50話 月明かりに照らされる想い
突如出現した純白の光。
それが蝋燭の灯のように収束して消えゆく。陸徒たち五人の姿が、とある床の上へ現れる。
アルファードへ向かった空間転移術。降り立った場所は、城の謁見の間だった。
「なっ……!」
玉座からザルディスが目を見開いて腰を浮かす。
その隣に立っていたシェリルも、突然現れた者たちを見て驚きの声を上げた。
「陸徒さん!? それにステラ!?」
「ただいま、戻りました……」
瞼を半分落としながら、ステラは力なく答えた。
術を発動した反動によって足元がふらつく。
「ステラ!」
陸徒が倒れそうになった体を支えた。
「大丈夫か?」
「こ、これくらい平気よ……」
そう言いながらも、陸徒へ体を預けたまま動こうとはしなかった。
「いったいどうされたのですか!?」
シェリルがやや声を強めて二人へ駆け寄よってくる。
「よおシェリル。ちと色々あってな、ひとまず体を休ませるためにここに戻ってきた」
「話がまったく見えませんが……」
言いながらシェリルは、ステラへ視線を移す。
彼女の服には、改造人間との戦いで負った傷と血の跡が残っていた。
「話せば、長くなりますけど」
ステラは杖で体を支えながら、陸徒の手から離れる。
そして、言葉を待つシェリルとザルディスへ交互に目を配らせながら、神妙な顔でこれまでの経緯を報告した。
「そんな、おぞましいことが……」
シェリルは青ざめ、口元を押さえた。
「雫という娘とソニカは、その怪物との戦いの後、行方がわからなくなったのだな」
ザルディスの問いに、陸徒が頷く。
「あぁ。アジトは完全に破壊されていた。でも、二人の姿も遺体も見つからなかった」
「ならば、生きている可能性は残されている」
「俺たちもそう信じてる」
「では、プレサージュへ?」
「そのつもりです」
ステラが精悍な顔で即答した。
「黒い渦の行き先も、魔力の痕跡も、全部プレサージュへ繋がってる。雫たちが連れ去られたなら、そこにいる可能性が高い」
「ですが、その前に英気を養うためここへ来たのですね?」
シェリルはステラの傷へ目を向ける。
「はい……不承不承ながら」
「ステラ。焦る気持ちもわかりますが、雫さんとソニカさんを助けたいのでしたら、万全の態勢で向かうべきですよ」
「……わかりました」
ステラは床へ視線を落とし、苦虫を噛み潰したような顔で小さく頷いた。
「シェリル、ありがとな」
「いえ」
やり取りを見ていたザルディスが、わずかに表情を緩める。
「客室を用意させよう。食事と治療の手配もする」
「ありがとう、ザルディス王」
客室へ案内する直前。シェリルはリアラと空也へ顔を向けた。
「リアラさん、お元気そうですね」
「お久しぶりです、シェリル王女」
「エルグランドの宮廷魔術研究所へ出向ほどに、魔術士として成長なさっていて、わたくしも誇らしく思います」
「い、いえ……恐縮です」
リアラは頬を少し赤らめながら、若草色の表紙に覆われた魔術書ジオを胸元で強く抱えた。
「空也さんもお久しぶりです。やはり二年も経てば、以前よりも逞しく見えますね」
「本当? 兄ちゃんにはいつも、まだガキだなお前はって言われるんだけどね」
「おい、余計なこと言うなって」
久しく見る兄弟の様子に、シェリルは手を口元へ寄せて微笑んだ。
和やかに話す彼らの隣で、那琴は謁見の間を静かに観察していた。
「望月那琴と申します」
ザルディスへ向き直り、礼をする。
「突然の訪問となった非礼を詫びる」
「気にする必要はない。陸徒たちの仲間ならば、アルファードの客人として迎えよう」
「感謝する」
「那琴さんも、ようこそおいでくださいました。それでは皆さん、こちらへ」
シェリルの案内に従い、一行は謁見の間を後にした。
その日の夜。
アルファード城は静寂に包まれていた。窓から差し込む月光が、客室の床を淡く照らしている。
陸徒は椅子へ座り、机の上に置いたラディアセイバーの柄を見つめていた。
柄を握れば、今も光の刀身は現れる。だが、この武器が再び自分を選んだ理由は、まだわかっていない。
「雫……」
プレサージュへ向かえば、手がかりは見つかるのか。
雫とソニカは無事なのか。考えても、悪い想像ばかりが浮かんでくる。
その時、部屋の扉が小さく叩かれた。
「誰だ?」
「アタシよ」
陸徒が扉を開ける。
廊下には、城から借りた寝間着姿のステラが立っていた。
「どうしたんだ? まだ傷が痛むのか?」
「違うわよ」
「じゃあ、眠れない?」
「まぁ……ちょっとね」
「入るか?」
「えっ?」
「廊下で話すわけにもいかないだろ」
「そうだけど……」
ステラは部屋の中と陸徒の顔を交互に見る。
「嫌なら無理にとは言わないが」
「嫌なんて言ってない!」
顔を赤くしながら、ステラは部屋へ足を踏み入れた。
陸徒が扉を閉める。その音に、ステラの肩が小さく跳ねた。
「どうした?」
「なんでもないわよ!」
「声が大きいぞ」
「陸徒が変なこと聞くからでしょ!」
「なにもしてねえだろ……」
「女の子が夜に男の部屋へ来てるのよ。少しくらい気を遣いなさいよ」
「だったら、扉を開けておくか?」
「そういうことじゃない!」
ますます顔を赤くしながら、ステラは口をへの字に曲げてそそくさと部屋へ入っていく。
「もういいわよ。陸徒はそっちに座って」
「へいへい」
陸徒が椅子へ座り、ステラは寝台の端へ腰を下ろす。
暫くの間、どちらも口を開かなかったが、陸徒が何気なしに口火を切った。
「雫とソニカのこと、気になるよな」
「……うん」
ステラは膝の上で、両手を強く握り合わせる。
休めと言われても眠れるわけがなかった。目を閉じれば雫の後ろ姿が浮かぶ。そのたびに、喉の奥が震え、胸が締め付けられた。
「アタシの法力が尽きて、バリアプレートが完全に消えた。でもその時あの子は、絶望なんかしていなかった。むしろ笑っていたわ」
「そうなのか」
「また会おうって言って、アタシを送り出したのよ」
両手を見つめるようにステラは俯く。
「雫はアタシを助けるために一人で残った」
握りしめた手へ、涙が一滴落ちた。
「アタシがもっと強ければ、雫を置いてこなくて済んだ! ソニカだって守れた!」
潤んだ瞳を陸徒へ向けながら、ステラは声を大きくする。
「また自分を責めてるのか?」
「だって、アタシのせいで……!」
「お前のせいじゃない」
「簡単に言わないでよ!」
声を荒らげた直後、ステラは再び俯いた。
「ごめん……」
「謝らなくていい」
「でも……今のアタシ、格好悪いわね」
「どうして?」
「アタシは天才法術士よ。雫を助けるって決めたのに、本当は怖くて仕方ない」
「怖くて当たり前だろ」
「雫が死んでたらどうしようって……ソニカも、もう目を覚まさなかったらって……ずっと考えちゃうの」
堪えていた涙が、次々と頬を伝っていく。
「もう大切な人を失うのは嫌なの……」
陸徒は椅子から立ち、ステラの隣へ腰を下ろした。
「雫もソニカも、俺にとって大切な仲間だ。だから早く行って助けてやりたい」
「だったら、なんであの時止めたのよ」
「それとこれとは別だ。でも、それ以上に心配なことがある」
「なに?」
「ステラのことだ」
ステラが涙に濡れた顔を上げる。
「アタシ? どうしてよ」
「俺が最も大切に想っているのは、ステラ、お前だからだ」
その言葉を聞いた瞬間、ステラは目を見開いた。
「えっ……」
「だから、ステラが無茶をしないか心配なんだ」
「ちょ、ちょっと待って! 今、なんて言ったの?」
「ステラが無茶をしないか心配だって」
「その前よ!」
「俺が最も大切に想っているのは、ステラだって」
「どうして、そんなことを平然と言えるのよ!」
一瞬にしてステラの顔が再び赤く染まる。
「まぁ本当のことだからな」
「それって……どういう意味よ」
「言ったとおりの意味だ」
「全然わからない!」
「難しいことは言ってないだろ」
「陸徒の馬鹿!」
「はぁ? なんで怒られなきゃなんねえんだ」
「知らないわよ!」
ステラは頬を膨らませて顔を背けた。
先ほどまで流れていたものとは違う涙が、目元へ浮かぶ。
陸徒は天井を見上げながら、言葉を続けた。
「俺は、二人を助けるためにステラが自分の身を投げ出すんじゃないかって、それが怖いんだ」
「アタシは、そんなこと……」
「絶対にしないって言えるか?」
視線だけを向けてきた陸徒に、ステラは答えられなかった。
雫たちを救うためなら、どれほど危険な場所へも踏み込むつもりでいた。自分が傷つくことなど、どうでもいいとすら考えていた。
「ほら、言えないだろ。前例もあるからな」
「だってあの時は……ほかに方法がなかったら……」
「今回だって同じじゃないか。でもよ……」
陸徒はステラの両肩へ手を添えて、精悍な顔を向けてきた。
「その時は、俺を頼れ」
「陸徒を?」
ステラは顔を紅潮させながら、手を添えられた肩をわずかに震えさせる。
しかし、いつになく真剣な陸徒を前に、その緊張感も吹き飛んでしまった。
「自分一人で背負うな。俺も一緒に戦う」
「でも、陸徒まで危険な目に遭うじゃない」
「お前だけ傷つくよりいい」
「よくないわよ!」
「なら、二人とも傷つかない方法を考えよう」
「そんな都合のいい方法が、いつも見つかるとは限らないでしょ」
「それでも探すんだ」
言いながら今度は、下ろした手でステラの小さな両手を包み込む。
「雫とソニカも一緒に助けて、全員で帰ろう。ステラが諦めないなら、俺も諦めない」
桃色の大きな瞳が陸徒の顔を見つめた。
「……馬鹿ね」
「またそれか」
「陸徒は昔から馬鹿よ」
「否定はしねえな」
「こういう時くらい否定しなさいよ」
息を吐くように小さく笑った直後、ステラは口を尖らせて目を細めた。
「陸徒……少しだけ……このままでいてもいい?」
「あぁ」
ステラは躊躇いながらも、陸徒の胸元へ額を預けた。
「アタシが泣いているところ、見るんじゃないわよ」
「この状態じゃ見えねえって」
「なら、そのままでいて」
「あいよ」
陸徒はステラの頭へ、そっと手を置く。
「雫がいなくなるのは嫌……」
「あぁ」
「ソニカだって、絶対に助けたい」
「わかってる」
「でも、怖いの……」
「大丈夫だ」
「根拠なんてないくせに」
「それでも、俺がそばにいる」
ステラは陸徒の服を両手で掴んだ。柄にもなく、声を上げて泣いた。
陸徒は何も言わず、その背中へ腕を回す。
暫くしてステラが顔を上げる頃には、胸を押し潰していた不安が少しだけ軽くなっていた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「今夜のこと、誰かに話したら承知しないから」
「話すわけねえって」
ステラは目元を拭い、寝台から立ち上がる。
「もう戻るか?」
「これ以上ここにいたら、本当に勘違いされるでしょ」
「誰にだよ」
扉へ向かいかけたステラが、一度だけ振り返る。
月が窓から部屋を明るくしている。それに照らされた彼女の表情からは、希望の色がわずかに見てとれた。
「陸徒。明日から、ちゃんとアタシを守りなさいよ」
「約束する」
「アタシも、陸徒を守るから」
照れを隠すように言い残し、ステラは部屋から出る。
彼女の後姿を見る陸徒は、その先にある何かを見通すかのような神妙な顔で、瞳を鋭くさせていた。




