ちいさなお友達
一度途中のものアップしてしまって、修正アップしなおしました。
「クワァ……(おなかいっぱい……)」
八百屋のおかみさんにもらった美味しいキャベツを平らげ、わたしは丸いお皿の横でぽてっと座り込んだ。
お腹はぱんぱんで、もう一歩も動きたくない。
満腹でうとうとしていると、視界がふっと暗くなった。見上げると、ガルドさんがしゃがみ込み、わたしの真っ白な頭を大きな手でそっと撫でていた。
「よく食べたな。」
「グワッ(おいしかった)」
ゴツゴツとした指先が、毛の並びに沿って優しく頭から背中までを撫でていく。
ガルドさんはわたしが満足したのを確認すると立ち上がり、おかみさんに向かって短く頭を下げた。
「ありがとう。世話になった。」
「いいのよ。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、またいつでもおいで。」
「ああ、また来る。帰るぞ、ブラン。」
ガルドさんがそう言って、わたしを抱え上げようと手を伸ばしてきた、その時だった。
「わあ、真っ白!」
「まん丸だね! 雪のおまんじゅうみたい!」
突然、わたしの周りを小さな人影がぐるりと囲み、甲高い声が降ってきた。
村の子供たちだ。珍しい白い鳥がいると大人たちが話しているのを聞いて、あっという間に集まってきたらしい。
「グワァッ!?」
いきなり大勢に囲まれて大声を出され、わたしはびっくりして羽をバタつかせ、慌ててガルドさんの足元へと逃げ込んだ。
「こら、そう急に大声を出すもんじゃない。」
ガルドさんが子供たちを軽くたしなめながら、足元で震えるわたしを両手で優しくすくい上げる。
「ちょっと臆病なんだ。人に慣れてはいるようだが、大勢に囲まれたのには驚いたらしい。」
「ごめんなさい……あのね、ガルドのおじちゃん。このとりさん、さわってもいい?」
子供たちの中から、赤いリボンと黄色い麦わら帽子がよく似合う、10歳いくかいかないかくらいの女の子が代表して尋ねてきた。
ガルドさんは少し考えた後、腕の中にいるわたしと目を合わせた。
「……どうだ?」
「クワッ……(優しくなら、いいよ)」
言葉が通じるわけではないが、わたしが暴れずに小さく鳴いて返事をしたのを見て、ガルドさんはなんとなく大丈夫そうだと判断したらしい。
再びゆっくりとしゃがみ込み、わたしを地面に降ろした。
「名前はブランだ。大きな音を立てずに、そっと優しく撫でてやれ」
「ブランちゃん!」
ガルドさんの許可が出ると、小さな手がいっせいに伸びてきて、わたしの背中や頭をそーっと撫で始めた。
「やわらかーい!」
「ふわふわだ! 雲にさわってるみたい!」
(ふふん。存分にもちもちのふわふわを堪能するがいいよ)
撫でられるのは嫌いじゃない。むしろ人間の子供の体温はあたたかくて気持ちいい。わたしが目を細めて大人しくしていると、先ほど代表して尋ねてきた麦わら帽子の女の子が、顔を近づけてきた。
「ブランちゃん、こんにちは。わたし、リリィっていうの。」
「クワッ(こんにちは)」
小さく鳴いて挨拶を返すと、リリィちゃんはぱぁっと花が咲いたように笑った。
「あっちの広場で、一緒にあそぼう!」
(食後の運動も悪くないか)
わたしはよっこいしょと立ち上がり、ガルドさんをちらっと見上げた。
「俺は、他の買い物を済ませてくる。遠くへは行くんじゃないぞ。」
ガルドさんの言葉に「グワッ(わかった)」と返事をし、わたしは子供たちの後を追って広場の端にある草地へ向かった。
草地に到着すると、子供たちとの追いかけっこが始まった。
「ブランちゃん、待てー!」
「クワワッ!(つかまらないよー!)」
テチテチ、ペタペタ。短い足をフル回転させて草の上を走る。
背後に迫ってくる子供の手。人間の頃の感覚なら、ここですぐにステップを踏んでひらりとかわせるはずだ。
(よし、ここで右にキュッと曲がってすり抜ける!)
頭の中では完璧な動きをイメージして、右足を踏み込む。
しかし――。
(あれっ、体がついてこなっ……!?)
いかんせん足が短すぎるし、体が丸すぎた。
イメージと現実の動きが全く噛み合わず、重いお尻に引っ張られてバランスを崩したわたしは、草の上をごろんと不格好に転がってしまった。
「ふふっ、つかまえたっ!」
「クワァ!?」
ものの十秒で、背後からリリィちゃんにぎゅっと抱きしめられてしまった。
「ブランちゃん、もちもちだぁ。」
リリィちゃんはわたしの羽に頬ずりをして、とても嬉しそうに笑っている。
(まぁ、痛くもないしいっか)
そのまましばらくもちもちされていたが、そろそろ降ろしてほしいとリリィちゃんの腕の中でジタバタして抜け出し、わたしはそのまま草の上にぽすっとへたり込んだ。ほんの少し走っただけなのに、ものすごく息が上がっている。
「クワァ、クワァ……(つ、つかれた……アヒルってこんなに体力ないの……?)」
自分ではもっと機敏に動けるつもりだったのに、あっけないほどの鈍くささにショックを受けるわたし。
そんなぜぇぜぇと肩(羽?)で息をして動かなくなったわたしを見て、子供たちが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ブランちゃん、もう疲れちゃったの?」
「とりさんなのに飛べないし、走るのもこんなにどんくさくて大丈夫なのかな……。オオカミさんにすぐ食べられちゃうよ。」
「うん……森で生きていけるのかな……。」
(……ぐうの音も出ない。これじゃすぐ食べられちゃうね、うん。)
子供たちのど直球な心配に何も言い返せず、わたしは「クワッ(ガルドさんがいるから大丈夫……たぶん)」と誤魔化すように鳴いてみせた。
「よしよし。じゃあ、もう走らなくていいよ。ブランちゃん、ちょっと待っててね。」
リリィちゃんは足元に咲いていたシロツメクサのような白い小さな花を摘み始め、器用な手つきで編み始めた。他の子たちも花を集めてリリィちゃんに渡している。
「できた! ブランちゃん、じっとしててね。」
リリィちゃんが、編み上がった小さな花冠を、わたしの丸い頭の上にそっと乗せてくれた。
「わぁ……すっごく似合う!」
「絵本でみた神様のお使いみたいだ!」
真っ白でモチモチの体に、可憐な花の冠。
(おお、なかなか似合うんじゃないわたし。)
わたしが少し元気を取り戻して「グワッ」と鳴き、その場でくるりと一周回ってみせると、子供たちはパチパチと手を叩いて喜んでくれた。
買い物を終えて戻ってきたらしいガルドさんが、遠巻きに目を細めてこっちを見ているのが見えた。
美味しい野菜をくれる八百屋のおかみさん。
無口だけどいつも守ってくれるガルドさん。
一緒に遊んでくれる子供たち。
言葉は通じなくても、この村の人たちの温かさと優しさは、アヒルになったわたしの心にじんわりと染み込んでいた。
(ガルドさんも好きだけど、この村の人たちのことも、わたしはすごく好きだな)
わたしは頭の花冠を落とさないように気をつけながら、村の平和で温かい空気をめいっぱい吸い込んだ。
「ブラン、俺たちもそろそろ帰るぞ」
ガルドさんが迎えに来て、わたしは大人しくその分厚い上着の懐へと潜り込んだ。
頭に乗せたお気に入りの花冠が潰れないように、少しだけ顔を出すポジションをキープする。
「またね、ブランちゃん!」
「またあそぼうねー!」
手を振るリリィちゃんたちに見送られながら、わたしたちは夕暮れに染まる村を後にした。
村のはずれにある山小屋へ戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
ガルドさんがマッチを擦り、暖炉に火を焚べる。パチパチとはぜる薪の音と、オレンジ色の柔らかな光が、少し冷えた部屋をじんわりと温めていく。
わたしはガルドさんが作ってくれた木箱のベッドに入り、古い毛布を足踏みして形を整え、その真ん中にぽすっとうずくまった。
ガルドさんは夕飯の支度を終えると、古い木製のロッキングチェアに深く腰掛け、暖炉の火を見つめながら静かに一息ついた。
山小屋の中には、薪がはぜる音だけが響いている。
ふと、ガルドさんがゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「……今日は疲れただろう。」
「クワァ……(ほんとだよ。色んなことがありすぎた……)」
わたしが少し間延びした声で相槌を打つと、ガルドさんは無骨な顔を少しだけほころばせた。
「俺は、長年一人で山暮らしをしてきた。無口な性分だし、それが気楽でいいと思っていたんだが……」
ガルドさんはロッキングチェアから立ち上がり、わたしの木箱の前にしゃがみ込んだ。
そして、ゴツゴツとした大きくて温かい手で、わたしの真っ白な頭をそっと撫でる。
「今日、お前さんが村の子供たちと遊んでいるのを見て……少しだけ、賑やかなのも悪くないと思ったよ。」
「クワッ?(そう?)」
「ああ。話し相手がいるというのは、案外いいものだな。」
そう言って、ガルドさんは優しく目を細めた。
人間の言葉を話せないただのアヒル相手に、独り言をこぼしているだけなのかもしれない。
でも、その声はとても優しくて、温かかった。
「……お前さん、本当に言葉がわかっているみたいだな。いや、気のせいか。」
「クワッ(わかってるよ)」
わたしがガルドさんの大きな手のひらに頭を擦り付けると、ガルドさんは低く「ふっ」と笑い声を漏らした。
「そうか。……俺のところへ来てくれて、ありがとうな、ブラン。」
「クワァ(こちらこそ、助けてくれてありがとう、お爺ちゃん)」
言葉の形は違っても、ちゃんと会話が成り立っている気がした。
ガルドさんがゆっくりと立ち上がり、ランプの火を小さく絞る。
「ゆっくり寝なさい。おやすみ、ブラン。」
「クワッ(おやすみなさい)」
アヒルに転生して、いきなりオオカミに食べられそうになった波乱万丈な一日。
どうなることかと思ったけれど……無口で優しいガルドさんに見つけてもらえて、本当に良かった。
(この世界での生活も、悪くないな)
パチパチと爆ぜる暖炉の心地よい音を聞きながら、わたしは白くて丸いモチモチの体をさらに小さく丸めて、深く、幸せな眠りへと落ちていった。




