46話 クリスタルの光
「デオルと中岡は、なにを企んでる?」
陸徒は男を睨み声を低くした。
「黒い渦で戦車やロボットを送り込み、今度は人間と融合させた。なんのために、そんなことをしている!」
男の口は開かない。
「この工事現場の地下に、なにかがあるのか?」
「…………」
「中岡は、どこにいる?」
沈黙が過ぎていく。
何を尋ねても、どれだけ威圧を掛けても、男の笑みは消えなかった。
「答えるつもりはないようだな」
喬介が男の表情を観察する。
その時、男が不意に口を開いた。
「我らのことより……」
男のもとへ、同時に視線が集まる。
「仲間を心配したらどうだ……?」
言いながら、男の視線がゆっくりとステラへ向けられた。
「異世界に残された、あの小娘たちも……今頃どうなっているかな」
ステラの表情が凍りつく。
「雫とソニカのこと? あの子たちになにをしたのよ」
男は返答する代わりに不敵な笑みを浮かべた。
「答えなさい!」
男は喉を鳴らして笑う。
「さぁな……今も生きているといいが……」
その一言で、ステラの中に残されていた理性が切れた。
男へ飛びかかり、その胸元を掴む。勢いよく地面へ押し倒すと、パステリアウィッシュの柄を首元へ押しつけた。
「なにをしたのか答えなさい!」
「ぐっ……」
「雫とソニカは無事なの!?」
男は苦しげに顔を歪める。
それでも笑みを消さなかった。
「どうした……自称天才法術士……」
「アタシのことまで……」
「仲間一人……守れなかった気分は……どうだ……?」
「黙れ!」
ステラは杖を握る両手へ力を込める。
硬い柄が男の喉へ深く食い込んだ。
「ステラ、やめろ!」
陸徒の声も、今のステラには届かない。
「二人はどこにいるの! なにをしたのよ!」
「さぁ……な……」
「答えろって言ってるでしょ!」
男の呼吸が途切れ始める。
顔が赤黒く変わり、喉から掠れた音が漏れた。それでも口元には、ステラを嘲笑うような笑みが残っている。
「ステラちゃん、もうやめて!」
「コイツは雫たちのことを知ってる! 喋らせないと!」
「それでは尋問ではない。殺すことになるぞ」
那琴が低い声で告げる。
「こんな奴、死んだって……!」
ステラの力がさらに強くなる。
男の両手が、首元を押さえる杖を掴む。だが抵抗する力は急速に弱まっていった。
「ステラ!」
陸徒が背後から腕を掴んだ。
「放して!」
「もうやめるんだ!」
「コイツは雫を!」
「このままじゃ殺しちまう! 雫たちの居場所を聞き出せなくなる!」
陸徒は力任せにステラを引き離す。
パステリアウィッシュが男の首から離れた。男は激しく咳き込み、空気を求めるように呼吸する。
やがて全身から力が抜け、そのまま意識を失った。
「なにするのよ!」
ステラは陸徒の腕を振り払う。
「もう少しで吐かせられたかもしれないのに!」
「違う。ステラは今、あいつを殺そうとしてた」
「だったらなによ!」
ステラの瞳から、再び涙が溢れ出す。
「雫は一人で残ったのよ! ソニカだって、意識を失ったままだった!」
「わかってる」
「なにもわかってない!」
握りしめた拳が震える。
「アタシがもっと強ければ……!」
雫が最後に浮かべた笑顔。自分を守るために立ちはだかった背中。もう一度会おうと交わした約束。
それらが次々と胸の中へ蘇ってくる。
「どうしてアタシは、こんなところにいるの」
怒りをぶつける相手もいない。戻る手段もない。
雫とソニカが今どうなっているのか、確かめることすらできない。
「アタシを、戻しなさいよ」
ステラはバッグにしまっていたゲートクリスタルの欠片を取り出した。
「雫のところへ戻して! 今すぐ戻してよ!」
欠片へ向かって叫ぶ。
しかし、反応はない。
「いつも勝手にアタシたちを振り回して……!」
ステラは欠片を両手で握りしめる。
「今度は大切な人まで置き去りにさせて! アンタはいったい、なにがしたいのよ!」
大粒の涙が瞳に溜まっていく。
「雫を助けたいの!」
ステラは空へ向かい、感情の全てを吐き出すように叫んだ。
「いいから雫のところへ連れていきなさいよぉぉぉぉぉっ!」
零れ落ちた涙が、欠片に触れて弾む。そして声に応えるように、クリスタルが強く脈打った。
「えっ……?」
青白い光が、ステラの指の隙間から溢れ出す。
先ほどまで沈黙していた欠片が、これまでにないほど強い輝きを放っていた。
「反応した……!」
光はステラの両腕を伝い、全身を包み込んでいく。
陸徒たちが驚いて周囲へ集まった。
「また転移が始まるのか?」
「待って」
ステラは欠片を見つめる。
ただ別の場所へ移動させようとしているのではない。欠片の奥から、何かが自分へ訴えかけてくる。
声が聞こえるでもなく、言葉が浮かんだわけでもない。それでも、ステラには感じ取ることができた。
欠片が示そうとしているもの。先ほど自分だけを日本へ転移させた理由。
そして今、進むべき場所。
「そういうことだったのね……」
「ステラ?」
陸徒が顔を覗き込む。
ステラは涙を拭い、パステリアウィッシュを握り直した。
「みんな、アタシの近くに来て!」
「なにをするつもりだ?」
「決まってるでしょ」
ステラの桃色の瞳に、強い意志が戻る。
「ミドラディアスへ行くのよ」
「だが、空間転移術だけでは世界を越えられないんじゃ——」
ステラには、はっきりとわかっていた。
ゲートクリスタルの欠片が作り出した、二つの世界を繋ぐ道。
その道へ空間転移術を重ねれば、自分だけでなく、近くにいる者たちもまとめて向こう側へ送ることができる。
「今ならできる。急ぎなさい! この反応がいつまで続くかわからないわ!」
那琴が真っ先にステラの近くへ移動する。
波美も気絶した黒ローブたちを見下ろしてから、その隣へ並んだ。
「この人たちはどうするの?」
「長峰へ連絡して、公安に任せるしかない」
喬介はスマートフォンを取り出し、現在地と状況を簡潔に結へ送信する。
「連絡した。後は彼女が対処してくれる」
「僕も、行くの?」
「当たり前でしょ! ここにいる全員を連れていくわ。空也も早く来なさい!」
「わかった!」
全員がステラを囲むように集まった。
「ステラ、法力は大丈夫なのか?」
「全然大丈夫じゃないわよ」
言葉とは相反してステラはドヤ顔を決め込む。
「でも、この程度で諦めたら天才法術士の名が廃るでしょ」
パステリアウィッシュを両手で握り、地面へ突き立てる。
聖杖の宝石とゲートクリスタルの欠片が共鳴し、二つの光が重なり合った。
―其は時空に留まりし光の記憶
いざ我と共に経つ時の旅行者―
「翔転移!」
白き法陣が、六人の足元へ広がる。
その外側を、欠片から溢れた青白い光が包み込んだ。
異なる二つの輝きが螺旋を描き、工事現場の空気を大きく歪ませる。
「みんな、アタシから離れないで!」
光が急速に強まった。
重機も、倒れた黒ローブたちも、工事現場の風景も、眩い輝きの向こうへ消えていく。
次の瞬間。
六人の姿は、日本から完全に消え去った。
最初に感じたのは、湿り気を帯びた風だった。
次に、遠くから聞こえる獣の鳴き声。
陸徒は閉じていた瞼を開く。
「ここは……」
頭上には、薄紫がかった青空が広がっていた。
周囲にある植物も、肌へ触れる空気も、日本のものとは明らかに異なる。
喬介が静かに辺りを見渡す。
那琴はすぐに小太刀へ手を添え、周囲の気配を探った。
波美と空也も、目の前に広がる異世界の景色を見つめる。
ステラはパステリアウィッシュを支えにしながら、ゆっくりと立ち上がった。
手の中にあるゲートクリスタルの欠片は、今も微かな光を放っている。
「ミドラディアスよ」
ステラは真っ直ぐ前方を見据える。
「今度こそ、雫とソニカを助けに行くわ」




