1-2 「ドラゴン」
「冷たっ」
エルドの樹の側を流れる冷水に手を突っ込んで、アルトはそんな極普通の、当たり前の反応をした。
土の精霊に悪戯をされ、手がドロだらけになってしまった為、冷水で手を洗っていた。
魔術の修行中に背後から唐突にドロ団子を投げつけられたのだ。
ドロのせいで最初は全身がドロに包まれていたが、今は大分綺麗になった。
すると後ろでクスクスと笑う声が聞こえた。
「・・・後で覚えてろよ土の精霊・・・!」
バシャバシャと水で手を洗い、後ろで笑う土の精霊にそんな怒りの篭った声を出した。
土の精霊は未だにヘラヘラと笑っていたが、フッと何かに感づいたように消えた。
「?」
――――ジャリッ
音のした背後を振り向くと馬に乗った兵隊らしき男がコチラを見ていた。
顔はマントのせいで見えないが、殺気はないらしい。
冷水から手を抜いて、男を睨んだ。
「何だ?アンタ」
「・・・アルト・クレッシェードだな。私はフレイア王国、《竜騎士》のクラッドと言う」
「・・・クラッドさんが俺に何の様?」
イライラした口調でクラッドと名乗った男に聞く。
何だコイツ、顔見えないしフードくらい外せよ。人と話すのにもマナーがあんだろ。
クラッドは無表情のまま、手紙をアルトに差し出した。
それを受け取り、開いて内容を見てみる。
「・・・《魔法騎士団》・・・?」
その内容は、アルトを魔法騎士団に誘うものだった。
全ての内容を見て、アルトは一度息を吐く。
大分暖かくなったせいか、息が白くなる事はなかった。
「断る!」
叫ぶようにそういい、アルトは顔を背ける。
「俺はエルドの側に居る。エルドは俺が護らなければいけないんだ。俺が居なくなったら誰がエルドを護るんだよ!」
自然と口から出てきた言葉に、アルト自身も不思議になる。
俺はエルドを護りたいと思っていたのか?無我夢中で言ってしまったが、どうも《魔法騎士団》に入りたくないという只の口実じゃない気がした。
エルドは、世界樹で――――俺の育ての親で―――存在していなきゃいけない存在で――――。
《魔法騎士団》――――フレイア王国を護る魔法を使うものたちを中心とする部隊である。
確か部隊の隊長はまだ青年だと聞いた事がある。
まだ幼い子供でも部隊に配属できるらしい・・・が、それは一部の魔術の才能が在る者だけだ。
アルトにとって、《魔法騎士団》はあまりいい感じはしない。
何故か、その名を聞くだけで胸がざわついたからだ。
「それに、俺は――――」
そこまで言うと、アルトは口を紡いだ。
それに俺は、国から追い出された身だ。今更どうしろというのだ。
「・・・どちらにせよ、貴様はあの方に強制的に部隊に配属される事になるだろう」
「・・・あの方・・・?」
「《魔法騎士団隊長》クロウ・ファインダー様だ」
「!」
昨日の・・・加護って言う物を受けに来た奴か。
アルトは溜息を吐き、男に向き合うと同時に、一瞬空を見上げた。
何かを怒鳴ろうとした瞬間、風が邪魔をした為だ。
風の精霊を一瞬睨んだが、風の精霊はエルドを指差す。
――――ザワ、ザワザワ・・・
「・・・は?」
エルドの大樹が騒がしく唸った。
エルドの感情が流れ込む。
それは、エルドの大いなる意思。
『アルト。僕は大丈夫だ。キミは行くといい。魔術の勉強にもなるだろうしね。それに、キミは人間なのだから、色んな人間とであって学んできた方がいい』
エルドの言葉に、正確には言霊にだが。
ふざけるな、という感情が勝ったが、エルドの意図を掴む。
というか、他の精霊たちが俺の怒りを抑えてくれているようだった。
何とか怒りを抑えきって、エルドを見上げたアルトは、口を開く。
「・・・たまに、来るからな・・・せいぜい魔力の使いすぎには気をつけろよ」
ザワ、ザワ。と、風が吹く。
その風はドコまでも心地いい物だった。
今までに感じたことのない風だな・・・。
――――うん、大丈夫だ。
エルドの大樹が、優しく揺れた気がした。
――――アルトが森を去った後。
エルドは一度人間の姿をして、少し微笑む。
「これで、アルトも大人になるといいんだけどねぇ・・・。・・・まぁ、願わない願いかもしれないけど・・・」
そして、今度は何かの大きな意思を感じて背後を見た。
何も無いが、気配を感じる。それも、とても不快な物だった。
(邪悪な気配だな・・・。魔族かな・・・?でも、コレは――――)
「・・・」
眼を閉じ、エルドは姿をゆっくりと消した。
大きな不安と、この不快な気配を胸に。
◆
「ここが城下町なのか?」
「・・・来た事がないのか?」
「あぁー・・・まぁな。・・・大分昔に来たことはあるらしいけど覚えてないんだ」
フレイア城下町。
アルトは歩くたびに周りを見渡す。
何せ今までエルドの森に引きこもりっぱなしだった為、街は見た事がない物ばかりだった。
街は賑わい、配達をしている者、市場で何かを買うものや、話し合っている者などがにぎやかそうに街を歩いている。
するとクラッドが馬に乗ったままジッとアルトを見ていた。
アルトはそのクラッドの視線に気付いて低い声で「なんだよ」と呟く。
「・・・エルドの森でどんな生活をしていたんだ?」
「あ?普通に木の実とか採って調理して食べたり・・・精霊と会話したり・・・後はエルドに魔術の勉強を教わったり・・・?それくらいか?あぁ、後はエルドと一緒に精霊たちと遊んだりしてた」
「・・・」
「・・・何だよ」
「・・・いや。何でもない・・・。・・・」
クラッドは再度、アルトの顔を見る。
エルドの大樹と会話を出来、更に精霊と共に生活をして魔術を教わった人間。
それがどれほど大きな力を、魔力を持っているのか、この少年は、底知れない。
(それに、先ほどから感じている・・・この不思議な気配と、禍々しい気配は何だ・・・)
少年から発せられる魔力とは違う、殺気とも違うこの気配は。
熟練された騎士ならば、それを感じ取る事は他愛無い――――きっと、城の者も、感じる者は少なくないだろう。
「オイ――――?」
後ろを振り向くと先ほどまで後ろを着いて歩いていたアルト・クレッシェードが居ない。
辺りを見渡してみると――――。
市場にアルトは居た。
「お兄さん!味見してかないか!?うちのリンゴは甘いぞ!」
「サンキュー!」
「オイ。何してる?」
「リンゴ貰った!」
「それは見れば判る・・・。・・・時間がない。寄り道は――――」
そこまで言って、言葉は続かなかった。
というよりも、喋るのを邪魔されたというのが正しいだろう。
―――――ズドンッ
「!?」
衝撃が身体を突きぬけ、次の瞬間周囲から悲鳴が上がった。
その悲鳴は天を見てあがった物だった。
アルトとクラッドはその天を見上げる。
「ドラゴン・・・ッ!!?」
「デカッ!!?」
『グォォォォァァァァ!!!』
明らかに巨大な竜が、ソコに。
巨大なツバサを広げ、雄たけびを続け、暴れまわり始めた。
「・・・何でこんなところに・・・ッ!!オイ!逃げるぞ!」
クラッドがアルトの手を引いた――――が、アルトはソコから一歩も動こうとはしない。
「お、オイ・・・」
「・・・違う・・・」
アルトはドラゴンの上を見た。
そのドラゴンに乗って、アルトを見ていたのは、黒いアーマーを着た、仮面で顔は見れないが騎士の様な風格だった。
黒い仮面の男はアルトを、俺をジッと見ている。
俺も仮面の男を見続けた。
(何だ?・・・この感覚は・・・)
ザワつく感覚を覚え、吐き気が襲ってきた。
すると仮面の男は左手を天に向かってあげた。
「・・・―――」
『グギャァァァァァァァッ!ッ!』
「ッ!」
鼓膜が震えるほどの咆哮を上げた竜は、狂ったように暴れ続ける。
(・・・アレは・・・呪術か?竜を・・・魔法か何かで操って―――)
「おい、何をしている!アルト・クレッシェードッ!!」
―――ズドンッ
「!!うあッ!??」
ドラゴンがブレスを使い、急に炎を吐いた。
危なかった。もう少ししたら俺は焼け焦げになる所だった。
ドラゴンを見上げ、そして再び黒いアーマーの騎士の様な仮面の男を見遣る。
男は何もせず、ドラゴンの上に乗っているが、きっと神経を集中し、魔法を唱え続けているのだろうと、アルトは予測する。
「《アイス・ブレス》」
アルトは、俺は黒い騎士に向かって、氷結の魔術を唱える。
――――《魔術》と《魔法》は異なる術式だ。
《魔法》はいわゆる呪術の様な物で、魔力と言う物がなければ使用する事は不可能に近いが、魔石を使うことで一般人でも《魔法》の知識さえあれば使用は可能となるが、一方の《魔術》はそうもいかない。
《魔術》も魔力を使用し発動する事ができるが――――そのつど《術式》というものを完成させなければならない。
《術式》というのは、魔法陣の様な事を言う。
普通、《魔術》を使用する際は地面にでも壁にでも陣を、《術式》を完成させなければならないが――――。
アルト・クレッシェードは違った。
アルト・クレッシェードの場合、自分自身が、魔法陣であり、魔力であり、《術式》として《在る》為、彼は現実に描かなくとも、頭の中で《描く事》で《魔術》を発動している。
いわずとも、コレは常人なら行う事すら困難な方法である。
『グギャァァァァァァァッ!!!』
「ッ!!」
「・・・――――」
凍り付いてゆくドラゴンの背に乗っていた黒い騎士が、一度そのドラゴンから飛び降りる。
あのまま乗っていれば凍りついてしまうからだ。
倒れ行くドラゴンを尻目に、アルトはその男を見据えた。
先ほどと同じ、不快な感覚が襲う。
「待てッ!!」
「オイッ!?」
アルトは黒い騎士を追い、クラッドがアルトの後を追った。
「・・・クソッ・・・」
「オイ、どうした?何があった?」
「・・・何でもない・・・」
何故かあの黒い騎士について、言ってはいけない気がした。
只の直感だけども、何か――――。
――――トンッ
「!」
急に肩に手を置かれ、アルトは後ろを振り向く。
「アルト・クレッシェードだな」
「・・・?」
「クラッド。遅すぎるぞ。それに何だ?この状況は・・・。ドラゴンが街にいきなり現れ、そのドラゴンを一瞬にして凍りつかせ・・・。何があった?」
「・・・あの」
アルトは恐る恐る急に現れた男に話しかけた。
どうやらクラッドの知り合いらしいけど、クラッドが何故かこの男に対してよそよそしい態度をとっているし、かなり偉い人物なのか?と、そんな風に考えていたからだ。
「・・・あぁ、すまない。私は《魔法騎士団》一番隊・隊長のエルリオス・ドレイドと言う。キミの事は《魔法騎士団》総隊長のクロウ・ファインダー様からおおよそ聞いているが・・・」
マジマジとアルトを見るエルリオスという男に、「何ですか?」と聞いて見た。
「まさか、まだこんなに若いとは思っても居なかった・・・それに、《女の子》だとは・・・」
「・・・は?」
は?という口のまま、アルトは硬直した。
後ろのクラッドはクスクスと笑っている。
・・・女の子?コイツ、女の子とか言ったか?聞き間違いじゃ、ない、の。
そこまで考えて、アルトは息を吸って、吐く。
そしてもう一度大きく息を吸い――――。
「俺は正真正銘ッ!!!男だッ!!!」
そう叫び、大笑いするクラッドを思いっきり睨んでやった。
「え・・・あ・・・そうだったのか・・・その、すまない・・・。あまりにも、その、中性的で・・・ッ」
「判ってるさ。自分でも自覚してんだよ。自分が童顔くらい!!」
涙目になって言うアルトに、エリオスは申し訳なさそうな顔をする。
本当に申し訳ない話だ!クソッ・・・自分で言って悲しくなって来た。
「・・・その、本当、すまない・・・」
「もういいっ!さっさと行くから案内してくれ!」
「じゃあ本部に向かうか・・・ククッ・・・」
「笑うな!!その口二度と喋れないように凍らすぞ!」
しばらく笑い続けるクラッドと申し訳なさそうな顔をし続けるエリオスに、アルトは半泣きになりながら着いて行った。
◆
「・・・ようこそ、《魔法騎士団》へ・・・と、言いたいところだが・・・」
クロウ・ファインダーは本部の門の前で待っていた。
遠くで見えるアルト・クレッシェードと使いに回したクラッド、エリオスを見て「ようこそ」と告げようとしたが、半泣き状態のアルトと笑いを堪えるクラッドと申し訳なさそうな、気まずい雰囲気を出しているエリオス。
アルトに「何があった?」と聞いて見た。
「・・・聞かないでくれ・・・」
そういいアルトは俯き落ち込み度が半端無い状態でクロウを見た。
ゴホンッと、堰をし、アルトに向かって手を差し伸べる。
その手を見て、ようやく俯き加減になっていた顔を上げた。
「改めて、ようこそ。《魔法騎士団》へ。アルト・クレッシェード」
「・・・」
目を丸くしたアルトの目に飛び込んできたのは、大きな古城――――フレイア王宮だった。
アルトは差し伸べた手を、ゆっくり握り返したのだった。
間違った点や文章が可笑しいと思った時は直ぐに編集します




