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紫陽花の香りは青くて少しだけ甘い  作者: 海野はな


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 ゆかが卒業して大阪へ移動し、俺は大学四年生になった。

 雨の中大学内の通路を歩いていると紫陽花が咲いているのを見つけ、そんな時期かと思う。


『もういっそのこと、本当に付き合っちゃいます?』


 きっと「告白」には分類されないであろうそんな告白を経てゆかと付き合い始めたのは、ちょうどこんな日だったと思い出す。雨が降っていて、傘をさしていて、そして紫陽花が咲いていた。


 周りが勝手に「付き合っているらしい」なんて噂して、盛り上がって。でもそれを都合がいいとも思って利用して出た言葉だった。恋と呼べるような感情ではなかったけれど、彼女をいいなとは思っていたから。そうじゃなければ、冗談でも「付き合う」なんて言わない。


 だからゆかから「いいよ」という返事がもらえたあと、すぐにメンバーに「付き合うことになりました」と宣言したのだ。だってこっそり付き合っていたら、誰にも知られずあっさり別れることができてしまうから。知られていたのなら、少しは別れにくくなって、抑止力になるはずだと思った。


 軽い感じで始まったお付き合いは思った以上に順調だった。一緒にごはんを食べて、行きたいところがあったら一緒に行く。最初から予定をしっかり立てるデートではなくて、「ここ行きたいんだけど行かない?」「いいねー」くらいの緩いノリが、とても居心地がよかった。


 先に本気になったのは俺のほうだったと思う。


 なにかきっかけがあったわけではなかったけれど、いつしかゆかだけが特別になっていた。いつでも一緒にいたいと思うようになって、ゆかの部屋に転がり込む日が多くなった。


 サークル活動に一生懸命なところ、二人で出かけてはしゃぐところ、ゲームでムキになって不機嫌になるところも、どれも可愛くて愛おしかった。


 一度自分の気持ちに気づいてしまったら、それは加速度的に膨らんでいく。

 思い返せば、それを隠すのに必死だった。ゆかの「好き」と俺の「好き」の意味が違っているのは理解していたから。

 だけど好きになればなるだけ、ゆかにも同じように思ってほしいと、そう願ってしまった。自分だけが好きな気がして、変わらず落ち着いているゆかに苛立ったりもした。我ながら理不尽である。


 俺たちがすれ違うようになったのは、忙しかったからなだけじゃなくて、思いの量や方向が違ってしまったからというのもきっと要因の一つだろう。

 関係が悪化して、喧嘩が多くなって、遠距離で続けるのは難しいと判断せざるを得なくなって。最終的に「ごめん」と告げたのは俺だったけれど、あの時点ではたぶんお互いにそうなるのはわかっていた。付き合っているのかどうかわからないような今の関係を、このままずるずると続けていくのがお互いのためにならないことも、わかりたくないけど、わかっていた。


 紫陽花の前でそんなことを思い出しては考えて、ひとつ溜息をこぼす。

 ゆかがもしここにいたら、「紫陽花綺麗だね」なんて言って笑っただろうか。そんな想像をして、寂しくなった。


 大阪の紫陽花は咲いているだろうか。

 もし咲いているなら、それを見て、ゆかも少しは俺のことを思い出してくれたりしただろうか。



[大阪では紫陽花が咲いているよ]


 写真付きのメッセージに気が付いたのは、その日の夕刻、資料の整理を終えて研究棟から帰ろうとしたときだった。飛び上がりそうになりながら慌てて外に出て紫陽花を探す。こっちの写真も送らなければと思った。だけどもうだいぶ日が落ちていて辺りは薄暗い。紫陽花があっても上手く写るだろうか。

 紫陽花を見つけて写真を撮る。角度を変えて何枚も。きっと誰かに見られたら、なにあの人、と思われたに違いない。でもそんなことはどうでもよかった。


 その中で一番写りがいい写真を一枚選んで、[こっちも]という一言と共に送った。

 返ってきたのは[いいね]というスタンプ。会話は続かない。


 だけどそれだけでも嬉しくて、同時に寂しくて、胸が潰れそうだった。

 何度もその文字と写真を見返しては、いろんな想像をする。夕方だろうけれどまだ明るさの残る写真、送られてきた時間。会社から帰るときに撮ったのかな、もしそうなら定時近くに帰れているんだな。


 地元でもない、知り合いもいない大阪へ一人で乗り込んだゆか。友人や信頼できる人はできただろうか。辛い目にあったりしていないか、一人で抱え込んでいないだろうか。

 夕食はもう食べたか、ちゃんと食べれているのか、夜はちゃんと寝れているだろうか。そんなことまで考えて、おかんかよと自分につっこむ。


 なんで俺は今、寄り添える位置にいないのだろう。


 今でも俺は、ゆかのことばかり考えている。

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