第11話 古代遺跡に眠る黒い痕跡
黒い欠片と、数百年前の記録に残されていた謎の円形紋様。
カイゼルたちは魔道具研究者エルドの協力を得たものの、その正体を突き止めることはできなかった。
そんな中、冒険者ギルドに新たな依頼が舞い込む。
その行き先は、街の郊外にひっそりと残された古代遺跡だった。
朝。
冒険者ギルドの掲示板の前で、リリアは一枚の依頼書を手に取っていた。
「ねえねえ、これなんかどうかな?」
セレスが隣から依頼書を覗き込む。
「えっと……『街の北東にある旧遺跡の調査補助』? 遺跡の中に入るの?」
「そうみたい! 最近、遺跡の周辺で魔物が増えてるんだって!」
リリアは楽しそうに依頼書を掲げた。
「それに、調査隊の護衛も兼ねてるから報酬もいいよ!」
「リリア、報酬だけで決めてない?」
セレスは困ったように微笑んだ。
「そ、そんなことないよ! 冒険者として、未知の場所に挑戦するのも大切でしょ?」
二人のやり取りを聞いていたカイゼルは、依頼書に目を向けた。
旧遺跡。
その言葉に、わずかに意識が引っかかった。
二千年前の世界にも、古い文明の遺跡は存在していた。しかし、今の時代に残されているものが、当時とどれほどつながっているのかは分からない。
それに――。
「……遺跡の調査なら、何か分かるかもしれないな」
「何が?」
リリアが首を傾げる。
「この前の黒い欠片だ。あの紋様と関係するものが見つかる可能性がある」
「なるほど! じゃあ決まりだね!」
「まだ依頼を受けるって決まったわけじゃないよ、リリア」
セレスがたしなめるが、カイゼルは依頼書を受付へ持っていった。
「俺たちで受けます」
「ちょっと、カイゼル! 私も行くよ!」
リリアが慌てて追いかける。
受付の職員は依頼書を受け取り、三人の登録証を確認した。
「旧遺跡は街から半日ほどの場所にあります。調査隊とは現地で合流してください。なお、内部には魔物がいる可能性があります。十分に注意してくださいね」
「はい、分かりました!」
リリアが元気よく返事をする。
こうして三人は、古代遺跡へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
三人は街道を外れ、木々が生い茂る丘陵地帯へと足を踏み入れていた。
やがて木々の隙間から、崩れかけた石造りの建物が姿を現す。
苔に覆われた柱。
半ば地面に埋まった階段。
そして、建物の奥へと続く巨大な石門。
「うわぁ……本当に遺跡って感じ!」
リリアが目を輝かせる。
「不用意に触らないでね。古い魔法陣が残っていたら危ないかもしれないから」
セレスが注意すると、リリアは伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
「わ、分かってるって!」
カイゼルは石門をじっと見つめた。
表面には、風化した刻印がいくつも並んでいる。
現代の魔法陣とは違う。
文字を組み合わせて魔力を動かすのではなく、刻印そのものが魔力の流れに直接干渉するような構造だった。
――この感覚、あの黒い欠片に似ている。
そう考えた瞬間、背後から声がかかった。
「君たちがギルドから派遣された冒険者か?」
振り返ると、数人の調査員が立っていた。
先頭にいるのは、茶色い外套を着た中年の男性だった。
「私は調査隊の責任者、ガレスだ。今日はよろしく頼む」
「リリアです! よろしくお願いします!」
「セレスです。回復魔法と支援を担当します」
「カイゼルです。よろしくお願いします」
ガレスは三人を見渡し、少し安心したように頷いた。
「若いが、実力はあると聞いている。遺跡の入口付近は調査済みだが、奥にはまだ入れていない。魔物が出るうえ、魔力の流れがおかしくなる場所があるんだ」
「魔力の流れが?」
カイゼルが聞き返す。
「ああ。魔法を使おうとすると、突然威力が落ちたり、逆に制御できなくなったりする。原因が分からないので、慎重に調査しているところだ」
三人は顔を見合わせた。
街の魔道具。
ミルナ村の泉。
そして、黒い欠片に影響された魔物。
それらと同じ現象なのかもしれない。
「……中を見せてもらえますか?」
カイゼルの問いに、ガレスは頷いた。
「もちろんだ。ただし、危険だと判断したらすぐに引き返してくれ」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
遺跡の内部は、外から想像していたよりも広かった。
壁には古い壁画が残され、天井からは細い木の根が垂れ下がっている。
調査員たちは壁画や刻印を記録しながら、慎重に奥へ進んでいった。
その途中、リリアが足を止める。
「ねえ、これ……何か変じゃない?」
彼女が指差した先には、床に刻まれた円形の紋様があった。
円の内側には複雑な線が走り、中央には小さな窪みがある。
カイゼルの表情がわずかに変わった。
「その紋様……」
「知ってるの?」
セレスが小声で尋ねる。
「確信はない。でも、前に見たものと似ている」
ミルナ村で見つけた金属片。
そこに刻まれていた紋様と、よく似ていた。
カイゼルは膝をつき、紋様に手を近づける。
触れる直前、指先に微かな違和感が走った。
魔力が流れている。
しかも、ただ流れているのではない。
周囲から魔力を集め、紋様の中央へ送り込んでいるようだった。
「みんな、少し離れてくれ」
カイゼルの声に、リリアとセレスはすぐに後ろへ下がった。
彼は聖性をわずかに展開し、紋様の魔力の状態を探る。
その瞬間――。
ゴゥン……!
遺跡全体が低く唸った。
壁に刻まれた線が、黒ずんだ光を帯びる。
「きゃっ!?」
セレスが驚いて身をすくめた。
「な、何これ! カイゼル、何かしたの!?」
「違う。俺が触れる前から、反応していた……!」
カイゼルはすぐに手を引いた。
しかし、紋様の中央から黒い靄が立ち上り、床を這うように広がっていく。
「全員、後退!」
ガレスの叫びが響いた。
次の瞬間、遺跡の奥から複数の足音が聞こえた。
石の床を引っかく、硬い音。
暗闇の中から現れたのは、全身が石のような外殻に覆われた四足の魔物だった。
その胸部には、黒い結晶が埋め込まれている。
「魔物……! しかも、あの黒い欠片と同じ感じがする!」
リリアは短剣を抜き、身構えた。
魔物たちは一斉に三人へと突進する。
「リリア、右!」
「分かってる!」
リリアは地面を蹴り、迫ってきた一体の攻撃を紙一重でかわした。
そのまま横へ回り込み、短剣で脚の関節を狙う。
硬い外殻に刃が弾かれたものの、体勢を崩すことには成功した。
「硬っ! でも、動きは止められる!」
「なら、動きを封じるね!」
セレスが両手を掲げる。
淡い魔力が床に広がり、魔物の足元に小さな光の輪が生まれた。
動きが鈍った隙を突き、リリアが距離を取る。
一方、カイゼルは向かってきた魔物の前に立った。
魔物が鋭い爪を振り下ろす。
彼は身をひねって攻撃を避け、魔性を指先に集めた。
「形を変えろ――」
黒い魔物の胸に埋まった結晶が反応し、周囲の魔力を吸い上げる。
カイゼルの魔法が一瞬、押し返された。
「……やっぱりか」
この結晶は、単純に魔力を吸収しているだけではない。
吸収した魔力の性質を変え、周囲へ放出している。
そのせいで、普通の魔法は制御を乱されるのだ。
ならば、無理に魔力をぶつける必要はない。
カイゼルは聖性へ切り替え、結晶から流れ出す魔力の乱れを捉えた。
「――干渉解除」
結晶を破壊するのではなく、魔力の流れだけを切り離す。
黒い光が揺らぎ、魔物の動きが止まった。
「今だ、リリア!」
「任せて!」
リリアは一気に距離を詰め、魔物の胸部にある結晶を短剣の柄で強く打ちつけた。
結晶が外れ、石の床に転がる。
魔物は力を失ったように崩れ落ちた。
「よしっ! 一体!」
しかし、残りの魔物たちはまだ動いている。
セレスが結界を張り、調査員たちを守った。
「カイゼルさん、左から来ます!」
「見えてる!」
カイゼルは魔性で床に散らばった石片を持ち上げ、魔物の進路を塞ぐ。
その隙にリリアが脚を狙い、セレスが動きを封じる。
三人は互いの動きを補いながら、次々と魔物を無力化していった。
最後の一体が倒れたとき、遺跡には再び静寂が戻った。
「はぁ……。なんとか終わったね」
リリアが短剣を収め、肩で息をする。
「みんな、怪我はない?」
セレスが周囲を確認する。
「ああ。俺は大丈夫だ」
カイゼルは床に転がる黒い結晶へ視線を落とした。
今回の魔物にも、同じものが埋め込まれていた。
偶然とは考えにくい。
◇ ◇ ◇
戦闘後、ガレスたちは安全を確認しながら、遺跡の調査を再開した。
カイゼルは外れた黒い結晶を拾い上げる。
以前の欠片よりも大きく、表面には細かな線が刻まれていた。
「これも持ち帰るの?」
リリアが尋ねる。
「ああ。エルドさんに調べてもらいたい」
カイゼルは結晶を魔法収納へ収めた。
そのとき、セレスが遺跡の壁を見つめていることに気づいた。
「セレス?」
「カイゼルさん、この壁画……少し気になりませんか?」
彼女が指したのは、崩れかけた壁の一角だった。
そこには、円形の紋様を囲むように、何人もの人影が描かれていた。
人影の姿は風化して判然としない。
だが、中央に描かれた大きな円と、その周囲に伸びる線は、床の紋様とよく似ていた。
ガレスが記録帳を開き、壁画を確認する。
「この遺跡は、少なくとも数百年前のものだと考えられている。だが、これほど特殊な紋様が使われているとは……」
「この紋様が、黒い欠片と関係している可能性は?」
カイゼルが尋ねる。
「否定はできない。だが、今の段階では何とも言えないな」
ガレスは難しい顔をした。
「そもそも、この遺跡が何のために造られたのかすら分かっていないんだ」
カイゼルはもう一度、壁画を見つめた。
二千年の時を越えて、この世界に何が残されたのか。
そして、誰が黒い結晶を生み出しているのか。
まだ答えは見つからない。
だが、少なくとも一つ分かったことがある。
黒い欠片は街の魔道具や村の泉だけに存在するものではない。
古い遺跡の中にも、その痕跡が残されていた。
「……もっと調べる必要があるな」
カイゼルが静かに呟く。
「うん。私も手伝うよ!」
リリアが即座に答えた。
「私も。無理をしすぎないことを条件に、だけどね」
セレスも微笑む。
カイゼルは二人を見て、小さく頷いた。
「ああ。約束する」
その言葉を聞いて、リリアは満足そうに笑った。
しかし、三人が遺跡を後にする直前。
誰もいなくなった奥の通路で、床の円形紋様が一度だけ、微かに黒い光を放った。
まるで、彼らの訪問を記憶するかのように。
そして、その光は何事もなかったかのように消えていった。
古代遺跡で発見された黒い結晶。
それは、これまで街や村で見つかった黒い欠片と同じ性質を持っていた。
さらに、遺跡の床や壁画には、金属片に刻まれていたものとよく似た円形紋様が残されていた。
カイゼルたちは黒い結晶をエルドに渡し、調査を進めることにする。
しかし、遺跡で見つかったものは、単なる古代の遺物ではないのかもしれない。




