表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/15

 季節は巡り、私は大学四年生になっていた。

 準備期間を経て本格的な就活シーズンに入った六月。私は就活用のスーツを身に着け、黒いバッグを持ち、慣れない会場にいる。

 同じような姿の学生たちがたくさん集まっていて、なんだか周りの全員がすごい人に見えて気後れした。



[今日何時に帰る? 行っていい?]


 ちょっとした隙間の時間にスマホを見ると、たけちゃんから連絡が入っていた。届いてから二時間が過ぎている。


[ごめん、今気づいた! いてもいいよ。でも何時に帰れるかわからない]


 慌ててそう送ってから、またマナーモードになっているのを確認してバッグに戻す。

 次に確認できたのもまた、二時間後だった。


[そっか。じゃ、今日は自分ちに帰る]


 そう書かれているのを見て、なぜかちょっと落胆した。

 私が[ごめんね]というスタンプを送ると、すぐに別のスタンプが返ってくる。親指を立てている不思議な絵柄はたぶん[大丈夫]とか[気にするな]という意味だろう。


 それから数時間。

 送ってしまったものは取り消せないけれど、[いてもいいよ]ではなく[いてほしい]と書くべきだったかな、と帰りの電車に揺られながらぼんやり思った。なんだかとても疲れていた。たけちゃんの顔が見たかった。


 このままたけちゃんの部屋に突撃しようかな、と一瞬思った。だけど外はもう暗い。たけちゃんは誰かとごはんに行っているかもしれないし、部屋にいるとも限らないし、忙しいかもしれないし、急には迷惑かもなんてことをいろいろ思って、結局そのまま私の部屋に戻った。たぶん疲れていて、頭が回っていなかった。


 部屋に戻ってからも、やっぱり行けばよかったかなとか、[行っていい?]って一言送ればよかったのにとか、ぐだぐだと思った。

 我ながら、とても面倒くさい。



 私の就活は、順調とはいえないものだった。活動自体が周りから外れているというわけではなかったけれど、上手くいっているともいえなかった。

 いくつかの会社は進んで、いくつもの会社に落ちた。


 就職活動というものは、強制的に自分自身と向き合わされる。

 今までどんな経験をして、なにを目標にどう努力してきて、今後どうありたいのか。自分のなにが優れていて、そして足りないものはなにか。自分とはどういう人間なのか。

 嫌でもそれを考えなければいけない。


 私はあまり取り柄のない人間だ。

 勉強ができないわけではなかった。運動もまあまあ。器用とはいえなくとも不器用すぎるほどでもない。全体的に悪くはないけれど、突出した特技もなかった。

 それなりにはやってきたのだ。だけど、「これがやりたくてずっと頑張ってきました!」と胸を張って言えることはなにもなくて、なんだか惰性で生きてるだけのように思える。


 周りがみんな輝いて見えた。


 要はそんなちっぽけな自分ばかり見えてしまって、落ち込んで。だけどゆっくり沈んでいる時間など与えられずに動き回らなければならなくて。


 きっと疲れていたのだ。



「本当に私、ダメでさ」


 久しぶりにたけちゃんとファミレスで昼食を取りながら、私は就活の愚痴を述べていた。彼は茶化すわけでもなく、変なアドバイスをし始めることもなく、「うんうん」とただ静かに聞いてくれる。それに癒されて、気持ちがずいぶん軽くなった。


「ごめんね、私ばかり愚痴って」

「いや、大変なのはわかるし、今はしょうがないんじゃない」


 ま、デザートでもいっちゃってくださいよ、と言われ、アイスを二つ頼んだ。私のチョコとたけちゃんのバニラだ。お互い裕福とはいえない学生同士、自分が食べたものは自分で払うスタイルだけど、今日のアイスは私が奢る。


「たけちゃんはすごいね。大学院行くんでしょ?」

「そのつもり。まぁ受かったわけじゃないから、勉強しなきゃだけどね」

「ちゃんとやりたいことがあって、それに向かってるのってかっこいいと思う」


 たけちゃんが眩しく見えた。やりたい研究があるからと選んだ大学で、しっかり勉強して好成績を保ち、これからたぶん大学院に進む。ちゃんと自分の決めた道を着実に歩いている。


 そんなたけちゃんとの差を感じて、苦しくなった。


 ネガティブになっている。自分でもそれがわかっているけれど、こうなるとなかなか止まらない。


 ねぇたけちゃん。本当に私でいいの……?


 今までに何度もそう聞きそうになって、でも聞けなかった言葉を、今回も飲み込む。

 怖かったのだ。よくない、って言われてしまうのが。


 たけちゃんを疑っているわけじゃない。他に好きな人がいるんじゃないかと思ったこともないし、ましてや浮気されたなんてことは一切ない。私のことを少なくとも嫌ってはいないこともわかっている。

 でもどこかで思ってしまうのだ。私で釣り合っているのだろうかと。

 私でいいのかともし聞いてしまったら、そういえば他にもいい人がいっぱいいると、気がついてしまうんじゃないか、と。


 聞けない。

 たけちゃんが、好きだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ