1-1 「精霊王エルドの樹」
エルドの樹。
別名は『精霊王エルド』。
全ての精霊達を守り、世界を支える大樹だと言われ、加護を受けたものは唯一、エルドの側に行く事を許される。
ただ、例外が居るとすれば。
それはエルドに育てられた者だけだろう。
◆
「・・・?」
胸がざわつく感覚を感じ、エルドは顔を上げる。
それは小屋でアルトの魔術の勉強をしていた時だった。
この感覚は、誰かが、森の中に入ってきた・・・?
人間みたいだけど・・・相当な魔力の持ち主だ・・・。
「アルト。森の中に誰かが・・・」
「・・・どんな奴かわかるか?」
「相当な魔力の持ち主だよ。魔族じゃないみたいだけど。うーん・・・。なんていえばいいんだろう」
「お前が曖昧な言葉を返すなんて珍しいな・・・。見てくるよ。どうせ本体にも会いに行こうとか思ってたし」
「じゃあ、頼むよ」
アルトは小屋を後にし、エルドは少しだけ微笑む。――――エルドはうすうす感じていた。
あの魔力の持ち主が、一体何者なのかを。
きっとその魔力の持ち主が、アルト・クレッシェードという忌み嫌われる右目を持つ者の運命を深く変えてしまうことさえも。
それは、きっと悪くも、良くも。
エルドは本体に戻るために、魔力を戻した。
◆
「・・・ッハァァ・・・」
まだ早朝のせいか、空気が肌寒いくらいだった。
身震いし、息が白く吐かれている。
(厚着にマントを羽織っててももうこんなに寒いのか。・・・太陽は当たっているようだけど、こうも寒いと、そら弱るわな)
白い息を吐きながら、森の中を進んでゆく。
すると奥に進めば進むほど何かの光が強くなっていった。
ザワザワと、耳元で何かの音が鳴る。
精霊たちが、アルトが森の中へ入ってくるのを楽しみにしていたように空気が振動し、その感情がアルトの中へ伝わってきた。
少し、ピリピリした空気を感じる・・・?
それにしても・・・誰だよ、こんな寒い日に森の中へはいって来る奴は。
エルドの魔力も弱っちまってるし。できるなら無理しないで欲しいんだけど。
そこまで考えてアルトは一度止まる。
・・・俺、エルドの事、心配してんのか・・・?
まぁ、エルドは俺の育て親だし。心配しない方が可笑しいんだけど。
・・・何だか今日は調子が狂うな・・・。
するとフワフワと赤い粒子が舞い始めた。
少しずつ体温が高まっていく。どうやら火の精霊が温度を上げてくれているらしい。
これならエルドも少しは魔力を温存できるだろうな。
・・・まただ。エルドの事、心配しすぎなんじゃねぇか?仮にもアイツは精霊王なんだ・・・――――。
――――ザワッァア
「・・・エルド」
顔を上げると、エルドと呼ばれる精霊の大樹が光子を纏っていた。
光合成でも・・・いや、世界樹だと言うほどなのだから、魔力を補充でもしているのだろうか。
アルトはエルドの幹に手を添えた。
眼を瞑り、魔力を集中させる。
「・・・―――――」
呪文の様な何かを呟くと、エルドは風もないのに葉を揺らした。
(これで魔力の足しになればいいんだけど。俺だけの魔力じゃ足りないだろうな)
本人曰く、相当衰弱しているのだというらしいし。
・・・全く、そんな衰弱しているなら俺の前で人の姿をしなくてもいいのに。
――――ガサッ・・・
「!!・・・誰だ」
音の鳴った方向へ、魔力を集中させる。
木の背後から現れたのは、長身の青い髪をした男だった。
腰には剣が携えられている。
驚いたようにこちらを見て、再び一歩、前に歩んだ。
「・・・誰だと聞いてるんだが」
「・・・俺は、《勇者》の血を受け継いだ者だ。・・・お前、エルドに近づけるのか?」
アルトは「は?」という顔になる。近付くくらいでどうなるのだ。
・・・でも、前にエルドは自分のみを護るために見知らぬ者は入れぬようにしているとか言ってたような。
(というか、今、コイツは《勇者》とか言ったか?)
男をジッと見て、魔族ではないのを改めて確認した。
ただの人間でないことも理解した。何となくだけれど。
「お前、エルドに近づけないのか?魔族とかモンスターじゃないのに?人間なのにか?」
「エルドの樹に近づけるのはエルドの加護を受けたものと・・・。エルドの使い魔、精霊、そしてエルドの守護者だけのはずだ。・・・お前何者だ?」
逆に「何者だ」、と言われ、癪に障ったが何とか押さえ込む。
お前が何者だよ。勇者とか言われて納得できねぇのはコッチのはずなのに。
「・・・俺はアルト・クレッシェード。このエルドの森に住んでる。・・・まぁ、エルドとは《知り合い》だ」
《知り合い》という言葉に男は顔をゆがめたが、それ以上何も聞かなかった。
聞いても自分には関係ないと判断したからなのだろうか。
「俺は・・・魔族と戦うため『精霊王エルド』の加護を受けに来た。必要不可欠な事だからな」
「・・・俺に頼んでもエルドは返事してくんねぇぞ。・・・おい、エルド」
アルトはエルドの樹の方向を見て、エルドの名前を呼んだ。
エルドは返事をせず、揺ら揺らと大樹を揺らす。
――――ザワァ・・・ァ・・・
「・・・いいってよ。ホラ、右手を差し出せ」
「・・・お前、エルドと会話できるのか?」
「エルドだけじゃない。他の精霊とも会話程度なら出きる」
「・・・」
「ホラ、早くしねぇとエルドの奴、疲れて寝ちまうぞ」
そういわれて男は右手を差し出した。
エルドの大樹が一層輝きを増す。
そして同時に男の右手も輝き、次第にその光は収まっていった。
エルドを見上げると、エルドは疲れたというように輝きが薄まっていく。
「これで大樹に近づけるらしい。・・・って待て。俺はそんなもん貰ってねぇぞ・・・。・・・俺は特別?ふぅん・・・」
アルトは男を見る。
男は右手を見て、アルトのほうを向いた。
「そういや、お前勇者とか名乗ったけど。それ、称号だろうが。名前は?」
「・・・俺の名は、クロウ・ファインダー。『勇者の末裔』だ」
「クロウ?・・・ふぅん・・・。そうだ。魔物。最近ココラ辺で厄介な奴が出たらしいんだ。気をつけたほうがいい。ホレ」
「?」
アルトが投げた子袋を、クロウは受け止める。
その子袋を開けると中には葉が数枚、入っていた。
「何だ?」
「エルドの魔力で育った樹の葉だ。流石にエルドから魔力を奪う行為はできねぇからな」
「・・・礼を言う」
「硬いなぁ」
「?」
「そんなかたっくるしいと、ココラ辺の精霊も警戒すんのも無理ねぇな」
クロウに笑いかける。
さっきから精霊が何だかピリピリしていたのはコイツのせいだったらしい。
ザワザワと、大樹が揺れた気がしたが錯覚だったようだ。
無言でクロウはその子袋を握り締め、後ろを振り向いた。
「じゃーなー。クロウ」
「・・・あぁ」
クロウが去った後、アルトは再びエルドの大樹を見上げた。
エルドから、声が降りかかる。
『アルト。良かったね』
「・・・?何が?」
『もう直ぐわかるよ』
「・・・?」
エルドは嬉しそうにクスクスと、大樹を揺らした。
アルトは、溜息を吐いてエルドの側に腰を下ろした。
◆
「・・・帰ってきたか」
クロウは先ほどエルドの大樹の側で出会った少年、アルトと呼ばれる少年から貰った子袋を握り締め、目の前で王座に座る男を見上げた。
王座に座るのは、この国、フレイア王国の王であるシエル・レイブである。
彼は優しい微笑を見せ、クレイに喋りかけた。
「どうだ?エルドの加護は」
「・・・」
「クロウ?」
「・・・スイマセン。少し考え事をしていまして」
「ところで、クロウよ。仲間はどうする?コチラで派遣を―――――」
「いえ、それなら問題ありません」
「?」
「既に――――決めました」
クロウは自分でも何が可笑しいのか判らないが、微笑を浮かべた。
その微笑は、優しげなものだった。
「支障は起きないでしょう。一目見て、魔力は常人以上だと判りました。・・・それに」
それに。
クロウは笑う。
一目見て、判った。
剣術の腕も申し分はないと。魔力も桁外れである事も。
それ以上に、面白い、気に入ったという感情の方が大きかったけれども。
「戦力にも、申し分はない。いえ、それ以上に、でしょう」
「・・・そうか。なら任せよう」
「・・・では、失礼しました」
王室を後にし、クロウはフレイア王宮内をウロウロする。
すると目の前に1人の男が立っていた。彼の名はレイラという。
年はクロウより上だ。
実を言うとあまりクロウはこの男の事を好いていない。
時折殴り合いの喧嘩に発展する事も数少なくない。
そのたびに他の者に迷惑をかけてしまっていた。
「・・・何の用だ?」
「・・・新しく人員を雇うそうじゃないか」
「・・・まぁな」
「ソイツ、強いのか?」
「判らないな。それは」
「判らない?何でそんな奴を雇うつもりなんだ?」
「人並みはずれた魔力は確かに感じたが・・・。実際戦っているところを見たわけでもないしな。・・・それに、本人にも雇うとは言っていない」
「・・・オイオイ、どうするつもりだよ」
「無理矢理にでも引き入れる」
「・・・嫌われるぞ?」
「構わない」
「・・・そんなんだからお前は・・・」
男は呆れたように言ったが、クロウは楽しそうにまた笑った。
これからよろしくお願いします。




