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アジサイの香りの洗剤は、ちょっと青臭くて少しだけ甘い、何とも言えない香りだった。嫌な匂いではないけれど特別好きになるような香りでもなく、特価だったのには頷けてしまった。売れ残ったのだろう。もう一度はきっと買わない。でも捨てるほど嫌な香りでもないし、なんて思いながら、もったいないので使っている。
「なぁ、お前ら付き合ってんの?」
活動を終えて仲間たち数人でサークル棟から校門へ向かう途中、メンバーの一人に突然そう言われた。
「は?」
「だって、いつも同じにおいがしてる」
「え、マジで? そうなの?」
みんなは興味津々、キラキラした目で私とたけちゃんを交互に見てくる。
私はたけちゃんと目を合わせて、苦笑した。
「違うって。同じ洗剤使ってるだけだよ」
「なんで同じ洗剤って知ってんの?」
「バイト帰りにたまたまドラッグストアで会ったんだよ。それで、たまたま同じ洗剤を買ったの」
「へぇ~。バイト終わりって、夜だよね? 夜のドラッグストアでたまたま会って、たまたま同じ洗剤だったんだ。ふ~ん?」
「ほんとだって」
事実しか述べていないのに、友人たちのニヤニヤが止まらない。みんな、ほんとこういう話が好きだ。そういうお年頃。いくら否定しても信じてもらえない。むしろ、話をすればするだけ怪しまれる、まである。
そして、こういう話は広まるのが異常に早い。数日のうちに「たけちゃんとゆかは付き合っているらしい」なんていう噂を聞くようになった。どうしてそうなるんだ。
「たけちゃん、ごめんね」
「何がですか?」
「噂とこの状況だよ」
講義のない土曜日の大学内。サークルの活動が終わり、私たちは二人で傘を並べて歩いている。だけど、二人なわけではない。仲間たちはわざと私たちを二人にして、少し距離を置いてついてきているのだ。もう、やってられない。
「ゆかさんのせいじゃないでしょ」
たしかに噂もこの状況も私のせいというわけではないけれど、申し訳ないという思いが勝る。たけちゃんはそれなりにイケメンだと思うし、入学したばかりでこれからいくらでもそういう話があるだろう。対する私は取り立てて特徴がないというのが特徴、というくらいの平凡さ。入学してから一年ちょっとの間、浮いた話のひとつもなかった女だ。輝かしいキャンパスライフの始まりにいきなりそんな先輩との仲を噂されるなんて、可哀想でしかない。
ここは私がなんとかせねば。なにせ私のほうが先輩なのだし。
そう思って、なにをどうするつもりなのか決まっていないのに、とりあえず後ろにいる仲間に話しかけようと振り向きかけたときだった。
「もういっそのこと、本当に付き合っちゃいます?」
たけちゃんがそんなことを、あっけらかんと呑気に言った。
まるで私の横で雨に揺れる紫陽花を見て「紫陽花咲いてますね」と言うのと同じくらいのテンションで、ごく普通に、でも冗談っぽくはない感じで。
彼を見上げる。顔色も表情も、いつも通りに見える。だけど笑ってはいなかった。私を茶化しているわけじゃなくて、本気ではあるらしい。
「ゆかさんが嫌じゃなければ、ですけど」
「嫌じゃ、ない、けど」
けど、なんだろう。
思わず顔を下げると、濡れた通路をゆっくりとカタツムリが進んでいる。鼓動が一瞬跳ねたのは、きっと思いのほか大きなカタツムリだったせいだ。
「でも、たけちゃん、私を好きなわけじゃないでしょ」
さすがにこの状況で、彼が私に気があって言っているとは思えない。それで付き合うというのはどうなんだろう、とも思う。
「うーん。好きか嫌いか、どっちかと言われれば好きだと思いますけど」
少し悩む様子を見せてからそう言うので、「なにそれ」と私は笑う。
「ゆかさんは?」
「うーん、好きか嫌いか、どっちかと言われれば好きだと思う、私も」
「じゃあ、好き同士ってことですね」
私は「なにそれ」ともう一度笑った。
お互い恋愛的な意味の「好き」ではないんだろう。だけど少なくとも私は嫌だとは思わなかった。
「なら、いいんじゃないですか。ダメだったら別れればいいですし」
「そっか、たしかにそうかも」
大きなカタツムリを避けて私たちはゆっくり進む。後ろにいるはずの仲間たちには、たぶん会話は聞こえていない。私に聞こえるのは、横にいるたけちゃんの声と雨の音だけ。
じゃ、そういうことでいいっすね。
たけちゃんがいいならいいよ。
確認のようにもう一度似た話をした直後。
たけちゃんは立ち止まって振り返り、仲間数人に向かってすっと軽く手を上げた。こちらに気が付いた仲間たちも何事かと足を止める。
「付き合うことになりました~」
たけちゃんはへらっと笑う。
私は驚いて目を丸くした。こういうのって、最初はちょっと隠したりするもんじゃないの?
おおおぉぅ~!!
仲間たちからなんだかよくわからない歓声と拍手が上がった。
それからは質問攻めにあって、雨の音はもう、聞こえなくなった。




