第18話 西の採掘場
前書き
異なる性質を持つ黒い欠片。
その正体はまだ分からないものの、街や村、そして森で起きた異常との関係は、少しずつ見え始めていた。
新たに届いた報告は、西の小さな集落と、現在は閉鎖されている採掘場に関するものだった。
カイゼルたちは、次の手がかりを求めて西へ向かう。
しかし、そこには人の気配が消えたはずの場所から、かすかな魔力が漂っていた。
「西の採掘場、か……」
ギルドの依頼書を手に、カイゼルは静かにつぶやいた。
依頼の内容は、採掘場に近い集落で魔道具が突然停止し、周辺に生息している魔物の動きにも異常が見られる、というものだった。
採掘場は数年前に閉鎖されており、現在はほとんど人が立ち入っていないらしい。
「閉鎖された場所で魔道具が止まるなんて、ちょっと不思議ね」
依頼書を横からのぞき込んだリリアが、首をかしげた。
「魔道具が古くなって壊れただけ、という可能性もあると思います。でも、魔物の異常も同時に起きているなら……」
セレスは言葉を切り、心配そうに依頼書を見つめる。
「これまでの黒い欠片と関係している可能性がある、ということだね」
カイゼルが続けると、二人はうなずいた。
「エルドさんにも話を聞いておきたいところだけど、まずは現地を確認しよう。何が起きているのか、実際に見ないと分からない」
「そうね! 早く行きましょう!」
リリアは勢いよく立ち上がった。
その拍子に、机の端に置かれていた自分の小袋に腕が当たる。
「あっ!」
落ちかけた小袋を、セレスが慌てて受け止めた。
「リリアさん、忘れ物には気をつけてくださいね」
「うっ……ありがとう、セレス!」
「ふふ。準備ができてから出発しましょう」
二人のやり取りを見ながら、カイゼルは小さく息を吐いた。
騒がしくも、どこか安心できる光景だった。
◇ ◇ ◇
街を出てから数時間。
三人は西にある小さな集落へと到着した。
集落の規模はミルナ村よりも小さく、家屋の数も多くはない。周囲には畑と低い丘が広がり、遠くには採掘場へ続く山道が見えていた。
しかし、集落の中にはどこか落ち着かない空気が漂っていた。
家の外壁に取り付けられた照明器具は消えたまま。井戸のそばにある水をくみ上げる魔道具も、動いていない。
「本当に止まってる……」
リリアが照明器具を見上げる。
「壊れているというより、魔力が流れていないように見えますね」
セレスは水くみ用の魔道具に手をかざした。
「少しだけ魔力が残っています。でも、流れが途中で途切れてしまっているみたいです」
カイゼルも近くに立ち、魔道具の内部へ意識を向けた。
確かに、魔力の流れが不自然に乱れている。
ただし、以前の集落で見つけた異常とは少し違っていた。
「……黒い欠片の反応に似ている。でも、完全には同じじゃない」
「ということは、別の原因かもしれないの?」
リリアの問いに、カイゼルはすぐには答えなかった。
「まだ分からない。けれど、魔力の流れに何かが干渉した痕跡はある」
彼は魔道具に手をかざし、聖性を静かに働かせた。
乱れた魔力の流れを探り、途切れている部分を本来の状態へ戻していく。
やがて、魔道具の内部で小さな音が鳴った。
水をくみ上げる装置が再び動き始め、井戸の脇から水が流れ出す。
「動いた!」
リリアが顔を明るくする。
「カイゼルさん、ありがとうございます。これなら、ほかの魔道具も直せるかもしれませんね」
セレスの言葉に、カイゼルは小さくうなずいた。
「ただ、原因を調べないまま直しても、また止まる可能性がある。採掘場を確認しよう」
三人は集落の人々から話を聞いたあと、山道へ向かった。
◇ ◇ ◇
採掘場へ続く道は、長い間使われていなかったようだった。
道の両側には雑草が伸び、ところどころに崩れた木箱や錆びた道具が放置されている。
その先には、岩肌をくり抜くように作られた大きな入口があった。
入口の前には古い柵が設置され、立ち入り禁止を示す看板が傾いている。
「ここが採掘場……。思ったより大きいわね」
リリアは入口を見上げた。
「閉鎖されてから、かなり時間が経っているみたいです。足元にも気をつけましょう」
セレスが慎重に周囲を見回す。
カイゼルは入口の前で足を止めた。
「……いる」
「えっ? 魔物?」
リリアがすぐに短剣へ手を伸ばす。
「いや、魔物だけじゃない。魔力の痕跡がある」
カイゼルは目を細めた。
採掘場の奥から、ごく微かな魔力が流れてきている。
それは、これまで見つけた黒い欠片の反応に似ていた。しかし、欠片そのものが発しているというより、何かが長い時間をかけて周囲の魔力を集めているような感覚だった。
「閉鎖された場所なのに、魔力が動いている……?」
セレスが不安そうに入口を見つめる。
「中に何か残っているのかもしれないね」
カイゼルは柵に触れた。
古い金具は簡単に外れたが、入口の周辺には最近、人が通ったような跡が残っていた。
崩れた土の上に、かすかな靴跡。
さらに、地面には黒い粉のようなものが散らばっている。
カイゼルはしゃがみ込み、指先で粉に触れた。
「……これも、か」
指先に伝わる感覚は、以前見つけた黒い欠片とよく似ていた。
だが、粉そのものからはほとんど魔力を感じない。
「カイゼル、それって黒い欠片の仲間?」
「そうかもしれない。ただ、これだけでは判断できない」
カイゼルは粉を少量だけ魔法収納へ収めた。
「中に入ろう。何があるか分からないから、慎重に進む」
「了解!」
「分かりました、カイゼルさん」
三人は明かりを用意し、採掘場の中へ足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
採掘場の内部は、外から想像していた以上に広かった。
壁には鉱石を掘り出した跡が残り、錆びたレールが奥へ向かって伸びている。崩れた木材や古い採掘道具が散乱していたが、長い間放置されていた場所にしては、不自然なほど空気が澄んでいた。
「……妙ね」
リリアが小さくつぶやく。
「何が?」
「もっと、じめじめしていると思ってた。なのに、変なにおいもしないし……」
セレスも周囲を見回した。
「確かに、空気がこもっていませんね。奥から風が流れているのでしょうか?」
カイゼルは耳を澄ませた。
風の音はほとんどしない。
代わりに、奥のほうから規則的な小さな音が聞こえていた。
――カチ、カチ。
金属が何かに触れるような音。
「誰かいるのかもしれない。気をつけて」
三人は音のする方向へ進んだ。
途中、壁に埋め込まれた古い魔道具を見つけた。採掘場の照明や換気を制御していた装置のようだが、表面には細かな傷がいくつも刻まれている。
そして、その中央には円形の刻印があった。
カイゼルは足を止めた。
見覚えのある模様だった。
ミルナ村で見つけた金属片。古い遺跡の壁に刻まれていた印。廃工房に残されていた装置。
それらと完全に同じではない。
しかし、円を基礎にした構造や、線の伸び方には共通点があった。
「また、この印……」
カイゼルがつぶやく。
リリアは装置に近づきかけたが、彼の表情を見て足を止めた。
「触らないほうがいい?」
「ああ。何が起きるか分からない」
カイゼルは魔力の流れを慎重に探った。
装置の内部には、ごくわずかな魔力が残っていた。その流れは外へ向かっているのではなく、さらに奥へと続いている。
まるで、この採掘場そのものが何かにつながっているかのようだった。
「この装置だけが原因じゃない。魔力の流れは、もっと奥から来ている」
「じゃあ、奥に何かあるってことね」
リリアは短剣を握り直した。
「そう考えるのが自然だね」
三人はさらに奥へと進んだ。
やがて、通路の先に広い空間が現れた。
かつて鉱石を集めていた場所なのだろう。天井は高く、中央には大きな採掘機械が残されている。
そして、その機械の周囲には、黒い筋のようなものが這うように広がっていた。
岩の表面を走る黒い線。
床に埋め込まれた金属板。
その中心に置かれた、手のひらほどの黒い結晶。
「……あれは」
セレスが息をのんだ。
結晶は、ゆっくりと明滅していた。
そのたびに、周囲の魔力がわずかに引き寄せられ、結晶の内部へ吸い込まれていく。
そして、しばらくすると、別の性質を帯びた魔力が周囲へと流れ出した。
カイゼルの表情がわずかに険しくなる。
「やっぱり、黒い欠片と関係がある……」
だが、次の瞬間。
結晶の明滅が止まった。
採掘場の奥から、重い音が響いた。
――ゴゴゴゴ……。
中央の採掘機械が、ゆっくりと動き始めたのだ。
長い間、動いていなかったはずの機械が、黒い結晶から流れ込む魔力によって再び動き出している。
「うそ……! 勝手に動いてる!?」
リリアが後ずさる。
セレスはすぐに防御魔法を展開した。
「カイゼルさん、危ないです!」
機械の腕が大きく持ち上がり、三人のいる場所へ振り下ろされる。
カイゼルは聖性を働かせ、攻撃の軌道に干渉した。
機械そのものを破壊するのではなく、動力へ流れ込む魔力の乱れを抑え、動きを鈍らせる。
振り下ろされた腕は、三人の手前で大きく軌道を外し、床へ激突した。
轟音が採掘場に響き渡る。
「リリア、右側へ! セレスは俺の後ろから援護してくれ!」
「分かった!」
「はい!」
リリアは素早く横へ走り、機械の腕が戻る隙をうかがう。
セレスは防御魔法を維持しながら、崩れた岩や飛び散る破片から二人を守った。
カイゼルは採掘機械の動きを観察する。
動力源は黒い結晶。
だが、結晶を直接破壊すれば、蓄積された魔力が一気に放出される危険がある。
ならば、先に魔力の流れを変える必要があった。
カイゼルは右手を結晶へ向け、聖性で魔力の暴走を抑え込む。
機械の動きが、少しずつ鈍くなっていく。
しかし、結晶は抵抗するように強く明滅した。
押さえ込んだはずの魔力が、別の経路へと逃げていく。
「……一つの流れを止めても、別の場所へ逃がす仕組みか」
カイゼルは目を細めた。
無理に押さえつけるだけでは止められない。
彼は一度、聖性の干渉を弱め、魔性を使って結晶から流れ出す魔力の性質を変化させた。
攻撃に使われていた魔力が、機械を動かすための力として維持できなくなる。
その隙を逃さず、再び聖性で乱れた流れを安定させた。
二つの力を同時に融合させたわけではない。
状況に応じて切り替えながら、それぞれの役割を果たさせたのだ。
――ゴンッ!
採掘機械の腕が床へ落ち、そのまま動かなくなった。
黒い結晶の明滅も、徐々に弱まっていく。
最後に小さな光が一度だけ走り、採掘場は静寂に包まれた。
「……止まった?」
リリアが慎重に近づく。
「まだ近づかないで。魔力が完全に安定したか、確認する」
カイゼルはしばらく結晶の様子を観察した。
魔力の流れは弱まっていたが、完全に消えたわけではない。
「今は動いていない。でも、原因を取り除けたわけじゃない」
「この結晶が、魔道具や魔物の異常を引き起こしていたのでしょうか?」
セレスの問いに、カイゼルは結晶を見つめたまま答えた。
「可能性は高いと思う。ただ、これが何のために置かれたのかは分からない」
彼は結晶の周囲を調べた。
床に埋め込まれた金属板には、細かな刻印が並んでいる。採掘機械へ魔力を送るための仕組みのようにも見えるが、一般的な魔道具の構造とは違っていた。
さらに、壁際には小さな箱が置かれていた。
蓋を開けると、中には何枚かの金属片と、破れた紙が残されていた。
紙には短い文字が書かれている。
『魔力供給、再開』
『反応値、安定せず』
『採掘機構への接続を維持』
そして、最後の一文は途中で途切れていた。
『次回試験では、対象の――』
そこから先は、紙が破れていて読めない。
「試験……?」
リリアが眉をひそめる。
「誰かが、この場所で何かを試していたってことですか?」
「そうかもしれない。でも、これだけでは何を試していたのかまでは分からないね」
カイゼルは紙と金属片を魔法収納へ収めた。
「この結晶も、エルドさんに見てもらったほうがいい。今は動いていないけど、扱いを間違えると危険だ」
「うん。集落の人たちにも、しばらく近づかないよう伝えましょう」
セレスがうなずいた。
三人は採掘場の出口へ戻るため、来た道を引き返し始めた。
しかし、通路の曲がり角に差しかかったとき、カイゼルがふと足を止めた。
「……待って」
二人も立ち止まる。
カイゼルは後ろを振り返った。
先ほどまで黒い結晶が置かれていた空間。
そこから、ほんの一瞬だけ魔力が動いたように感じたのだ。
だが、意識を集中させても、反応は見つからない。
「どうしたの、カイゼル?」
「いや……気のせいかもしれない」
そう答えながらも、カイゼルは違和感を拭えなかった。
採掘機械は停止した。
結晶の反応も弱まった。
それなのに、採掘場の奥には、まだ何かが残っているような気配があった。
三人は警戒を解かないまま、外へと戻った。
◇ ◇ ◇
採掘場を出たころには、空が赤く染まり始めていた。
集落へ戻った三人は、採掘場の機械が停止したことと、内部に危険な結晶が残されていることを伝えた。
集落の代表者は、しばらく採掘場への立ち入りを禁止し、ギルドを通じて調査員を派遣してもらうと約束した。
ひとまず、集落に迫っていた危険は遠ざけられた。
しかし、黒い欠片の謎が解けたわけではない。
街の魔道具。
ミルナ村の泉。
森で異常を起こした魔物。
そして、閉鎖された採掘場の機械。
それぞれの場所で見つかった痕跡には、共通する特徴があった。
だが、黒い欠片の性質も、使われ方も、場所ごとに異なっている。
「同じものを使っているように見えるのに、反応が違う……」
帰り道、セレスが考え込むようにつぶやいた。
「使い方が違うのかもしれないし、そもそも同じ目的で置かれたものじゃないのかもしれない」
カイゼルは空を見上げた。
「少なくとも、自然にできたものとは考えにくい。誰かが意図して使っている可能性がある」
「だとしたら、その誰かは何がしたいんだろう?」
リリアの問いに、カイゼルは答えられなかった。
誰かが魔力を集め、性質を変え、魔道具や魔物へ影響を与えている。
それが単なる実験なのか。
何かを動かすためなのか。
それとも、もっと別の目的があるのか。
今はまだ、何も分からない。
「調べ続けるしかないね。今回の記録と結晶をエルドさんに見てもらおう」
カイゼルの言葉に、二人はうなずいた。
そのとき、彼の魔法収納に収められた黒い結晶が、ごく微かに反応した。
カイゼルはまだ、それに気づいていなかった。
そして、遠く離れた場所。
薄暗い部屋の中で、一人の人物が地図を広げていた。
地図には、街や村、森、そして西の採掘場と思われる地点に印が付けられている。
人物は手元の小さな魔道具を確認した。
表示されていた反応は、先ほどまでよりも弱くなっている。
「……停止したか」
落ち着いた声が、暗闇に響いた。
人物は地図の採掘場に付けられた印を見つめ、隣に置かれた別の紙を手に取った。
そこには、いくつもの異なる形の黒い結晶が描かれていた。
「反応の違いは、想定の範囲内……。だが、あの少年が介入したとなると、少し話が変わる」
人物は紙を折りたたみ、机の引き出しへしまった。
「次は、別の場所を確認する必要があるな」
小さな明かりが消え、部屋は再び闇に沈んだ。
◇ ◇ ◇
カイゼルたちの調査は、まだ始まったばかりだった。
黒い欠片は、場所によって異なる反応を示す。
それらを誰が、何のために設置しているのか。
そして、カイゼルが干渉するたびに、どこかで反応を確かめている者がいるのだとしたら――。
彼らの知らないところで、何かが少しずつ動き始めていた。
第18話を読んでくれてありがとう!
今回は、西の採掘場で黒い結晶と、それを利用して動いていた古い採掘機械を発見しました。
これまでの黒い欠片と似ているものの、今回の結晶もまた異なる反応を示しています。そして、カイゼルたちの行動を把握している謎の人物も、次の動きを始めました。
果たして、黒い結晶は何のために使われているのか。そして、謎の人物はカイゼルの何を警戒しているのか――。




