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紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


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「どうしよう。どこに行こうか?」

「何か希望ある?」

「うーん、ゆっくりできるならどこでもいいかな」


 結局私たちは、近くの居酒屋に入った。久しぶりの再会なのに、ちゃんとしたレストランじゃなくて、庶民的な居酒屋ってところが私たちらしい。


 居酒屋としてはまだ早い時間帯、客もまばらですぐに席に案内された。周りの音は聞こえて賑やかだけど、障子で仕切られていて、個室っぽくなっているのがありがたい。


 このお店はタブレットで注文するタイプらしく、私は適当に飲み物を押してたけちゃんに渡す。ファミレスではそれぞれが食べるものを注文していたけれど、居酒屋なので好きなものを頼みつつ分けて食べるつもりだろう、たけちゃんは自分の飲み物を入れるとタブレットを横向きに置いた。


「からあげ、いる?」

「いる。あともずく酢食べたい」

「オッケー。サラダはこれでいい?」

「うん」


 いくつか料理を入れると、たけちゃんが注文画面を開いて「とりあえずこれでいい?」と聞いた。私は「OK」と言う。たけちゃんが注文ボタンを押す。

 そういえばいつも、こんな流れだったと懐かしい気持ちになった。


 飲み物はすぐにきた。


「たけちゃん、今更だけど、卒業と就職おめでとう」

「そうだった。ありがとう」


 乾杯して一口飲む。

 たけちゃんが大学院に進んだところまでは聞いていたけれど、その先は連絡が途絶えてしまって何も知らない。そういえばついさっき、今勤めてる会社を知ったのだった。混乱していて、しっかり見えていなかった。


「就職先、東京なんだ?」

「うん、そう」

「職種は? どんなことやってるの?」


 あ、もちろん言える範囲でいいよ、と言うと、たけちゃんはクスッと笑った。面白いことを言ったわけでもないのになんで笑ったのかわからなくて、首を傾げる。


「なにか変なこと聞いた?」

「いや、ゆからしいなと思って。全部を聞き出そうとしないところが」

「えー? だって職務上言えないことっていっぱいあるでしょ?」

「そうだけど。でも大学のときも、言いたくないなら言わなくていいっていうスタンスだったじゃん。思い返すと、すごく気が楽だったなって」

「そうだったかな。でもそれはたけちゃんもだよね」


 たけちゃんだって、私が話したいときは聞いてくれるけど、無理に聞き出そうとはしなかった。似た者同士だったのかもしれない。


 それから話を戻して、たけちゃんの大学院時代と卒業してからのことを聞いた。

 大学院は週七長時間研究室で、他にはほとんど何もできなかったこと。卒業後は都内の会社に勤めていて、研究職なのだということ。環境には恵まれていて、それなりに楽しくやっていること。


「ゆかはもう五年目だよね? 同じ会社?」

「うん、そう」

「大先輩だね。まだ二年目の俺からしたら、五年目は雲の上の存在よ」

「私も二年目くらいまではそう思ってた。実際になってみると、五年目ってもう少しできる先輩なんじゃなかったっけ? って感じ。おかしいなぁと毎日思ってる」

「なにそれ。でも後輩から見たらやっぱり雲の上に見えるんじゃない?」

「そうだといいけどね」


 たけちゃんは笑いながら、サラダを自分の皿に取る。自分の分は自分でやりつつ、でものっている生ハムは半分以上残しておき、トングを私に向けてくれる。気を遣わずお互いに好きなものを好きなように食べながら、でも相手が不快にならないほんのわずかな気遣いはある。そんな関係がひどく心地よくて、安心する。


「仕事うまくいってないの?」

「そういうわけじゃないよ。楽しいときもあれば大変なときもあるし、ちなつさんみたいに素敵な先輩もいれば嫌な上司もいるし。あ、ちなつさんって、さっき一緒にいた先輩ね」


 すごく尊敬する先輩で仲良くしてもらってるんだ、と付け加える。ついでにさっき会ったたけちゃんの上司だという方についても聞いてみた。やっぱり、私に対するちなつさんみたいなポジションで、とてもよくしてくれる先輩らしい。


「まあいろいろあるけど、それなりにやってるよ」

「まあいろいろありますよね」

「そうですね、いろいろあります」


 お互いに苦笑した。そりゃあ、いろいろある。就職活動中に描いていた理想と、入社してからの現実、同じはずがない。


 仕事関係の話や住んでいる場所の話、私が東京と大阪のグルメの違いを話したり、そんなたわいもないことをしゃべる。さっき再会したばかりのときの沈黙も、大学時代の関係が悪くなって会えば喧嘩していたことも、まるで嘘だったように、一度話し始めたら話題はどんどん出てきてお互いとまらない。


「そうだ、話が変わるんだけど。三か月前くらいかな、サークルの同期で東京近辺にいる人が集まって飲んだんだけど」

「えー、東京だとそんな会があるんだ」

「そう、たまーにね。で、そのとき聞いたんだけど、佐野が結婚したんだって」

「えっ。え、えーっ? 佐野くんが結婚? え、佐野くんって、あの佐野くんだよね?」


 なんだか要領の得ない質問をしたにも関わらず、たけちゃんは「そう、あの佐野」と返してくれる。大丈夫だ、おそらく同じ佐野くんについて話している。


 佐野くんといえば、モテない代表、なんて言われていて、私が知る限りでは実際に彼女もいなかった。明るくて、根はいい人なのだ。それはたぶんみんな知っている。だけどお調子者で、ちょいちょい暴走し、空気を読まず下ネタを言ってきたり余計な一言を付け加えてしまったりするものだから、「モテない」ということに対してみんな納得しているという、そんなキャラだった。


「ごめん、私、驚きすぎてる。佐野くんに対して失礼」

「いや、いいと思う。みんなそんな反応だった。まさか同期の中で結婚一番乗りが佐野とは、誰も思わなかった」

「へえぇー、そうなんだ。たけちゃんが嘘を言うはずないのに、まだ、本当に? って思っちゃってる」

「わかる。俺は本人に聞いたのに、嘘だろ? って思った」

「ふふ。でもおめでとうだね」

「ね。お相手は佐野の会社の先輩らしくて、しっかり者の姉さん女房なんだって」


 たぶん佐野くんを上手く手のひらでころころしてくれるような人なんだろうな、と想像して笑ってしまう。


「それは解釈一致だわ」

「みんなそう言ってた。あ、そうだ。そのときの写真があったはず」


 たけちゃんはスマホを操作し始め、少し探して「あった」と画面を私に向けた。懐かしい七人くらいの顔が居酒屋らしきところでグラスをもっている写真が写っている。結婚したという佐野くんが変顔をしていて笑ってしまう。


「みんな変わってないね」

「ね。中身もあんまり変わってなかったよ。それから、ちょっとまって」


 いくつかその飲み会の写真を見てから、たけちゃんはまた画面を動かす。次に見せてくれたのは卒業式の写真。大学院ではなく、大学の卒業式の写真のようで、たけちゃんがスーツで卒業証書を持った姿が写っている。


「たけちゃん、かっこいい。その場で見たかったなぁ」


 画面をスワイプすると、たけちゃんが彼の同級生と写っている写真が出てくる。佐野くん、こう見るとイケメンだね、にょろりん袴可愛い! なんて感想を言う。


 続いて私も自分のスマホの写真を出した。私の袴姿と、サークルの私の同級生と一緒に撮った写真だ。


「ゆかの袴……。なんで俺は当日見なかったんだ」

「我ながら綺麗でしょ? 見れなかったなんて、たけちゃん損したよ」


 軽い調子で言う。本当はたけちゃんにすごく見てほしかった。でももう過去のことだ。今さらそれを詰め寄るつもりも、グチグチ言うつもりもない。


 何度もスワイプしているうちに卒業式の写真が終わったので、画面を閉じる。お互い一口チューハイを飲んでグラスを置くと、なぜかたけちゃんが背筋をピンと伸ばした。

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