第3話 初めての依頼と、元気すぎる少女
二千年後の世界で、冒険者としての第一歩を踏み出したカイゼル。
歴史書に記された過去は、彼の知る真実とは大きく異なっていた。
それでも、今は焦らず、この世界で生きていくための準備を整える必要がある。
そんな彼の前に、一人の少女が現れる。
その出会いが、カイゼルの旅を少しずつ変えていくことになる。
冒険者ギルドを出る頃には、街は夕暮れに包まれていた。
赤く染まった屋根。
帰路につく人々。
露店を片付ける商人たち。
カイゼルは通りを歩きながら、仮の冒険者証を手の中で眺めていた。
「……まずは、金を稼がないとな」
パン屋の女性に借りた食事代も返したい。
それに、今夜の寝床も必要だった。
冒険者ギルドでは、初心者向けの依頼を受けられると聞いている。
危険の少ない依頼をこなしながら、この世界の常識を学ぶ。
今の自分には、それが一番いい。
カイゼルは踵を返し、再びギルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
「初心者向けの依頼ですね。それでしたら、こちらはいかがでしょう?」
受付の女性が、一枚の依頼書を差し出した。
『薬草採取』
報酬は銅貨二十枚。
指定された薬草を十本集め、街の外れにある森の入口付近で採取するという内容だった。
「森の奥へ入る必要はありません。危険な魔物も少ない場所です」
「……分かった。これを受ける」
「承知しました。初めての依頼ですので、無理はしないでくださいね」
カイゼルは依頼書を受け取り、ギルドを出た。
森へ向かう途中、彼は道端の植物を観察していた。
薬草の特徴は依頼書に簡単に記されている。
葉の形。
茎の色。
魔力の流れ方。
それらを確かめながら、指定された植物を探していく。
「……これか」
青みがかった葉を持つ薬草を見つけ、根を傷つけないよう丁寧に採取する。
一つ。
二つ。
三つ。
作業は順調だった。
ところが、八本目を採取したとき――。
「うわああっ! 待って待って待ってーっ!」
森の奥から、少女の叫び声が響いた。
カイゼルは手を止める。
続いて聞こえたのは、何かが地面を蹴る音。
そして、木々の間から飛び出してきたのは、赤みのある髪を揺らす少女だった。
少女は短剣を手に持ち、全速力で走っている。
その背後には、三匹の角ウサギが迫っていた。
ただのウサギではない。
頭部に硬い角を持ち、突進する力が強い魔物だ。
「なんでこんなに追いかけてくるのよー!」
少女は後ろを振り返りながら叫ぶ。
そして、前を向いた瞬間。
「わっ!?」
木の根につまずいた。
身体が大きく傾く。
そのまま倒れれば、角ウサギの突進をまともに受けるだろう。
カイゼルはため息を一つついた。
「……危なっかしいな」
地面を蹴り、少女の前へ滑り込む。
「伏せて」
「えっ!?」
少女が反射的に身をかがめた瞬間、カイゼルは手をかざした。
「魔性――衝撃変換」
迫っていた角ウサギの突進力が、横方向へと逸らされる。
三匹の魔物は互いにぶつかり、地面を転がった。
「ギュッ!?」
カイゼルは追撃せず、魔物たちの様子を見極める。
角ウサギたちはしばらく混乱していたが、やがて危険を察知したように森の奥へ逃げていった。
静寂が戻る。
「…………」
「…………」
少女は地面にしゃがみ込んだまま、ぽかんとカイゼルを見上げていた。
やがて、勢いよく立ち上がる。
「た、助かったー! ありがとう!」
「……怪我は?」
「大丈夫! ちょっと転びそうになっただけ!」
「転びそうに、ね……」
カイゼルは、彼女の服についた土を見た。
膝には擦り傷もある。
どう見ても、少し転びかけただけではなさそうだった。
少女は気まずそうに笑い、頬をかいた。
「えへへ……まあ、細かいことは気にしない!」
「……そうか」
「うん! 私はリリア! リリア・ハート! あなたは?」
「カイゼル」
「カイゼルね! よろしく!」
リリアは満面の笑みで手を差し出した。
カイゼルは少し戸惑いながらも、その手を握る。
「……よろしく」
それが、彼とリリアの最初の出会いだった。
◇ ◇ ◇
「ところで、カイゼルって冒険者?」
「ああ。今日、登録したばかりだ」
「えっ、今日!? じゃあ私と同じくらいだ!」
リリアは嬉しそうに目を輝かせた。
「私もまだ駆け出しなんだ! 魔物を倒して、強くなって、いつかすっごい冒険者になるの!」
「……目標があるんだな」
「もちろん!」
リリアは胸を張った。
「強くなれば、困ってる人を助けられるでしょ? だから、もっと強くなりたいんだ!」
その言葉に、カイゼルは一瞬だけ目を伏せた。
困っている人を助ける。
かつての父も、母も、そうして戦っていた。
ただし、二人はあまりにも多くのものを背負ってしまった。
「……強さだけが、誰かを助ける方法じゃない」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもない」
カイゼルは採取した薬草を袋へ入れた。
リリアが、その袋を覗き込む。
「あっ、それ薬草? もしかして依頼?」
「ああ。十本集めるだけだ」
「そっか! 私は魔物の討伐依頼だったんだけど……」
彼女は森の方を振り返った。
「さっきの角ウサギを倒せば達成だったんだよね。でも、逃げられちゃった……」
「……三匹とも倒す必要があったのか?」
「ううん、一匹でよかったんだけど……」
リリアは視線を逸らした。
「ちょっと勢い余っちゃって、三匹まとめて怒らせたというか……」
「…………」
「で、でも! ちゃんと戦おうとはしたんだよ!?」
カイゼルは、彼女が必死に弁解する姿を見て、小さく息を吐いた。
「……分かった。とりあえず、依頼をやり直そう」
「えっ、手伝ってくれるの!?」
「ああ。ただし、次は周囲をよく見て動くこと」
「はーい!」
返事だけは、とても元気だった。
カイゼルは少しだけ不安を覚えた。
◇ ◇ ◇
森の入口付近。
二人は角ウサギの足跡を追っていた。
リリアは短剣を構え、周囲を注意深く観察している。
先ほどまでの勢い任せな動きとは、少し違っていた。
「……あっちにいる!」
茂みの向こうに、角ウサギが一匹見えた。
リリアはすぐに飛び出そうとする。
「待て」
カイゼルが声をかけた。
「え?」
「正面から突っ込めば、また逃げられる。風下から回り込んで、相手が気づく前に距離を詰めるんだ」
「なるほど……!」
リリアは頷き、指示どおりに動いた。
足音を抑え、木々の陰を利用して近づく。
角ウサギが顔を上げた瞬間、リリアは地面を蹴った。
「そこっ!」
短剣が閃く。
角ウサギは突進する間もなく、リリアの一撃を受けて倒れた。
「やったー!」
リリアは短剣を掲げ、満面の笑みを浮かべた。
「見た!? 今の! ちゃんと倒せたよ!」
「……ああ。今のはよかった」
「えへへ、でしょ!」
褒められたことが嬉しいのか、リリアは何度も笑顔を向けてくる。
カイゼルはその様子を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
彼女は確かに、勢い任せなところがある。
けれど、助言を素直に聞き、すぐに行動へ移すことができる。
それは一つの才能だった。
「よし! これで依頼達成!」
「……ギルドに報告するまでは終わりじゃないぞ」
「分かってるって!」
リリアは元気よく返事をした。
その直後、足元の小石につまずいた。
「わっ!?」
カイゼルは無言で彼女の腕をつかみ、転ぶ前に支えた。
「…………」
「…………」
「……前を見て歩け」
「は、はい……」
リリアは顔を赤くしながら、姿勢を正した。
カイゼルは彼女の腕を離し、歩き出す。
その後ろを、リリアが慌てて追いかけてきた。
「ねえ、カイゼル!」
「何だ?」
「今日のお礼もしたいしさ、よかったら一緒にギルドへ戻らない?」
「……最初から、そのつもりだ」
「そっか! じゃあ決まり!」
リリアは嬉しそうに笑った。
二人は並んで街へ戻り始めた。
まだ出会ったばかり。
互いのことも、ほとんど知らない。
それでも、その歩幅は少しずつ揃い始めていた。
◇ ◇ ◇
ギルドへ戻った二人は、それぞれ依頼の報告を済ませた。
カイゼルは薬草を十本提出し、報酬の銅貨二十枚を受け取る。
リリアも角ウサギの討伐を認められ、報酬を受け取った。
「これで今日の仕事は終わり!」
リリアは満足そうに両手を伸ばした。
「カイゼルは、このあとどうするの?」
「……宿を探す。しばらく、この街に滞在するつもりだ」
「そっか! だったら、明日も一緒に依頼を受けない?」
カイゼルは彼女を見た。
「……俺と?」
「うん! カイゼルって落ち着いてるし、戦い方もすごく上手だし! 一緒なら、もっといろんな依頼に挑戦できそう!」
「……考えておく」
「えー! そこは即答してよ!」
リリアは頬を膨らませた。
カイゼルは困ったように目を逸らす。
人と一緒に行動するのは、悪いことではない。
だが、彼にはまだ知らなければならないことが多い。
それに、自分の力をどこまで見せていいのかも分からない。
「……明日、ギルドで会ったら考える」
「よしっ! 約束だからね!」
「約束とは言ってないが……」
「細かいことは気にしない!」
リリアはそう言って、笑いながら手を振った。
「じゃあ、また明日ね! カイゼル!」
「ああ。また明日」
彼女の姿が人混みに消えていく。
カイゼルは手元の銅貨を見つめた。
今日一日で、少しだけこの世界のことが分かった。
人々の暮らし。
冒険者という仕事。
そして、リリア・ハートという少女。
二千年前とは違う世界にも、変わらず笑い、誰かを助けようとする人がいる。
「……悪くないな」
カイゼルは小さく呟いた。
その胸にあった不安が、ほんの少しだけ和らいでいた。
しかし、彼はまだ知らない。
この小さな出会いが、やがて自分の運命を大きく変えていくことを。
今回は、カイゼルが初めての依頼をこなし、元気いっぱいの少女・リリアと出会いました!
勢いで行動してしまうリリアですが、助言を受ければすぐに実践できる素直さも持っています。落ち着いたカイゼルとは正反対の性格ですが、だからこそ相性のよい二人になりそうですね。
次回は、カイゼルがリリアと再び行動する中で、もう一人の少女との出会いへとつながっていきます。




