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「えー、ゆかさん。俺はですね、あなたに謝らなきゃいけないことがたくさんありすぎるんです」
「えっ、なに?」
急に改まった口調に、私までつられて背筋が伸びた。
だけどお酒が入っているからか、それは続かなくてすぐに元に戻る。
「ゆかの就活くらいから、俺らギクシャクしちゃったじゃん。思い返してみたらもう反省点しかなくてさ。もし会える機会があったら謝りたいって、ずっと思ってた」
「……なにを?」
「まずは、ゆかの就職が大阪に決まったとき、素直に祝ったり応援したりできなくてごめんなさい。言い訳はしない。そうすべきだったのにって思い返して、すごく反省した。申し訳なかったと思ってる」
「あー……、えっと、うん」
思わずうんと言ってしまったけれど、お互いちゃんと話し合わなかったからなので、私にも悪いところはあったと思い出す。
「それから、せっかくのデートをバイトを理由にすっぽかしてごめんなさい」
最後の美術館デートの話かな、と思った。すっぽかしたかどうかは別として、たけちゃんにも事情があったはずだ。
「それなら、私もちゃんと話を聞かなくて悪かったと思ってるよ」
「そうなの? いや原因俺でしょ」
「でも私も『仕事と私、どっちが大事なの?』みたいなこと言った。どっちかだけ選べるものじゃないって、今ならわかるのにね」
ダメだとわかっていたのに止められなくて、私とのデートよりバイトが大事なの? と詰め寄ったのを覚えている。社会人になってから、言ったら困らせるセリフとして、仕事と自分のどっちが大事か聞く、みたいなのをどこかで読んで、言ったなぁと思ったのだ。
「でもバイトを理由にいろいろ断りすぎてたって、あとから反省したよ。ゆかがいつも許してくれるから、それに甘えて自分の都合ばかり優先させすぎてた。ごめん。それから」
「まって」
「うん?」
「その謝りたいことって、あとどのくらいある?」
まだ続く気配を感じて、私は一度会話を止める。
たけちゃんはちょっと考えて、「山ほど?」と言う。そっか、山ほどあるんだ、と思ったらなんだかおかしくて笑ってしまった。
「なんで笑う?」
「たけちゃんもそんなふうに思ってくれてたんだなって思ったら、おかしくなっちゃって」
「俺『も』?」
「だって、私も謝りたいことが山ほどあるから」
そう、山ほど。
後悔も反省も、山ほど。
「ゆかにはなにもなくない?」
「なにもなくないよ。そのころの私はすぐ喧嘩腰になっちゃって、子供っぽいことばっかり言って困らせて、思い返すともう最悪。ひとつひとつ全部謝りたいけど、今からそれをすると、謝罪だけで一日かかっちゃうね」
「一日」
「いや、もっとかな。尽きないよ、たぶん」
「尽きないんだ。俺も尽きないよ」
私が笑うと、たけちゃんも笑った。
「今謝罪大会をここで開催したら、それでせっかくのこの会が終わっちゃうよ」
「たしかに」
「まあお互いに綺麗に水に流しましょうよとはいかないかもしれないけど、今は一旦脇に置きませんかね」
「そうですね、そうしましょうかね」
「でもたけちゃんがそう思ってくれてたって知れてよかったよ。あのさ、こんな言葉で片付けていいものじゃないと思うけど、でも、あのころはお互いに若かったよね。青かった、って言ったらいいかな?」
若かった、というと会社の大先輩に「今も若いでしょうが!」って怒られそうな気がして、少しだけ言い換えてみた。
「いろいろやらかしましたよ、私は。『ごはん行けない』って言われただけでなんで『私なんてどうでもいいんだ』につながるのか、今じゃわからないよ。でも当時は本気で、楽しかったはずなのにすぐ怒って、ぶつかって」
「俺もいろいろやらかしましたよ。そうだよね、たしかに、青かったと思う。でも、楽しかったな」
たけちゃんが穏やかに笑って、串を外した焼き鳥をひとかけら食べる。
私はその言葉にハッとして、顔を上げた。
「本当に?」
「なんで嘘言うのさ。本当だよ。喧嘩ばかりしちゃったけど、でも俺はゆかと過ごせて楽しかったし、幸せだった」
「そっか、そうなんだ、そっかぁ。よかった。ごめん、ちょっと泣きそう」
「なんで!?」
私は鞄からティッシュを出して、鼻を押さえる。大丈夫、涙はまだ出ていない。
なんだかさっきから笑ったり泣きそうになったり、情緒が忙しい。そんなに飲んでないと思っていたけれど、お酒が回っているかもしれない。
「私たち、けっこう長い期間付き合っていたでしょう。大学の間の半分以上だよ。それで、たけちゃんはもし私と付き合わなかったらきっと、別の人とお付き合いしてたんだろうなって思ったんだよね」
「そうかな?」
「たぶんね。私といないほうがよかったんじゃないかなって、そのほうが充実した学生生活を送れたんじゃないか、もしかしたら私はたけちゃんの貴重な大学時代を奪ったんじゃないかって、ずっと不安に思ってた」
怖かった。たけちゃんにとって私は邪魔な存在どころか、害を及ぼした存在だったんじゃないかって。
でも楽しかったと思ってくれていたのなら、それだけで救われる。
「まってよ、まずそれは絶対ないし、それにお互い様でしょう? 俺だってゆかの大学時代を奪ってたんだから」
「そうかも?」
「その、後悔してるの? 俺と付き合ったこと」
「いろんな後悔はしてるけど、それだけはしてないよ」
「そっか。じゃ、よかった。俺も安心した」
ふっと笑い合う。そしてたけちゃんはちょっとだけどうしていいかわからない瞬間ができた、みたいな顔をして、注文タブレットを手に取った。なにか頼む? と聞かれて、もう注文は最後かなと思って雑炊を頼んでもらう。たけちゃんも同じものを頼んで、あとお茶を二つ入力した。楽しい時間は過ぎるのが早すぎて困る。




