9話 秋葉原
陸徒は光の大刃を正眼に構える。
以前よりも軽い。それでいて、手へ吸い付くような感覚は何一つ変わっていない。
ジャイアントボアが目前へ迫る。
「陸徒、避けて!」
「いや——このまま行く!」
陸徒は右足を踏み込み、光の刀身を横薙ぎに振るった。
「はあぁぁぁっ!!」
神剣と巨大な牙が重く衝突する。
激しい閃光が視界で弾けた次の瞬間、ジャイアントボアの牙が根元から切断された。
悲鳴を上げ、巨獣が体勢を崩す。
陸徒はその脇を駆け抜け、すれ違いざまに前足へ斬撃を放った。
剛毛による防御など、まるで意味を成さない。
光の刃は分厚い装甲を容易く切り裂き、ジャイアントボアの足を地面へ沈ませる。
「す、すごい……。以前よりも切れ味が増してる?」
驚きふためくステラと同様に、陸徒自身も神剣の変化を感じ取っていた。
刀身に重量がない。長大な剣でありながら小太刀のように軽く、思い描いた軌道へ自在に振るうことができる。それでいて威力は以前のラディアセイバーを凌いでいた。
「これなら、いける!」
陸徒は柄を捻って刃を返し、ジャイアントボアの側面へ斬り込む。
蒼白色の剣閃が何度も走り、硬い剛毛を次々と切断していった。
反撃を試みる巨獣が残された牙を振り上げるが、陸徒は身を低くして回避。そのまま腹部へ潜り込み、光の刃を真上へ振り抜いた。
グオオオオォォッ!
空気を揺らすような呻き声とともに、ジャイアントボアの巨体が浮き上がる。
「うそでしょ……あんな巨体を剣だけで?」
ステラだけでなく、那琴も言葉を失っていた。
先ほどまで二人を圧倒していた怪物が、今は陸徒一人に翻弄されている。
宙へ打ち上げられたジャイアントボアが地面へ落下する。大地が激しく揺れ、土煙が巻き起こった。
陸徒は剣を両手で握り、切っ先を下へ向ける。そして、倒れた巨獣の頭上へ高く跳躍した。
「これで、終わりだぁぁぁっ!!」
落下の勢いを乗せ、光の刀身を眉間へ突き立てる。刃が頭部を貫いた瞬間、ジャイアントボアの全身から蒼白色の光が噴き出した。
巨獣は最後の咆哮を響かせ、黒い煙へ変わっていく。
やがて巨大な体は跡形もなく消滅。荒れた地面と、なぎ倒された木々だけが残された。
「やった……」
陸徒は剣を引き抜き、大きく息を吐く。
すると戦闘の終了に呼応するように、光の刀身が収縮した。
最後には粒子となって消え、陸徒の手には再び柄だけが残る。
「消えちまった」
「でも、さっきはちゃんと剣になったわ」
ステラが聖杖を拾い、陸徒のもとへ駆け寄る。
「どうやって刀身を出したの?」
「わからん。ステラたちを守らないとって思って、無我夢中で握ってたら勝手に出てきた」
「相変わらず感覚だけで使ってるのね……」
ステラは呆れながらも、安堵の笑みを浮かべた。
「まぁ、アンタらしいけど」
「二人とも、話は後にしてくれ」
表情を歪ませた那琴が、脇腹を押さえながらゆっくりと歩み寄る。
「じっとしてなさい。今治してあげるから」
―其は傷を癒すそよ風の調べ―
「治癒!」
すぐさまステラが治癒術を発動。淡い光が那琴の全身を包み込む。
たちまちに打撲の痛みが引き、乱れていた呼吸も徐々に落ち着いていった。
「法術には、傷を治す力まであるのか」
「これくらい当然よ。アタシは天才法術士なんだから!」
「助かった。礼を言う」
「べ、別に。あの時アンタが囮になってくれたから、アタシも戦えたんだし」
素直に感謝されることに慣れていないのか、ステラは照れたように顔を背ける。
琵琶湖周辺で発生していた不穏な気配。
その正体の一つは、異世界から転移してきたジャイアントボアだった。
しかし、これで全て解決したとは限らない。
「那琴。頼みがあるんだ」
陸徒はラディアセイバーの柄を腰へ戻し、彼女へ向き直る。
「東京に喬介さんたちがいる。俺たちと同じように、こっちの世界で起きている異変を調べてるところだ」
「先ほど話していた仲間か」
「あぁ。俺とステラは、ゲートクリスタルの欠片に導かれて別の場所へ行くことになる。だからできれば那琴には、喬介さんたちのところで力を貸してほしい」
「私に?」
「ジャイアントボアとの戦いを見ればわかる。アンタは強いわ。それに、人間には感じ取れない気配も探れるでしょ?」
那琴はしばし黙考する。
そして小さく頷いた。
「わかった。今回の異変は、私の家とも無関係ではない。協力しよう」
「本当か! 助かるよ」
「それで、喬介という者はどこにいる?」
「住所なら——」
陸徒が説明しようとした時、那琴は忍び装束の腰にある小さな袋へ手を入れた。
そこから取り出したのは、黒色のスマートフォン。
「連絡先と住所を教えてくれ。地図で確認する」
慣れた手つきで画面を操作する那琴を見て、陸徒は目を丸くした。
「くノ一もスマホはちゃんと持ってるのか……」
「現代人だからな」
「そりゃそうだけど、お前の格好とスマホが全然合ってないんだよ」
「忍だからといって、連絡に伝書鳩を使うわけではない」
「いや、そこまでは思ってねぇよ!」
「アンタ、那琴をなんだと思ってるのよ」
呆れ顔のステラにまで突っ込まれ、陸徒は口を閉ざした。
那琴へ喬介の住所と連絡先を伝える。
突然くノ一姿の少女が訪ねて行けば、喬介もさぞ困惑するだろう。
だが異変の調査を進める上で、那琴の感知能力と戦闘力は大きな助けとなるはずだ。
「では、私は一度旅館へ戻って準備を整える」
「あぁ。喬介さんたちのこと、よろしく頼む」
「任された」
那琴は短く答え、小太刀を腰へ納めた。
「ステラ」
「なによ?」
「陸徒への気持ちは、早めに伝えたほうがいい」
「なっ!?」
昨夜の温泉での会話を蒸し返され、ステラの顔が一瞬にして真っ赤になる。
「那琴! 陸徒の前でなにを言ってるのよ!」
「気持ちって、なんの話だ?」
「アンタは知らなくていい!」
「でも——」
「いいから忘れなさいっ!」
ステラの声が森中に響く。
那琴は微かに口元を緩めると、それ以上何も言わず、木々の間へ走り出した。
太い幹を足場に跳躍し、枝から枝へ移る。その姿は瞬く間に森の奥へ消えていった。
「本当に忍者みたいな帰り方するんだな」
「だから、本当に忍の末裔だって言ってたでしょ」
「それより、さっき那琴が言ってた、お前の気持ちって——」
「知らないっ!」
ステラは顔を真っ赤にしたまま、陸徒へ背を向けた。
那琴と別れ、二人は琵琶湖の湖畔へ移動した。
穏やかな水面。遠くを走る遊覧船。
先ほど森の中で異世界のモンスターと戦っていたことが嘘のように、周囲には平和な時間が流れている。
「ジャイアントボアは倒した。でも、欠片はどうなってる?」
陸徒がステラの肩掛けバッグに視線を寄せた。
中から取り出された欠片は、ステラの手のひらでしばらく沈黙していた。
だが次の瞬間、鼓動を打つように強い光を放った。
「反応した!」
ステラが目を見開く。
欠片から放たれた青白い光が、彼女の腕を伝って全身を包み込む。
同時に、脳裏へ見知らぬ映像が流れ込んできた。
無数の高層ビルと、大勢の人々。
色鮮やかな看板と、壁面を覆うアニメキャラクター。
複数の電車が行き交う線路。
「これは……」
「どうした?」
「映像が見えたの。人がたくさんいる街。大きなビルに、派手な看板。それと、電気街って書いてあったわ」
「電気街? それって秋葉原じゃないか?」
「秋葉原……確かにそうかもね」
「ってことは、次の異変は秋葉原で起きるってことか」
欠片が見せた映像。それが次なる目的地を示している可能性は高い。
しかし滋賀から東京までは、通常の交通手段で数時間を要する。
「陸徒」
「なんだ?」
「空間転移術を使ってみるわ」
「ここで?」
「昨日、アンタを守った時に初めて法術が発動した。今日の戦いでも問題なく使えた。今のアタシなら、この世界でも翔転移を使えるはずよ」
「でも、お前が移動できるのは、一度行ったことのある場所だけじゃなかったか?」
「秋葉原なら、学校の友達と行ったことがあるわ。アニメの限定商品が欲しいから付き合ってって頼まれてね」
「お前、随分こっちの中学生らしい生活してるんだな」
「うるさいわね。とにかく、場所の記憶はある。試す価値は十分よ」
ステラは聖杖パステリアウィッシュを胸元へ引き寄せ、目を閉じた。
秋葉原駅前の景色。
駅から出た時に目へ飛び込んできた、巨大な広告。友人と歩いた大通り。その時に感じた喧騒や、街独特の空気。
目的地と記憶を重ね、法力へ祈りを込める。
杖の先端から光が溢れ出した。
ミドラディアスで使用した時と同じく、光は帯となって二人の周囲を旋回する。
「いけるわ!」
「おい、失敗して変な場所に飛ばすなよ!」
「縁起でもないこと言うんじゃないわよ! アタシを信じなさい!」
半信半疑の陸徒はステラの肩へ手を添えた。
―其は時空に留まりし光の記憶
いざ我と共に経つ時の旅行者―
「翔転移!」
光が二人を包み込む。
琵琶湖の景色が真っ白に染まり、体が空間から切り離される。
次の瞬間——。
電車の走行音と、モニターの看板から響くアニメキャラの声。
大勢の人々が行き交う足音と、四方から聞こえる喧騒。
陸徒とステラはゆっくりと目を開けた。




