初めての村と、おいしいごはん
「寒くないか?」
「くわっ。(だいじょうぶ)」
狩りをするためか、おじいさんの住む小屋は少し村から外れたところにあった。
あの大きなオオカミを背負っているとは思えないくらい、お爺さんの足取りはしっかりしている。
山道を下りていくお爺さんの歩幅に合わせて、わたしの視界が心地よく上下に揺れる。
分厚い上着の隙間から顔を出すと、ひんやりとした風がクチバシを撫でた。お爺さんの体温がじんわりと伝わってきて、ちっとも寒くはない。
先ほどと同じ心地よい揺れが眠気を誘うが、今は食欲の方が勝っている。
(ごはん、ごはん)
身体に引っ張られているのか、少し思考も単純になっている気がする。
わたしはもっと色々考えて生きてきた気がするんだけどなぁ。
そんなことを考えているうちに村に近づいていたらしい。
木々の隙間を抜けると、ふっと視界が開けた。
そこには木造の素朴な家々が立ち並ぶ、活気のある村が広がっていた。
規模でいうと村と町の間みたいな感じだ。そこそこ人もいて、だけど発展しきってはいない。
ぼんやりと思いだせる前世にあったようなアスファルトの道路や、高いビルなんてどこにもない。土と草の匂い、どこかの家から漂う焼き立てのパンの香ばしい匂い、そして荷馬車を引く馬のいななき。
(本当に、昔のヨーロッパみたいなファンタジー世界なんだ……)
お爺さんが村の中央にある広場へ足を踏み入れると、行き交う村人たちが次々と声をかけてきた。
「おや、ガルドさん! 今日も大物を仕留めたのかい?」
「ああ、毛並みのいいウルフが獲れた。」
お爺さん――ガルドさんというらしい――は、無口ながらも親しげに短く応じる。どうやらこの村の人々からの信頼は厚いようだ。
道行く人たちに一声二声返しながら村の中を進み、1件のお店の中に入っていった。
中にはいろんな動物の毛皮や肉が並んでいる。
(ひぇっ!鳥の肉もある。)
あの鉄砲で撃たれていたらわたしもあの姿になっていたかもしれないと思うと、背筋がぞわっとした。
(できるだけ見ないでおこう。)
ぶら下がる鳥肉を視界にいれないように、そっと視線を落とした。
そんなわたしの心中に気づくことなく、お爺さんは肉の間を進んでカウンターの前で立ち止まった。
そのカウンターの向こうから店主らしき人がにこやかに声をかけてきた。
「おや、ガルドさんいらっしゃい!今日はどうしたんだい?」
「ウルフを仕留めた。買い取ってくれ。」
どん、とカウンターに置かれたオオカミに一瞬目を丸くした店主さんは、そのままオオカミを鑑定し始めた。
「これは立派な毛並みのウルフだ。銃痕は頭部に一発のみか。流石の腕だね。」
「運がよかっただけだ。」
「またまた、謙遜して。今、西の方でウルフの皮の需要が上がってるみたいでね。行商人が高く買い取ってくれそうなんだ。なめし代さっぴいて50Gはどうだい?」
「ああ、それでいい。」
オオカミは50ゴールドで売れたようだ。
通貨の価値がわからないから、それがどのくらいなのかはわからないけど、店主さんの口ぶり的に結構いい値段なんだろう。
無事取引をおえたお爺さんは、店主さんからお金を受け取り、また村の中を歩きだした。
やっとごはんの予感がしはじめて、そわそわと身体が揺れる。
そんなわたしをふっと見下ろし、お爺さんはまた1件のお店に立ち止まった。
(八百屋さんだ!)
「ガルドさん!今日も大収穫だったんだ。見てよこのトマト。いい色だろ?1つどうだい?」
「……ああ、うまそうだな。」
そんなやりとりをしていた八百屋のおかみさんの視線が、ふとお爺さんの胸元へと移った。懐からひょっこりと顔を出しているわたしに気づいたのだ。
「……ちょいと、ガルドさん。あんたの懐から出てる、その子は何だい?」
「鳥、だな」
「鳥!? なんだいその真っ白な羽は! 最初、雪の塊かと思ったよ!」
「しかも丸い! なんでそんなに丸々としてるんだい、可愛いねぇ!」
ずいっと物珍しそうに顔を寄せられた。
この世界には白い鳥はいないんだろうか。
急に大声を出されて少しビビったわたしは、お爺さんの上着の中へスッと首を引っ込めた。
「そんなに大きな声を出さんでくれ。臆病な鳥なんだ。」
お爺さんが大きな手で、わたしの頭をそっと庇うように隠してくれる。その安心感に、わたしはもう一度だけ懐から頭を覗かせた。
「ガルドさん、トマトと一緒にこのキャベツを持っていきなよ!ちょっと虫にやられちゃったけど、朝とったばかりの新鮮なやつだよ。 ほら、この鳥ちゃんにも食べさせてやりたいし!」
恰幅の良い八百屋のおかみさんが、籠いっぱいの新鮮な野菜を差し出してくれた。その上、売り物にならない小ぶりなキャベツを一つ、外側の葉をちぎってわたしに差し出してくれる。
「ほら、お食べ」
みずみずしい緑の葉。甘い匂いが鼻をくすぐる。
わたしはクチバシを伸ばし、シャキッと一口かじり取った。
(……!! あまい、すごく美味しい!)
前世で食べていたキャベツよりもずっと甘みが強く、かじるたびに新鮮な水分が口の中に広がる。空腹も手伝って、わたしは無我夢中でクチバシを動かし、モシャモシャと夢中で食べ進めた。
(おいしい!きゃべつおいしいっ!!)
「……すごい勢いだな。」
「はははっ、首を振って美味しそうに食べるねぇ、可愛い子だ。」
お爺さんはわたしのあまりのガッツきぶりに少し引いたようだが、おかみさんは温かい笑い声を上げた。
その間も、次々と差し出されるきゃべつに食欲はとまらない。
懐から首を伸ばしてきゃべつをつついていたら、そっとお爺さんに地面に降ろされた。
奥からおかみさんが木の丸いお皿を持ってきて、わたしの前においてくれた。
そこにきゃべつがこんもり盛られる。
「ほら、お皿に盛ってもらおう。たくさんあるからゆっくり食べなさい。」
そうお爺さんに声をかけられても、きゃべつをつつく勢いはとめられなかった。
「クワァっ!(こんなにおいしいきゃべつ初めて!)」
「一生懸命食べてかわいいねえ。うちの野菜を気に入ってもらえたようでうれしいよ。他にもいっぱい美味しい野菜あるからまたおいで。」
おかみさんがそっとやさしく頭を撫でてくれた。
美味しい野菜をお腹いっぱい食べて、わたしは満足のあまり「クワァ……」と小さく息を吐いた。




