↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/55

52話 英雄の帰還

 一方、その頃。

 陸徒たちと別れた喬介と波美は、エルグランドの首城へ到着していた。

 城門を守る兵士たちは、最初こそ見慣れない服装の二人を警戒した。だが真っ先に喬介の顔に気づき、驚愕の声を上げる。


「まさか……喬介殿?」

「あぁ。久しぶりだな」

「本当に喬介殿なのですか!?」

「嘘をつく理由などない」

「し、失礼しました。ですが、二年前に別の世界へ消えたと……!」

「いろいろあって戻ってきた」


 兵士は暫く喬介の顔を見つめた後、慌てて姿勢を正した。


「ただちに女王陛下へお知らせします!」

「慌てる必要もないだろう」

「喬介殿が再びエルグランドへ戻られたのです! これはいい意味で一大事です!」


 他の兵士へ合図を送ると、足早に城内へ駆け込んでいった。

 波美がその背中を見送りながら楽しそうに笑う。


「お兄ちゃん、すごい人気だね」

「騒ぎすぎだ」

「でも、みんなお兄ちゃんを覚えてるんだよ」

「二年程度で忘れられても困るけどな」


 城内へ入る頃には、喬介再誕の噂がすでに広まり始めていた。


「喬介殿が戻ったらしい」

「本当なのか?」

「間違いない。先ほど城門を通ったそうだ」


 廊下を進む二人へ、往来する兵士や使用人、学者たちの視線が集まる。

 かつてエルグランドの地へ初めて魔族が現れた時、闇の騎士隊長ベイオスは部下たちとともに命を落とした。

 その後、ベイオスに代わって魔族を討ち倒したのが喬介だった。

 異世界から来た一人の青年が、エルグランドを救った。その功績は今も人々の中へ深く根付いている。


「お帰りなさいませ、喬介殿」

「またお姿を拝見できるとは……」

「よくぞご無事で!」


 声をかけられるたび、喬介は戸惑いながら応じた。


「あぁ」

「お兄ちゃん、ちょっと照れてる?」

「そんなことはない」

「表情が少し固いよ」

「気のせいだ」

「そういうことにしておいてあげる」

「波美は楽しそうだな」

「だって、嬉しいから」


 波美も周囲を懐かしそうに見渡す。


「みんながお兄ちゃんを慕い、帰りを喜んでくれてるんだよ。妹としてはちょっと誇らしいかな」

「……そうか」

「ほら、やっぱり照れてる」

「いいから早く行くぞ」


 二人は迎えに来た騎士の案内を受け、謁見の間へ向かった。


「よく戻った、喬介」


 玉座にて待つ女王アーシェラは、威厳に満ちた声で迎えた。

 すでに陸徒と相対しているからか、二人がここへやって来たのがさも当然のような振る舞いだ。


「二年ぶりだな、アーシェラ」

「女王陛下へ、なんたる態度……!」


 傍らの騎士が咎めようとする。

 しかしアーシェラは片手を上げ、それを制した。


「構わない。喬介は以前からこの調子よ」

「相変わらずだな」

「それより、スカイラインでの出来事では、さすがの私も絶望した。だが無事生還し、ミドラディアスのために最後まで戦ってくれたこと、礼を言うわ」

「当然のことをしたまでだ」

「ふっ。先ほどの貴方の言葉をそのまま返そう」


 お互いに目を合わせて口元を緩めてから、アーシェラは喬介の隣へ視線を移す。


「そちらは波美だったわね」

「はい。お久しぶりです、アーシェラ女王」

「息災であったか?」

「もちろん元気でした。まさか、またここへ来られるとは思っていませんでしたけど」

「向こうの世界へ帰還した後も、エルグランドでは喬介たちの名が何度も語られていた」


 アーシェラの紫の瞳が喬介側へ戻される。

 同時にその表情にはわずかな神妙さが宿っていた。


「城へ戻ったのは、単なる里帰りではないのでしょう」

「あぁ」


 喬介はこれまでに得られた情報の中から、日本側で関与を疑われている、防衛事務次官の中岡敏宗の存在について語った。


「二つの世界の者が、手を組んでいる可能性があるということか」

「まだ断定はできない。ただ、デオルと中岡の周辺で異変が起きているのは確かだ」

「陸徒とステラは?」

「雫とソニカが消息を絶った場所へ向かった。もしそこでなにも手掛かりが得られなかったとしたら、一度アルファードへ行き、態勢を整えた後にプレサージュを調査するはずだ」

「お兄ちゃん、よくそこまでりっくんたちの行動が予測できるね」

「最も合理的な行動指針だ」

「でも……雫ちゃんとソニカちゃんが本当に見つからなかったら」


 波美が話しながら表情を曇らせる。


「想像は自由だが、悪いことばかり考えていても仕方ない」

「喬介にしては前向きな発言だけど、そのとおりね。二人の捜索については、こちらも人員を手配しよう」

「助かる。それと、デオルに関してはティアナの協力を乞いたい」

「すでに連絡は入れてある。アクシオもティアナの執務室にいるはず」

「アクシオも?」

「二人は、今では行動をともにすることが多い」


 アーシェラが何かを含むように言った。

 波美は、その意味に気づかないまま首を傾げる。


「喬介、再び貴方の力を借りることになる」

「この世界で起きていることなら、放ってはおけない」

「感謝する。だが無茶はしないこと」

「それは陸徒に言ってくれ」

「貴方も大差ないわ」


 アーシェラの言葉に、喬介は何も返せなかった。

 口元で軽く苦笑いを決めると、踵を返して波美とともに謁見の間を後にする。


 一度城のメインホールへ出て、西のエリアにあるティアナの執務室へ向かった。

 この区画は学術の研究室が多数あり、学者や研究者の姿が散見される。宮廷魔術研究所もこの付近に併設されている。


「なんだか、あたしにはあまり縁のなさそうな場所だね。お兄ちゃんは逆に興味津々でしょ?」

「そうだな。だが道草を食っている時間はない。早いとこティアナの執務室へ向かうぞ」

「そういえば、どうしてティアナさんのことでアクシオの名前が出てきたんだろ」

「さあな。行けばわかるだろう」


 会話をしているうちに、執務室の前へ到着した。

 喬介は扉を叩いて耳を澄ます。しかし中から返事はなかった。


「留守かな?」

「人の気配はする。ティアナ、入るぞ」


 特に躊躇うことなく、喬介は一言済ませてそそくさとドアノブに手をかけて扉を開ける。

 その直後、二人は揃って動きを止めた。

 室内では、机の前に立つティアナを、アクシオが背後から抱き寄せていた。


「だから、仕事中だと言っているでしょう」

「少しくらいいいじゃねぇか。朝からずっと資料と睨めっこしてただろ」

「あなたが邪魔をするから終わらないのよ」

「なら、休憩にすればいい」

「そのような勝手な——」


 そこで二人は同時に、開かれた扉へ顔を向けた。


「…………」


 波美は両手で顔を覆い、喬介は眉間に皺を寄せて佇んでいる。

 場の空気が、一瞬にして固まった。しかしティアナはすぐさま我に返る。


「アクシオ」

「あ、あぁ」


 アクシオは気まずそうな顔で慌てて腕を離す。

 ティアナは頬を赤くしながら衣服を整え、何事もなかったように机の前へ立った。


「し、失礼したわね。なにかご用——って、喬介!? それと、波美!」

「あぁ。久しぶりだな」

「お久しぶりです!」

「まさか、本当にこっちに戻ってくるだなんて。で、いつから……そこに?」

「二人が仲良くしていたところからだ」

「あ、あれは……その」


 ティアナの顔がさらに赤くなり、ばつが悪そうに視線を左右に泳がせる。


「扉を叩いたが、返事がなかった」

「それは……」

「えっと……さっきのでなんとなく察しがついたんだけど、二人って……?」


 顔を覗かせるように体を傾けながら、波美がティアナとアクシオを交互に見ている。


「まさか、付き合ってる……とか?」

「付き合ってるというか……夫婦って、やつだな」


 波美に視線を合わせようとしないながらも、アクシオは後頭部を掻きながら答えた。


「えっ、夫婦? ってことは結婚、したってこと!?」


 波美が琥珀色の瞳を丸くして瞬かせる。


「まぁ……そういうことだ」

「いつ?」

「一年くらい前だ」

「本当に?」

「何度も聞くなよ」

「だって知らなかったんだもん!」


 波美は驚きながらも、すぐに笑顔を浮かべる。


「えー意外。だけど、おめでとう、アクシオ、ティアナさん!」

「あ、あぁ。ありがとな」

「ありがとう、波美」

「二人なら、きっと幸せになれるよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいわ」


 ティアナは穏やかに微笑む。

 対するアクシオは、未だどこか気まずそうに頭を掻いている。


「波美、その……すまん」

「は? なんであたしが謝られるの?」

「あ、いや……なんでもねぇ」


 波美はわけもわからずキョトンとしている。

 かつてアクシオは、波美へ想いを寄せていた。だがそれも完全な片想いだったようだ。


「変なアクシオ。まぁでも、安心したかな」

「安心?」

「アクシオみたいな無鉄砲には、ティアナさんみたいなしっかりした人がちょうどいいなって」

「誰が無鉄砲だよ。お前にだけは言われたくねぇ!」

「はぁ? なによそれっ!」


 ようやく波美に目を合わせると、アクシオは顔をしかめながら声を大きくした。対する波美も、腰に手を当てながら頬を膨らませる。

 そしてそのまま自然にお互い笑顔へと変わった。


「無鉄砲。最適な言葉ね」

「ティアナまで言うか!」


 しばし笑い声が飛び交い、気まずさが薄れたところで、ティアナは机へ資料を広げた。


「それで、今回の異変についてね」

「あぁ。アーシェラには報告してきた」

「こっちでもマイアとルキノから得た報告をもとに、常闇の森周辺に残された魔力を分析していたわ」

「なにかわかったのか?」

「黒い渦の魔力は、魔術、法術、魔族の力、そのどれとも完全には一致しない」

「デオルのものでもないのか?」

「デオル自身の魔力は含まれている可能性があるわ。けど、それだけでは説明できない力が混ざっているようね」

「日本側の技術と融合しているのかもしれないな」

「あなたたちの世界と、ということね」


 喬介は中岡敏宗と工事現場について説明する。

 ティアナは要点を聞きながら、資料へ次々と書き加えていった。


「中岡という人物が日本の技術や兵器を用意し、デオルが黒い渦を介してこちらへ送る」

「あるいは、その逆もあり得る」

「ミドラディアスの魔力や生物を、日本へ送り込んでいるということね」

「あぁ」

「ならば二人の目的は、単に世界を行き来することではないわ」

「人間と機械を融合させた怪物まで作ってるからな」

「二つの世界の力を組み合わせ、新たな兵器を作ろうとしているのかも」


 アクシオが険しい表情で腕を組む。


「随分とふざけたことを考える奴らだな」

「まだ推測よ」

「だが、可能性は高いんだろ?」

「否定はできないわね」

「だったら、プレサージュへ乗り込んでデオルを捕まえれば早い」

「そんな簡単に言わないで」


 ティアナは小さく咳払いし、再び表情を引き締めた。


「ヨルムたちにも捜索範囲を広げるよう伝えておく。雫とソニカについては、エルグランドの誇りをかけて必ず見つけ出すわ」

「頼む」

「よし、ここはひとつ俺も動くか」

「あなたは城の警護任務があるでしょう」

「で、でもよ」

「ここは喬介と波美に任せなさい。下手に大勢で動くとかえって危険だわ」

「……わかった」

「アクシオがすぐ素直になってる。尻に敷かれてるね」


 波美が体を揺らして笑うと、アクシオは小さく舌打ちをして頭を掻いた。


 情報のすり合わせを終え、喬介と波美は執務室を後にする。


「まさかあの二人が結婚してただなんてね」

「あぁ」

「驚いた?」

「少しな」

「お兄ちゃんでも驚くんだ」

「俺をなんだと思ってる」

「なにが起きても驚かない人」

「そんな人間はいない」


 二人が廊下を進んでいると、前方から一人の女性が歩いてきた。

 純白と淡い桜色を基調とした軽装鎧に外套を靡かせ、ブロンドの左右の縦ロールを揺らせている。凜とした佇まいと淑やかな雰囲気から、二年前と変わらない気高さが感じられる。

 相手も喬介へ気づき、その場で足を止めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。