第12話 消えた調査記録
古代遺跡で発見された黒い結晶と、数百年前の記録にも残されていた謎の円形紋様。
カイゼルたちは結晶を調べるため、街へ戻ってエルドに協力を求めることにした。
しかし、彼らが知らないところで、遺跡の調査に関する記録が一つ、忽然と姿を消していた。
街へ戻ったカイゼルたちは、冒険者ギルドで依頼の完了報告を済ませると、その足でエルド魔道具研究工房へ向かった。
「おや、君たちか。今日は何の用だい?」
工房の扉を開けると、エルドが作業台から顔を上げた。
カイゼルは魔法収納から黒い結晶を取り出し、机の上に置いた。
「古代遺跡で見つけました。以前の黒い欠片と同じ性質を持っているようです」
「これは……ずいぶん大きいね」
エルドは眼鏡を直し、結晶を慎重に観察した。
「表面の刻印も、自然にできたものではなさそうだ。以前の欠片よりも、魔力を流すための構造が複雑になっているね」
「やっぱり、誰かが作ったものなんでしょうか?」
リリアが尋ねる。
「その可能性は高い。ただ、まだ断言はできないね」
エルドは道具を使って結晶の表面を調べ始めた。
セレスは隣から作業を見守っていたが、ふと気になったことを口にした。
「この結晶って、遺跡にいた魔物の体に埋め込まれていたんですよね。どうして、わざわざ魔物に?」
「いい質問だね」
エルドは手を止めた。
「魔力を吸収して性質を変える仕組みなら、魔物の魔力にも影響を与えられるかもしれない。魔物を強化するためなのか、それとも別の目的があるのか……今のところは判断できないね」
「魔物を操るため、ってこともあるのかな?」
リリアの表情から、いつもの明るさが少し消えた。
「可能性はある。ただ、遺跡で遭遇した魔物が操られていたのか、単に魔力を乱されて凶暴化していたのかは分からないね」
カイゼルは結晶を見つめた。
あの魔物たちは、黒い結晶の影響で魔力の流れを歪められていた。
しかし、それだけであれほどの異常が起きるのなら、結晶の用途は決して小さくない。
「……もっと詳しく調べる必要がありますね」
「そうだね。数日、預からせてもらってもいいかい?」
「お願いします」
カイゼルは頷いた。
エルドは結晶を専用の容器に収め、作業台の奥へ運んでいった。
そのときだった。
工房の入口が勢いよく開いた。
「エルドさん! 大変です!」
飛び込んできたのは、ギルドの職員だった。
息を切らした彼は、エルドの姿を見つけるなり駆け寄った。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「古代遺跡の調査記録が、一部なくなっているんです!」
「何だって?」
エルドの表情が険しくなる。
カイゼルたちも顔を見合わせた。
「調査記録って、今日の遺跡のものですか?」
セレスが尋ねる。
「いえ、違います。今回の調査に関連して、研究所に保管されていた古い記録です。数百年前に遺跡を調べた際の資料が、保管庫から消えてしまったんです」
「盗まれたってこと?」
リリアが聞くと、職員は困惑した様子で頷いた。
「それが……保管庫の扉には壊された跡もなく、鍵も正常でした。ほかの資料には手がつけられていないんです」
「消えたのは、その遺跡の記録だけかい?」
エルドが問い返す。
「はい。特に、円形の紋様について記されていた資料が見当たりません」
その言葉を聞いた瞬間、カイゼルの目が細くなった。
円形の紋様。
黒い結晶。
そして、古代遺跡。
別々の出来事だと考えるには、共通点が多すぎた。
◇ ◇ ◇
「俺たちにも、その保管庫を見せてもらえませんか?」
カイゼルの申し出に、職員は一瞬ためらった。
しかし、エルドが口を開いた。
「彼らは今回の遺跡調査に参加している。私も同行しよう。それなら問題ないだろう?」
「……分かりました。こちらです」
四人は工房を出て、研究資料を保管している施設へ向かった。
保管庫は街の北区にある石造りの建物だった。
内部には古い書物や魔法陣の写し、遺跡から発掘された資料などが棚ごとに整理されている。
案内された部屋の一角には、空になった保管箱が置かれていた。
「ここに、円形紋様の資料が?」
エルドが尋ねる。
「はい。こちらの箱に入れていたはずです」
職員が箱の中を確認する。
カイゼルは部屋全体を見渡した。
窓は閉じられている。
扉にも異常はない。
棚の周囲にも、目立った荒らされた跡は見当たらなかった。
「……少し調べてもいいですか?」
「ああ。ただし、資料には触れないように頼む」
エルドの許可を得て、カイゼルは保管箱に近づいた。
彼は魔力の流れを探るように、聖性を薄く広げた。
通常なら、部屋に残った魔力の乱れや、何らかの魔法が使われた痕跡を感じ取れるはずだった。
だが――。
「……妙だな」
「何か分かったの?」
リリアが小声で尋ねる。
「魔法が使われた痕跡が、ほとんど残っていない」
「ほとんど?」
「完全に何もないわけじゃない。けれど、誰かが魔法を使ったのなら、不自然なくらい痕跡が薄い」
カイゼルは保管箱の縁に目を向けた。
そこに、ごく小さな黒い汚れが残っていた。
彼は指先で触れず、魔力だけを近づける。
すると、黒い汚れがわずかに揺らいだ。
「これは……」
「カイゼルさん、何か見つかったんですか?」
セレスがそばに寄る。
「黒い欠片と似た反応がある」
エルドがすぐに身を乗り出した。
「本当かい?」
「ああ。ただ、かなり微量だ。結晶そのものではなく、何かが触れた痕跡なのかもしれない」
エルドは難しい顔で考え込んだ。
「もしそうなら、犯人は黒い結晶に関係する何かを使って、魔法の痕跡を消した可能性があるね……」
「つまり、普通の盗難じゃないってこと?」
リリアが短剣の柄を握り直した。
「まだ決めつけるのは早い。ただ、偶然だとは考えにくいね」
カイゼルは黒い汚れを魔法収納へ収めた。
わずかな痕跡でも、調べる価値はある。
◇ ◇ ◇
保管庫を出たあと、四人は施設の入口で今後の対応を話し合った。
「資料を盗んだ人物は、少なくとも円形紋様について知っていた可能性が高いね」
エルドが腕を組む。
「そして、君たちが遺跡から戻った直後に資料が消えた。関連があると考えるべきだろう」
「私たちが遺跡で何かを見つけたから、記録を消したってこと?」
セレスが不安そうに尋ねた。
「その可能性もある。ただし、私たちが遺跡に行く前から計画されていたのかもしれないね」
カイゼルは静かに考えていた。
犯人が誰なのかは分からない。
黒い結晶の目的も、円形紋様の意味も分からない。
だが、少なくともこの謎には、過去の遺跡を調べる者たちとは別に、記録を隠そうとする何者かが関わっている。
「……俺たちが見つけたものを、誰かが知られたくないのかもしれないな」
リリアはカイゼルを見上げた。
「それって、私たちも狙われるかもしれないってこと?」
「可能性はある」
「だったら、なおさら調べなきゃ!」
リリアは拳を握った。
「このまま放っておいたら、また誰かが危ない目に遭うかもしれないもん!」
「リリアの言う通りだね。でも、無茶はしないでね」
セレスが優しく付け加える。
カイゼルは二人を見て、静かに頷いた。
「分かってる。まずは、分かっていることを整理しよう」
彼は指を折りながら、確認するように言った。
「黒い結晶は魔力を吸収し、その性質を変える。古代遺跡には同じ仕組みが残されていた。そして、円形紋様に関する資料が何者かに持ち去られた」
「うん。それで?」
リリアが続きを促す。
「次は、誰が資料を持ち去ったのか。それと、残された黒い痕跡が何なのかを調べる」
カイゼルは空を見上げた。
夕暮れの光が、街の屋根を赤く染めている。
二千年後の世界は、彼が知っていた時代とは大きく変わっていた。
それでも、人が何かを隠し、誰かが真実を追い求めることは、昔も今も変わらないのかもしれない。
そして今、彼はその謎の入り口に立っていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
街の北区から離れた、人気のない路地。
フードを深くかぶった人物が、薄い書類の束を机の上に置いた。
その中には、古代遺跡の調査記録が含まれていた。
人物は一枚の紙を取り出し、そこに描かれた円形紋様を見つめる。
「……遺跡に、反応があったか」
低い声が暗闇に響いた。
「予定より早いな」
人物は書類をまとめ、懐へしまった。
その手元には、黒い小さな欠片が握られていた。
欠片の表面に刻まれた線が、かすかに光る。
「まだ、余計なことを知られるわけにはいかない」
やがて人物は灯りを消し、闇の中へと姿を消した。
古代遺跡で見つかった黒い結晶と円形紋様。
その謎を追うカイゼルたちの前に、今度は調査記録の盗難事件が立ちはだかった。
記録を盗んだ人物は、黒い結晶と何らかの関係があるらしい。
しかし、その正体も目的も、まだ分からない。




