第10話 謎の刻印と、古い記録
ミルナ村の泉で、黒い物体と謎の刻印が刻まれた金属片を発見したカイゼルたち。
街の魔道具、凶暴化した魔物、そして村の泉。
離れた場所で起きた異変には、共通する何かがある。
三人は街へ戻り、手に入れた手がかりを調べることにした。
だが、その刻印を見た一人の研究者は、思いがけない反応を示すのだった。
翌朝。
ミルナ村を出発した三人は、街へ続く街道を歩いていた。
「はぁー! やっぱり、村の朝って気持ちいいね!」
リリアは大きく伸びをしながら、空を見上げた。
「……昨日も同じことを言っていたな」
「だって、本当に気持ちいいんだもん!」
「ふふっ。リリアさんは、どこへ行っても楽しそうですね」
セレスが微笑む。
「セレスだって、村のおばあさんからもらった薬草をずっと大事に持ってるじゃん!」
「えっ? あ、これは……その、珍しい薬草だったので!」
セレスは慌てて籠を抱え直した。
カイゼルは二人の様子を見ながら、ほんの少し口元を緩めた。
こうして誰かと一緒に旅をするのは、悪くない。
二千年前の自分には、当たり前だった時間。
けれど、今の彼にとっては、少しずつ取り戻していく新しい日常だった。
「……そろそろ街が見えるぞ」
街道の先に、石造りの防壁が姿を現す。
三人はそのまま門を通り、冒険者ギルドへ向かった。
◇ ◇ ◇
ギルドに到着すると、カイゼルは受付で村の調査報告を行った。
泉の異常。
魔物の凶暴化。
そして、黒い物体と金属片の発見。
受付の女性は報告書を書きながら、難しい表情を浮かべていた。
「……村でも同じような異変が起きていたんですね」
「ああ。街で見つけた欠片と、何らかの関係があると思う」
「分かりました。管理局にも追加の報告を送ります。それと……」
女性は少し考えてから、声を落とした。
「この件については、魔道具の研究をしている方にも相談してみてはいかがでしょうか?」
「研究者?」
「はい。街の北区に工房を構えている、エルドさんという方です。少し変わった方ですが、魔力の構造や古い魔道具に詳しいんですよ」
カイゼルは頷いた。
「……分かった。訪ねてみる」
報告を終えた三人は、北区へ向かった。
◇ ◇ ◇
北区は、職人や研究者が集まる場所だった。
街の中心部と比べると人通りは少ないが、道沿いには小さな工房が並んでいる。
金属を叩く音。
魔道具が動く低い音。
時折、建物の窓から小さな光が漏れていた。
「この辺りかな?」
リリアが周囲を見回す。
セレスは案内板を確認しながら、慎重に道を選んでいた。
「えっと……こちらの通りをまっすぐ進んで、二つ目の角を……」
「……セレス」
「はい?」
「その案内板、逆さまだぞ」
「えっ!?」
セレスは慌てて案内板を持ち直した。
「す、すみません! 文字が反対に見えてしまって……」
「看板の裏を見てたんだね……」
リリアが苦笑する。
カイゼルは小さく息を吐き、周囲を確認した。
「……あそこだな」
通りの奥に、古びた建物が見えた。
扉の横には、金属板に刻まれた文字がある。
『エルド魔道具研究工房』
三人は扉を叩いた。
「……誰だ?」
中から、低い声が返ってくる。
「冒険者ギルドの紹介で来た。少し見てもらいたいものがある」
「ギルド? 今、忙しいんだが……まあ、入れ」
扉を開くと、薬品と金属の匂いが混ざった空気が流れてきた。
工房の中には、大小さまざまな魔道具が並んでいる。
机の上には分厚い書物が積まれ、壁には魔法陣の図面が貼られていた。
その奥で、一人の男性が作業をしていた。
年齢は五十歳前後。
灰色の髪を後ろへ撫でつけ、目元には細い眼鏡をかけている。
「それで、見てもらいたいものというのは?」
カイゼルは収納魔法から金属片を取り出した。
「……この刻印について、何か知っているか?」
エルドは金属片を受け取った。
最初は何気ない様子で表面を確認していたが、刻印を見た瞬間、その手が止まった。
「……これは、どこで手に入れた?」
声の調子が変わった。
カイゼルは慎重に答えた。
「街から離れた村の泉だ。黒い物体の近くに落ちていた」
「黒い物体……?」
「魔力を吸収し、周囲の魔力の流れを乱していた。街でも、似たものが見つかっている」
エルドは金属片を机に置き、奥から虫眼鏡と小さな測定器を持ってきた。
刻印を何度も確かめる。
そして、低い声で呟いた。
「……まさか、今になってこれを見ることになるとはな」
リリアが身を乗り出す。
「これ、何か知ってるんですか?」
エルドはすぐには答えなかった。
やがて、工房の奥にある本棚へ向かい、一冊の古い書物を取り出した。
表紙には、かすれた文字でこう記されていた。
『失われた魔法技術の研究記録』
エルドはページをめくり、ある図を指差した。
そこには、金属片に刻まれたものとよく似た円形の紋様が描かれていた。
「……これは、古代遺物の調査で見つかった刻印だ」
「古代遺物?」
カイゼルの表情がわずかに変わる。
エルドは頷いた。
「数百年前、遺跡の地下から発見された石板に、同じ紋様が刻まれていたらしい。だが、石板は調査の途中で壊れ、詳しい仕組みは分からないままになった」
「……この刻印が、何を意味するのかは?」
「分からん。文字なのか、魔法陣の一部なのか、それすら確定していない」
エルドは眼鏡を押し上げた。
「ただ、普通の魔道具に使われる術式とは構造が違う。魔力の流れを制御するというより、魔力そのものの性質に干渉する仕組みに見える」
カイゼルは黙って聞いていた。
やはり、現代の魔法とは異なる。
だが、それだけではない。
彼が知る原初魔法にも似ているが、完全に同じではなかった。
「……その遺跡は、どこにある?」
「王都の研究院が記録を管理している。詳しく知りたいなら、王都へ行く必要があるだろう」
「……そうか」
カイゼルは金属片を受け取った。
少しだけ、手がかりが増えた。
しかし、問題の全体像はまだ見えていない。
◇ ◇ ◇
「それで、街で見つかった黒い欠片も見せてもらえるか?」
エルドが尋ねた。
カイゼルは少し迷った。
だが、ここで情報を隠しても、調査は進まない。
「……分かった。ただし、直接触らないでくれ」
彼は布に包んだ黒い欠片を机の上へ置いた。
エルドは道具を使って欠片を調べ始めた。
測定器の針が揺れる。
魔力を探るための小さな石が、断続的に光った。
「……妙だな」
「何か分かったか?」
「魔力を吸収するだけなら、こうはならない。これは、取り込んだ魔力を内部で変質させている」
エルドは眉をひそめた。
「しかも、変質させた魔力を再び外へ放出しているようだ。周囲の魔力を乱すのは、その過程で生じる副作用かもしれん」
「……目的は?」
「そこまでは分からん。ただ、自然にできたものではないだろう。何らかの意図を持って作られている可能性が高い」
そのとき、測定器の針が大きく振れた。
カチカチカチッ!
「……何だ?」
エルドが装置を確認する。
黒い欠片の表面に、細い筋が浮かび上がっていた。
カイゼルはすぐに聖性を感じ取った。
欠片の内部で、魔力が急激に動いている。
「……全員、少し離れろ」
「えっ?」
リリアがセレスの腕を引き、机から距離を取る。
次の瞬間、黒い欠片から小さな波動が放たれた。
工房に並んでいた魔道具が、一斉に光を失う。
照明が消え、測定器が停止し、壁の魔法陣が一瞬だけ乱れた。
「うわっ!?」
エルドが机に手をつく。
カイゼルはすぐに手をかざした。
「聖性――安定化!」
淡い光が広がり、乱れた魔力の流れを整える。
欠片から漏れ出していた波動は、数秒後に収まった。
工房に静けさが戻る。
「……今のは」
リリアが不安そうに呟いた。
エルドは驚いた顔で、カイゼルを見つめていた。
「君……今、何をした?」
「……魔力の乱れを抑えただけだ」
「ただ抑えただけだと? あの異常を、あれほど短時間で……?」
エルドは何か言いかけたが、やがて口を閉じた。
そして、改めて黒い欠片を見つめた。
「……これは危険だ。下手に刺激すれば、周囲の魔道具だけでなく、人間の魔法にも影響を与えるかもしれん」
カイゼルは頷いた。
「だから、慎重に調べる必要がある」
「そうだな……。私も協力しよう。これほど奇妙なものを放置するわけにはいかない」
エルドは新しい測定器を用意し、欠片を安全な箱に収めた。
「ただし、今日分かったのは、古い刻印とこの欠片に共通点があるということだけだ。製作者も目的も分からん」
「……それでも十分だ。ありがとう」
カイゼルは礼を述べた。
◇ ◇ ◇
工房を出る頃には、日が傾き始めていた。
リリアは歩きながら、何度もカイゼルの顔を見ていた。
「ねえ、カイゼル」
「何だ?」
「さっきの魔法、やっぱり普通じゃないよね?」
「……どういう意味だ?」
「だって、工房の魔道具が全部止まっちゃったのに、カイゼルが手をかざしたらすぐに落ち着いたじゃん!」
セレスも頷いた。
「私も驚きました。あんなに複雑な魔力の乱れを、すぐに整えるなんて……」
カイゼルは少し考えた。
二人にすべてを話すことはできない。
自分が何者なのか。
二千年前に何が起きたのか。
そして、自分の力が現代の魔法とは違うこと。
今はまだ、話すべき時ではない。
「……少し、特殊な魔法を使えるだけだ」
リリアはじっと彼を見た。
「そっか。じゃあ、いつか教えてね!」
「……機会があればな」
「約束だよ!」
「……それは約束になっていない」
「えー!」
セレスが二人を見て、楽しそうに笑った。
「ふふっ。でも、カイゼルさんが話してもいいと思ったときに、聞かせてもらえたら嬉しいです」
カイゼルは二人を見つめた。
無理に聞き出そうとはしない。
それでも、彼のことを知りたいと思ってくれている。
「……ありがとう」
自然と、その言葉が口から出ていた。
リリアは一瞬きょとんとしたあと、笑顔になった。
「どういたしまして!」
三人は夕暮れの街を歩いていった。
しかし、カイゼルの胸には、先ほどの異変が残っていた。
黒い欠片は、彼の魔力に反応した。
そして、聖性によって安定化させた瞬間、異常な波動が収まった。
まるで、彼の力を認識していたかのように。
「……偶然、なのか?」
カイゼルは小さく呟いた。
答えは、まだ見つからない。
ただ一つ確かなのは、黒い欠片を作った何者かが、普通の魔法使いではない可能性が高いということだった。
そして、その存在は今もどこかで動いている。
二千年の時を越えた世界で、カイゼルの知らない何かが、静かに形を成し始めていた。
今回は、研究者エルドの協力を得て、黒い欠片と謎の刻印について新たな手がかりを得ました。
刻印は、数百年前に発見された古代遺物にも似たものがあり、黒い欠片は魔力を吸収して変質させる仕組みを持っているようです。
ただし、誰が作ったのか、何の目的で使われているのかは、まだ分かっていません。
また、黒い欠片がカイゼルの魔力に反応したことも気になるところです。
カイゼルの力と、この異変の間には、何か関係があるのでしょうか。
次回は、ギルドから新たな依頼が舞い込み、三人は街の外にある古い遺跡へ向かうことになります。そこで、彼らは黒い欠片につながる新たな手がかりを見つけることになります。




