51話 決意を新たに
朝日が顔を出し、鳥たちの囀りがあちこちで奏でられている。
そんな中、謁見の間には早くも、陸徒、ステラ、空也、那琴、リアラが集まっていた。
「出発の前にひとつ、空也の力について確認したい」
玉座から届くザルディスの言葉に、空也が顔を上げる。
「え、僕の……ですか?」
「そうだ。以前は魔術を使えただろう? 今はどうだ?」
「こっちに来てから、体の中に違和感みたいなものは感じたけど、二年前みたいに魔術を使える感覚は無さそうです」
「空也……そうなの?」
リアラが心配そうに顔を覗き込んできた。
「うん。昨夜も何度か試したんだけど、やっぱり魔術書がないからか、ダメだった」
「お前、バサラとの戦いでは魔術書なしで術を使えていたじゃないか」
陸徒が首をかしげているが、理由は空也本人でもわからなかった。
魔族が絶滅した今、救世主レクサスの生まれ変わりとしての力が失われてしまったのだろうか。
「でも俺は、空也の中から、あの力が完全に消えたとは思えない」
「なら、眠っているのでしょうか」
「その可能性はあるわ」
ステラは腕を組み、空也の奥底に眠る何かを見定めるように視線を鋭くしている。
「日本には魔力がない。二年間も魔術を使わずに生活してたせいで、力の使い方を忘れてるのかもしれない」
「忘れるなんてことがあるの?」
「体が感覚を失うことはあるわよ」
「もう一度その感覚を取り戻せさえすれば……でしたら、ワタシがその手伝いをします」
リアラが空也の隣へ並び、玉座のザルディスへ向かって軽く礼をした。
「ワタシも魔術士。空也の中に力が残ってるなら、一緒に探せるかもしれない」
「でも、これからプレサージュへ——」
「今のままじゃ戦えないわ」
「それは……」
「だったら、ワタシと一緒にアルファードに残ろう」
「リアラと、二人で?」
「嫌なの?」
「嫌じゃない!」
空也は勢いよく首を左右に振った。
「むしろ嬉しいけど……って、今のは違う!」
「なにが違うの?」
「だから、その……!」
「話が進まないわね」
ステラが杖でコンと床を鳴らしてからため息をつく。
「リアラ、空也を任せてもいい?」
「はい。ワタシが必ず、空也の魔術を取り戻してみせます」
桃色の瞳が見つめ合い、お互いに強く頷いた。
「となると、プレサージュへ向かう者は、俺とステラ、そして那琴の三人か」
「少人数のほうが、敵に見つからず潜入しやすい」
顎を摩っている陸徒に、那琴が腰に携えた小太刀に手を添えながら答える。
「だが、向こうの戦力も不明だ。可能であればもう一人、潜入捜査と後方支援に長けた者がいれば助かる」
「そう思いまして、すでに適任者をお連れしております」
言いながらシェリルが、左後方にある石柱のほうへ目を向けた。
直後、柱の陰からゆっくりと姿を現す者が。栗色の髪を左右で束ね、桃色の軽鎧を身につけた少女だった。腰には鎧と同色の円月輪が収められている。
動くことのない瞼とエメラルド色の瞳。その表情からは、ほとんど感情が読み取れなかった。
「モコ!」
陸徒が名前を呼ぶ。
同時に、那琴が驚きともとれるように眉をひそめた。
「よろしくお願いします」
モコは相も変わらずに抑揚のない声で応えてくる。
「どうしてここにいるのよ?」
「シェリル様に呼ばれたから」
「そうじゃなくて、任務は?」
「私だけ、このために残った」
顔をしかめているステラへ向けられた視線が、徐々に下ろされていく。モコはステラへ近づき、わずかに残る怪我の痕と、傷つき汚れた衣服を見つめた。
「な、なによ」
「また無茶をした?」
「してないわ」
「嘘」
「どうして決めつけるのよ!」
「ステラだから」
「理由になってない!」
過去を思い出しながら、傍らで聞いていた陸徒が思わず苦笑した。
「モコ、またよろしくな!」
「はい。こちらこそ」
モコの表情は変わらない。
しかし、そのエメラルドの瞳が幾ばかりか鋭くなった。
「雫とソニカ、必ず見つけます」
「ありがとう、モコ」
少しだけ口元を緩めたモコは、それを即座に戻し那琴へ顔を向けた。
二人は暫くの間、無言で互いを見つめる。
「望月那琴だ」
「モコです」
「戦い方は?」
「超能力で円月輪を操ります」
「そうか」
「あなたは?」
「小太刀と忍具。潜入と追跡を得意としている」
「わかりました」
「こちらも理解した」
そこでピタリと会話が終わった。
再び無言で見つめ合う二人へ、ステラが眉を寄せる。
「なんなのよ、この会話」
「自己紹介よ」
モコが呟くように小声で答えた。
「必要な情報交換だ」
那琴も頷きながら平然としている。
「もう少しなにかあるでしょ! 趣味とか、好きな食べ物とか!」
「任務に必要?」
「不要だな」
「ははっ、もう意気投合してるじゃないか」
後頭部に両腕を回している陸徒が体を揺らす。
「どこがよ! 無口で淡白なのが二人になっただけじゃない!」
「ステラがよく喋るから問題ないわ」
「喋り役はすでにいるからな」
モコと那琴の声がほぼ同時に重なった。
「この班すごく扱いにくいわ!」
ステラの声が謁見の間へ響く。
シェリルが口元へ手を添え、小さく笑った。
「ですが、相性は悪くなさそうですね」
「どこを見たらそう思えるんですか!」
「モコは中距離からの援護が得意です。那琴さんは潜入と撹乱。陸徒さんが前衛を務め、ステラが皆を守る。十分に均衡の取れた部隊ではないですか」
「それは、そうですけど……」
口を尖らせているステラをよそに、ザルディスが玉座から立ち上がる。
「プレサージュでは、デオルが待ち構えている可能性がある。決して油断するな。だが目的は戦闘ではない。雫とソニカの捜索、黒い渦の正体、そしてデオルがなにを企んでいるのかを調べることだ」
自然と場の空気が引き締まり、全員が強く頷いた。
「現地での索敵、探査は私に任せてくれ」
「わかりました。私は状況に応じてあなたの支援に回ります」
那琴とモコは、変わらぬ無表情のまま目を合わせた。
その様子を見て、陸徒が腕を組みながら口元を緩める。
「二人とも頼もしいな」
「なによ。アタシはそうじゃないって言うの?」
「んなこと一言も言ってねぇだろ。ただ、無茶はすんなよ。仲間を信じろ。そして、なにがあってもお前のことは俺が守る」
「ちょっ、こんなとこで恥ずかしいこと言わないでよ!」
「なんだよ。恥ずかしくもなんともねぇって」
頬を赤く染めて喚くステラ。後頭部を掻きながら顔をしかめる陸徒。
二人へ、苦笑と無表情の視線が向けられている。
「ま、まぁ、このアタシにかかれば、なにも問題ないわよ」
周りの顔を窺いながら、ステラは得意げに顎を上げた。
「いつもの調子に戻ったようだな」
「な、なによ那琴」
「陸徒に感謝しておけ」
「はぁ? どういう意味よ」
「これ以上は、なにも言うまい」
那琴は視線を流すように逸らし、小さく微笑んだ。
「なんなのよったく。もういいわ、さっさとプレサージュへ行くわよ」
なにかを誤魔化すように、ステラは杖を背中に納めてそそくさと歩き出す。
「まだ出発の挨拶をしてないぞ」
「今ので終わり!」
「ステラらしい」
モコが後に続く。
那琴も小太刀の位置を確かめ、静かに歩き出した。
「それじゃ行ってくる」
「はい。皆さん、どうかお気をつけて」
片手を上げながら陸徒、その奥にいるステラたちをシェリルが不安そうに見送る。
「必ず無事に戻ってきてください」
「あぁ。雫とソニカも連れて戻る」
陸徒は力強く答えた。
「兄ちゃん、雫さんたちを、必ず助けて」
「任せろ」
「空也も、必ず力を取り戻そうね」
空也の隣に立つリアラが、励ます。
「うん。僕も、もう一度みんなと戦えるようになってみせる」
「私たちは先に行く。だが追いついた時には、空也の力を借りることになるかもしれない」
数歩先で立ち止まった那琴が、振り向きざまに空也へ告げた。
「その時までに、必ず使えるようにするよ」
握った拳を見せる空也に、那琴は小さく頷いた。
こうして新たに結成された調査隊は、謁見の間を後にする。
隠密と追跡に長けた那琴。超能力による遠距離戦を得意とするモコ。
感情をほとんど表に出さず、必要なことしか口にしない二人が加わったことで、ステラにとっては何とも扱いにくい一行となってしまった。だが彼女たちの実力は、もはや説明不要にも知られている。
目指す目的地は、魔信教団の本部が置かれていたプレサージュ。
行方知れずとなった雫とソニカは無事なのか。おぞましき黒い渦の正体とは。そしてそれらの鍵を握るであろうデオルの目的。
全てを突き止めるため、四人は気を引き締めて敵地へと向かった。




