第25話 逃げた人物の足取り
黒い結晶を使って逃走した謎の人物。
その人物が残した「回収完了。次の地点へ移動する」という紙片は、これまで各地で見つかった黒い欠片が、偶然そこにあったわけではないことを示していた。
カイゼルたちは、倉庫に残された痕跡を手がかりに、逃げた人物の行方を追い始める。
しかし、その先にあったのは、単なる逃走経路ではなかった。
「……足跡は、こっちに続いているね」
倉庫の裏手に出たセレスが、地面を見つめながら言った。
建物の裏には、細い路地が伸びている。
地面には、ところどころに土の剥がれた跡があった。急いで走った人物の足跡らしきものも残っている。
リリアは周囲を見回し、腰の短剣に手を添えた。
「よし! このまま追いかけよう。まだそんなに遠くには行ってないはずだよ!」
「待ってくれ。足跡以外にも、何か残っているかもしれない」
カイゼルはしゃがみ込み、路地の地面に指先を近づけた。
薄く残る魔力の流れ。
その中に、倉庫で感じたものとよく似た、歪んだ魔力が混ざっていた。
「こっちで間違いないと思う」
「さすが、カイゼル。こういうのを見つけるの、本当に得意だよね」
「まだ、確実とは言えないけどな」
そう答えながら、カイゼルは慎重に歩き出した。
路地を抜けると、使われなくなった建物が並ぶ一角に出た。
足跡はさらに続いていたが、数十歩ほど進んだところで、突然途切れていた。
「……えっ? ここで終わり?」
リリアが地面を見回す。
道の先には壁があり、左右には古びた建物が並んでいる。人が通れるような横道も見当たらない。
「壁を登ったとか?」
「その可能性もあるけれど、壁の上にも、向こう側にも目立った痕跡はないわね」
セレスは建物の壁を確認しながら、首をかしげた。
カイゼルは目を閉じ、周囲の魔力を探る。
微かな歪みは残っている。
しかし、足跡が途切れた場所から先には、人物そのものの魔力らしきものは感じられなかった。
「……魔力の痕跡が、ここで急に薄くなっている」
「また黒い結晶を使ったのかな?」
「その可能性はある。ただ、倉庫で使ったものとは少し違う気がする」
カイゼルは壁際に目を向けた。
そこには、壊れた木箱と古い荷車の車輪が転がっていた。
そして、その陰に――金属製の小さな道具が落ちていた。
「二人とも、これを見てくれ」
拾い上げた道具は、片手で持てるほどの大きさだった。
円形の金属枠の中央に、小さな窪みがあり、その周囲には細かな刻印が並んでいる。
見覚えのある模様だった。
「これ……倉庫にあった金属板と似てない?」
リリアが顔を近づける。
「ええ。円の内側に刻まれた線の配置が似ているわ」
セレスも慎重に観察した。
カイゼルは道具に魔力を流さず、まず刻印の形だけを確かめた。
円の外側には、魔力の流れを導くような細い線。
中央の窪みには、黒い粉末がわずかに付着していた。
「黒い結晶を、この窪みに置いていたのかもしれない」
「それなら、あの人が逃げるときに使った結晶とも関係があるってこと?」
「そう考えるのが自然だろうな」
カイゼルは道具を魔法収納へ入れた。
これが何に使われていたのかは、まだ分からない。
しかし、倉庫に残されていた金属板と同じ系統の仕組みなら、エルドが調べれば何か分かるかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
道具を見つけたあと、三人は周辺をさらに調べた。
すると、壁の根元に、地面へ埋め込まれるように設置された金属製の蓋が見つかった。
蓋の縁には、車輪が擦れたような跡が残っている。
「ここ、何かあるよ」
リリアが蓋を引っ張ったが、びくともしなかった。
「ちょっと待って。無理に開けると壊れるかもしれないわ」
セレスが止める。
カイゼルは蓋の表面を調べた。鍵はないが、縁には細い溝があり、魔力が流れるための刻印が施されていた。
「開閉用の仕組みがあるみたいだ」
カイゼルは周囲の魔力を乱さないよう注意しながら、蓋に残る魔力の流れを整えた。
かすかな音がして、金属の留め具が外れる。
三人で蓋を持ち上げると、下には人ひとりが通れるほどの通路が伸びていた。
「地下通路……?」
「古い排水路のようだね。街の整備に使われていたものかもしれない」
カイゼルは暗い通路を見下ろした。
壁には新しい擦り傷があり、床には荷車の車輪が通った跡が続いている。
さらに、壁際には黒い粉末が少量落ちていた。
「やっぱり、ここを通ったんだ」
リリアが小さく拳を握る。
「でも、奥がどこにつながっているか分からないわ。私たちだけで進むのは危険かもしれない」
セレスの言葉に、カイゼルも頷いた。
通路の奥からは、微かな魔力の反応が感じられる。
だが、それは逃げた人物のものなのか、それとも別の仕掛けが残っているのか、判別できなかった。
「ここは場所を記録して、エルドさんに道具を調べてもらおう。通路についても、ギルドに報告したほうがいい」
「えー、もうちょっとだけ見ていこうよ!」
「気持ちは分かる。でも、相手が何を仕掛けているのか分からないからな」
「……分かった。今回はカイゼルの言うとおりにする」
リリアは少し不満そうだったが、すぐに気持ちを切り替えた。
三人は通路の入口と周辺の状況を記録し、街へ戻ることにした。
◇ ◇ ◇
エルド魔道具研究工房に戻ると、エルドはカイゼルから受け取った金属製の道具を、机の上に置いてじっくりと調べ始めた。
「なるほど……倉庫にあった金属板と同じ系統の刻印だね。ただ、こちらはずいぶん小型化されている」
「黒い結晶を運ぶための道具かもしれないと思ったんです」
カイゼルが説明すると、エルドは刻印の一部を紙に写し取った。
「可能性はあるね。中央の窪みは、何かを固定するためのものに見える。それに、この溝は魔力を一方向へ流す構造になっているようだ」
「魔力を一方向へ?」
「そう。仮に黒い結晶を置いたとすれば、結晶から出る魔力を一定の方向へ導いたり、周囲に広がるのを抑えたりするための仕組みかもしれない」
エルドは断定を避けながら、刻印の形を確認していく。
「ただし、これだけでは運搬用なのか、保管用なのか、あるいは別の用途なのかまでは分からないね」
「地下通路にも、黒い粉末と荷車の跡がありました。逃げた人物は、そこを使った可能性が高いと思います」
「地下通路か……。街の古い排水路なら、今は使われていない区画が残っているかもしれない。ギルドに記録を確認してもらう価値はあるだろう」
エルドは道具を傷つけないよう布の上に置いた。
「それから、もう一つ気になることがある」
「何ですか?」
「君たちがこれまで見つけた黒い欠片や装置は、それぞれ反応が違っていたね。もし今回の道具が結晶の性質を制御するためのものなら、黒い欠片そのものだけでなく、それを扱うための技術も存在していることになる」
リリアの表情から、軽さが消えた。
「じゃあ、あの人たちは黒い結晶を拾って使っているんじゃなくて……」
「自分たちで扱い方を研究している可能性がある、ということだね。もっとも、製造まで行っているかどうかは、まだ分からない」
エルドは静かに続けた。
「地下通路の記録と、この道具の構造。その二つが分かれば、次の手がかりにつながるかもしれない。調査を進めてくれるかい?」
「もちろんです」
カイゼルは即答した。
リリアとセレスも頷く。
これまでの調査で見つかったものは、どれも断片的な手がかりばかりだった。
だが、今回初めて、黒い結晶を扱うための道具と、それを運ぶために使われたらしい経路が見つかった。
謎はまだ解けていない。
それでも、確実に前へ進んでいる。
◇ ◇ ◇
その夜。
街から離れた薄暗い部屋で、一人の人物が机の上に地図を広げていた。
地図には、これまで異常が確認された場所がいくつも記されている。
人物は、そのうちの一つに指を置いた。
「……運搬用の道具まで見つかったか」
低い声が、静かな部屋に響く。
傍らには、黒い粉末の入った小瓶と、いくつかの金属板が並んでいた。
「予定を早める必要があるな」
人物は地図の端に、新しい印をつけた。
それから別の紙を取り出し、短く書き記す。
――旧排水路、使用中止。
――保管経路を変更。
紙を折りたたむと、人物は灯りを消した。
闇の中で、机に置かれた黒い結晶が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
その光はすぐに消え、部屋には再び静寂が戻った。
第25話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、逃げた人物の足取りを追い、黒い結晶を扱うための小型装置と、地下通路へ続く経路を発見しました。
これまでの調査で見つかった黒い欠片や魔力装置は、単独の異常ではなく、何らかの技術によって扱われている可能性が高まっています。
ただし、その目的や黒い結晶の正体は、まだ明らかになっていません。




