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ゆかに会いに、大阪に行くことを決めた俺は、自室でスマホを握りしめていた。
なんて送ったらいいだろう。まだ一文字も打っていないにも関わらず手に汗をかいている。
大阪に行く用事があるので、久しぶりに会いたい?
いや、用事なんてないし、変な言い訳はいらない。率直に会いに行く、話がしたいと言えばいいはずだ。
深呼吸してから、文字を打ち込む。
[元気? こっちは卒業式が昨日終わったところ]
まずはなんでもないような文を送る。
返事はすぐにきた。
[私は元気だよ。そっか、卒業式だったんだ。たけちゃんも卒業おめでとう。スーツ着たの?]
珍しく続きそうな気配に胸が高鳴る。
[着たよ。ゆかは去年袴着たんだよね。見たかった]
[私もたけちゃんのスーツ見たかった]
もし会えるなら、写真を見せよう。同級生たちと撮った写真がある。ゆかにとってはサークルの後輩だ。お互い知っている仲なので、きっと喜んでくれる。
本題を切り出す前に、佐野の余計な一言が頭をかすめた。聞きたくないけれど聞いておかなきゃいけない気がして、文字を打つ。
[もしかして、彼氏できた?]
これで大丈夫であれば、行きたいと言うんだ。その先がどうなるかはわからないけれど、会いたい、と。会って話がしたい。日時は俺が合わせるから、大阪に行くから、いつなら会えるか、と聞くんだ。
次の文を考えながら、スマホを握る。ピロンと鳴って、画面を見る。
[なんでわかったの?]
飛び込んできた文に、頭が真っ白になった。
思わず自分の状態に近い、驚愕している柄のスタンプを送る。
そして違うと思い直して、慌てて[おめでとう]という柄のスタンプを選んで続けて送った。
既読にはなったけれど、返事はこない。
俺はスマホを机に置くと、ベッドに身を投げた。苦しくて、息ができないのに叫び出してしまいそうで、声が出ないようにきつく口を押さえ続けた。
大阪に行くことなく、俺の大学院生活は始まった。
ゆかに別の彼氏ができたなら、俺はもう関わってはいけない。ただ彼女の幸せを祈っているべき。そう頭では理解していた。
だけど本心ではまだゆかのことが好きで、一瞬で忘れるなんてことができるはずもなかった。ゆかの隣に別の男がいると思うと嫉妬で狂いそうになる。ゆかが幸せだといいと思っているはずなのに、心のどこかでそうでないことを祈ってしまう。
さっさと別れて「やっぱりたけちゃんがよかった」なんて言ってきたらいいのに。
そんなあまりにも都合のいいことを考えては、頭の中に天使の自分が出てきて、そんなことを思うなんて最低、二人が上手くいきますようにと祈らなきゃ、なんて諭してくる。そうかと思えば今度は悪魔が出てきて、なんでそんなこと祈らなきゃいけないんだ、ゆかに近づく男はみんな呪われればいい、なんて喚き始める。
自己嫌悪が半端ない。
あらかじめ知っていた通り、大学院生活はとても忙しいものだった。ただ、知っているのと実際に経験するのでは、だいぶ意味合いが違う。研究室に閉じこもる生活で休みもほぼない。バイトする時間など皆無。知識としてあったその生活が現実になると、本当にしんどかった。研究はやりたかったことでもあるので楽しかったけれど、それでも休みは必要だと強く思う。時折家に帰れません、と聞いていたけど、本当に帰れないとは思わないじゃん? 高頻度で研究室に雑魚寝することになるとは思わないじゃん? なんだそれは。労働基準法って知ってますか。俺は詳しく知りませんが、え、学生だから対象外? そもそも労働ではない?
だけど忙しくて他のことを考える余裕がないのは、ありがたい環境だった。なにせ暇な時間ができた瞬間にゆかのことを考えて、苦しくなってしまうから。
そんな生活を二年続けた。
大学院はまず修士課程の二年があり、さらに進学すると博士課程になる。担当の教授には「もちろん博士行くよね」という圧をかけられたけれど、いろんな言い訳を駆使してなんとか逃れた。最初からそこまでは考えていなかったし、博士課程の先輩方の目がイッちゃってたから自分には無理だと思ったのだ。博士課程に必要なものは頭の良し悪しではなく、努力と根性だと聞いたことがあるけれど、まさにその通りだった。ついでに体力も必要だ。すみません先輩方、俺は離脱します。
一応付け加えておくと、先輩方がやばい目をしていたのは法的にまずいことをしているとか、怪しい物質を摂取しているとかではない。単純に睡眠不足と疲労の蓄積。個性の強い素晴らしい先輩たちだった。念のため。
なお、自分で言うのもなんだが若くて体力もそれなりにあって健康な俺がしんどいもう無理と思っているような生活を、初老の教授はもう何十年も続けているらしい。どうなってるんだよ。妖怪かよと思っていると、博士課程の先輩が「教授を人間だと思ってはいけない」と言っていて、まさかの同じ認識だった。教授は人間を超越した存在。尊敬はしている。本当にすごい先生なのだ。だけど「尊敬している」と「あの人のようになりたい」はイコールにはならないと、そんなことを学んだ大学院生活だった。
時間でいうと、ゆかから遅れること三年。
俺は東京の会社に入り、社会人になった。
週七研究室生活をしていた俺は、休日って休みの日なんですね、という一般常識としては当たり前だろうことを再発見しながら、新しい日々を過ごしていた。
仕事はそれなりに楽しく順調で、同僚や先輩にも恵まれていると思う。もちろん全員と気が合うわけじゃないけれど。
六月。仕事を終えて一人暮らしの部屋に戻る途中、紫陽花が咲いているのを見つけた。
まだ日は落ち切っておらず、辺りは明るい。
ふいにゆかから送られてきた紫陽花の写真を思い出した。ちょうどこのくらいの明るさで、こんな色だった。あのときゆかは社会人一年目で、今の俺と同じような時期だったはずだ。同じように帰る途中で紫陽花を見つけて送ってくれたのかな、なんて思った。
俺は今でもまだゆかのことが好きだ。
だけどもう別れて三年以上になる。それだけの年数を重ねたからだろうか、胸が苦しくて仕方がないという症状はいくぶんか治まり、ゆかが幸せであるようにと、素直に祈れるくらいにはなってきた。
それでもやっぱり、あのときこうしていれば、あんなこと言わなければ、今でももしかしたら側にいてくれたんじゃないかなんて、そんなことを考える。
ゆかは今、どうしているだろう。
同じ空の下、どこかで紫陽花を見ているかな。
二人で過ごしたなんでもない日々を、思い出すことはあるのかな。
紫陽花を見ると、俺はゆかを思い出す。
なにげなく、その紫陽花の写真を撮った。だけどスマホはそのまましまう。
気軽に「紫陽花咲いてた」なんて送れる関係だったらよかったのに。そうでないことが寂しかった。
それから一年がまた過ぎた。
梅雨にも関わらず晴れていたその日の朝、俺は仕事で展示会の会場に向かっていた。いつもと違うルートの電車に揺られていると、窓の先に紫陽花が大量に咲いている場所を見つけた。ゆかと一緒に行った神社で見た一面の紫陽花には敵わないけれど、いろんな色が並んでとても綺麗だ。
なんだか今日はいいことがあるような気がした。
その日俺は、ゆかと再会することになる。




