第18話:儀式当日――始
掲載時間、いろいろ試してみようと思います。
玉座の広間には、アモン国王やサンドラ王妃、ソロモン皇太子をはじめ、多くの貴族たちが荘厳な装いで列を成していた。張り詰めた静寂が天井近くまで満ち、重々しい空気が場を支配している。
その中央で、ひとりの青年が『属性解放の儀』を受けていた。
「『風80』『土70』――ダブル属性にございます!」
希少な二つの属性持ちであることが告げられ、参列者の間から押し殺した息が漏れる。
だが、その直後だった。
青年の胸が不自然なほど大きく上下し、息遣いが急激に荒くなる。
「フゥッ……。フゥ、フゥ……」
瞳は一点を射抜くように見開かれ、瞳孔は硬直したまま動かない。
その姿は、まるで内側から何かに突き動かされているかのようだった。
荘厳な静けさは次第に崩れ、ひそひそと不穏な囁きがあちこちで交わされ始める。
俺もまた、自分の順番を待ちながらその光景に釘付けになっていた。
胸の奥で、冷たい予感がゆっくりと膨らんでいく。
鼓動は速まり、周囲のざわめきは遠のく。
耳の奥には心臓の音だけが響き、指先にはじわりと汗がにじむ。
――ヒヨリさん。
回廊で泣いていたあの姿が、不意に脳裏へ蘇る。
それだけじゃない。今朝は、それ以外にも胸をざわつかせる出来事が、いくつもあった。
喉が乾き、舌先が張りつく。
小さく息を吐けば、胸の奥がすっと冷たく沈んでいくのがわかる。
視界は徐々に色を失い――気づけば、今朝の光景が意識を覆っていた。
◇
それはまだ、『属性解放の儀』が始まる前のこと――。
俺たちはシングウ城内の小会議室に集められていた。
壇上に立っているのは、王血部隊・甲種の教師を務めるガスポール先生。
“属性加護が付きやすい遺伝子”を持つ王族の血から、子供を人工的に生み出し、部隊員として育ててきた人物――らしい。
……そう聞いても、正直ピンとこないけどな。
ちょうど今、そのガスポール先生の呼びかけで、テックマン公爵家の子息が紹介されようとしていた。
「今から紹介するの。――ガブリエウ君、入りたまえ」
扉が開き、長身でスラリとした美男子が姿を現す。
会議室の視線が一斉にそちらへ吸い寄せられるのが分かった。
当の本人は余裕の笑みを浮かべ、室内の七人を順に見渡しているだけ――なのに、空気が彼の呼吸に合わせて動いているようだった。
――これはまた、絵に描いたようなイケメン貴族が現れたもんだな。
立ち振る舞いまで完璧とか……なんなんだよ。
こっちは何もしてないのに、「場違い感」だけ押し付けられた気分になる。
「……あら」
背後から、小さく感嘆の声が聞こえた。
いや、まさか……あのエミリが男に動揺?
いやいや、そんなわけ――きっとさっき紹介されたケイトかメイナだ……多分。
しかし、ちらっと後ろを振り返ると、エミリ本人が思わず口元を塞いでいた。
見開かれた瞳と視線が合う。
その表情は『ち、違いますっ! これは誤解なんですヒカル様っ!』――そう言いたげだ。
全力で否定してるのに、頬はみるみる赤く染まっていく。
――あー……うん、まあ……全然違わねぇけどな、それ。
心の中でそう呟き、小さく息を吐いて、再びガブリエウへ視線を戻した。
「皆さん、初めまして。ガブリエウ・テックマンです。
今はアルグランド王国に占領されていますが、ダーマンベルク地方の統治を預かるテックマン家の次男になります。よろしくお願いします」
声は落ち着いていて穏やか……なのに、目の奥は妙に刺さる。
あれだ、ただ座ってるだけで“格上感”がにじみ出るタイプだ。
すると壇上のガスポール先生が、重々しく補足を入れた。
「つまりの、ガブリエウ君の祖父は、『ダーマンベルクの惨劇』で、アモン国王の亡き兄、シモン様と共に戦ったアルベルト・テックマン公爵ということじゃ。
この二人は我が国の英雄じゃった。一度は、魔女に深手を負わせるほどの活躍をしたのじゃがの……」
……はいはい。
英雄の孫に名門貴族、顔も良くて余裕の立ち振る舞い。
おまけに祖父の伝説つきかよ。
――ここまで揃ってると、もう嫌味だろ。
異世界テンプレの主人公ですって名乗られても信じるぞ、俺。
「ボクは、ダーマンベルクを必ず取り戻したいと思っている。
そのために必要なことは何でもやる覚悟でいます」
声は静かなのに、眼差しだけは鋼みたいに硬かった。
さっきまでの「余裕のイケメン」とは別人で――奥に隠してた執念がチラッと顔を出した気がして、ぞくりとした。
ガスポール先生は表情ひとつ変えず、淡々と説明を続ける。
「ハルナ君の件もあって、戦力の再編成が急務での……。貴族が王血部隊に入るのは本来、異例中の異例じゃが、ガブリエウ君は君らと同い年で成績優秀、さらに王家に連なる血筋でもある。特例として今日からこのクラスに正式配属とするでの」
そう言ってガブリエウをエミリの隣の席に案内すると、今度はその視線をこちらへ向けてきた。
「そして、皆もすでに承知と思うが、もう一人、特別招待枠ということで紹介せねばならん者がおる。――ヒカル君、立ちたまえ」
……やっぱ来たか。
観念して立ち上がると、教室中の視線が一斉に突き刺さってきた。
――勘弁してくれよ、注目浴びるの一番苦手なんだっての。
「彼はまだ正式な認定こそ受けておらんが、数百年ぶりに現れた転移者と目されておる。魔力器を四つも持つという異例の存在ゆえ、属性解放でも興味深い結果が期待されるはずじゃ」
……いやいや、そんな立派なもんじゃないって。
『救世主』とか言われて過剰に期待されても困るんだよなぁ。
――結局、『期待外れ』なんだからさ……。
あのオッサンに言われた言葉が脳裏をよぎる。
――まぁ魔力器が四つあっても加護は一つしか付かないんだろな。
よくて二つとか?
……自分でも苦笑いするしかなかった。
視線の熱がまとわりついてきて、息が詰まりそうだ。
ざわめきが広がる中、先生は静かに頷いた。
「これを機に、ヒカル君ともよく協力し、互いに高め合って欲しい。
さて、儀式まではまだ時間がある。
朝食を用意しておいたゆえ、各自とっておくように」
そう言って話を締めた。
張り詰めていた空気が一気に緩み、会議室は再びざわめきに包まれる。
ガブリエウのところには、真っ先にケイトとメイナが駆け寄っていき、熱心に自己紹介を始めていた。
ガブリエウは優雅な笑顔のまま、落ち着いた口調で二人の質問に丁寧に答えている。……絵になるやつは何をしても様になるんだな。
その様子を横目に、気づいたらため息が出ていた。
――どうせ異世界に来るなら、俺だってああいう“主人公”っぽいやつに転生させて欲しかったなぁ……。
そんなことをぼんやり考えていたら、パルロとパイヤンの男二人がこっちに近づいてきた。二人とも完全に好奇心丸出しの顔だ。
「おいおい、魔力器四つってマジかよ?」
「それって、三つのボクたちよりも、すごい加護がつく可能性があるってことだよね?」
正直、あまり注目は浴びたくない。
どうせ『救世主』だのなんだのって過剰に期待されて、戦場に駆り出されるのがオチだ。
でも、あんな大げさな紹介をされたあとじゃ……ま、もう諦めるしかないよな。
――結局、なんだかんだで丁寧に答えてる俺がいるんだよな。
やがて挨拶が一段落し、生徒たちが席に戻り始める。
そのとき、パオタロが席を立ち、まるで狙っていたかのようにガブリエウのもとへ向かっていった。
「ガブリエウ。これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしく……って、あれ?」
ガブリエウの目の前から、パオタロの姿がふっとかき消えた。
きょろきょろと辺りを見回すガブリエウ。その背後に、いつの間にかパオタロが現れていて、ニヤリと笑っている。
「これが、おれの得意技なんだ」
「アハハ、パオタロ君、キミって面白いんだね」
「今度、お前にも潜らせてやるよ。それから――こっちをチラチラ見て照れてるのがエミリで、前向いて黙々と飯食ってるのがヒカルだ」
ガブリエウがこっちを見て、軽く会釈してきた。
「ヒカル君か、よろしくね。エミリちゃんもよろしく」
……っと、いきなり名前呼ばれた。
少し照れながら「よろしく」と手を軽く挙げるのが精一杯。
――……いや、もうちょっと気の利いたこと言えよ俺。
一方のエミリは、突然名前を出されたせいか、頬を真っ赤にして目を伏せ、小さく会釈するだけだった。
その後、しばらく四人で他愛もない会話を交わしたあと、パオタロは頃合いを見計らって席へ戻った。
黙々と朝食を食べながら、眉間にしわを寄せ、どこか遠くを見るような表情をしていた。
……なんだよ、あの顔。
声をかけるべきか迷ったけど、結局、言葉を飲み込んでしまった。
だからかもしれない。
朝食を終える頃には、胸の奥にじわじわと冷たいものが広がっていた。
思い返せば、今朝――小会議室へ向かう途中で見かけたヒヨリさんの姿が、きっかけだったのかもしれない。
日の光が届かない回廊の片隅で、一人うつむき、小さく肩を震わせていた背中。
泣き腫らした赤い目でこちらを振り向いた時の、見ている方が辛くなるほど無理に作られた笑顔。
……あの時からだ。
胸の奥に張りついた不安が、今も剥がれずに残ってる。
ヒヨリさんは、やっぱり何かを隠してる――そう思わずにはいられなかった。
「ヒカル様、どうかされましたか?」
どこか遠くから聞こえるようなエミリの声。
ぼんやりしていた意識が、ようやく戻りかけたところで――
パンッ!
突然、爆竹みたいな破裂音が外から響いた。続けざまに、三発の花火が打ち上がる。
その音に驚いて、窓際へ駆け寄る生徒が何人かいた。
俺も現実へ一気に引き戻され、思わず肩を震わせる。
窓の外では、シングウ城の外壁あたりから、色とりどりの風船が空へと舞い上がっていった。
――なんだよこれ、儀式の余興か何かか?
そんなふうにぼんやり考えていた、その時だった。
ガララッ!
扉が乱暴に開かれ、正装姿のガスポール先生が慌ただしく小会議室へ飛び込んできた。
「大変じゃ、街でテロが起きたんじゃ! 『属性解放の儀』の警備にあたっていたヒヨリ君たち『イチイセン』を急遽派遣したが……儀式までに戻るのは難しそうじゃ」
――テロ事件……?
会議室の空気が一瞬でざわつく。生徒たちは小声で言葉を交わし、落ち着きなく視線を走らせた。
あれほど冷静に見えた先生の顔にも、わずかな焦りがにじんでいる。
「他の一期生たちは各地方の治安維持に派遣されておって不在なんじゃ。本来なら儀式の延期も検討するところじゃが……国王陛下のご意志で、予定通り強行することになったからの」
ざわめきはさらに大きくなり、息苦しいくらいの重さが会議室全体にじわじわ広がっていった。
空気が限界まで張りつめたその時――パオタロが口を開いた。
「……ガスポール先生、属性解放を受ける順番はどうなっていますか?
できるなら、俺を最初にして欲しいです」
――は……?
こんな緊迫した状況で順番なんてどうでもいいだろ……!
内心で叫びながら、パオタロを横目で睨む。
だが当の本人は涼しい顔で、瞳の奥には鋭く研ぎ澄まされた光が宿っていた。
……こいつ、何を考えてんだ?
先生は表情ひとつ崩さず、淡々と説明する。
「『属性解放の儀』は身分が低い者から行うのが慣例なんじゃ。身分が同じであれば、魔力器の数が少ない者からだの。じゃから今回は、貴族であるガブリエウ君が最初になることが決まっておる」
会議室の中央でガブリエウがすっと立ち上がり、堂々とした所作で深く一礼した。
「王血部隊の皆さんはシングウ王国王家の血を持っていらっしゃいますから、当然のことです。僕はまったく気にしていません。慣例に従わせていただきます」
「ちっ……」
パオタロは舌打ちを隠そうともしない。
一方で、ガブリエウは変わらず余裕の笑みを浮かべている。
気づけば、生徒たちの視線は吸い寄せられるようにガブリエウへと集まっていた。
◇
……なのに、今、目の前にある現実はどうだ。
属性解放を終えたばかりのガブリエウが、まるで何かに取り憑かれたみたいに一点を見つめ、身体を震わせている。
「フゥッ……。フゥ、フゥ……」
広間に満ちていたざわめきが、じわじわと“不安”の色へ変わっていく。
「ガブリエウ君……? 大丈夫かの?」
ガスポール先生が落ち着いた声で問いかけても、ガブリエウはまったく反応しない。
……信じられなかった。
さっきまで堂々とした完璧な貴族だった男が、どうして急にこんな姿になるんだ。
胸の奥のざわめきだけが、静かに、しかし確実に膨らんでいく。
――まさか……今朝から何度も感じていた違和感と関係があるっていうのか?
やがて、ガブリエウの瞳に宿っていた静かな威厳が、ゆっくりと色を失い始めた。
代わりに浮かび上がったのは、諦めにも似た……いや、封じていた何かを解き放った後のような、正気を欠いた光。
「みんなぁ……」
ガブリエウの掠れた声が漏れた瞬間、反射的に息を呑んだ。
「……ボクは、もうダメだぁ……」
その不吉すぎる一言が響いた途端、広間の空気が一気に凍りついた。




