52話 英雄の帰還
一方、その頃。
陸徒たちと別れた喬介と波美は、エルグランドの首城へ到着していた。
城門を守る兵士たちは、最初こそ見慣れない服装の二人を警戒した。だが真っ先に喬介の顔に気づき、驚愕の声を上げる。
「まさか……喬介殿?」
「あぁ。久しぶりだな」
「本当に喬介殿なのですか!?」
「嘘をつく理由などない」
「し、失礼しました。ですが、二年前に別の世界へ消えたと……!」
「いろいろあって戻ってきた」
兵士は暫く喬介の顔を見つめた後、慌てて姿勢を正した。
「ただちに女王陛下へお知らせします!」
「慌てる必要もないだろう」
「喬介殿が再びエルグランドへ戻られたのです! これはいい意味で一大事です!」
他の兵士へ合図を送ると、足早に城内へ駆け込んでいった。
波美がその背中を見送りながら楽しそうに笑う。
「お兄ちゃん、すごい人気だね」
「騒ぎすぎだ」
「でも、みんなお兄ちゃんを覚えてるんだよ」
「二年程度で忘れられても困るけどな」
城内へ入る頃には、喬介再誕の噂がすでに広まり始めていた。
「喬介殿が戻ったらしい」
「本当なのか?」
「間違いない。先ほど城門を通ったそうだ」
廊下を進む二人へ、往来する兵士や使用人、学者たちの視線が集まる。
かつてエルグランドの地へ初めて魔族が現れた時、闇の騎士隊長ベイオスは部下たちとともに命を落とした。
その後、ベイオスに代わって魔族を討ち倒したのが喬介だった。
異世界から来た一人の青年が、エルグランドを救った。その功績は今も人々の中へ深く根付いている。
「お帰りなさいませ、喬介殿」
「またお姿を拝見できるとは……」
「よくぞご無事で!」
声をかけられるたび、喬介は戸惑いながら応じた。
「あぁ」
「お兄ちゃん、ちょっと照れてる?」
「そんなことはない」
「表情が少し固いよ」
「気のせいだ」
「そういうことにしておいてあげる」
「波美は楽しそうだな」
「だって、嬉しいから」
波美も周囲を懐かしそうに見渡す。
「みんながお兄ちゃんを慕い、帰りを喜んでくれてるんだよ。妹としてはちょっと誇らしいかな」
「……そうか」
「ほら、やっぱり照れてる」
「いいから早く行くぞ」
二人は迎えに来た騎士の案内を受け、謁見の間へ向かった。
「よく戻った、喬介」
玉座にて待つ女王アーシェラは、威厳に満ちた声で迎えた。
すでに陸徒と相対しているからか、二人がここへやって来たのがさも当然のような振る舞いだ。
「二年ぶりだな、アーシェラ」
「女王陛下へ、なんたる態度……!」
傍らの騎士が咎めようとする。
しかしアーシェラは片手を上げ、それを制した。
「構わない。喬介は以前からこの調子よ」
「相変わらずだな」
「それより、スカイラインでの出来事では、さすがの私も絶望した。だが無事生還し、ミドラディアスのために最後まで戦ってくれたこと、礼を言うわ」
「当然のことをしたまでだ」
「ふっ。先ほどの貴方の言葉をそのまま返そう」
お互いに目を合わせて口元を緩めてから、アーシェラは喬介の隣へ視線を移す。
「そちらは波美だったわね」
「はい。お久しぶりです、アーシェラ女王」
「息災であったか?」
「もちろん元気でした。まさか、またここへ来られるとは思っていませんでしたけど」
「向こうの世界へ帰還した後も、エルグランドでは喬介たちの名が何度も語られていた」
アーシェラの紫の瞳が喬介側へ戻される。
同時にその表情にはわずかな神妙さが宿っていた。
「城へ戻ったのは、単なる里帰りではないのでしょう」
「あぁ」
喬介はこれまでに得られた情報の中から、日本側で関与を疑われている、防衛事務次官の中岡敏宗の存在について語った。
「二つの世界の者が、手を組んでいる可能性があるということか」
「まだ断定はできない。ただ、デオルと中岡の周辺で異変が起きているのは確かだ」
「陸徒とステラは?」
「雫とソニカが消息を絶った場所へ向かった。もしそこでなにも手掛かりが得られなかったとしたら、一度アルファードへ行き、態勢を整えた後にプレサージュを調査するはずだ」
「お兄ちゃん、よくそこまでりっくんたちの行動が予測できるね」
「最も合理的な行動指針だ」
「でも……雫ちゃんとソニカちゃんが本当に見つからなかったら」
波美が話しながら表情を曇らせる。
「想像は自由だが、悪いことばかり考えていても仕方ない」
「喬介にしては前向きな発言だけど、そのとおりね。二人の捜索については、こちらも人員を手配しよう」
「助かる。それと、デオルに関してはティアナの協力を乞いたい」
「すでに連絡は入れてある。アクシオもティアナの執務室にいるはず」
「アクシオも?」
「二人は、今では行動をともにすることが多い」
アーシェラが何かを含むように言った。
波美は、その意味に気づかないまま首を傾げる。
「喬介、再び貴方の力を借りることになる」
「この世界で起きていることなら、放ってはおけない」
「感謝する。だが無茶はしないこと」
「それは陸徒に言ってくれ」
「貴方も大差ないわ」
アーシェラの言葉に、喬介は何も返せなかった。
口元で軽く苦笑いを決めると、踵を返して波美とともに謁見の間を後にする。
一度城のメインホールへ出て、西のエリアにあるティアナの執務室へ向かった。
この区画は学術の研究室が多数あり、学者や研究者の姿が散見される。宮廷魔術研究所もこの付近に併設されている。
「なんだか、あたしにはあまり縁のなさそうな場所だね。お兄ちゃんは逆に興味津々でしょ?」
「そうだな。だが道草を食っている時間はない。早いとこティアナの執務室へ向かうぞ」
「そういえば、どうしてティアナさんのことでアクシオの名前が出てきたんだろ」
「さあな。行けばわかるだろう」
会話をしているうちに、執務室の前へ到着した。
喬介は扉を叩いて耳を澄ます。しかし中から返事はなかった。
「留守かな?」
「人の気配はする。ティアナ、入るぞ」
特に躊躇うことなく、喬介は一言済ませてそそくさとドアノブに手をかけて扉を開ける。
その直後、二人は揃って動きを止めた。
室内では、机の前に立つティアナを、アクシオが背後から抱き寄せていた。
「だから、仕事中だと言っているでしょう」
「少しくらいいいじゃねぇか。朝からずっと資料と睨めっこしてただろ」
「あなたが邪魔をするから終わらないのよ」
「なら、休憩にすればいい」
「そのような勝手な——」
そこで二人は同時に、開かれた扉へ顔を向けた。
「…………」
波美は両手で顔を覆い、喬介は眉間に皺を寄せて佇んでいる。
場の空気が、一瞬にして固まった。しかしティアナはすぐさま我に返る。
「アクシオ」
「あ、あぁ」
アクシオは気まずそうな顔で慌てて腕を離す。
ティアナは頬を赤くしながら衣服を整え、何事もなかったように机の前へ立った。
「し、失礼したわね。なにかご用——って、喬介!? それと、波美!」
「あぁ。久しぶりだな」
「お久しぶりです!」
「まさか、本当にこっちに戻ってくるだなんて。で、いつから……そこに?」
「二人が仲良くしていたところからだ」
「あ、あれは……その」
ティアナの顔がさらに赤くなり、ばつが悪そうに視線を左右に泳がせる。
「扉を叩いたが、返事がなかった」
「それは……」
「えっと……さっきのでなんとなく察しがついたんだけど、二人って……?」
顔を覗かせるように体を傾けながら、波美がティアナとアクシオを交互に見ている。
「まさか、付き合ってる……とか?」
「付き合ってるというか……夫婦って、やつだな」
波美に視線を合わせようとしないながらも、アクシオは後頭部を掻きながら答えた。
「えっ、夫婦? ってことは結婚、したってこと!?」
波美が琥珀色の瞳を丸くして瞬かせる。
「まぁ……そういうことだ」
「いつ?」
「一年くらい前だ」
「本当に?」
「何度も聞くなよ」
「だって知らなかったんだもん!」
波美は驚きながらも、すぐに笑顔を浮かべる。
「えー意外。だけど、おめでとう、アクシオ、ティアナさん!」
「あ、あぁ。ありがとな」
「ありがとう、波美」
「二人なら、きっと幸せになれるよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ」
ティアナは穏やかに微笑む。
対するアクシオは、未だどこか気まずそうに頭を掻いている。
「波美、その……すまん」
「は? なんであたしが謝られるの?」
「あ、いや……なんでもねぇ」
波美はわけもわからずキョトンとしている。
かつてアクシオは、波美へ想いを寄せていた。だがそれも完全な片想いだったようだ。
「変なアクシオ。まぁでも、安心したかな」
「安心?」
「アクシオみたいな無鉄砲には、ティアナさんみたいなしっかりした人がちょうどいいなって」
「誰が無鉄砲だよ。お前にだけは言われたくねぇ!」
「はぁ? なによそれっ!」
ようやく波美に目を合わせると、アクシオは顔をしかめながら声を大きくした。対する波美も、腰に手を当てながら頬を膨らませる。
そしてそのまま自然にお互い笑顔へと変わった。
「無鉄砲。最適な言葉ね」
「ティアナまで言うか!」
しばし笑い声が飛び交い、気まずさが薄れたところで、ティアナは机へ資料を広げた。
「それで、今回の異変についてね」
「あぁ。アーシェラには報告してきた」
「こっちでもマイアとルキノから得た報告をもとに、常闇の森周辺に残された魔力を分析していたわ」
「なにかわかったのか?」
「黒い渦の魔力は、魔術、法術、魔族の力、そのどれとも完全には一致しない」
「デオルのものでもないのか?」
「デオル自身の魔力は含まれている可能性があるわ。けど、それだけでは説明できない力が混ざっているようね」
「日本側の技術と融合しているのかもしれないな」
「あなたたちの世界と、ということね」
喬介は中岡敏宗と工事現場について説明する。
ティアナは要点を聞きながら、資料へ次々と書き加えていった。
「中岡という人物が日本の技術や兵器を用意し、デオルが黒い渦を介してこちらへ送る」
「あるいは、その逆もあり得る」
「ミドラディアスの魔力や生物を、日本へ送り込んでいるということね」
「あぁ」
「ならば二人の目的は、単に世界を行き来することではないわ」
「人間と機械を融合させた怪物まで作ってるからな」
「二つの世界の力を組み合わせ、新たな兵器を作ろうとしているのかも」
アクシオが険しい表情で腕を組む。
「随分とふざけたことを考える奴らだな」
「まだ推測よ」
「だが、可能性は高いんだろ?」
「否定はできないわね」
「だったら、プレサージュへ乗り込んでデオルを捕まえれば早い」
「そんな簡単に言わないで」
ティアナは小さく咳払いし、再び表情を引き締めた。
「ヨルムたちにも捜索範囲を広げるよう伝えておく。雫とソニカについては、エルグランドの誇りをかけて必ず見つけ出すわ」
「頼む」
「よし、ここはひとつ俺も動くか」
「あなたは城の警護任務があるでしょう」
「で、でもよ」
「ここは喬介と波美に任せなさい。下手に大勢で動くとかえって危険だわ」
「……わかった」
「アクシオがすぐ素直になってる。尻に敷かれてるね」
波美が体を揺らして笑うと、アクシオは小さく舌打ちをして頭を掻いた。
情報のすり合わせを終え、喬介と波美は執務室を後にする。
「まさかあの二人が結婚してただなんてね」
「あぁ」
「驚いた?」
「少しな」
「お兄ちゃんでも驚くんだ」
「俺をなんだと思ってる」
「なにが起きても驚かない人」
「そんな人間はいない」
二人が廊下を進んでいると、前方から一人の女性が歩いてきた。
純白と淡い桜色を基調とした軽装鎧に外套を靡かせ、ブロンドの左右の縦ロールを揺らせている。凜とした佇まいと淑やかな雰囲気から、二年前と変わらない気高さが感じられる。
相手も喬介へ気づき、その場で足を止めた。




