1-5 「女神イリス」
「新米ッ!遠慮しなくていいぞ飲め飲め!」
「あ、いや、俺、未成年・・・」
「んなの関係ねェ。飲め!」
(酔っ払いメンドクセェー!)
再びパーティーを開いた第零部隊は忘年会の様な騒ぎで飲食をしていた。
俺はあの仮面の男が何者なのか、気が気ではないんだが・・・。
するとコトン、と音を立てて肉の乗った皿とオレンジジュースの入ったコップがほぼ同時に目の前に置かれた。
「・・・肉」
「あ、アリガトウ」
「ジュースも飲むか?」
「あ、うん」
クラウディアとクライトにジュースと肉を貰って俺はソレを食す。
流石に飲酒はマズイからなぁ。
というか、昔ジュースと酒を間違えて飲んだ事があって、そのときの事は正直言うとあまり覚えていないがエルドに言わせると酒乱だったらしく、それ以来自分でも、エルドも飲酒を硬く禁じた。
ドンッと直ぐ目の前にビールジョッキを置かれる。
「がははっ!アルト!それにしてもお前のアレ、どうやって使ったんだ?」
「え、あーっと。・・・適当、です」
「適当?あんなもん適当なんかで使えるような代物か?」
「まぁ、多少は色々、考えて術式を組み込んだりしたんですけど・・・。大体は勘で・・・」
嘘はついてない。
咄嗟に思いついた術式を一か八かであの時、発動したのだから。
発動しなければ全員があの黒い仮面の男にやられていた。
ほとんど考える余裕もなかったアノ場合仕方が無いと思っている。
「やっぱすげーなお前!」
「え、いや」
顔が火照るのが自分でも判った。
(褒められるのは慣れてないんだよなぁ・・・)
ずっと、人間に嫌われていたものだから、好かれるのは慣れていない。
――――この人たちが、俺の眼の事を知ったら?
ドクン、
「・・・」
「・・・どうした?」
「あ、いや。何でもない・・・」
「・・・」
「お前ら、良くやるな・・・」
「お、クロウ様もどうです?一杯!」
「いや、俺は仕事中だからな・・・遠慮しとこう」
(・・・あ?クロウって何歳なんだ?)
クロウは飲酒を断るとアルトの目の前まで歩いて来た。
「・・・流石だな。まさか召喚術を使うとは」
「・・・本当は召喚術とか得意じゃなかったんだけどな。アノ場合、召喚術が適当だと思ったんだよ」
「にしても、お前はエルドの加護を受けていないはずだが、何故召喚術が使えるんだ?」
「え?召喚術ってエルドの加護が必要なのか?」
まずそのこと事態知らない。
アルトは召喚術を魔人や魔族、鬼神、精霊族などを呼び出し、力を借りるというくらいしか解釈していなかったのだ。
「・・・それだけの知識で召喚術という高等魔法を使用できたのか?」
「あーっと・・・何かまずかったか?」
「いや・・・結果的に術式は完璧だったから問題はないが・・・」
「なら別にいいじゃん」
「・・・」
アルトはジュースを口に含んで、フッと空を見上げる。
此処に来て二度目の夜。
右目に、かすかに痛みを感じた。
「・・・」
月夜になると、少し痛み出す。
毎回の事で、気にはしない。
アルトは右手を見る。
魔力を静かに集中して、右手をクロウに見せた。
「・・・氷塊の音響」
周りの水蒸気が右手に集まり、まるで鉄琴の様な綺麗な音を響かせて氷の塊を造ってゆく。
形作られたのは長い髪の女神。
コノ世界では光の女神と呼ばれる《イリス》だ。
「・・・器用だな」
「まぁ、魔術は得意だから。これくらいはやっておけないとコントロールその物がむずいんだよ。魔法と違ってな」
魔法というのは爆発的に力を発するのに対し、魔術はそれなりにコントロールを有しないと暴走する可能性が高い。
だから日々こうやってコントロールの特訓をしなければ腕がなまる。
氷を机の上に置く。
「ソレ、解けないからやる」
「・・・女神イリス、か」
かつてコノ世界に存在した、実際に居た女神の1人。
魔族から人間達を護った神々の一人でもある。
《イリス》は数千年前、勇者と共に戦った。
その強大な聖なる魔力で魔族達を迎え撃ったという。
戦いの末、《イリス》は強大な邪の魔力を持つ、魔人に破れ、戦死したと語られている。
「・・・女神イリスはエルドと交流があったんだ」
「・・・そうなのか?」
「イリスにはもう1つの名がある。《預言者》・・・。イリスは未来を、自分の死を予言していた。エルドはソレを聞いて、悲しんだ。イリスは自分が死ぬ事を知った上で戦いに挑んだんだ。そしてイリスは最後に、エルドに自らを大樹の魔力の源になるよう頼んだ。・・・そして、今、その《イリスの加護》が失われつつある。・・・原因は邪気が、強くなった所為だ」
「・・・イリスは永遠にエルドの大樹の中で生きているのか・・・?」
「あぁ。多分、今も必死でエルドを護ろうとしている。エルドは聖なる大樹であるが故に、邪気にも侵食されやすいからな」
アルトは溜息を吐く。
「本当は俺が護らなきゃいけないんだけどな・・・」
「・・・」
ジィッと、クロウがこちらを見てくるのに気付いてアルトは「何だよ」、と呟く。
「お前、本当にエルドのことが心配なんだな」
そういって笑うクロウに、アルトの顔は一瞬にして赤くなる。
ボッと湯気が出ているようだ。
「な、なんっ・・・」
「じゃあ、俺はこれから仕事がある。また会おう」
そういってクロウはどこかへ行ってしまった。
アルトは顔を何とか冷やそうとソコにあった飲み物を適当に掴んで勢い良く飲み干した。
「あッ!!」
「!!?」
思わず噴出しそうになるのを堪え、フレルルを見ると慌てた表情でこちらを見ていた。
「何ですか・・・?」
「そ、ソレ、お酒・・・」
「えっ?」
グラッと視界が勢い良く歪む。
顔が更に熱くなるのを感じた。
「ちょっ!何で目の前にお酒を置いておくのです!?彼は未成年ですよ!」
「うっ・・・」
「大丈夫か?吐き気とか・・・」
(何か、視界が歪む・・・。気持ち悪い・・・)
「・・・うっ」
今回は酒乱にならずに済みそうだが、酷い吐き気と胸焼けがする。
こみ上げてくる異物に、俺はたまらず近くに設置されているトイレへ駆け込んだ。
しばらくして、吐くだけ吐いた後アルトは顔を真っ青にしながらトイレから出てきた。
「・・・大丈夫?」
「だ、だいじょーぶ・・・」
背中をさすってくれるクライトに礼を言いながら椅子に座り、気分を落ち着かせる。
(マジで飲ませやがった・・・アノ酔っ払い・・・)
吐き気を若干抑えながらも、アルトは溜息を吐く。
鏡を見るとまだ顔が青いが、大分マシになってきた。
「・・・ねぇ、アルトは」
「ウン?」
「・・・魔術を、どうやって使えるようになったの・・・?」
その質問に、アルトの心臓はドクン、と一度跳ねる様に高鳴った。
上手く、息が続かない。
「魔術、は―――――練習したんだよ」
「練習?」
「修行。・・・したんだ。・・・一応」
「一応?」
「・・・」
右目の事を知ったら、きっと。
――――「化け物―――――」
――――「近付くな!俺達まで呪われる!」
「・・・ッ」
「・・・話したくないなら、良い」
そういうとクライトは溜息を吐く。
アルトも同じくして溜息を吐いた。
いつか話さなくちゃならない。
「・・・ゴメン」
ぼそりと呟いて、アルトはもう一度溜息を吐く。
「溜息、吐くと幸せ、逃げちゃいますよ?」
「うぉあッ!?」
唐突に耳元で言葉を吐かれ、驚いて椅子から倒れそうになった。
「・・・レイス」
「へ?」
「始めまして・・・。アルト君・・・だっけ」
レイスと呼ばれた少年はニッコリとアルトに笑いかけ、クライトは何故か睨むようにレイスを見ている。
物凄い殺気を感じるんだが・・・。
レイスは汗を流しながらアルトの方を向いた。
「何か・・・クライトには嫌われていてね・・・」
「そ、そうなんだ・・・」
「・・・(ボソッ)二重人格野郎・・・」
「へ?」
「あははは・・・」
(今ぼそりと何だか聞き逃してはいけない単語が聞こえたような・・・)
レイスはアルトを見て少しだけ微笑んだ。
「えっと、僕、頼りないけどコレから宜しくね・・・」
「あ、うん」
何だか気弱そうな人だなぁ、と言うのが第一印象だった。
するとコトッと目の前に水がコップに入れられて置かれた。
「気分は良くなりましたか?」
「あ、アリガトウございます。フレルルさん」
コップを取り、水を口に含む。
レイスに気付いたのかフレルルはあら、と呟いた。
「レイスも居たんですの?」
「あ、ハイ。一応・・・」
「・・・今まで何処に居たんだよ」
「あ、えっと。ちょっと散歩を・・・」
「・・・」
「そうでしたわ。アルトさん。貴方に見せたいものがあるのでした」
「見せたいもの・・・?」
フレルルさんはコッチに来るよう手で招くと。
アルトはレイスとクライトと別れるとフレルルに着いていく。
王宮内は広く、真っ白な壁だけが広がっていた。
壁につるされたカンテラからは、淡い炎が灯っていた。
「ここですわ」
「・・・コレは・・・」
大き目の門の様な扉を目の前にしたアルトは、息を呑んだ。
知っている。
扉に描かれたある紋章は、アルトの知っている魔術形式だった。
ソレは光を表した紋章。
「・・・女神、イリスの魔術形状紋章・・・」
「そう。別名コードとも呼ばれる高度魔術」
コードとは、魔術の基本形術式だがソレを極めればどんな魔術より高度で複雑で強力な魔術と化す。
しかもそのコードを発動した術者が女神ならなおさら強力な術となっているだろう。
「・・・何でこんな物が此処に・・・」
「・・・女神イリスは、かつてフレイア王宮直属の女神だったのです」
その事実に、アルトは少なからず驚く。
女神イリスは、本来は人嫌いだったはずだ。
人類達と共に戦ったのは、愛した人間が地上にいたからだ。
それに、女神イリスは。
「群れる事を最も嫌っていた――――」
「えぇ。確かにそうですわ。良く知っていますわね」
「・・・まぁ」
「あぁ、確か、エルドに育てられたのでしたわね・・・。なら、知っていても不思議ではないはずですわ」
「・・・」
「・・・イリスは、フレイア王宮の王と契約しておりました」
契約。
《契約》とは、いわゆる絆に近い物だ。
魔術や魔法など関係なく、ただ、絆と言う心の力でソレは成り立つ。
《契約》は、魔術や魔法と比べられるほどの術だ。
最強の絆を持つ者に、魔術師は、魔族は、魔法使いは敵わない。
(絆を超える物など、無い・・・か)
「王と?愛人ではなく、か?」
「はい。イリスは愛人ではなく、王と契約をされておりました。愛と絆は別格ですわよ?」
クスリ、と笑うフレルルに、アルトは顔を歪める。
フレルルの意図がつかめないからだ。
(何故俺を此処に連れてきたのか)
「・・・さぁ、中に入りましょうか」
フレルルは何処からかクリスタルで造られた鍵を取り出した。
鍵は金色の光を放ちながら、扉と共鳴する。
扉と鍵は、お互いに求めるように音を鳴らした。
キィーン、という様な、音。
耳障りではなく、心地が良い音だった。
吸い込まれるように鍵は鍵穴へと差し込まれる。
「・・・!」
金色の粒子を放つその部屋は、玉座の様な椅子の上に巨大な蒼く、透き通るクリスタルが中空に浮いていた。
クリスタルはまるで、全てを見透かすようにアルトを映し出す。
だが、クリスタルに映し出されたのはアルトだけで、一向にフレルルという人物の姿は映そうとはしない。
「・・・フレルル・・・?」
「・・・私の姿は映されないのですよ」
「・・・?」
「私は一応、女神の血を引く巫女ですから」
「・・・巫女・・・?」
聞いた事があった。
女神と人間の間に生まれた子供。
ソレは巫女と呼ばれている。
巫女は聖なる魔力をその身に生まれながら纏い、邪気を払う術を持つ者の事だ。
フレルルは微笑みながら、アルトを見る。
「イリスほどではありませんが、ね」
「・・・だったら」
アルトは顔を上げる。
フレルルを見上げる形となった。
「俺の事も、最初から判ってた訳?」
「・・・大体は、ですね。・・・ですが、貴方に纏わり付くその邪気の正体が何なのかまでは突き止められませんでしたわ」
「・・・昨日今日で見極められる代物でもないしな」
「呪いの類、ですか?」
「・・・まぁな」
アルトは苦笑する。
忌まわしきこの右目は、俺が生きている限り存在し続ける。
魔力の宿ったこの右目は、魔族同様の力を発すると。
精霊王エルドがある日、そう告白した。
もう、隠し切れないとでも思ったのだろう。
うすうす、この右目が原因である事はわかっていた。
人間達に何故嫌われていたのか。
嫌悪感を表されていたのか。
今なら痛いほどわかる。
得体の知れない物ほど、怖い物は無い。
「・・・まぁ、貴方から話す時を、私は心から待っていますわ」
「・・・」
「忠告しておきましょう。アルトさん」
「・・・?」
「私達はまだ、貴方の事を信用しておりません」
そういって、フレルルは微笑んだ。
女神のように、優しい笑顔で現実を突きつけられる。
人間がそう簡単に、人を信じるわけが無い。
安易に人を信じれば、逆に自分が落とされかねないと、本能的に判っているからだ。
理論的に、判っているからだ。
「・・・判ってたよ。そんなの。・・・痛いくらい」
「・・・それと。・・・貴方は精霊たちと、魔族とも話せるようですわね?」
「・・・あぁ。それが何だ?」
「・・・ですが貴方は、天使・・・《天神達とは話せない》」
「!」
「・・・ではごきげんよう」
そういうとフレルルは部屋を後にし、消えて行った。
◆
「・・・♪」
『・・・いいのか?』
「何がですか?」
フレルルは側に現れた金の羽根を生やした天使に話しかける。
彼はフレルルの眷属、名はレイシアと呼ぶ。
レイシアは苦い顔でフレルルを見る。
『あの少年だ』
「あぁ、彼なら大丈夫ですわよ。どうやら自覚していたようですし・・・。あの驚きは何故知っているのか、っていう方の驚きでしたわ」
『・・・悪魔』
「私は女神の血を引く巫女ですわよ?」
ヘラッと笑うフレルルに、レイシアは溜息を吐く。
レイシアはあの少年の事を思い出す。
『・・・にしても、彼、誰かに似ていないか?』
「・・・いえ。そうは思いませんでしたわ」
『・・・いや。誰かに似ている。しかもソックリだ』
彼の容姿といい、魔力といい、あの魔術といい。
誰かに酷似しているように思えなかったレイシアは、考え込むように腕を組んだ。
「それよりお腹が減りましたわ」
『・・・まだ食うのか?』
「食べ損ねたのですよ。・・・あの肉食どもの所為で」
『・・・』
レイシアも溜息を吐き、フレルルと一緒に厨房へと姿を消した。




