第4話 不思議な少女と、消えた荷物
冒険者として初めての依頼を終えたカイゼルは、元気いっぱいの少女リリアと出会った。
まだ一人で行動するつもりだった彼だが、誰かと共に過ごす時間も悪くないと感じ始めていた。
翌朝、二人は再び冒険者ギルドを訪れる。
そこで待っていたのは、少し不思議で、どこか放っておけない少女との出会いだった。
翌朝。
カイゼルは、街の宿屋で目を覚ました。
「……もう朝か」
窓から差し込む光を見て、ゆっくりと身体を起こす。
昨夜は安い宿を見つけ、そこで一晩を過ごした。寝床を確保できただけでも、昨日の成果としては十分だった。
身支度を整え、宿を出る。
向かう先は、冒険者ギルドだ。
「……今日は、もう少し情報を集めたいな」
二千年前の歴史については、まだ分からないことだらけだ。
冒険者として依頼をこなしながら、この世界について調べていく。それが当面の方針だった。
ギルドの扉を開けると、聞き覚えのある声が響いた。
「カイゼルーっ!」
「……朝から元気だな」
「もちろん! 冒険者の朝は早いんだから!」
リリアは受付の前で大きく手を振っていた。
その隣には、依頼書を何枚も抱えた冒険者たちが並んでいる。
「昨日、ちゃんと来てくれたね!」
「……来ると言ったからな」
「約束してくれたもんね!」
「約束はしていない」
「えー、細かいなあ!」
リリアは楽しそうに笑った。
カイゼルは軽く息を吐き、受付へ向かう。
「今日は何か、初心者向けの依頼はあるか?」
受付の女性が依頼書を確認する。
「そうですね……。街の商人から、荷物の運搬を手伝ってほしいという依頼が来ています。危険度は低いですが、街の外まで移動するので、護衛も兼ねたお仕事ですね」
「荷物運びか……」
「報酬も悪くないよ! ね、一緒にやろう!」
リリアがすぐに食いついた。
カイゼルは依頼書を受け取り、内容に目を通す。
荷物を街の北門まで運び、待機している商人へ引き渡す。
単純な仕事だ。
「……分かった。これを受けよう」
「やった!」
こうして二人は、依頼主のもとへ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
商店街の一角。
大きな荷車の前で、一人の商人が困った顔をしていた。
「おお、君たちがギルドから来てくれた冒険者か!」
「はい! リリアです!」
「……カイゼルだ」
商人は二人を見て、ほっとしたように頷いた。
「助かったよ。実は荷物の数が多くてね。人手が足りなかったんだ」
荷車には、木箱や布袋がいくつも積まれている。
カイゼルは荷物を一つ持ち上げ、重さを確かめた。
「……中身は何だ?」
「主に食料と日用品だよ。街の外にある小さな集落へ届けるんだ」
「分かった」
二人は荷物を運び始めた。
リリアは軽い荷物をいくつも抱え、素早く動き回る。
「これ、こっちでいいですかー?」
「ああ、そこに置いてくれ!」
「了解!」
その動きは軽快だったが、少し慌ただしい。
一方、カイゼルは荷物の種類と配置を確認しながら、効率よく積み込んでいた。
「……重いものは下に。壊れやすいものは上だな」
「おお、君は手際がいいね!」
商人が感心したように声を上げた。
「慣れているだけだ」
かつての時代、旅をすることもあった。
必要な物資を管理し、荷物をまとめ、野営の準備をする。そうした経験は、二千年が経っても身体に残っている。
積み込みが終わり、三人は街の北門へ向かった。
ところが、門を出てしばらく進んだところで、商人が突然声を上げた。
「……あれ? おかしいな」
「どうしたんですか?」
リリアが振り返る。
商人は荷車を止め、積まれた荷物を数え始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
そして、顔色が変わった。
「ない……。木箱が一つ足りない!」
「えっ!?」
リリアが慌てて荷車を確認する。
確かに、指定された荷物が一つ見当たらなかった。
「さっき積んだときには、あったはずだよな……」
商人は頭を抱えた。
その木箱には、集落へ届けるための大切な薬品が入っているという。
「これがないと、困る人がいるんだ……!」
カイゼルは周囲を見渡した。
街道には馬車の轍が続いている。
だが、荷物が落ちたような跡は見当たらない。
「……最後に確認したのは、いつだ?」
「街を出る前だ。確かに積んだんだが……」
カイゼルは少し考えた。
そして、荷車の側面に視線を落とした。
「……リリア。ここを見てくれ」
「ん? 何かあった?」
荷車の車輪の近くに、薄く擦れた跡があった。
さらに、道端の土には、小さな足跡がいくつも残っている。
「これは……?」
「人間の足跡だ。荷車のそばから、森の方へ続いている」
商人が驚いた顔をした。
「まさか、盗まれたのか!?」
「……その可能性が高い」
リリアは短剣の柄に手をかけた。
「じゃあ、追いかけよう!」
「待て。まずは周囲を確認する」
「でも、早くしないと!」
「焦って動けば、相手を見失う」
カイゼルの落ち着いた声に、リリアは一度口を閉じた。
そして、深呼吸をする。
「……分かった。ちゃんと周りを見る」
「それでいい」
二人は足跡を追い、森の入口へ向かった。
◇ ◇ ◇
森の中は静かだった。
足跡は木々の間を抜け、小さな岩場へと続いている。
カイゼルは歩きながら、地面や枝の状態を観察していた。
「……複数いるな」
「何人くらい?」
「足跡だけでは断定できない。だが、少なくとも二人以上だ」
「盗賊かな……」
リリアの表情が少し険しくなった。
「荷物を盗むなんて、許せないよ!」
「……気持ちは分かる。だが、相手の数も目的も分からない。無理はするな」
「うん!」
今度の返事には、先ほどのような勢いだけではなく、慎重さも感じられた。
しばらく進むと、岩場の向こうから話し声が聞こえてきた。
「これ、どうするんだよ?」
「売れば金になるだろ」
「でも、薬品なんて俺たちに使い道がないぞ」
「うるせえな。とにかく持っていくんだよ!」
カイゼルは岩陰から様子をうかがった。
そこには、二人の男がいた。
足元には、探していた木箱が置かれている。
「……見つけた」
リリアが小声で囁く。
今にも飛び出しそうな彼女を、カイゼルが手で制した。
「俺が先に話す。相手が抵抗したら、動いてくれ」
「分かった」
カイゼルは岩陰から出て、二人の前へ歩み出た。
「その木箱を返してもらおうか」
男たちは驚いて振り返った。
「な、何だお前!?」
「冒険者か……? ガキが二人で何しに来た!」
「……それを返してくれれば、こちらも無駄な争いはしない」
カイゼルの声は静かだった。
男たちは顔を見合わせ、やがて嘲るように笑った。
「はっ! 偉そうに!」
「返してほしけりゃ、力ずくで奪ってみな!」
一人の男が短剣を抜いた。
もう一人は、懐から小さな魔石を取り出す。
「……そうか」
カイゼルは小さく息を吐いた。
「なら、仕方ないな」
魔石が光り、男の周囲に火の粉が舞った。
初歩的な攻撃魔法。
だが、狭い岩場で受ければ危険だ。
男が腕を振り上げる。
「燃えちまえ!」
炎が放たれた。
カイゼルは避けることなく、片手を前へ出した。
「聖性――正常化」
炎を包む魔力の乱れが整えられ、その勢いが急速に弱まる。
火の粉は散り、炎は彼の手前で消えた。
「なっ……!?」
男が目を見開く。
カイゼルはその隙を逃さなかった。
一歩踏み込み、男の手首に触れる。
「魔性――変質」
男の魔石を包む魔力の性質が変わり、術式が崩れる。
魔石は光を失い、ただの石へと戻った。
「そ、そんな馬鹿な!」
もう一人の男が短剣を振りかざす。
その瞬間、リリアが横から飛び込んだ。
「隙ありっ!」
短剣を持つ手を弾き、素早く相手の背後へ回り込む。
「はい、そこまで!」
男が振り向こうとしたときには、リリアの短剣がその首元に突きつけられていた。
「動かないでね!」
「くっ……!」
カイゼルも、もう一人の男を地面に押さえ込んでいた。
戦いは、あっという間に終わった。
リリアは短剣を収め、カイゼルを見る。
「すごいね、カイゼル! あの魔法、どうやって消したの?」
「……少し、仕組みを変えただけだ」
「仕組みを変えたって……そんなことできるの!?」
「できる場合もある」
カイゼルは詳しい説明を避けた。
今の魔法体系について知らないことが多い以上、自分の力をむやみに語るべきではない。
彼は男たちへ視線を戻した。
「……どうして荷物を盗んだ?」
男の一人は唇を噛み、しばらく黙っていた。
やがて、観念したように口を開く。
「……金が必要だったんだ」
「金?」
「仲間が病気でな……。薬を買う金もなくて、焦ってたんだ」
リリアの表情が揺れた。
「だからって、人の荷物を盗んでいい理由にはならないよ」
「……分かってる」
男は俯いた。
「でも、どうしても何とかしたかったんだ……」
カイゼルはしばらく男を見つめていた。
そして、木箱を持ち上げる。
「……事情は分かった。だが、これは返してもらう」
男たちは抵抗しなかった。
「ギルドには報告する。自分たちのしたことを、きちんと説明しろ」
「……ああ」
二人は力なく頷いた。
◇ ◇ ◇
荷車へ戻ると、商人は木箱を見て、心底ほっとした顔をした。
「よかった……! 本当にありがとう!」
「……無事に見つかってよかった」
カイゼルが木箱を渡すと、商人は何度も頭を下げた。
「君たちのおかげだ。これが届かなかったら、集落の人たちが困るところだった」
リリアは少し照れたように笑った。
「えへへ、カイゼルが落ち着いてたおかげだよ!」
「……君も、よく動いてくれた」
「えっ!?」
思いがけない言葉に、リリアが目を丸くした。
「そ、そう? 私、役に立てた?」
「ああ。相手が隙を見せたとき、迷わず動けていた」
リリアの頬が、ぱっと明るくなる。
「やったー!」
その場で飛び跳ねそうになった彼女を見て、カイゼルは小さく笑った。
依頼を終えた二人は、商人と共に街へ戻った。
ギルドへ報告すると、荷物を取り戻した功績も認められ、二人には追加の報酬が支払われた。
「今日は大成功だね!」
リリアは受け取った報酬を見つめながら、満足そうに頷いた。
「……そうだな」
カイゼルは静かに答えた。
しかし、彼の頭には、先ほどの男たちの言葉が残っていた。
仲間が病気で、薬を買う金がなかった。
盗みは許されない。
それでも、人が追い詰められれば、正しい判断ができなくなることもある。
二千年前の戦争でも、きっと同じだったのだろう。
人間と魔族。
互いに何を思い、何を恐れ、なぜ再び敵対することになったのか。
歴史書の数行だけでは、その真実は分からない。
「……もっと、知らなければ」
カイゼルは窓の外へ目を向けた。
夕暮れの街は、昨日と変わらず穏やかだった。
そして、その隣ではリリアが明日の依頼について楽しそうに話している。
「ねえ、カイゼル! 明日はもっと難しい依頼に挑戦しようよ!」
「……まずは、無理のない範囲でな」
「えー! 大丈夫だって!」
「昨日も同じことを言っていたな」
「うっ……。そ、それは忘れて!」
カイゼルは、ほんの少しだけ笑った。
二千年後の世界。
まだ分からないことばかりだ。
それでも、この世界で出会う人々の中には、守りたいと思えるものがあるのかもしれない。
彼はそう感じ始めていた。
今回は、カイゼルとリリアが荷物運搬の依頼を受け、盗まれた薬品を取り戻しました。
勢いで動きがちなリリアも、少しずつカイゼルの助言を受け入れ、冒険者として成長し始めています。
そしてカイゼルは、目の前の問題を解決するだけでなく、人が追い詰められる理由についても考えるようになりました。
そんな二人の前に、次はどんな出会いが待っているのでしょうか。
次回、第5話。 カイゼルたちは、街で起きている奇妙な魔力異常の調査に関わることになります。




