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第19話:儀式当日――絶望の中に潜む影

「ガブリエウ、大儀である。下がってよいぞ」


 アモン国王の言葉に、ガブリエウは応えようとした。

 だが、その直後――自分の体が異常な興奮に震えているのに気づく。


 深く息を吐き、何とか平静を保とうと努める。


「フゥッ……。フゥ、フゥ……」


 ……思うようにいかない。


 体の奥底から湧き上がる熱と衝動は、収まる気配すらなかった。

 むしろ――「早く動け」と命じているかのようだ。


 ――いや、ダメだ。ダメだぞ、ガブ。

   もう少しだけ……もう少しだけ堪えなきゃいけない。


 必死に自分へ言い聞かせたその時――

 ふと、首にかかるペンダントが視界に入った。


 母の形見。

 その淡い輝きを目にした瞬間、ずっと心の奥底に抑え込んでいた疑念が、鮮やかに形を取り戻す。


 ――堪える……?

   ……耐えることに意味なんて、何もなかったじゃないか!!


 ガブリエウは、まるで何かを諦めたかのように立ち上がり、

 属性解放の順番を待つヒカルたち七名のほうに向き直った。


 もういい。


「みんなぁ……ボクはもうダメだぁ……」


 もう、どうでもいい。


「さっきから、ずっと震えが収まらないんだぁ。

 でもさぁでもさぁ……仕方ないよねようやくさぁ……」


 そうだ。

 堪えるなんて、もう――たくさんだ。


「この時が来たんだからさぁあああああッ!!」


 叫びと同時に、体内に潜んでいた力が一気に解放された。

 長い間心の奥底に押し込められ、溜まり続けていた怒りと憎悪が一つになり、

 全てを飲み込む破壊の暴風となって世界へ噴き出した。





 ガブリエウがヒカルたち七名に向かって右手を掲げたその瞬間――

 玉座の広間は一斉に動き出した。


 一つは、警備隊だった。

 『イチイセン』に代わって儀式の警備を任されたこの隊は、ガスポールの懐刀として知られる“アンドレ・ライクン”隊長の号令のもと、即座に陣形を組み替える。

 隊は二手に分かれ、一方は王族防衛へ、もう一方がガブリエウの制圧に向かった。


 一つは、列席していた貴族たちの一角だった。

 大半が状況を静観するなか、ひときわ異彩を放ったのが最高位の家格を誇る『五家ファイブマン』の一つ、第三貴族“フリードマン家”だった。

 彼らは、味方であるはずの警備隊を突然奇襲した。その動きは迷いも躊躇もなく、まるで訓練された精鋭部隊の電撃作戦だった。ガブリエウと事前に連携していたのは明らかで、その裏切りに、広間は一瞬で大混乱に陥った。


 その混乱の最初の“血”を浴びせたのは、やはりガブリエウだった。


 ガブリエウは風の刃を生成し、それを放つ。

 汎用魔法でありながら、風と土の加護が融合したそれは、日本刀のように鋭く、同時にダイヤモンドのような強靭さを帯びていた。


 その刃は、ためらいもなくヒカルたちへと襲いかかった。


 だが、属性解放をまだ終えていない彼らには、抗う術などない。


 授業で習った通りの回避行動を試みたパルロだったが――全く間に合わなかった。


 風の刃が彼の胸を斜めに貫き、そのまま彼は床へ崩れ落ちる。


 悲鳴すら上げられない。

 命は、一瞬で断ち切られた。


 その無惨な最期を皮切りに、次はパイヤンの首が宙を舞い、さらに別の者が両断されて床へ倒れた。


 鮮血が広間に散り、命の灯火が次々と掻き消されていく。


 魔女討伐を使命とする王血部隊員たちの、あまりにも呆気ない最期だった。





 この時、俺はガブリエウから最も離れた位置で立ち尽くしていた。


 時間の流れが、妙に遅く感じた。

 一人、また一人と、目の前で命が散っていく。

 そのたびに、胸の奥を鋭い針で抉られるような痛みが走った。


 そして――

 ガブリエウの風の刃が、俺の目の前へ迫ってきた。


 ――ハハ……。


 思わず苦笑が漏れた。


 魔女と戦うために生み出された王血部隊員でさえ、虫けらのように斬り捨てられていく。

 そんな化け物相手に、俺が抗えるわけがない。


 それに、あの魔法――。


 あのオッサンのリストに並んでいた、ふざけた魔法とは次元が違う。

 新魔法開発だなんだと称して、何度も命がけの実験台にされた。


 あれに、一体どんな意味があった?


 思い返せば、ただの茶番だった。


 この異世界で生き残る道なんて、最初からなかったんだろう。

 ここで終わっても、何ひとつ変わりはしない――。


 そう、思ったその瞬間だった。


「ヒカル様っ!」


 ――えっ?


 次の瞬間、視界が横に流れた。身体が宙を舞う。

 誰かに、強く――弾き飛ばされた。


 エミリだった。


 風の刃は、俺の代わりに前へ出たエミリへ、容赦なく迫る。

 止めようと伸ばした手が空を掴む。そこでようやく、気づいた。


 エミリの右腕が、ない。


 血が噴き、彼女の青い制服を黒く染めていく。

 それでもエミリは、残りわずかな時間で、必死に俺の方へ顔を向けた。


 何かを――伝えようとしている。


 ――やめろ……、やめてくれ……!!


 血に濡れた笑顔が、最後まで俺だけを見ていた。


「……あなたは、希望……だか――」


 その言葉が途切れた瞬間、視界が真っ赤に弾けた。


 脳裏に焼きついたのは、ゆっくりと床へ崩れ落ちていくエミリの姿と、

 永遠に失われた言葉の余韻だけだった――。


 気づけば、属性解放の順番を待っていた七名の中で、

 立っているのは俺ただ一人になっていた。


 ――エミリ、なんでだよ……。

   なんで……俺なんか助けて……。





 ――その間も、玉座の広間では地獄が続いていた。


 ヒカルが絶望の底に沈んでいるすぐ横で――

 ガブリエウは静かに己の体を硬質化させていく。


 今のヒカルなど、何の脅威でもない。斬り伏せるのはいつでもいい。

 まずは確実な防御を固める――そう判断していた。


 鋼鉄のように変じた体に、警備隊の第一撃が殺到する。

 しかし剣も槍も、触れた瞬間に刃こぼれを起こし、火花を散らすだけ。


 すべて無効化される――誰もがそう思った、その刹那。


「――焔穿ほむらうがち!」


 唸る咆哮とともに放たれた紅蓮の一撃。

 爆ぜる炎は硬質化したガブリエウの表層を焼き焦がし、鉄すら融かす勢いで貫かんとした。


「ぐぅっ……!?」


 ガブリエウは即座に硬質化を解き、

 掌で炎を握り潰すようにして、その猛火を消し去った。


「ほぅ、判断が早いな」


 低く唸る声。放ったのは警備隊長――アンドレ・ライクン。

 火の加護を宿し、ガスポールと共に魔法科学(魔法と科学を組み合わせた学問)を築いてきた実戦派の男。


「風属性で無酸素にすることで鎮火させたか。

 硬質化の解除も正しい。……ダイヤモンドですら1000℃程度で脆くなるからな」


 静かな声に、怒りが滲んでいる。


「だが小僧、お前のやったことは、地獄の業火に焼かれても許されん。

 楽に死ねると思うなよ」


「あなたがライクンだね……なるほど、噂以上だ」


 ガブリエウは口元をわずかに歪め、挑発めいた笑みを浮かべた。


 魔力を用いた戦闘では、宿す属性加護が多いほど有利――それは常識だ。

 戦いの手札が増えるからである。


 だから本来、『ダブル』のガブリエウは『シングル』のライクンよりも優位に立つはず。


 だが――実際の戦場は、理屈通りにはいかない。


 ガブリエウは風の刃を幾度も繰り出すが、

 炎壁に触れるたびに霧散し、逆に炎槍が叩きつけられる。

 硬化で受け止めても、赤熱した亀裂が腕に走る。


 攻防を重ねるごとに、ガブリエウの動きは守勢へ傾き、

 完全に押し込まれているように見えた。――経験の差が戦況を分け始めたかのように。


 一方その頃、警備隊を狙って動き出していた一部の貴族たちは、

 王族と列席者を守るために防御態勢を取った警備隊と交戦状態に陥っていた。

 警備隊からすれば、護衛対象の一部が反乱して攻撃してくるという、

 異常極まりない状況である。


 反乱した貴族たちの中でも、“フリードマン家”の部隊はひときわ異彩を放ち、

 一時は警備隊を押し返すほどの勢いを見せた。


 しかし――。


 アモン国王とその家族を無事退避させたガスポールが指揮を執り始めると、

 フリードマン家の猛攻は急激に失速した。

 ガスポールの持つ水属性の加護が警備隊全体へ広がり、

 防御と連携が一気に安定したのだ。


 以降、双方とも決定打を欠き、戦況は徐々に膠着していく。


 結果として、ガブリエウの第一撃で始まった激烈な戦闘は――

 驚くほど綺麗な均衡状態へと落ち着いてしまった。


 だが、この均衡は、どちらかの陣営にわずかな力が加わるだけで崩壊する。

 ――つまり、戦況が一気に傾くということだ。





 俺は、なおも絶望の中に沈んでいた。


「……エミリ、俺には無理だ」


 視界の端に横たわるエミリの亡骸。

 少しでも目を動かせば、周囲がどれほどの地獄絵図か嫌でも理解できる。

 すべてが頭に焼き付いて離れない。


 なのに、体は動かない。気力なんて、どこにも残ってない。

 どんな奇襲が決まろうと、ガブリエウの速さには到底追いつけない。

 あの強靭な肉体を切り裂くことだってできない。


「……属性解放の順番が決まった時点で、勝負はついてたんだ。

 俺の力なんて、何の役にも立――」


『――たないんだ』


 呟いた言葉に違和感を覚えた、その瞬間――


『言葉にだけ潜伏魔法をかけた。

 ……ようやく言い訳できる程度には戻ったか?』


 皮肉めいた響きに、すぐ気づいた。


 ――パオタロだ。





 誰も気づかなかった。

 あの混乱の中、もう一人だけ――静かに息を潜めていた男がいたことに。


 彼の潜伏魔法は、まぎれもなく一級品だった。

 誰にも気づかれることなく、完璧に気配を消していた。


 もし彼の潜伏を見破った者がいたなら、

 ガブリエウが動き出したあの瞬間の状況は、きっとこう記されていただろう。


 ガブリエウがヒカルたち七名に向かって右手を掲げたその瞬間――

 玉座の広間は一斉に動き出した。


 一つは、警備隊だった。

 一つは、列席していた貴族たちの一角だった。

 そして、もう一つは――パオタロだった。


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