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それから私たちは、ちょっと照れて気まずい雰囲気の中、すっかりぬるくなった雑炊を食べ、居酒屋を出た。
外は相変わらずしとしとと雨が降っていた。ひんやりとした空気が心地よい。
それぞれ折り畳み傘をさして、駅まで一緒に歩く。
「また連絡するから。あ……」
「どうしたの?」
「連絡先、変わってないよね? ここまできて連絡取れなくなったら、俺は泣く」
「泣くんだ」
「泣くでしょ」
私は笑いながらスマホを出して、たけちゃんにスタンプを一つ送った。取り急ぎなので、その場で目に入ったよくわからないキャラが踊っているやつだ。マナーモードにしているのか音は鳴らず、ブーッとかすかにバイブ音が聞こえる。
「届いた?」
たけちゃんがスマホを操作して「うん」と言う。ほとんど同時にピロンと私のスマホが鳴った。久しぶりに見る新着欄の「たけちゃん」という文字。そして、ハートを投げているスタンプ。それをたけちゃんに向けて見せる。
「ちゃんと届いたよ。これで連絡取れるね」
「一応これも渡しておく」
そう言ってたけちゃんが取り出したのは会社の名刺。じゃあ私も、となぜか名刺交換に。一応マナーに則ってやりとりをして、笑ってしまった。
「学生のときにはできなかったね」
「そうだね。じゃあ、また。次は大阪行くから。連絡するから」
「うん。待ってる」
ここから先は、方向が違う。じゃあまたね、と言った私をたけちゃんがじっと見つめてきた。
「どうしたの」
「いや、なんか、明日起きたら夢だったらどうしようって、ちょっと怖くなった」
「大丈夫、証拠のスタンプと名刺がある」
「たしかに」
じゃあ、気を付けて。うん、そっちもね。
気を取り直してそんなやり取りをして、その日は別れた。なんだかまだ頭がふわふわしていた。
翌朝ホテルで目を覚ますと、私はたけちゃんに[おはよう]というスタンプをまず送った。続けて文字を打つ。
[おはようから始めてみました。どう?]
まだ起きていなかったのか、それとも支度をしていたのか移動中なのか。返事は少しだけ遅れてきた。
[おはよう。ゆかとならそれもアリな気がしてきた]
それを読んでふふっと笑った。返事はしない。朝の忙しい時間なのだ、既読がつけば問題ないだろう。
ちなつさんとの約束通り、私は朝八時になる前にホテルのロビーに向かった。昨晩はなかなか寝付けなかったけれど、それはそれ、これはこれ。社会人として公私は分けなければいけない。
「おはよう。早かったのね」
私がロビーの椅子に腰掛けてからわりとすぐにちなつさんが来た。ちなつさんならば時間に間に合えば大丈夫だろうけれど、先輩よりも先に来られてよかったとホッとする。
ホテルのロビーには無料のコーヒーが用意されている。ちなつさんが「一杯だけ飲んでいい?」というので、「もちろん」と了承した。
「ゆかちゃんも飲む?」
「私はさっき飲んでしまったので」
そう断ると、ちなつさんは自分の分だけもってきて、私の斜め前の席に座った。
「朝食はちゃんと食べた?」
「おいしくいただきました」
正直に言うと、まだ胸がいっぱいであまり入らなかった。だけど食べたには食べたのだから、そこまで言わなくてもいいだろう。
「さて、ゆかちゃん。社会人の基本の緑の野菜と言ったら?」
ちなつさんがニヤリと笑いながら問題を出す。答えはすぐにわかった。そしてもちろん、ちなつさんがなにを意味して言っているのかも。私は笑って答える。
「ほうれんそう、ですね」
ほうれんそう。報告、連絡、相談の頭文字である。
いままで散々たけちゃんのことを話しているので、昨日再会した人物が誰なのかちなつさんはもうわかっているだろう。それでどうなったのか教えろ、と言っているのだ。もちろん私も最初から話すつもりでいた。
「その通り。それで? 順番にいこうか。まず報告」
「ちなつさんと別れたあと二人で居酒屋に行って、いろいろ話しました。それでなんやかんやあって、結婚してと言われました。私はそれを了承しました」
「まてまて、え、ちょっとまって! 結婚!? えーっ? 展開早くない? 早いよね? まって、なんやかんやってなに。いや、またなくていいや。そこは今度詳しく。ひとまず最後まで聞くわ」
ちなつさんは目を丸くして、なぜか焦っている。
そして深呼吸して次を促した。
「えっと、次は、連絡」
「まだ確定ではなくて先の話ですが、結婚するとなると今のまま仕事ができるかわからないので、いずれ相談させていただくと思います」
「そうだよね、だって元彼、いや今彼なのか……、彼は大阪じゃないんでしょ」
私は「東京です」と答える。
どっちがどうするとかは決まっていない、ということも伝えておく。
「それで最後、相談は、なにかある?」
「そんなこんなで私、今日はちょっと気持ちが浮ついてしまっていて。仕事は仕事なのでもちろんしっかり切り替えるつもりですが、もしご迷惑をかけてしまったらすみません」
「そうだよねぇ! そりゃ平常心は無理だよね。全然いいよって言ってあげたいけど、言っちゃいけないかもだけど、しょうがないよね。えー、どうしよう、私が動揺してる! えー、もう! でも私がしっかりしなきゃ」
私以上にちなつさんがうろたえている。それを見て逆に私は少し落ち着いた。
「とにかく! ゆかちゃん、よかったねぇ。本当によかった……。やばい、私が泣きそう、もう、やだあ、マスカラ取れちゃう」
そしてちなつさんは「おめでとう」と言ってくれた。
ちなつさんのような素敵な先輩に恵まれて、私は幸せだと思った。
そして一日浮ついた気分ながらもなんとか大きな失敗はせずに仕事を終え、大阪に戻ったその夜。
長距離移動もあって、それ以外もいろいろありすぎて疲れた私は、シャワーを浴びていつもより少し早い時間にベッドに横になった。
眠いはずなのになんだか気が高ぶっていて、眠りに落ち切れずにぼんやり天井を眺めていると、ピロンとスマホが鳴った。「たけちゃん」と出たのを見て、すぐに開く。
[おやすみで締めてみます。どう?]
続けて送られてきたのは[おやすみ]と文字の入ったスタンプ。
私はすぐに送り返す。
[たけちゃんとなら悪くない気がする]
そして続けて、私からも[おやすみ]というスタンプを送った。
すぐに既読になったけれど、予想通り返事はない。
おはようもおやすみも、早くスタンプじゃなくてその場で言えるようになるといいな。
そんな浮ついたことを思った。




