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『二千年後の時を経て運命に導かれし聖魔の継承者』  作者: 黒夜
第1章 目覚めし聖魔の継承者
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第1話 目覚めた世界、二千年後の空

二千年前、勇者と魔王は愛する息子を未来へ託した。

そして今、長い時を越えて、一人の少年が目を覚ます。

彼が知っている世界は、もうどこにも残っていなかった。

――暗闇。

何も見えず、何も聞こえない。

時間の流れさえ感じられない空間で、白髪の少年は静かに漂っていた。

「…………」

やがて、その指先がわずかに動く。

閉じられていた深紅の瞳が、ゆっくりと開いた。

「……ここは?」

カイゼルは周囲を見渡した。

上下の感覚すら曖昧な、果てのない空間。遠くには、淡い光が幾重にも重なって揺らめいている。

ここは、次元の狭間。

かつて父と母が、自分を生かすために送り込んだ場所だった。

「……そうか。俺は……」

最後の記憶が、脳裏によみがえる。

燃え上がる大地。

倒れていく人々。

そして、自分を見つめる父と母の顔。

『カイゼル。お前は、お前自身の人生を生きなさい』

母の声が、耳の奥に残っていた。

カイゼルはそっと目を閉じた。

「……父さん、母さん」

悲しみはあった。

けれど、二人が最後に託してくれた願いを、忘れたことはない。

自分には、生きる理由がある。

二人が守ろうとした未来を、この目で確かめること。

それが、今の自分にできることだった。

カイゼルはゆっくりと立ち上がろうとした。

その瞬間――。

空間が、大きく揺れた。

「っ……!?」

足元に亀裂のような光が走り、周囲の景色が歪み始める。

次元の狭間そのものが、彼を外へ押し出そうとしているかのようだった。

「……なるほど。そろそろ、ここも限界か」

カイゼルは乱れる魔力の流れを感じ取った。

二千年もの間、彼を包み込んでいた空間が、ついに役目を終えようとしている。

逃げる場所はない。

しかし、恐怖もなかった。

カイゼルは静かに右手を掲げる。

「――聖性、安定化」

深紅の瞳が、かすかに輝いた。

乱れていた魔力の流れが整えられ、彼の周囲に薄い膜のような力が生まれる。

続けて、彼はもう一つの力を呼び起こした。

「魔性、形態変化」

空間に漂う魔力が、彼の意志に応じて姿を変える。

聖性と魔性。

相反する二つの力が、それぞれ独立したまま、彼の身体を守っていた。

まだ、この二つを完全に一つにすることはできない。

それでも、今は十分だった。

「行こう」

次の瞬間、空間が弾けた。

カイゼルの身体は眩い光に包まれ、次元の狭間から弾き出された。

◇ ◇ ◇

「――っ!」

頬に、冷たい風が触れた。

カイゼルは目を開いた。

視界いっぱいに広がる青い空。

頬を撫でる草の匂い。

耳に届く、鳥のさえずり。

彼は柔らかな草地に横たわっていた。

ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。

見知らぬ森。

見知らぬ植物。

そして、遠くに見える、巨大な石造りの建物。

「……外に出られたのか」

立ち上がり、服についた草を払う。

身体に異常はない。魔力も問題なく巡っている。

ただ、一つだけ。

「……空気が違うな」

周囲に漂う魔力の性質が、記憶にあるものとは微妙に異なっていた。

カイゼルは目を細め、森の向こうを見つめる。

二千年前、自分が生きていた世界。

その面影は、ほとんど感じられなかった。

「まずは、人のいる場所を探すか」

そう呟き、歩き出そうとしたときだった。

――ガサッ!

背後の茂みが揺れた。

カイゼルは即座に振り返る。

そこから現れたのは、灰色の毛並みを持つ狼型の魔物だった。

鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げている。

「……魔物か」

魔物そのものは、二千年前にも存在していた。

だが、その身体から感じる魔力には、どこか違和感があった。

狼型の魔物は、低く身を沈める。

そして――飛びかかってきた。

「……遅い」

カイゼルは半歩だけ横へずれた。

魔物の牙が空を切る。

すれ違いざま、彼は指先を軽く振った。

「魔性――衝撃変換」

魔物の身体に触れた魔力が、瞬間的に性質を変える。

次の瞬間、鈍い衝撃が走った。

「ギャンッ!」

魔物は地面を転がり、数メートル先で動きを止めた。

カイゼルは追撃せず、静かに様子をうかがう。

やがて魔物は立ち上がり、警戒するように彼を見たあと、森の奥へ逃げていった。

「……できれば、無駄な争いは避けたいんだけどな」

小さく息を吐く。

今の世界について、彼は何も知らない。

どんな国があるのか。

人間と魔族は、今どうなっているのか。

父と母が守ろうとした世界は、どう変わってしまったのか。

知りたいことはいくらでもあった。

カイゼルは空を見上げる。

そこには、二千年前と変わらない青空が広がっていた。

「……二人が守った未来、か」

その言葉を胸の内で繰り返し、彼は森を抜ける道を探し始めた。

◇ ◇ ◇

しばらく歩くと、木々の隙間から街道が見えた。

石畳の道を、馬車が一台走っている。

その向こうには、石造りの壁に囲まれた街があった。

人々の話し声が、風に乗ってかすかに聞こえる。

カイゼルは足を止めた。

「……人間の街、か」

遠目に見える街並みは、記憶の中のものとは大きく違っていた。

建物の形も、道具も、魔力の使われ方も。

何もかもが変わっている。

彼は街へ向かおうとした。

そのとき、街道を走っていた馬車の御者が、こちらに気づいた。

「おい、そこの少年! こんな森の近くで何をしているんだ?」

カイゼルは少し考え、答えた。

「……道に迷ったんだ」

嘘ではない。

少なくとも、今の彼にとっては。

御者は不思議そうに眉をひそめたが、やがて街の方を指差した。

「なら、あの街へ行くといい。ここらは魔物も出る。子供が一人で歩く場所じゃないぞ」

「……ありがとう」

カイゼルは小さく頭を下げた。

馬車が走り去るのを見送ってから、改めて街を見つめる。

二千年という時を越えて、ようやく人の暮らす場所へたどり着いた。

しかし、ここから先に何が待っているのかは、まだ分からない。

人間と魔族の関係も。

世界の歴史も。

そして、自分の知らない二千年間に何が起きたのかも。

「……まずは、情報収集だな」

カイゼルは街へ向かって歩き出した。

その背中を、木々の隙間から差し込む朝の光が照らしていた。

二千年の眠りから目覚めた少年。

彼の新たな人生が、静かに動き始めた。

第1話を読んでいただき、ありがとうございます!

二千年の時を越えて目覚めたカイゼルは、ついに新しい世界へと足を踏み出しました。

まだこの世界のことを何も知らない彼が、これからどんな人々と出会い、何を知っていくのか。

そして、二千年前から大きく変わってしまった世界には、どんな秘密が隠されているのか。

次回、カイゼルは初めて街を訪れ、二千年後の世界について少しずつ知っていきます。

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