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『二千年後の時を経て運命に導かれし聖魔の継承者』  作者: 黒夜
第1章 目覚めし聖魔の継承者
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第2話 初めて見る街と、変わり果てた世界

二千年の時を越え、見知らぬ世界に降り立ったカイゼル。

彼が最初に求めたものは、力でも名声でもない。

この世界を知るための、小さな手がかりだった。

しかし、街へ足を踏み入れた彼を待っていたのは、想像以上に変わってしまった世界の姿だった。

街道を進むこと、しばらく。

カイゼルは、石造りの大きな門の前にたどり着いた。

門の両脇には武装した兵士が立ち、出入りする人々を確認している。

頭上には、見慣れない紋章が掲げられていた。

「……ずいぶんと立派な街だな」

二千年前にも大きな都市はあった。

だが、この街の建築様式は、カイゼルの記憶にあるものとはまるで違う。

建物の壁には魔力を帯びた石が埋め込まれ、街を囲む防壁には複雑な魔法陣が刻まれている。

魔法が、生活の一部として使われているらしい。

「そこの少年、止まれ」

門番の一人が声をかけてきた。

カイゼルは足を止め、静かに顔を向ける。

「この街に入るのか?」

「ああ」

「身分証は持っているか?」

「……持っていない」

正直に答えると、門番は困ったように眉を寄せた。

「身分証がないなら、入門の手続きが必要だ。どこから来た?」

「遠い場所から」

「遠い場所って……。親や保護者は一緒じゃないのか?」

「俺一人だ」

門番はカイゼルの白い髪と深紅の瞳を見つめた。

不審者というより、事情のある少年を心配しているようだった。

「……まあ、子供一人で放っておくわけにもいかないか。名前は?」

「カイゼル」

「姓は?」

「ない」

これは、正確には少し違う。

しかし、今の時代に自分の家名が通じるとは思えなかった。

門番は短く息を吐き、記録用の板に何かを書き込んだ。

「よし。仮の入門記録を作っておく。問題を起こすなよ」

「分かった。ありがとう」

門をくぐると、カイゼルの目の前に街の景色が広がった。

「……これは」

思わず、足が止まる。

大通りには馬車が行き交い、露店には色とりどりの商品が並んでいる。

焼きたてのパンの香り。

商人たちの呼び声。

子供たちの笑い声。

人々の暮らしが、そこにはあった。

二千年前の戦場とは違う。

誰かが笑い、誰かが働き、誰かが今日という日を生きている。

カイゼルはしばらく、その光景を眺めていた。

「……平和、なのか」

少なくとも、この場所には戦争の気配は薄い。

それが少しだけ、嬉しかった。

父と母が命を懸けて守ろうとした未来。

その一端を、今、自分は見ているのかもしれない。

「さて……」

カイゼルは視線を巡らせた。

まずは情報を集めたい。

この街の名前。

今の国の情勢。

そして、二千年前から何が変わったのか。

そのためには、人が集まる場所へ行くのがいい。

「酒場か、冒険者ギルド……」

そう呟いたところで、腹の虫が鳴った。

「…………」

カイゼルは無言で腹に手を当てた。

次元の狭間では、食事を必要としなかった。

しかし、こちらの世界に戻った今は違うらしい。

「……先に食事だな」

◇ ◇ ◇

大通りの一角。

カイゼルは、香ばしい匂いを漂わせるパン屋の前で立ち止まっていた。

店先には、丸いパンや細長いパンが並んでいる。

店員の女性が、にこやかに声をかけた。

「いらっしゃい! 何にする?」

「……このパンはいくらだ?」

「銅貨三枚だよ」

「銅貨……」

カイゼルは、そこで初めて重大な問題に気づいた。

金がない。

二千年前の貨幣を持っていたとしても、今の時代に使える保証はない。

「……すまない。金を持っていない」

女性は目を丸くした。

「えっ? じゃあ、お腹が空いてるの?」

「……まあ、そうだな」

カイゼルは少し気まずそうに目を逸らした。

すると、女性は小さく笑い、紙袋にパンを一つ入れた。

「はい、これ。売れ残りになる前に食べちゃって」

「……いいのか?」

「育ち盛りの子が遠慮しないの! 次にお金ができたら、また買いに来てくれればいいから」

カイゼルは差し出されたパンを見つめた。

見知らぬ自分に、何の見返りも求めず手を差し伸べる。

その優しさに、胸の奥がわずかに温かくなった。

「……ありがとう。必ず返す」

「はいはい。楽しみにしてるよ!」

カイゼルは深く頭を下げ、店を離れた。

路地の端でパンを一口かじる。

焼きたての温かさと、素朴な味が口の中に広がった。

「……うまい」

思わず、小さな声が漏れた。

二千年ぶりの食事。

それは、彼が新しい世界で初めて受け取った親切でもあった。

◇ ◇ ◇

食事を終えたカイゼルは、街の掲示板を見つけた。

大勢の人が集まり、紙に書かれた情報を確認している。

討伐依頼。

薬草採取。

護衛募集。

その中に、彼の目を引く文字があった。

『冒険者ギルド 登録受付中』

「……冒険者、か」

二千年前にも、魔物の討伐や護衛を請け負う者たちはいた。

だが、今のように制度として整えられているのは初めて見る。

ギルドなら、世界の情報も集まりやすいはずだ。

カイゼルは掲示板に記された地図を確認し、ギルドへ向かった。

やがて、剣と杖を交差させた看板が見えてくる。

扉を開くと、賑やかな声が一斉に耳へ飛び込んできた。

「だから、あの魔物は俺が倒したんだって!」

「嘘つけ! 最後に転ばせたのは私でしょ!」

「おいおい、ギルドの中で喧嘩するなよ!」

受付の前では冒険者たちが依頼の報告を行い、奥のテーブルでは数人の男女が地図を広げている。

カイゼルは騒がしさに少しだけ目を細めた。

「……活気があるな」

すると、受付にいた女性が彼に気づいた。

「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。何かご用でしょうか?」

「冒険者登録をしたい。それと、いくつか聞きたいことがある」

「登録ですね。では、こちらへどうぞ」

カイゼルは案内され、受付の前に立った。

女性は書類を用意しながら説明を始める。

「冒険者登録には、名前と年齢、それから魔力適性の確認が必要になります。実力に応じてランクが決まりますが、初めての方は原則として最低ランクからのスタートです」

「分かった」

「では、お名前をお願いします」

「カイゼル」

「年齢は?」

「十五歳」

女性の手が、一瞬止まった。

「十五歳ですか? お若いですね」

「よく言われる」

「ふふっ。では、魔力適性の確認をしましょう。こちらの測定石に手を置いてください」

受付の横に置かれた透明な石。

表面には、魔力を測定するための細かな魔法陣が刻まれていた。

カイゼルはそれを見て、内心で少し警戒した。

――この石は、どこまで測れる?

自分の聖性と魔性は、現代の魔法体系とは異なる。

まともに測定すれば、不要な注目を集める可能性がある。

「……手を置くだけでいいんだな?」

「はい。力を込める必要はありませんよ」

カイゼルはそっと手を置いた。

そして、ごくわずかに魔力を流す。

その瞬間。

測定石の内部に、淡い光が走った。

青。

赤。

そして、白。

三色の光が一瞬だけ重なり、石の表面に細かな亀裂が浮かび上がった。

「……え?」

受付の女性が目を見開く。

カイゼルはすぐに手を離した。

パキッ。

乾いた音とともに、測定石の光が消えた。

「…………」

「…………」

二人の間に、沈黙が流れる。

やがて女性は、壊れた測定石とカイゼルを交互に見た。

「え、えっと……。カイゼルさん?」

「……すまない。壊すつもりはなかった」

「い、いえ! 普通は、魔力を流したくらいで壊れるものではないんですが……」

女性は慌てて奥へ声をかけた。

「すみません! 測定石が故障したみたいです!」

「またか? 最近、調子が悪いな!」

奥から返事が飛んできた。

どうやら、完全に自分のせいだとは思われていないらしい。

カイゼルは内心で安堵した。

――危なかった。

本来の力を見せるわけにはいかない。

この時代の常識を知らない以上、まずは目立たずに行動するべきだ。

受付の女性は、新しい用紙を取り出した。

「申し訳ありません。今日は測定を中止して、仮登録という形でもよろしいでしょうか?」

「問題ない」

「ありがとうございます。では、こちらに記入をお願いします」

カイゼルは必要事項を書き終えると、仮の冒険者証を受け取った。

これで、ひとまず街で活動するための足がかりはできた。

「それで、聞きたいことがあるんだが」

「はい、何でしょう?」

カイゼルは少しだけ言葉を選んだ。

「……今の世界の歴史について知りたい。特に、二千年ほど前のことを」

受付の女性は不思議そうに首を傾げた。

「二千年前、ですか?」

「ああ」

「そうですね……。一般的な歴史なら、ギルドの資料室にあると思います。詳しいことを知りたいなら、王都の図書院が一番かもしれません」

「資料室を見せてもらえるか?」

「もちろんです。奥の階段を上がって、右側のお部屋ですよ」

「助かる」

カイゼルは礼を言い、資料室へ向かった。

しかし、その胸の内には、わずかな不安が生まれていた。

二千年前の歴史。

自分が知る世界の記録は、どれほど残っているのだろうか。

父と母の名前は。

人間と魔族が手を取り合った時代は。

そして、天使たちとの戦いは――。

◇ ◇ ◇

資料室には、大小さまざまな本が並んでいた。

カイゼルは歴史書の棚を探し、一冊の分厚い本を手に取った。

表紙には、こう書かれている。

『大陸史概説』

ページをめくる。

最初に記されていたのは、現在の大陸と国家の成り立ちだった。

そして、歴史の項目を遡っていくうちに、カイゼルの手が止まった。

『約二千年前、人間と魔族の間で大規模な戦争が発生した』

「……は?」

思わず、声が漏れた。

ページを読み進める。

『両種族は長きにわたり争い、数多くの犠牲を出した。最終的には人間側の勝利によって戦争は終結し、魔族は大陸の東部へと追いやられた』

そこには、自分の知る歴史とは正反対のことが書かれていた。

人間と魔族は、かつて共に戦った。

互いを認め合い、平和な時代を築いた。

それなのに。

「……何があった?」

カイゼルの指先が、ページの端を強く握る。

記録には、勇者と魔王の名すら見当たらなかった。

二人が築いたものも。

二人が守ろうとした未来も。

この本には、何一つ記されていなかった。

さらにページをめくる。

二千年前の記録は、わずかな記述だけで終わっていた。

まるで、それ以前の歴史が意図的に切り捨てられたかのように。

「…………」

カイゼルは本を閉じた。

胸の奥に、冷たいものが広がっていく。

だが、すぐに首を横に振った。

「……まだ決めつけるな」

一冊の本に書かれていることが、すべて正しいとは限らない。

失われた記録があるのかもしれない。

時代とともに、歴史の解釈が変わったのかもしれない。

今は、もっと情報を集める必要がある。

カイゼルは本を棚へ戻し、窓の外を見た。

夕暮れの光が街を染め始めている。

二千年の間に、人間と魔族の関係は変わってしまった。

それだけは、どうやら間違いなさそうだった。

「……父さん、母さん。俺は、この世界をもう少し調べてみる」

誰にも聞こえない声で呟く。

そして、彼は資料室を後にした。

まだ、何も分かっていない。

けれど、一つだけ決めたことがある。

この世界を知るまでは、過去に囚われない。

自分自身の目で見て、自分自身の頭で考える。

それが、二人から託された未来を生きるということなのだから。

カイゼルは無事に街へ入り、冒険者ギルドで仮登録を済ませました。

しかし、資料室で見つけた歴史書には、彼の知る過去とはまったく違う内容が記されていました。

なぜ、人間と魔族は再び敵対しているのか。

二千年前の真実は、どうして歴史から消えてしまったのか。

今はまだ、答えは見つかりません。

次回は、街での生活を始めたカイゼルが、初めての依頼に挑戦します。そして、そこで彼は一人の少女と出会うことになります。

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