45話 渦巻く陰謀
喬介の言葉を遮った那琴は、腰の小太刀へ手を添え、鋭い眼差しで周囲を見渡す。
同時に、工事用の重機の陰から人影が現れた。
全身を黒いローブで覆った男。顔は深い頭巾に隠され、表情を見ることはできない。
さらに積み上げられた資材の向こうからも。工事現場を囲む金属製の壁の上。停車した車両の背後。方々から黒いローブを纏った男たちが次々と姿を現した。
「囲まれたな」
那琴は鈍色の小太刀を引き抜く。
「コイツら、魔信教団の残党なの?」
ステラはパステリアウィッシュを構える。
「いや」
喬介は黒いローブに刻まれた紋様を見つめた。
「魔信教団の者とは違うな」
陸徒がラディアセイバーの柄を握る。
その意思へ応えるように、柄から光の刀身が伸びていく。
「お前らなにもんだ!」
陸徒の問いかけに、黒いローブの男たちは答えない。
喬介が告げようとした人物の名を遮るかのように現れた謎の集団。彼らは無言のまま距離を縮め、ステラたちを包囲していった。
無言のまま包囲を狭めてくる。方々から現れたその数は、二十人を超えている。
「随分と大勢で出迎えてくれたものね」
先ほどまで雫の身を案じ、涙を流していた少女の顔から弱さが消える。
代わりに浮かんだのは、自分たちを取り囲む者たちへの鋭い敵意だった。
「何者か知らないけど、邪魔をするなら容赦しないわよ」
黒ローブたちは答えない。
各々が懐から短剣や警棒のような武器を取り出し、一斉に身構えた。
「波美、空也を頼む」
「わかった。空也くん、こっち!」
「待ってよ。僕だって——」
「お前はもう魔術を使えないだろ。無理に戦おうとするな」
かつてミドラディアスへ渡った空也は、魔術士として魔術書アリストを用い、強力な魔術を操っていた。
しかし、今の空也には、黒ローブたちと戦うための武器も力もなかった。
「でも、兄ちゃんたちだけを戦わせるなんて……」
「この数を相手に、お前を庇いながら戦う余裕はない」
喬介も剣を抜き、視線だけを空也へ向ける。
「今は安全な場所へ退くんだ。それも立派な判断だ」
空也は拳を握り、唇を噛んだ。
それでも自分が戦闘へ加われば、かえって足手まといになることは理解している。
「……わかったよ」
「空也くん、あの資材の陰へ!」
波美が近くに積み上げられた資材を指差す。
空也が走り出すと、二人の黒ローブが行く手を遮ろうとした。
「させない!」
波美は両腕を交差させる。
「ラウムブリット改、起動!」
腕に装着されたバンドへ手を添えると、両手に琥珀色の石が嵌められた甲が展開される。
駆動音とともに光が走り、波美は地面を強く蹴る。一瞬で間合いを詰め、先頭の男へ拳を叩き込んだ。
「やぁっ!」
超音波により形成された拳が腹部へ突き刺さる。
男の体は大きく浮き上がり、数メートル先の地面へ転がった。
続けて短剣を振るうもう一人の腕を払い、回転しながら脇腹へ蹴りを打ち込む。黒ローブは声も上げられず、その場へ崩れ落ちた。
「空也くん、今のうちに!」
「ありがとう、波美さん!」
空也は資材の陰へ移動する。
波美はその前へ立ち、ほかの黒ローブたちを睨みつけた。
「ここから先へは行かせないから!」
次の瞬間、黒ローブたちが一斉に動いた。
「来るぞ!」
陸徒と喬介が同時に前へ出る。
左右から迫る刃を、それぞれの剣で受け止めた。甲高い金属音が工事現場へ響く。
陸徒はラディアセイバーを横へ振り、三人の武器をまとめて弾き飛ばす。
敵を斬らぬよう刀身を寸前で止め、柄頭を顎へ打ち込んだ。男の意識が刈り取られる。
「陸徒、後ろだ!」
喬介が間へ割り込み、短剣をヴァイパーブレイド弐式の腹で受け流す。
相手の体勢が崩れた瞬間、峰で手首を打ち据えた。
短剣が地面へ落ちる。さらに柄を男の鳩尾へ突き込み、気絶させた。
「助かった!」
「油断するな。まだ来るぞ!」
喬介と陸徒が背中合わせになる。
敵の数は多い。それでも二人は互いの死角を補い、迫る黒ローブを一人ずつ確実に無力化していった。
その右方では、那琴が複数の男と対峙している。
短剣が首元を狙って振るわれた。那琴はわずかに上体を逸らしてかわすと、相手の懐へ潜り込む。掌底を顎へ打ち込み、続けて足を払った。
背後から迫った男へは、振り向くことなく苦無を投げる。苦無はローブの袖だけを貫き、近くの木材へ縫い止めた。
「なっ……!」
「遅い」
動きを封じられた男の首筋へ、那琴は小太刀の柄を叩き込む。
一撃で気を失わせると、さらに高く跳躍し、黒二人の頭上を越える。
着地と同時に膝裏を蹴り、倒れ込んだ男たちの首へ連続して手刀を落とした。
「正面から数を頼みにするだけか」
那琴は周囲の動きを冷静に見定める。
「その程度では、私は捕らえられない」
一方、波美も光学式超音波実体武装を装着した高速格闘で敵を圧倒していた。
振り下ろされた警棒を腕部で受け止め、反対の拳を胸元へ叩き込む。続けて跳び上がり、二人の黒ローブへ同時に回し蹴りを浴びせた。
「これで、四人目!」
「波美さん、後ろ!」
空也の声が飛ぶ。
波美は即座に身を屈めた。頭上を短剣が通過する。
「空也くんありがとう!」
地面へ片手をつき、両脚を大きく旋回させた。
踵が男の足を払い、その体を宙へ浮かせる。波美は立ち上がる勢いのまま拳を打ち上げた。
拳は男の腹部で寸止めされる。直後、ラウムブリット改の装甲から衝撃が放たれた。
黒ローブは吹き飛ばされ、地面へ崩れる。
「よし!」
だが別の男が、倒れた仲間を飛び越えて波美へ迫った。
その刃が届く直前、二人の間へ金色の壁が出現する。
「封壁!」
短剣が封壁へ弾かれた。
「ステラちゃん!」
「お礼は後よ!」
ステラはパステリアウィッシュを振るう。
バリアプレートが前方へ動き、黒ローブの男へ正面から激突した。男は地面を滑るように押し戻され、工事用の囲いへ背中を打ちつける。衝撃で意識を失い、その場へ崩れ落ちた。
ステラは自ら攻め込まず、戦場全体を見渡していた。陸徒へ背後から攻撃が迫れば、その間に封壁を出す。喬介が複数人に囲まれれば、バリアプレートを動かして敵を分断する。那琴や波美の退路が塞がれれば、封壁で新たな道を作る。
雫との戦いでほとんど使い果たした法力は、まだ完全には回復していない。それでも必要最小限の封壁を展開し、仲間たちを守り続けた。
「右から来るわよ、陸徒!」
「わかった!」
陸徒は迫る男の短剣をラディアセイバーで切断する。
光の刀身を消すと、そのまま相手の腕を掴んで投げ飛ばした。
「喬介、今よ!」
「あぁ!」
ステラが二枚のバリアプレートを動かし、三人の黒ローブを一か所へ追い込む。
喬介はその中央へ踏み込み、剣の柄と峰を連続して打ち込んだ。三人がほぼ同時に地面へ倒れる。
残された黒ローブたちは、仲間が次々と倒されていく光景を前にしても退かなかった。恐怖を感じていないかのように、無言で襲いかかってくる。
「なんなのよ、コイツら!」
「動きは統率されている。訓練を受けているな」
那琴は苦無を投げ、男の手から武器を弾き飛ばす。
「だが、練度はそれほど高くない。制圧できる」
「だったら一気に終わらせるわよ!」
ステラが三枚のバリアプレートを展開した。
封壁が左右と背後から迫り、残る黒ローブたちの動きを狭い範囲へ封じ込める。
「今よ!」
陸徒と喬介が左右から飛び込む。
波美は正面。那琴は頭上から敵の中央へ降り立った。
剣の峰。ラウムブリット改による正拳突き。小太刀の柄と鋭い手刀。
誰一人として命を奪わぬよう、急所を避けながら意識だけを刈り取っていく。
間もなく、全ての黒ローブが地面へ倒れた。
「これで全員?」
空也が資材の陰から姿を現す。
「あぁ。もう立てる奴はいない」
陸徒はラディアセイバーの光を消し、周囲を確認した。
「怪我はないか?」
「僕は大丈夫。戦えなくて、ごめん」
「謝るな。空也が無事なら、それでいい」
「兄ちゃん……」
「お前がもし魔術を使えたとしたら、俺たちよりよほど頼りになる。今はできることをすればいい」
空也は悔しさを残しながらも、静かに頷いた。
「殺してはいないな?」
喬介が倒れた黒ローブたちの状態を確認する。
「全員、気絶しているだけだ」
「あたしも加減したよ」
波美がラウムブリット改を解除する。
「ちょっと強く殴っちゃった人はいるけど、死んではいないから」
「こちらも問題ない」
那琴は男たちの呼吸を順に確かめていく。
「一人、意識が残っている」
那琴の視線の先。
工事用の囲いへ背を預けた黒ローブの男が、苦しげに息をしていた。
陸徒たちは男を囲む。那琴が頭巾を剥ぎ取ると、三十代ほどの男の顔が現れた。
見た目だけでは、日本人なのかミドラディアスの人間なのか判断できない。
「聞きたいことがある」
陸徒が男の前へ屈む。
「お前は、ミドラディアスの人間か?」
男は答えなかった。
口元へ薄い笑みを浮かべ、陸徒を見返す。
「黒い渦を使って、この世界へ来たのか?」
「…………」
「誰の命令で俺たちを襲った?」
何を尋ねても、男は沈黙を貫いた。
やがて喉の奥で笑い始める。
「なにがおかしい」
「無駄だ……」
男は掠れた声を漏らした。
「貴様らが……どれほど足掻こうと……あの方々の前では、その力など無力……」
「あの方々?」
陸徒が眉を寄せる。
一人ではない。男は明確に、複数の人物を指していた。
喬介がその言葉の意味へ辿り着く。
「そういうことか。やはりなんらかの理由で、デオルとあいつが繋がっているな」
喬介が険しい表情で頷いた。
「さっき言いかけてた、日本側で暗躍している人物か?」
「あぁ」
「そいつは何者なんだ?」
喬介は一度周囲へ目を向ける。
倒れた黒ローブたち。
表向きはデータセンターの建設予定地とされている、広大な工事現場。そして、その建設計画に関与する人物。
「長峰さんたち公安が辿り着いた、日本側の黒幕と思われる人物」
喬介は静かに、その名を告げた。
「内閣防衛省の防衛事務次官——中岡敏宗だ」
「防衛事務次官……?」
陸徒が目を見開く。
波美と空也も、驚きを隠せない。
「それって、日本政府の中でもかなり上の人じゃないの?」
喬介は波美の問いへ頷く。
「防衛政策に深く関わり、内部の情報にも触れられる立場だ。政府の重鎮と言っていい」
「そんな人物が、異世界の人間と繋がってるっていうのか?」
「まだ全ての証拠が揃ったわけではない。だが、中岡の側近が複数の異変現場にいた。そして中岡自身も、この建設計画へ深く関与している」
那琴が工事現場を見渡す。
「データセンターの建設は表向きにすぎない、ということか」
「その可能性が高い」
「ミドラディアスではデオル、日本では中岡」
ステラが男を睨みつける。
「その二人が協力して、黒い渦を使ってるのね」
政府の中枢にいる人間が、異世界の敵と繋がっている。
単なるモンスターの出現や、魔信教団残党の暗躍ではない。
二つの世界を巻き込み、より大きな計画が動いていた。




