49話 逸る気持ち
「リアラ……!」
空也は目を見開き、ガルティオルフの背中に立つ少女を見上げた。
「えっ、空也!? どうしてここに?」
「それは、その……いろいろあって……」
空也は再会を喜びながらも、露骨に視線を逸らした。顔が少しずつ赤くなっていく。
そんな様子には気づいていない様子で、リアラはガルティオルフの首元を優しく撫でる。
巨大な怪鳥はリアラの意図を理解したように、体を地面へ伏せた。
リアラは山吹色と翡翠色の羽を足場にして背中を下り、最後に小さく跳んで着地する。
「空也、久しぶりだね!」
二年前より少し背が伸び、顔立ちにも幼さを残しながら成長が感じられる。右側に一本でまとめた髪型は変わらないが、鮮やかなチェリーピンクは長く伸びていた。
それでも、空也を見るなり浮かべた明るい笑顔は、記憶の中にあるものと変わらなかった。
「ひ、久しぶり」
懐かしさ満面のリアラに対し、空也はところどころ目を泳がせ、どこかぎこちない様子だ。
リアラは不思議そうに首を傾げた。
「おかしな空也」
「ちょっと驚いてるだけだよ」
「ワタシも驚いたよ。ガルティオルフが急にここへ来るって言い出したから、なにかあると思ってたけど……まさか空也たちがいるなんて思わなかった」
リアラは陸徒とステラへ顔を向ける。
「陸徒さんもお久しぶりですね。お元気そうでよかったです」
「リアラお前、俺が生きてることに驚かないのか」
「それは、ワタシがエルグランドの宮廷魔術研究所へ通っているからです」
「なるほど。アーシェラ女王か」
かつてティアナに実力を認められたリアラは、一年ほど前から魔術の研究及び更なる昇華を目的に、エルグランドへ出向していた。
現在は関所への野菜配達を継続する傍ら、ガルティオルフに乗ってエルグランドへ通う生活を送っているらしい。
「随分と大層な移動手段だな」
腕を組みながら苦笑する陸徒の傍で、ステラは視界の中で派手に主張している巨大な怪鳥を見上げた。
ガルティオルフは鋭い目で焦土を見渡していた。翼を畳んでいるものの、その巨体は周囲の木々を覆い隠すほど大きい。
「ステラさん、ですよね? お話は以前陸徒さんから聞いていました」
「ステラでいいわよ。よろしくね。それより、どうしてガルティオルフなんかに乗っているの?」
「魔族との戦い以降、ワタシに心を開いてくれるようになったのです」
リアラはガルティオルフの脚へ歩み寄り、極彩色の羽毛へ触れる。
「今では背中に乗せてくれるし、ワタシの言葉もだいたいわかってくれています」
「あの怪鳥を手懐けたのか」
那琴が警戒を解かないまま尋ねた。
「手懐けたっていうより、友達になったんです」
「友達……」
「はい。えっと……?」
「望月那琴。日本から来た」
「日本って、空也たちの世界から?」
「そうだ」
那琴は小太刀を鞘へ収める。
「初めて見る生物だったため警戒した。敵意がないのなら謝ろう」
「大丈夫。ガルティオルフは相手の真意を見定める力があるみたいだから」
リアラが笑いかけると、那琴はわずかに頷いた。
「ガルティオルフと友達になったり、エルグランドの宮廷魔術研究所に行ったり、リアラはすごいね」
「ワタシだって、少しくらい成長したんだよ」
「少しどころじゃないよ」
「本当?」
「うん。リアラは前からすごい魔術士だったけど、今はもっと——」
そこまで口にして、空也はリアラと目が合った。
再び頬を赤らめ、慌てて顔を逸らす。
「と、とにかく、すごいと思う」
「ありがとう、空也」
嬉しそうに微笑むリアラを見て、空也は何も言えなくなった。
「再会を喜ぶ時間はそろそろ終わりよ」
ステラが二人の間へ割って入る。
「リアラ、さっきガルティオルフが急に来たがったって言ったわよね」
「はい」
リアラの表情が真剣なものへ変わる。
「ガルティオルフが、ここから強い闇の力を感じ取ったって」
「闇の力……」
リアラは焦土と化した周囲へ目を向けた。
「だからワタシを背中に乗せて、ここまで偵察に来たの。ただ……もう、ここにはなにも感じないみたい」
「やっぱり、もう痕跡は絶たれているんだね」
空也が難しい顔で唇を噛む。
ステラはしばし指を顎に当てて考え込む。そして精悍な顔で前を見た。
「だったら、プレサージュよ」
「ステラ?」
「黒い渦に吸い込まれた戦車やロボットの反応は、プレサージュにあった。ソニカたちが使っていた追跡玉も、魔信教団の本部跡を示してた」
ステラはパステリアウィッシュを拾い上げる。
「この近くに手がかりがないなら、プレサージュへ行く」
「今からか?」
「当たり前でしょ!」
「待て、ステラ。その状態で敵地へ乗り込むつもりか?」
陸徒はステラの傷へ目を向けた。
服は所々が破れ、乾いた血が付着している。
空間転移術を発動させた反動もあり、聖杖を握る手には力が戻り切っていなかった。
「雫たちが捕まってるかもしれないのよ! これくらい平気よ!」
「平気なもんか。だからこそ、今は準備が必要だ」
「準備してる間に手遅れになったらどうするの!」
それでも聖杖を握り、プレサージュがあると思われる方角へ歩き出そうとした。
その前へ、那琴が立ちはだかる。
「退きなさい。那琴まで邪魔するの?」
「邪魔をしているのではない。お前を死なせないために止めている」
「雫は今も危険な目に遭ってるかもしれないのよ!」
「わかっている。私も雫を助けたい」
那琴は冷静な眼差しを崩さない。
「だが、焦りだけで敵地へ踏み込むのは救助ではない。ただの自滅。プレサージュが敵の本拠地なら、相応の戦力が待ち構えていると考えるべきだ」
「だからって、ここで休んでろっていうの?」
「休息だけではない。情報、装備、同行する戦力。その全てを整える必要がある」
陸徒が両肩へ手を置いた。
「俺だって、すぐに探しに行きたい。雫がどこにいるのか、無事なのか。今すぐ確かめたい。でも、また同じ失敗を繰り返すわけにはいかない」
「同じ失敗……」
「改造人間の強さが想像以上だったから、ソニカが倒され、ステラたちも追い詰められたんだろ?」
ステラは唇を噛む。
「次は、絶対に誰も置いていかない。そのために態勢を整えよう」
「雫が心配なのは、お前だけではない」
那琴も告げる。
「だから私たちを信じろ。一人で全てを背負うな」
暫くの間、ステラは答えなかった。
焦土と化したアジト。どこを探しても見つからなかった雫とソニカ。
今すぐ動かなければ、二人を永遠に失ってしまうような恐怖が胸を締めつけている。
しかし陸徒と那琴の言葉が正しいことも、頭では理解していた。
「……わかったわよ」
やがてステラは、不満を隠さずに答えた。
「先に態勢を整える。それでいいんでしょ」
「あぁ」
那琴は小さく笑みを返した。
「ここから近いのはエルグランドだけど、向こうの状況確認やアーシェラ女王への報告は、喬介さんと波美に任せればいい。俺たちはアルファードへ行くぞ」
「そうね。ザルディス様ととシェリル様へ、デオルと中岡のことを伝える。それにアルファードなら、休む場所も装備も確保できるわ」
「プレサージュへ向かう準備もできるしな」
陸徒とステラが顔を合わせて頷いた。
「でも、ここからアルファードまで、かなり遠いのでは? ガルティオルフに乗せてもらいますか?」
リアラの問いに、ステラは首を傾けながらパステリアウィッシュを掲げる。
「怪鳥に乗って飛ぶのも少し興味はあるけど、今は時間が惜しいわ。アタシの空間転移術を使う」
ステラは得意げな顔で胸を張る。だが直後、わずかに体がふらついた。
「おい、そんな状態で空間転移術は無理だろ」
陸徒がすぐに駆けつけて支えると、ステラは咄嗟に顔を赤らめ、半ば慌てるように体勢を整えた。
「ちょっと足元が滑っただけよ!」
「滑るような場所じゃないだろ」
「そういう返しはいらない!」
「わかったよ。でも無理だと思ったら、すぐに術を止めるんだぞ」
「ふん! その必要なんてないわ」
二人の会話を聞いていたリアラが、ガルティオルフへ向き直った。
「ワタシも一緒に行く」
「えっ、リアラも?」
「うん」
空也が驚いた声を上げる。
リアラは巨大な怪鳥の前へ立ち、その嘴へ優しく手を触れた。
「ガルティオルフ。ワタシは空也たちと一緒に行くね」
ガルティオルフが低い声で鳴く。
「大丈夫。心配しなくても、危ないことはしないよ」
もう一度、短い鳴き声が返る。
「風の谷へ戻って、大人しく待っててね」
ガルティオルフは、リアラの言葉を確かめるように顔を近づけた。
リアラがその額を撫でると、巨大な怪鳥はゆっくりと翼を広げる。
「ありがとう、ガルティオルフ。ここまで連れてきてくれて」
力強く羽ばたき、巨体が宙へ浮かび上がった。
巻き起こった風が焦土の灰を巻き上げる。
ガルティオルフは上空を一度旋回すると、風の谷がある方角へ飛び去っていった。
「準備はいい?」
ステラが四人を見渡してから、パステリアウィッシュを地面へ立てる。
陸徒、空也、那琴、リアラが、その周囲へ集まった。
「ステラ、本当に無理はするなよ」
「わかってるって言ってるでしょ」
「さっきふらついたばかりだ」
「今度しつこく言ったら、陸徒だけ置いていくわよ」
「それは困る」
「なら黙ってなさい」
ステラが意識を集中させると、聖杖の先端にある宝石が純白の光を帯びた。
足元へ空間転移術の法陣が広がっていく。
ステラは焦土と化したアジトを一度振り返った。
「雫、ソニカ……必ず見つけるから」
ゲートクリスタルの欠片を胸元へ握り、強く言い切る。
「それまで、絶対に生きてなさいよ」
光が五人を包み込んだ。
―其は時空に留まりし光の記憶
いざ我と共に経つ時の旅行者―
「翔転移!」
法陣が眩い輝きを放つ。
次の瞬間、ステラたちの姿は崩壊したアジトから消え去った。
直後、焦土となった黒い地の奥。
焼け焦げた木の幹から、冷たく鋭い視線が、消えゆく燐光を捉えていた。




