第15話 研究者エルドの推測
北区の廃工房で、カイゼルたちは黒い結晶を利用した実験装置と、実験の中断を示す記録を発見した。
装置には古代遺跡の紋様と似た構造が使われていたが、何のために作られたのかは分からない。
真相を探るため、三人は発見した記録と結晶の破片を持って、エルドの工房を訪れる。
そこで彼らは、黒い結晶について新たな仮説を聞くことになる。
「……なるほど。これは興味深いね」
エルドはカイゼルから受け取った記録を机に広げ、じっくりと目を通していた。
その隣には、北区の廃工房で見つけた黒い結晶の破片が置かれている。
「この記録にある『魔力吸収』『性質変換』『制御限界』という言葉。以前の調査結果と合わせて考えると、いくつか推測できることがある」
「何が分かったんですか?」
リリアが机の向こうから身を乗り出した。
「まず、この結晶は魔力を蓄えるだけの道具ではない可能性が高いね」
エルドは記録の一部を指で示した。
「普通の魔道具は、魔力を受け取り、決められた術式に従って効果を発揮する。ところが、この結晶は魔力そのものの性質を変えているように見えるんだ」
セレスが首を傾げる。
「魔力の性質を変える……というのは、どういうことですか?」
「例えば、火を生み出すために使う魔力と、傷を癒やすために使う魔力では、必要な構造や流れが違う。通常は、それぞれに合った術式を使って魔力を制御するんだ」
エルドは結晶の破片を慎重に持ち上げた。
「しかし、この結晶は吸収した魔力を別の性質へ変え、再び外へ放出しているように見える。もしそうなら、魔法を乱したり、魔道具の制御を狂わせたりすることも説明できるね」
「じゃあ、街の魔道具が壊れかけていたのも……」
「この結晶と同じ仕組みが関わっていた可能性はある。ただ、まだ直接の証拠はないよ」
カイゼルは静かに頷いた。
彼自身も、これまでの異常に共通する性質を感じ取っていた。
黒い欠片は魔力を吸い込み、その流れを変える。
その影響を受けた魔物は凶暴化し、魔道具は正常に動かなくなった。
そして、廃工房では、その仕組みを利用したと思われる装置が見つかった。
すべてが一つの原因につながっているのなら、黒い結晶は偶然生まれたものではないのかもしれない。
「……誰かが意図的に、この性質を利用しているということですか?」
カイゼルが尋ねる。
「その可能性は高いね。ただし、結晶を作った人物と、実際に使っている人物が同じとは限らない。そこは分けて考える必要がある」
エルドは落ち着いた口調で答えた。
「それに、あの装置が結晶を製造するためのものなのか、性能を調べるためのものなのかも、まだ判断できないね」
◇ ◇ ◇
「でも、どうしてそんな危険なものを作るんでしょう?」
セレスが不安そうに尋ねた。
「目的はいくつか考えられるよ。魔力を効率よく集めるためかもしれないし、魔道具の性能を変えるためかもしれない。あるいは、魔物の魔力に干渉することが目的だった可能性もある」
「うーん……どれもありそうで、よく分からないね」
リリアが腕を組む。
「今の段階では、どれか一つに決めつけることはできないね」
エルドは記録をめくった。
「ただ、一つ気になる点がある」
彼が取り出したのは、廃工房の記録に描かれていた小さな紋様の写しだった。
円の内側で三本の線が交差している。
「この紋様は、君たちが古代遺跡で見つけた円形紋様と、構造に共通点がある。ただし、同じものではないね」
「やっぱり、遺跡と工房には関係があるんでしょうか?」
リリアが尋ねる。
「可能性はある。遺跡に残された仕組みを参考にして、後の時代に別の装置が作られたのかもしれない。逆に、両方がさらに古い技術を参考にしている可能性もあるね」
カイゼルは紋様を見つめた。
二千年前にも、魔力を直接扱う高度な技術は存在していた。
だが、この世界で一般的に使われている魔法とは、根本的な考え方が異なるものもあった。
目の前の紋様が、どちらの技術に由来するものなのか。
今の彼には判断できなかった。
「……この紋様を使った技術が、今の時代にも残っているんでしょうか」
「それを調べるには、もっと古い資料が必要だね。今回、遺跡の調査記録が盗まれたのも気になる。紋様に関する情報だけが狙われたのなら、何者かがその技術を知っている可能性がある」
エルドの言葉に、三人の表情が引き締まった。
単なる魔道具の故障ではない。
黒い結晶を扱う人物が存在し、古代遺跡に関する記録まで盗まれている。
この一連の出来事には、まだ見えていない背景があるようだった。
◇ ◇ ◇
「それで、これからどうする?」
リリアが尋ねる。
エルドは少し考えてから答えた。
「まずは、黒い結晶の性質をもう少し詳しく調べるつもりだ。君たちが持ち帰った破片と、以前の欠片を比較すれば、違いが見つかるかもしれない」
「俺たちにできることはありますか?」
カイゼルが尋ねた。
「そうだね。無理に危険な場所へ向かう必要はないけれど、ギルドで新しい情報が出たら教えてほしい。特に、魔物の異常や魔道具の故障が同じ地域で続いていないか、注意しておいてくれると助かるよ」
「分かりました!」
リリアが元気よく答える。
「私たちも、何か気づいたらすぐに報告します」
セレスも頷いた。
エルドは三人に向き直った。
「それから、廃工房で見つけた装置には、まだ危険が残っている可能性がある。勝手に動かしたり、持ち帰ったりはしない方がいいね。必要なら、私が調査に同行することも考えよう」
「ありがとうございます、エルドさん」
カイゼルは軽く頭を下げた。
「礼には及ばないよ。私も研究者として、この仕組みには興味があるからね」
そう言って、エルドは再び記録へ目を落とした。
その横顔には、好奇心と慎重さが同時に浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
工房を出た三人は、夕暮れの街を歩いていた。
「うーん、結局、まだ分からないことだらけだね」
リリアが両手を頭の後ろに回す。
「でも、少しずつ整理できてきたと思います。黒い結晶が魔力に干渉することも、古代遺跡の紋様と似た技術が使われていることも、以前よりはっきりしましたから」
セレスが答えた。
「そうだな。今は、分かったことと推測を混同しない方がいい」
カイゼルは落ち着いた声で続けた。
「結晶の目的も、作った人物も、まだ分からない。だからこそ、確かな手がかりを集める必要がある」
「カイゼルって、こういうとき本当に冷静だよね」
リリアが横から顔を覗き込む。
「焦っても、答えが出るわけじゃないからな」
「ふふっ、そうですね」
セレスが微笑んだ。
三人は冒険者ギルドへ向かいながら、これからの調査について話し合った。
黒い結晶の謎は、まだ始まったばかりだ。
しかし、彼らの行動によって、少しずつ隠されていたものが姿を現し始めていた。
その頃、北区のどこか。
薄暗い部屋の中で、一人の人物が小さな魔道具を机に置いた。
その表面には、廃工房に残されていたものとよく似た円形の紋様が刻まれている。
人物は魔道具を見つめ、静かに呟いた。
「……調査が進んでいるか」
短い沈黙のあと、人物は魔道具を布で覆い、部屋の奥へと姿を消した。
その目的も、正体も、まだ誰にも知られていなかった。
エルドの分析によって、黒い結晶は魔力を蓄えるだけでなく、その性質を変えて放出している可能性が高まった。
古代遺跡と廃工房の紋様にも共通点が見つかったが、技術の由来や結晶の目的は依然として不明だ。
カイゼルたちは新たな情報を待ちながら、引き続き異常の調査を進めることにした。
そして、どこかで彼らの動きを気にしている人物がいる。




