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紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


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7/13

 あとから思えば、このころからだった。

 少しずつ私とたけちゃんはすれ違うことが多くなっていった。


 また一緒に行こうと話していた、昨年訪れた紫陽花が有名な神社。

 壊滅的にたけちゃんとのスケジュールが合わず、行けないうちに紫陽花の季節が終わってしまった。私が忙しかったのが原因なので、仕方がないとわかっている。むしろラーメンを食べるのだと言っていたたけちゃんに申し訳なかった。


『しょうがないよ』


 そう言って、たけちゃんは笑った。

 なんで、と思った。なんでそんなに理解を示してくれるの。

 行きたかったのにと、一言文句を言ってくれればいいのに。ただたけちゃんは優しくて、それが私を不安にさせた。


 私の就活は佳境を迎え、気がつけばたけちゃんと会う時間もだいぶ減っていた。


 上手くいかない就活。周りが順調に決まっていく焦り。身近に迫っている将来への不安。


 私はイライラしたり、情緒不安定になることが多くなっていたと思う。自分でも自分が面倒くさいなとわかってもいた。だけど止められなくて、たけちゃんに会うたびに愚痴を言ってしまっては後悔する。

 たけちゃんはいつでも受け止めてくれた。それは私を確実に癒してくれて、同時に棘にもなった。


 たけちゃんは優しすぎる。

 私はずぶずぶと甘えてしまって、寄り掛かるばかり。反対に寄り掛かられることはほとんどないのに。

 申し訳なさが募った。私ばかり頼ってしまって、たけちゃんに対する負債がどんどん増えていくような感覚がした。


 不安になった。

 たけちゃんにとって私の存在は、迷惑なんじゃないかって。



 就活がひと段落したのは、八月に入ってからだった。

 

「たけちゃん、見て見て! 内定もらったよ。しかも二社!」


 私は送られてきた内定通知書をたけちゃんに見せながら、へへん、と胸を張った。

 周りが続々と内定を得ていく中でなかなか決まらなかった私だったけれど、少し遅れてようやくそれがもらえたのだ。しかもほとんど同じタイミングで二社から。


「おっ、やったじゃん。おめでとう」

「ようやくだよ。ありがとうね、たけちゃんのおかげだよ」

「いや俺なにもしてなくない?」

「めっちゃ支えてくれたじゃん。たけちゃんがいなかったら、途中でくじけてた。内定もらえなかったかもしれない」


 本気でそう思う。たけちゃんが話を聞いてくれたから、マイナス思考に落ち切らずにすんだし、面談でまっすぐ前を向けたから。


「就活は終わり?」

「もう少し続くけど、だいたい終わりかな」


 選考は終わったもののまだ結果がきていない第一志望の会社と、これから面談の予定だった会社がある。前者はもう待つだけ、後者は今回内定が出たことで辞退の方向で動こうと思っている。


「受かったのはどこの会社?」

「一つは本社が東京で、勤務地も基本的に東京。もう一つは本社が大阪。転勤はあるんだけど、とりあえず数年は研修も兼ねて大阪に配属されるみたい」

「大阪……。どっちの会社にするか決めてるの?」

「うーん、迷う」


 やりたいことに近くて条件もいいのは大阪の会社。でもここから遠くて、なかなか会えなくなってしまう。


「迷うなら東京にしてよ。大阪だったら会えなくなるじゃん」


 ちょっとだけ拗ねたような声色に、私は嬉しくなった。たけちゃんもなるべく会いたいと思ってくれてるんだ。そう思うと、じゃあ東京にするよ、なんて簡単に言ってしまいたくなる。だけどここは、しっかり考えなければいけないこともわかっていた。


「まだ結果が出そろってないから、全部わかってから決めるよ」


 第一志望の会社は東京。そちらになれば何も問題はないのだけれど。正直そこは厳しい気がしている。


「ねぇたけちゃん、ケーキ食べたい。内定祝い」

「いいよ。買いに行こう」


 私たちは近くのケーキ屋さんに出掛けて、一つずつケーキを買った。たけちゃんは「内定祝いだから、俺が払うよ」と言い、私は「応援してくれたお礼。散々愚痴っちゃったし」と言って払おうとし、お互いに譲らなかったので、結局相手の分をお互いに買う、ということにした。同じ値段のケーキだったから自分の分を自分で買ったようなものだけど、気の持ちようである。


 私の部屋に戻って、ティーバッグの紅茶を入れて、買ってきたケーキを並べた。二人とも甘い物は好きだけど、私はクリームたっぷりなのが好きだから季節の果物がいろいろのっている生クリームのケーキ、たけちゃんはちょっと酸味もあるほうが好きなのでラズベリーのタルトを選んだ。


「ケーキ久しぶり」

「俺も。えー、改めまして。内定おめでとう」


 飲み会の挨拶を真似するように、たけちゃんがわざとかしこまって言う。二人しかいないのにそんな言い方をするのがおかしくて、私は笑ってしまった。


「ありがとう」

「それでは、乾杯!」


 まだ昼だし、お酒もない。代わりに入れた紅茶のカップを合わせる。おしゃれな茶器なんて持っていないから、二人とも普段使っているマグカップだ。カンッともコンッともとれない安くて可愛い音が鳴る。


 ケーキは甘くて体に染みた。いつも一口ちょうだいと言うのは私で、たけちゃんは笑っていいよと言って、一口分だけのつもりで交換する。だけどたけちゃんのほうが一口が大きくて、私がずるいと言って、もう一口分もらう。

 生クリームのケーキは甘くてふんわりしていて、先にそちらを食べた私にはラズベリータルトが酸っぱく感じた。でもどちらも美味しくて、たけちゃんがいて。

 幸せな味がした。

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