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紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


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過去作をリメイクしています。

楽しんでいただけますように。

 紫陽花が咲いているのが見えて、ふと足を止めた。

 雨上がりの曇天。葉にも花にも水滴がつき、それがよく似合っている。


 可愛らしい丸い花のかたまりに顔を近づけ、そっと匂いを嗅いでみる。

 その香りは、私の胸をぎゅっと締め付けた。


 あの頃は、まだ若くて、青かった。

 そして、少し甘くて、幸せだった。


 ねぇ、あなたは今、どうしてる?

 この曇り空の下、どこかで紫陽花を見ているかな。


 二人で過ごしたなんでもない日々を、思い出すことはあるのかな。

 


 ◇



 紫陽花に香りなんてあったっけ?


 大学二年生になった六月のこと。

 首を傾げながらも、私はその「アジサイの香り」という洗濯洗剤をカゴに入れた。時期的なものなのか特価になっていたし、残りわずかだった。安いしこれでいいや。そんな軽い気持ちだった。


 ふと顔を上げると、見覚えのある人と目が合った。一瞬誰だっけと思って、すぐに思い出す。


「あれ、たけちゃん?」

「ゆかさん? こんな時間に買い物ですか?」


 夜九時五十分のドラッグストア。客もまばらな中、偶然会ったのは同じ大学のサークルの一つ後輩。


「うん、バイト帰り。洗剤なかったの思い出して寄ったんだ」

「同じっすね、俺もバイト帰りです。トイレットペーパーもうすぐ切れちゃうんで」


 トイレ入ってからペーパーないって気づいたら悲惨じゃないっすか?

 なんてちょっとおどける彼に、間に合ってよかったね~、なんて軽く返す。


「あ、それ」


 見ようと思ったわけではないけれど見えてしまった彼のカゴ。四個入りのトイレットペーパーと一緒に、私が手に取ったのと同じ「アジサイの香り」洗剤が入っていた。

 自分のカゴを少し前に出して洗剤を見せると、彼も気がついたらしい。


「あ、同じですね」

「安かったから、これでいっかなって」

「それも同じです」


 軽く笑い合う。どうやらたけちゃんも、これを愛用しているというわけではないようだ。


「紫陽花に香りなんてあったっけ?」

「うーん、印象にないですね」

「だよね。どんな匂いなんだろ」


 閉店十分前の店内には螢の光が流れている。私たちは会話もそこそこに急かされるように一緒にレジに向かい、追われるように店を出た。


 外は相変わらずしとしとと雨が降っていた。昨日も雨、明日も雨予報。梅雨入りしたから、しょうがない。


「こんな時間ですし、送りますよ?」

「たけちゃん優しいね。でも大丈夫。私、自転車だし、ここから近いから。たけちゃんちは遠い?」

「いえ、近いです。あっち方向に五分かからないくらい」


 たけちゃんが指差したのは、私の部屋とは逆方向だった。


「うちはこっちなの。じゃあ、気をつけて帰って」

「ゆかさんこそ、気をつけて」

「ありがと。またサークルの日にね」


 私たちはそれぞれレインコートを羽織ると自転車にまたがり、逆方向へ進んだ。


 そういえば、たけちゃんって、なんて名前だっけ。

 自転車を漕ぎながら、そんなことを思った。


 私が入っているサークルは全体で百人を超える大所帯。たけちゃんは今年度入ってきた三十人を軽く超える新入生のうちの一人だ。どこかで自己紹介を聞く機会はあったかもしれないけれど、全員の本名など覚えていない。


 みんなが「たけちゃん」って呼んでるからわたしもそう呼んでいるけれど、「たけし」なのか「たける」なのか、もしかしたら武田さんだからたけちゃんなのか、それさえ知らない。そんな関係。


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