツは俺の名前を言い当てたんだ。

 それ以来ずっと注視していた』


 パオタロの声は落ち着いている。

 だがその奥に、隠しきれない怒りがにじんでいた。


『ガブリエウには、仲間を殺した責任を必ず取らせる。

 ……お前にも協力してもらうぞ』


 ――協力? 俺が?


 冗談だろ。

 できるわけがない。


 ハッタリの魔法なんて、戦いを避けるための虚勢にすぎない。

 もう戦いが始まった今では、何の役にも立たない。


 胸の奥から無力感がせり上がってきて、体が動かない。

 視線を落としたまま、唇が震え、勝手に言葉がこぼれる。


『……俺なんかに、できるわけ……』


 一瞬の沈黙。

 そのあとで、パオタロは冷たく、あえて突き放すように言った。


『たしかに、お前は役立たずだ。仲間が次々と倒れていく中で、何もできなかった』


 ――わかってるよ、そんなこと……。


 胸に突き刺さるはずの言葉なのに、反論も浮かばない。

 痛みすら感じない。

 ただ、無力な自分を噛み締めて飲み込むしかなかった。


 だけど、その次の言葉はまるで不意打ちみたいに落ちてきた。


『だがな、ヒカル……俺も同じだ。何もできなかった。

 それどころか、俺は自分が助かるために仲間を見捨てた卑怯者だ。

 ……お前よりも、よっぽどな』


 思わず目を見開いた。

 顔を上げる。でも、潜伏してるパオタロの姿が見えるはずもない。


『……パオタロ。お前は、自分にできることを精一杯やっただけだろ?

 何も悪くなんか……ない。

 そうだ、これ、エミリの手なんだ。まだ……綺麗だろ?

 あ、あそこにだって……パルロの……』


 必死に言葉を紡いだのに、その途中でパオタロの声が遮った。


『……から逃げていたか?』


『え?』


 よく聞き取れなかった。頭が混乱してる。


 するとパオタロは、はっきりと、もう一度同じ問いを投げてきた。


『エミリは考えることから逃げていたか?』


 その言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。


 こんな自分のことを最期の瞬間まで希望だと信じてくれたエミリ。

 命を投げ出してまで守ろうとしてくれた、あの姿が鮮やかによみがえる。


 視界がにじんで、頬を涙が伝った。


『エ、エミリは……逃げなかった!』


 自分の声に自分で驚いた。

 喉が震えて、声が裏返る。

 けど、もう何も隠せなかった。


 これ以上、誤魔化すことなんてできない。

 胸の奥に押し込めてきた感情が、堰を切ったみたいに溢れ出していく。


 パオタロが耳の奥で何かを囁いてる気がしたけど、その声はもう届かなかった。


 浮かんでくるのは――。


 必死に命を繋げようとした王血部隊員たちの姿。

 運命に抗ってまで守ろうとしてくれた、エミリの顔。


 ――……でも俺は。


 その中でただ立ち尽くしていただけだった。

 何もせず、何もできず、見ていただけだ。


 後悔が胸を灼き、それはやがて熱を帯びた怒りに変わっていく。


 ――……ッ、クソ……、クッソォ……! 俺は……俺はぁああああッ!!!


 どれだけ悔やんでも、失った命は戻らない。

 あの瞬間をやり直すことなんて、絶対にできない。


 ――それでも。


 もし、もう一度だけチャンスがあるなら……。


 願うようにそう思った瞬間、はっと顔を上げた。

 視線の先には、ガブリエウの姿がある。


 エミリたちを――何のためらいもなく、理由もなく殺した男。


 気づいたら、拳を固く握り締めてた。


 ――……でも、本当に俺にできんのか?

   属性解放すら済んでない、こんな俺に……。


 弱気が頭をかすめて、また逃げようとしてる自分が、心底ムカついた。


 握った拳に、さらに力を込める。

 怒りを刻み込むみたいに、拳を何度も握り直した。


 ――そうだ。恐怖なんか全部塗りつぶすくらいの怒りが欲しい。


 震える拳をゆっくり開いて、手のひらを見つめる。


 ――エミリが最後に見てた俺は、こんな情けない俺じゃない。

   この先で必ず立ち上がり、戦う俺だ。


 エミリが希望だと信じ、命を懸けて守ってくれた、この体が――ついに動き出す。


『……他の奴らも、必死で生き抜こうとしていた。

 それでもお前は考えることから逃げ続けて――』


『あーーーっ、もう! さっきからグダグダうるせぇんだよっ!!』


 気づいたら怒鳴ってた。

 パオタロの言葉を力ずくでぶった切る。

 そのまま間髪入れず叩きつけた。


『どうせ何か作戦あんだろ!? さっさと教えろ! 俺があいつをぶっ殺してやる!』


 一瞬、パオタロが驚いたみたいに黙った。

 けど、すぐにニヤリと笑う気配がした。


『……一回死んどけ、このタコが』


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