第17話 黒い欠片の違い
ラネス集落で発生していた魔道具の故障と魔物の異常行動。
カイゼルたちは調査の結果、どちらにも黒い欠片と似た性質が関わっていることを突き止めた。
新たに発見した欠片を持ち帰り、エルドに調査を依頼することにした三人。
しかし、研究者の彼が見つけたのは、これまでの欠片とは異なる特徴だった。
ラネス集落から街へ戻った翌日。
カイゼルたちは、エルド魔道具研究工房を訪れていた。
「なるほど……今回は三つ目の欠片というわけだね」
エルドは机の上に並べられた黒い欠片を見比べた。
一つ目は、街の魔道具の異常を調査した際に見つかったもの。
二つ目は、ミルナ村の泉の近くで発見されたもの。
そして三つ目が、ラネス集落近くの森で見つかったものだった。
「どれも黒い色をしているけど、形はずいぶん違うね」
リリアが机を覗き込む。
「色や大きさだけでなく、魔力の反応にも違いがあるようだよ」
エルドは測定器を三つの欠片に順番に近づけた。
一つ目は、弱いながらも安定した反応を示している。
二つ目は、魔力を吸収するときに、周囲の流れを大きく乱す傾向があった。
そして三つ目は、ほかの二つより反応が弱く、吸収した魔力を外へ放出する力も小さいようだった。
「つまり、同じものじゃないってことですか?」
セレスが尋ねた。
「そうだね。少なくとも、魔力への干渉の仕方は同じではない」
エルドは測定器の数値を記録した。
「ただし、別々の目的で作られたのか、同じものが使用状況によって変化したのかは、まだ分からないね」
カイゼルは三つの欠片を見つめた。
「使用状況によって変わる……?」
「ああ。例えば、長い間魔力を吸収し続けたものと、ほとんど使われていないものでは、残っている魔力の状態が違うかもしれない。壊れかけている可能性もあるね」
「なるほど……」
カイゼルは静かに頷いた。
確かに、ラネス集落の近くで見つけた欠片は、これまでのものと比べて反応が弱かった。
しかし、それが最初からの性質なのか、何らかの原因で弱まったのかは判断できない。
「もう少し詳しく調べてみるよ。少し時間をもらえるかな?」
「お願いします、エルドさん」
カイゼルが答えると、エルドは欠片を一つずつ専用の容器へ収めた。
◇ ◇ ◇
調査を始めてしばらくすると、エルドは一つ目の欠片を測定器から取り外した。
「……やはり、気になる点があるね」
「何か分かったんですか?」
リリアが尋ねる。
「この欠片は、魔力を吸収したあと、一定の方向へ流す傾向があるようだ」
エルドは記録紙に簡単な図を描いた。
中央に黒い欠片を置き、その周囲にいくつかの矢印を描き込む。
「周囲から魔力を吸い込み、内部で性質を変えたあと、別の方向へ流している。これまでの調査結果とも一致するね」
「それが、魔道具の故障や魔物の異常につながるんでしょうか?」
セレスが尋ねた。
「可能性はある。ただ、魔力の性質が変わっただけで必ず異常が起きるわけではないよ。変化した魔力がどこへ流れ込むか、それによって結果も違ってくるはずだ」
エルドは二つ目の欠片を測定器にかけた。
すると、測定器の針が大きく揺れた。
「……これは、少し違うね」
「どこが違うんですか?」
カイゼルが尋ねる。
「こちらは、吸収した魔力を内部に留める傾向が強いようだ。外へ放出する反応は弱いが、一定量を超えると急に流れ出す可能性がある」
「それって、危ないんじゃ……」
リリアが顔をしかめる。
「扱いには注意が必要だね。ただ、今は残っている魔力が少ない。すぐに何かが起こる状態ではないと思うよ」
エルドは測定器を止め、二つの記録を並べた。
「もし、この違いが意図的に作られたものなら、黒い欠片には複数の種類があるのかもしれないね」
カイゼルの目が細くなった。
複数の種類。
街では魔道具に異常が起き、ミルナ村では泉の水が濁り、ラネス集落では魔物が凶暴化した。
それぞれの場所で見つかった欠片に違いがあるのなら、異常の原因も一つとは限らない。
あるいは、同じ仕組みを異なる方法で利用しているのかもしれない。
「……欠片ごとに役割が違う可能性もある、ということですね」
「ああ。ただし、それを確かめるには、もっと多くの資料と実物が必要だね」
◇ ◇ ◇
「そういえば、エルドさん」
カイゼルは、廃工房で見つけた記録の写しを取り出した。
「この記録にあった『対象の魔力反応、想定値を超過』という部分ですが、何を意味していると思いますか?」
エルドは紙を受け取り、該当する文章を確認した。
「この一文だけでは断定できないね。ただ、何らかの対象に魔力を作用させ、その結果が予想を超えた、という意味に読める」
「対象って、魔物でしょうか?」
リリアが尋ねる。
「その可能性もある。魔道具や、別の魔力を持つ物質を指している可能性もあるね」
エルドは記録の余白を確認した。
「残念ながら、対象の名前や実験の詳しい内容は残されていない。これ以上は推測になってしまうね」
「……そうですか」
カイゼルは紙を受け取り、丁寧に畳んだ。
実験の目的は分からない。
それでも、少なくとも廃工房では、黒い欠片の性質を調べるだけでなく、何らかの対象に作用させる試みが行われていたらしい。
それが魔物だったのか、魔道具だったのか。
今の段階では答えは出ない。
「エルドさん。黒い欠片が、誰かによって複数の場所に置かれている可能性はありますか?」
カイゼルの問いに、エルドはしばらく考えた。
「否定はできないね。発見された場所が離れているうえ、それぞれ異なる異常が起きている。意図的に配置されたのだとすれば、何かを調べているのか、特定の効果を引き起こそうとしているのかもしれない」
「実験……ということですか?」
セレスが小さく呟く。
「そう考えることもできる。ただ、現時点では証拠が足りない。可能性の一つとして考えておくのがいいだろうね」
カイゼルは静かに頷いた。
確かなことと、まだ分からないこと。
その境界を見失わないようにしなければならない。
◇ ◇ ◇
工房を出た三人は、冒険者ギルドへ向かっていた。
「うーん、結局、黒い欠片にはいろいろな種類があるかもしれないってことだよね?」
リリアが頭を悩ませる。
「今のところは、そう考えるのが自然だと思います」
セレスが答えた。
「ただ、同じ目的で作られたものかどうかも分からない。まだ情報が足りないな」
カイゼルは歩きながら考えていた。
これまでの調査で、黒い欠片が魔力に干渉することは分かってきた。
だが、なぜ作られたのか。
誰が扱っているのか。
そして、なぜ古代遺跡の紋様と似た構造が使われているのか。
肝心な部分は、まだ謎のままだった。
「でも、少しずつ前に進んでるよね!」
リリアが笑顔を向ける。
「ああ。少なくとも、調べるべきことは見えてきた」
カイゼルは小さく頷いた。
「まずは、ギルドで新しい報告がないか確認しよう」
三人はそのまま冒険者ギルドへ入った。
受付の職員は、彼らの姿を見ると一枚の書類を取り出した。
「ちょうどよかったです。実は、今朝、新しい報告が届いたんですよ」
「新しい報告?」
リリアが尋ねる。
職員は書類を机の上に置いた。
「街の西側にある小さな集落で、魔道具が突然動かなくなったそうです。それだけなら珍しくないのですが……」
職員は言葉を切り、書類の続きを示した。
「集落の近くにある古い採掘場でも、魔物の異常行動が確認されたとのことです」
カイゼルの表情が引き締まった。
魔道具の故障。
魔物の異常行動。
そして、黒い欠片。
またしても、似たような報告だった。
「……分かりました。詳しい場所を教えてください」
カイゼルが告げる。
職員は地図を広げ、街の西側にある採掘場を指し示した。
「ここです。ただ、まだ原因は分かっていません。調査に向かうなら、十分に注意してください」
「ありがとうございます」
カイゼルは地図を確認した。
今回の報告が、これまでの事件と関係しているとは限らない。
だが、確かめる価値はある。
リリアは短剣の位置を確かめ、セレスも支援魔法の準備を整えた。
「よし、次の調査に行こう!」
リリアの声に、カイゼルは頷いた。
「ああ。今度も慎重に進めよう」
三人は新たな目的地へ向けて、準備を始めた。
その頃、街から離れた薄暗い部屋では、誰かが小さな黒い結晶を机の上に並べていた。
結晶の形は、それぞれ異なっている。
人物は一つずつ見比べ、静かに呟いた。
「……反応に違いが出始めているな」
その手が、地図の西側に記された場所で止まる。
「次は、あちらを確認するか」
人物は結晶を布で包み、机の引き出しへしまった。
誰が何のために動いているのか。
その答えは、まだ闇の中に隠されていた。
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ラネス集落で発生していた魔道具の故障と魔物の異常行動。
カイゼルたちは調査の結果、どちらにも黒い欠片と似た性質が関わっていることを突き止めた。
新たに発見した欠片を持ち帰り、エルドに調査を依頼することにした三人。
しかし、研究者の彼が見つけたのは、これまでの欠片とは異なる特徴だった。
エルドの調査によって、黒い欠片には魔力の吸収や放出の仕方に違いがあることが分かった。
ただし、それが意図的な違いなのか、使用状況によって生まれたものなのかは、まだ判断できない。
そんな中、街の西側にある集落と古い採掘場でも、魔道具の故障と魔物の異常行動が報告された。
カイゼルたちは新たな調査へ向かうことを決める。




