第26話 旧排水路の奥へ
黒い結晶を扱うための小型装置と、街の地下へ続く旧排水路。
カイゼルたちはギルドへ報告し、調査の許可と協力を得ることにした。
地下通路は、かつて街の整備に使われていたものらしい。だが、そこには現在の街の記録には残されていない区画が存在していた。
そして、その奥には、黒い結晶の研究に関わると思われる古い記録が眠っていた。
「旧排水路、か……。確かに、昔の街には今の地図に載っていない通路もある」
冒険者ギルドの受付で報告を受けた職員は、古い地図を広げた。
リリアは机に身を乗り出し、地図をのぞき込む。
「じゃあ、あの通路がどこにつながっているのかも分かるんですか?」
「一部ならな。だが、二十年以上前に使われなくなった区画もある。崩落している場所もあるだろうし、勝手に進むのは危険だ」
「それなら、ギルドの調査として入るのがよさそうですね」
セレスがそう言うと、職員は頷いた。
「分かった。正式な調査依頼として登録しよう。今回は通路の確認と、危険物が残っていないかの調査だ。黒い結晶に関係するものを見つけても、無理に触るなよ」
「分かりました」
カイゼルは依頼書を受け取った。
調査はその日の午後に行われることになった。
ギルドからは、地下構造に詳しい調査員が一人同行することになった。名はロイド。中年の男性で、普段は街の遺跡や古い建造物の調査を担当しているという。
「俺は戦闘は専門外だ。危険な魔物が出たら、君たちに頼ることになる」
ロイドはそう言って、腰に下げた灯りと道具袋を確認した。
「その代わり、通路の構造や古い設備なら分かる範囲で説明できる。よろしく頼む」
「こちらこそ、お願いします」
カイゼルたちはロイドとともに、前日に見つけた金属蓋の場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
地下へ降りると、冷たい空気が頬を撫でた。
壁は石造りで、ところどころに古い金属管が埋め込まれている。床には薄く水が流れており、足音が通路の奥へと反響していた。
「ここは街の排水を集めて、外へ流すための通路だったはずだ」
ロイドが灯りを掲げながら説明する。
「街が拡張されたときに新しい排水設備が作られて、古い区画は閉鎖された。少なくとも、記録上はそうなっている」
「少なくとも、というのは?」
セレスが尋ねた。
「閉鎖の記録はあるんだが、どこまで封鎖したのかが曖昧なんだ。地図と現地の構造が一致しない場所もある」
「それって、誰かが勝手に通路を使っていた可能性もあるってこと?」
リリアが聞く。
「否定はできないな」
ロイドは慎重に答えた。
カイゼルは壁に手を触れず、周囲に流れる魔力を探った。
地下には、古い設備が残した微弱な魔力が漂っていた。
その中に、黒い欠片に似た歪みが混じっている。
「……こっちだ」
カイゼルは分岐路の前で足を止めた。
左側は地図に記された排水路へ続いている。しかし、右側には古い金属扉があり、その向こうから微かな魔力の反応が感じられた。
ロイドが地図を確認する。
「おかしいな。この位置に扉があるという記録はない」
「後から設置されたものかもしれませんね」
セレスが扉の表面を見つめた。
金属には錆が浮いていたが、取っ手の周辺には新しい擦り傷がある。
誰かが最近、開け閉めした跡だった。
「やっぱり、誰かが使ってるんだ」
リリアが短剣に手を添える。
「注意して進もう」
カイゼルは扉の留め具を確認した。
鍵はかかっていたが、複雑な仕掛けではない。魔力を慎重に流し、留め具の内部に残っていた力を解くと、かすかな音とともに扉が開いた。
その先には、排水路とは明らかに異なる空間が広がっていた。
◇ ◇ ◇
部屋の中には、古びた机や棚、金属製の台が並んでいた。
壁際には、用途の分からない管が何本も伸びている。
床には埃が積もっていたが、部屋の中央付近だけは比較的きれいだった。
「ここは……作業場か?」
ロイドが驚いたように呟いた。
「排水設備の管理室とは違う。こんな部屋があるなんて、記録にはなかったぞ」
カイゼルは部屋の中央にある金属台へ目を向けた。
台の表面には、円形の刻印が施されていた。
その中心には、黒い結晶を置くのにちょうどよさそうな窪みがある。
「倉庫で見つけたものと似ているね」
セレスが静かに言った。
「うん。だけど、こっちのほうが大きい」
リリアは台の周囲を回り、刻印の端を指さした。
「ここ、何かをはめ込む場所があるよ」
台の側面には、小さな金属板を差し込むための溝が並んでいた。そのうちの一つには、板がまだ残っている。
カイゼルは板に刻まれた模様を確認した。
これまで見つけた円形の刻印と似ているが、線の配置は少しずつ異なっている。
「この装置も、魔力の流れを変える仕組みなのかもしれない」
「触っても大丈夫かな?」
セレスが尋ねた。
「今は動いていないようだけど、念のため触れないほうがいい」
カイゼルは台から距離を取り、部屋全体を観察した。
棚には空の容器が並んでいた。その一つの底には、黒い粉末が薄く残っている。
また、机の下には割れた小瓶が落ちていた。
「黒い粉末……。やっぱり、あの結晶と関係があるのかな」
リリアの声が少し低くなる。
「その可能性は高いと思う。ただ、粉末そのものが結晶と同じ性質なのか、それとも別の材料なのかは分からない」
カイゼルは机の上に残された紙片を見つけた。
ほとんどの文字は劣化して読めなくなっていたが、いくつかの単語は判別できる。
――魔力供給。
――反応の記録。
――搬送先。
「これ、記録の一部じゃない?」
セレスが紙片をのぞき込む。
「そうみたいだな。持ち帰ってエルドに見てもらおう」
カイゼルは紙片を丁寧に保管した。
さらに机の引き出しを調べると、奥から薄い冊子が見つかった。
表紙は傷んでいたが、内側のページには日付らしき数字が残っている。
その中の一行に、三人の目が留まった。
――第三保管区画への移送を開始。
「第三保管区画……?」
リリアが読み上げる。
その下には、別の文字が続いていた。
――移送対象、魔力反応の変化を確認。
――現地での追加試験を禁止。
――以後の管理は責任者の指示に従うこと。
セレスは不安そうに眉を寄せた。
「追加試験を禁止って……。何か問題が起きたのかしら」
「そうかもしれない。でも、この数行だけでは何があったのかまでは分からない」
カイゼルは冊子を閉じず、残りのページを確かめた。
しかし、その先は大きく破り取られていた。
記録の重要な部分だけが、意図的に失われているように見えた。
◇ ◇ ◇
「第三保管区画か。そんな名前は聞いたことがないな」
ロイドは冊子を見ながら、考え込んでいた。
「少なくとも、現在の排水設備の記録には出てこない。もっと古い施設の名前か、あるいはこの作業場だけで使われていた呼び名かもしれない」
「この部屋が使われなくなった理由も、それと関係があるのでしょうか?」
セレスが尋ねた。
「可能性はある。ただ、今の段階で決めつけるのは危険だ」
ロイドは部屋の壁や床を調べ始めた。
その間、カイゼルは魔力の反応を探っていた。
金属台の周囲には、かすかな歪みが残っている。
しかし、これまで見つけた黒い結晶の反応とは違い、魔力が一か所に集まっているような感覚があった。
「……この装置、まだ完全には止まっていないのかもしれない」
「えっ?」
リリアが振り返った。
「強い反応じゃない。でも、台の奥から微弱な魔力が流れている」
カイゼルは慎重に台の側面を調べた。
金属板の下に、細い管が伸びている。その管は床を通り、部屋の奥へと続いていた。
床の一部には、埃が不自然に少ない場所がある。
「この下に、何かある」
カイゼルがそう告げたときだった。
部屋の奥で、小さな音がした。
カチリ。
続いて、金属台の中央に淡い光が灯った。
「みんな、離れて!」
カイゼルは即座に声を上げた。
リリアはセレスの腕を引いて後ろへ下がり、ロイドも慌てて壁際へ退いた。
台の刻印が順番に光り始める。
その中心から、黒い靄が細く立ち上った。
魔力が乱れ、部屋の空気が重くなる。
「動き出したのか……!」
ロイドが息を呑んだ。
カイゼルは台の周囲に広がる魔力を見極めた。
無理に壊せば、内部に残っている魔力が一気に放出される可能性がある。
まずは聖性で、乱れた流れを落ち着かせる。
カイゼルは手をかざし、装置の周囲に広がる魔力の歪みを一つずつ整えていった。
暴れていた魔力が、少しずつ静まっていく。
だが、台の中心にある黒い靄だけは消えなかった。
「カイゼルさん、まだ反応が残っています!」
セレスが周囲を確認しながら告げた。
「ああ。装置の奥に、魔力が流れ続けている場所がある」
カイゼルは聖性による安定を維持したまま、魔性へと切り替えた。
魔力を押さえつけるのではなく、その流れの向きを変える。
台の内部へ向かっていた魔力を、装置の外へ逃がすように導いた。
刻印の光が弱まり、黒い靄が細くほどけていく。
やがて――台の光は完全に消えた。
「……止まった、のか?」
ロイドが慎重に尋ねた。
「今は止まっています。ただ、また動き出す可能性もあるので、触らないほうがいいでしょう」
カイゼルは息を整えながら答えた。
聖性と魔性を続けて使ったことで、わずかに疲労が残っている。
まだ二つの力を同時に扱うことはできない。
それでも、順番に切り替えて使えば、こうした異常にも対処できる。
「カイゼル、無理してない?」
リリアが心配そうに顔をのぞき込んだ。
「大丈夫だ。少し魔力を使っただけだよ」
「本当に? さっきより顔色が悪い気がするけど……」
「少し休めば問題ない」
カイゼルはそう答えたが、セレスはまだ心配そうだった。
「無理はしないでくださいね、カイゼルさん。何かあったら、すぐに言ってください」
「ああ。ありがとう」
カイゼルは小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
装置が停止したことを確認し、三人はロイドとともに部屋の調査を続けた。
床にある管は、さらに奥の小部屋へつながっていた。
そこには、空の木箱がいくつも並んでいた。
木箱の内側には、黒い粉末が付着している。
いくつかの箱には、金属製の固定具が取り付けられていた。先ほど見つけた小型装置と組み合わせれば、何かを動かないように固定できそうだった。
「ここで何かを保管して、別の場所へ運んでいた……ということかもしれないね」
ロイドが箱を調べながら言った。
「でも、何を運んでいたのかは、まだ分かりませんね」
セレスが答える。
「そうだな。黒い結晶と関係している可能性は高そうだが、確かな証拠はない」
カイゼルは小部屋の隅に置かれた金属板を確認した。
その板には、これまでのものとは少し異なる刻印があった。
円の中心から、三本の線が外側へ伸びている。
そして、その端には小さな文字が刻まれていた。
――第三保管区画。
カイゼルは、その文字を紙に写し取った。
「これで、少なくとも第三保管区画という名前が実際に使われていたことは分かったな」
ロイドが頷く。
「ただし、ここがその区画そのものなのか、別の場所へ物を運ぶための中継地点なのかは、まだ判断できない」
カイゼルは金属板を魔法収納へ入れた。
この場所だけでは、黒い結晶の正体も、装置を使っていた人物の目的も分からない。
しかし、今回の調査で、これまでの断片的な手がかりが少しずつつながり始めていた。
黒い結晶を扱う道具。
魔力の流れを変える装置。
そして、第三保管区画への移送記録。
それらは、何者かが長い間、魔力に関する何らかの試験や管理を行っていた可能性を示していた。
調査を終え、地上へ戻る直前。
カイゼルはもう一度、地下通路の奥を振り返った。
暗闇の先からは、もう魔力の反応を感じない。
それでも、あの場所にはまだ、見つかっていない何かが残っている気がした。
第26話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回はギルドの調査員ロイドとともに旧排水路へ入り、隠された作業場を発見しました。
そこには、黒い結晶に関係していると思われる装置や、「第三保管区画」への移送記録が残されていました。
また、装置が突然動き出す場面では、カイゼルが聖性で魔力の乱れを安定させ、魔性で流れを変えるという、二つの力を切り替えて使う戦い方も描きました。




