迷子と救出
それからというもの、わたしはガルドさんが獲物や毛皮を売りに村へ行くたび、一緒について行くようになった。
ガルドさんが獲物を持ち込んでいる肉屋のカウンターにちょこんと座って監督(?)をしたり、八百屋のおかみさんから甘い野菜の切れ端をもらったり。そして昼下がりには、リリィちゃんたち村の子供たちと草地で遊ぶのが、すっかりお決まりのルーティンになっていた。
わたしのどんくささ(不本意)もすっかり認知され、「ブランちゃんが川に落っこちたりしたら大変だから、今日はお花畑でのんびりしよう」と子供たちの方から気遣ってくれるほど、わたしはこの村の日常に馴染んでいた。
――そんな、ある日のことだった。
その日もガルドさんの懐に入って村へやってきたわたしは、広場の端から村の様子をのんびりと眺めていた。ガルドさんは猟師仲間と何やら話し込んでいる。
(あ、リリィちゃんだ)
遠くの道を、赤いリボンをつけた麦わら帽子の女の子が小走りで駆けていくのが見えた。
いつもなら広場の方へ遊びに来るはずなのに、今日のリリィちゃんは誰とも一緒ではなく、一人きりで村の裏手――小川が流れる北の方へ向かって急ぎ足で歩いていった。
(川の方に用事かな? 一人であっちに行くなんて珍しいな)
少し気にはなったものの、その時は「あとで広場に戻ってくるだろう」と深くは考えていなかった。
しかし、空が夕暮れの色に染まり、村のあちこちから夕飯の支度をするいい匂いが漂ってきても、リリィちゃんは広場に姿を見せなかった。
「ブラン、俺たちもそろそろ帰るぞ。」
ガルドさんが迎えに来たため、わたしはいつものように上着の懐に潜り込んだ。
そして、村の外へ出ようと歩きだした、その時だった。
「すみません、うちのリリィを見ませんでしたか!?」
悲痛な声が響き、ガルドさんがピタッと足を止めた。
見ると、広場の中心でリリィちゃんのお母さんが、通りがかる村の人たちを捕まえて必死に尋ねているところだった。
「リリィちゃんかい? いや、今日は広場で姿を見てないねぇ。」
「お昼過ぎからずっといなくて……。いつもなら、夕ご飯の鐘が鳴る前には絶対帰ってくるのに、どこを探しても見当たらないんです!」
お母さんの顔には、焦りの色が浮かんでいた。
日が落ちれば、村のすぐ外に広がる森は一気に危険になる。オオカミやクマなどの獣が活発になる時間だからだ。
村人たちもただ事ではないと察し、「みんなで手分けして探そう!」「森の方へ迷い込んだんじゃないか!?」と騒然とし始めた。
(リリィちゃんが、帰ってない……?)
ガルドさんの懐の中からその様子を見ていたわたしは、昼間の光景をハッと思い出した。
(今日のお昼、リリィちゃんが一人で川の上流に向かって走っていくのを見た!)
日が沈みかけている。川辺は足元も暗く、苔が生えて滑りやすくて非常に危険だ。前日までの雨で水かさも増しているはず。
胸の奥がざわっと波立ち、居ても立っても居られなくなったわたしは、ガルドさんの懐から勢いよく飛び出した。
「グワァッ!!(お爺ちゃん、こっち!)」
「おい、ブラン!?」
わたしは広場を抜け、短い足を必死に動かして川の上流へと向かう小道へ走り出した。
テチテチ、テチテチ
普段の鬼ごっこなら数秒でへたり込んでしまう体力のなさだが、今は不思議と力が湧いてくる。
わたしのただならぬ様子に気づいたガルドさんも、「そっちに何かあるのか!」と長い足で後を追ってきてくれた。
村のはずれ、木々が薄暗く影を落とす川の上流。
やはり前日までの雨のせいで水流が濁り、ごうごうと不気味な水音が響いている。
そして、水際ギリギリの濡れた岩場に――小さな背中が見えた。
「あと……少し……!」
リリィちゃんが、川面に浮かんで流されかけている自分の黄色い麦わら帽子を取ろうと、危険なほど身を乗り出していた。
(危ない――!!)
「リリィッ!!」
わたしの後ろから風のように駆け抜けたガルドさんが、地面を蹴った。
帽子に手を伸ばしたリリィちゃんの身体がぐらっとバランスを崩して傾き、冷たい水面へと落ちていく――その寸前。
ガルドさんの太い腕が伸び、小さな体を空中でガシッと抱き留めた。
ザザァンッ!
ガルドさんの長靴が浅瀬に入り、激しい水しぶきが上がった。
「……無事か! 怪我はないな!?」
「うわぁぁん! こわかったぁ!」
ガルドさんの腕の中で大泣きするリリィちゃん。間一髪、最悪の事態は免れた。
だが、リリィちゃんが手を伸ばしていた黄色い麦わら帽子は、無情にも水流に呑まれ、あっという間に川の中央へと流されていく。
「ああっ……たいせつな帽子が……!」
リリィちゃんが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、遠ざかる帽子を見て泣き叫んだ。
(まかせて!!)
わたしは岸辺の岩から助走をつけて、そのまま川面へとダイブした。
バシャアン!
「おい、ブラン!?」
ガルドさんの焦った声が聞こえるが、心配はいらない。
わたしはアヒルだ。陸の上ではどんくさくてすぐ転んでしまう短い足も、水の中なら有能だ。
(これでも水鳥の端くれだぞ!)
水かきを使ってスイスイと水面を滑るように進み、あっという間に流される帽子に追いついた。
クチバシで帽子のリボンをガシッと力強く咥え込む。
(とった!)
そのままくるりと方向転換し、流れに逆らいながらも力強く水面をかき分けて、岸辺へと泳ぎ戻った。
陸に上がると、全身の羽をブルブルッと大きく震わせて水気を吹き飛ばす。羽は上質な油分でコーティングされているため、一瞬で元通りのふわふわなモチモチに戻った。
テチテチと歩み寄り、ガルドさんの腕の中にいるリリィちゃんの足元へ、咥えていた帽子をポトッと落とす。
「グワッ(はい、どうぞ)」
リリィちゃんは濡れた帽子を抱きしめ、まん丸な目でわたしを見つめた。
「……ブランちゃん、帽子を取ってきてくれたの……?」
「グワッ」とわたしが一つ頷くと、リリィちゃんは帽子を抱えたまま、もう片方の手をぎゅっと握りしめてわたしに向けた。
「あのね、これ……」
その小さな手の中に握られていたのは、少し泥がついてしまったけれど、あまくていい匂いのする、みずみずしい緑の草束だった。
「川の上流に、すごく美味しそうな草がいっぱい生えてるのを見つけたから……ブランちゃんにプレゼントしたくて。でも、風で帽子が飛んじゃって……」
「クワァ……(リリィちゃん……)」
わたしのために、こんな危ない場所で一人で草を摘んでくれていたのだ。
胸の奥がぎゅっと温かくなり、わたしはリリィちゃんの手からその草を一口はむっとかじった。
「グワッ!(すごく美味しいよ、ありがとう!)」
わたしが嬉しそうに羽をパタパタさせると、リリィちゃんは涙と鼻水を拭いながら、ぱぁっと笑顔になった。
「リリィーーッ!!」
そこへ、松明を持ったお母さんと村人たちが息を切らして駆け込んできた。
無事な娘の姿を見たお母さんは、その場に泣き崩れながらリリィちゃんの前に膝をつき、力強く抱きしめた。
「ああ、リリィ…無事でよかった。ガルドさん……本当に、本当にありがとうございます……!」
「俺じゃない。最初に異変に気づいて走り出したのも、帽子を取り戻したのも、このブランだ。」
ガルドさんは少し照れくさそうに顔を背けながら、わたしをそっと抱え上げた。
「この子が……?」
お母さんは驚きに目を見張り、それから涙を浮かべた優しい笑顔で、わたしを両手で受け取り、優しく包み込んでくれた。
「ありがとう……賢くて優しい鳥ちゃん。リリィを助けてくれて、本当にありがとうね。」
後から追いついた村の人たちからも、口々に賞賛と驚きの声が上がる。
「迷子の居場所を当てるだなんて、なんて賢い鳥なんだ!」
「陸ではあんなにどんくさかったのに、水ではすごい早いんだな!」
(どうだ!見直した?)
賞賛の声にむんと胸を張る。
そんな私の姿に周りから笑いが漏れた。
ーーー「また遊ぼうね、ブランちゃん!」
まだ涙の後は残りながらもにこやかに手を振るリリィちゃんと何度も頭を下げるお母さんに見送られながら、わたしはガルドさんの懐の中で、少しだけ誇らしい気分で村を後にした。
美味しい草と、みんなの笑顔。
無口で優しいガルドさんと、大好きな村の人たち。
(この世界にアヒルとして転生した時はどうなるかと思ったけど……この生活も、悪くないな)
夜の森に響くガルドさんの力強い足音を聞きながら、わたしはまた一つ、この世界のことが好きになっていた。
第一章完です。




