48話 舞い降りし極彩
「雫……」
ステラは弾かれたように駆け出す。
「雫! どこにいるの!」
瓦礫へ駆け寄り、崩れた石を一つずつ退かしていく。
「ソニカ! 聞こえるなら返事をして!」
呼びかけても、返事はない。
「手分けして探すぞ!」
陸徒と空也も瓦礫を持ち上げ、建物の内部を調べ始める。
那琴は地面に残された足跡や血痕を確認しながら、戦闘がどのように移動したのかを追った。
だが、どこにも二人の姿はなかった。崩れた建物の下。岩陰。周囲の森。名前を呼びながら、何度も探し回る。
「雫!」
ステラの声が黒く焼かれた焦土へ響く。
「約束したでしょ! 戻ったら陸徒のことで決着をつけるって!」
独り言のように言葉だけが木霊する。
「アタシに話したいことがあるって言ったじゃない!」
残るのは静寂のみ。
ステラは瓦礫の前へ膝をついた。震える手で、煤に汚れた石を掴む。
「間に合わなかった……」
「まだ決まったわけじゃない」
陸徒が傍らへ駆け寄る。
「ここに二人の姿はない。遺体だって見つかってない」
「だったら、どこにいるのよ!」
「それを今から探すんだ」
「こんなに全部壊されてるのよ!」
ステラは焦土を見渡し、声を震わせる。
「アタシが雫を一人にしたから……」
「違う」
「違わない!」
目から涙が溢れ出す。
「アタシが残ってれば、こんなことにはならなかった!」
「ステラを転移させたのはクリスタルだ。お前が望んで雫を置いてきたわけじゃない」
「でも、アタシだけが助かった!」
「雫は、お前を助けるために残ったんだろ」
「だから苦しいのよ!」
ステラは胸元を押さえる。
「アタシを助けるために、雫がいなくなったかもしれない! そんなの……何の意味もないじゃない!」
「意味ならある」
那琴が二人のもとへ歩み寄る。
声は落ち着いている。
「雫は、お前が必ず戻ると信じた。だからお前を行かせた」
「戻ってきても、雫がいないんじゃ……」
「死んだと決まったわけではない」
「でも!」
「遺体がない。身につけていた物も、刀も見つかっていない」
那琴は周囲へ視線を巡らせる。
「少なくとも、この場で倒れたと断定できるものはない」
「逃げ延びた可能性があるっていうの?」
「ある」
那琴は迷わず答えた。
「誰かに助けられた可能性も、敵に連れ去られた可能性もある。今ここで絶望するのは早い」
「連れ去られたなら、もっと悪いことになるかもしれないじゃない!」
「それでも、生きているなら助け出せる」
那琴の言葉に、ステラは何も返せなかった。
「感情に呑まれるな」
那琴は静かに続ける。
「お前が自分を責めても、雫の居場所はわからない。痕跡を探し、追うべき相手を見極めろ」
「那琴の言うとおりだ」
陸徒がステラの肩へ手を置く。
「俺たちは雫を見つけるために戻ってきたんだ」
「陸徒……」
「ここにいないなら、別の場所を探せばいい。ミドラディアス中を探してでも、必ず見つける」
「そんな簡単に言わないでよ……」
「簡単だなんて思ってない」
陸徒はステラの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「それでも、諦めるつもりはない」
ステラは俯き、溢れた涙を拭った。
「……アタシだって、諦めたくないわよ」
「なら、もう一度探そう」
陸徒が差し出した手を、ステラは暫く見つめる。
やがてその手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「微かな魔力の痕跡が感じられる」
「空也、もしかしてお前——」
「うん。ミドラディアスに来たからか、あの時の魔術士の感覚が戻ったのかもしれない」
周辺を調べていた空也が口を開く。
空也は森の向こうへ目を向ける。
「魔力の流れが、途中で別の方向へ移っている。誰かがここから動いた可能性があるね」
「アタシでも感知できないほどの微弱な魔力でも拾えるの?」
「うん。ただ、痕跡が乱れすぎていて、今すぐ追うのは難しい」
「それでも十分よ。さすがおのぼりさんね」
「その言われ方、懐かしいな」
ステラは空也と軽く笑みを交わしたあと、地面へ落としたパステリアウィッシュを拾い上げる。
まだ希望は残されている。雫もソニカも、この場所にはいない。ならば、どこかで生きている可能性がある。そう信じて、捜し続けるほかない。
周りが、これからの行動を模索しようとしたその時だった。
「なにか来る」
突然那琴が鋭い声を発した。
小太刀を抜き、遠くの空へ鋭い視線を突き付けている。
「どこだ?」
「上空。南西の方角だ」
那琴が指し示した先。薄く紫がかった蒼穹から、小さな黒い点が見えた。
それはは徐々に大きくなり、こちらへ近づいてくる。
「鳥……?」
空也が目を凝らす。
「普通の鳥じゃないわ」
ステラはパステリアウィッシュを構えた。
翼を羽ばたかせるたび、大気が震えている。巨大な体。広げた両翼は、周囲の木々を覆い隠すほど大きい。
「あれは……」
陸徒は目を見開く。
四人の頭上へ近づいた巨大な鳥が、大きく旋回した。
翼から生まれた強風が焦土へ吹きつけ、灰や砂塵を巻き上げる。
「下がれ!」
陸徒がステラを庇うように前へ出た。
那琴は姿勢を低くし、いつでも跳べるよう身構える。
空也だけは巨大な鳥の姿を見つめたまま、その場から動かなかった。
「まさか……」
巨大な鳥が、四人の前へゆっくりと降下する。
太い両脚が地面へ着いた瞬間、焦土が大きく揺れた。
鋭い目。岩をも砕きそうな巨大な鉤爪。そして山吹色と翡翠色が混ざり合った、美しい羽。
その姿を、陸徒たちは知っていた。
「ガルティオルフ……!」
風の谷に棲む、伝説の怪鳥。
本来は非常に穏やかで、人を襲うことのない大空の覇者。かつて陸徒たちが戦い、そして救った存在だった。
「どうして、こんなところに……」
ステラが驚きながら見上げる。
ガルティオルフは四人を威嚇することもなく、大きな翼を静かに畳んだ。
その時、空也が何かに気づく。
「誰か乗ってる!」
巨大な背中。
色鮮やかな羽の間から、一人の少女が顔を覗かせた。
少女はガルティオルフの羽を掴みながら立ち上がり、眼下にいる四人を見渡す。
そして空也の姿を捉えた瞬間、その瞳を大きく見開いた。
「空也……?」
聞き覚えのある声。
空也も、信じられないものを見るように少女を見上げた。
「リアラ……!」
風の谷の少女。
優れた魔術の使い手であり、最終決戦にてバサラを相手にともに戦った。
二年の時を越え、思いがけない場所で再会した彼女は、巨大な怪鳥の背中から空也たちを見つめていた。




