43話 青白に消えゆく叫び
「ソニカさん!」
雫が慌てて駆け寄る。
ソニカは額から血を流し、力を失っていた。
「意識がございません……!」
「呼吸は?」
「ありますわ。ですが、このままでは……」
改造人間が履帯を軋ませ、二人へ近づいてくる。
破壊したはずの赤いレンズには、再び弱い光が戻り始めていた。
ステラが滑り込むように雫とソニカの前へ立つ。
―其は万物を遮る絶衝の盾となれ―
「魔防壁!」
桃色の封壁が出現し、振り下ろされた機械の腕を受け止める。
重い衝撃がステラの両腕へ伝わった。
「くぅっ……!」
バリアへ無数の亀裂が走る。
ステラは歯を食いしばり、残り少ない法力を精一杯注ぎ込んだ。
「衝撃!」
叫びとともに一瞬バリアが白く閃くと、衝撃波を外側へ放ち改造人間の巨体を後方へ吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ……雫、ソニカを岩陰へ!」
「はい!」
雫はソニカの体を抱え、崩れた岩の陰へ移動させる。
向こう前方の倒木や岩石が弾け飛び、土煙の奥から改造人間が起き上がり姿を現した。
光る銃口。直後、ステラのバリアへ被弾し、次々と衝撃を伝えていく。
一撃ごとに削られていく法力。先ほど負った脇腹の傷も激しく痛んだ。それでも聖杖を下ろすことはできない。自分の後ろには、雫とソニカがいる。
銃撃が止むと、改造人間が再び突進してきた。
「させないわよ!」
ステラはバリアを解除し、左右へ二枚の封壁を展開した。それを同時に改造人間へ叩きつけ、巨体の動きを止める。
しかし押さえ込めたのは一瞬だった。改造人間が両腕を広げ、二枚の封壁を砕く。
破片となった金色の光が宙へ散った。
「ステラさん!」
「まだ……終わってないわ」
膝を地に落としたステラの隣へ、雫が戻ってくる。
二人の息は荒く、全身に幾つもの傷を負っていた。
改造人間は大きく損傷しているものの、装甲の隙間から伸びる肉によって再生を続けている。
それに対し、ソニカは戦闘不能。ステラの法力も、ほとんど残されていなかった。
その時——ステラのバッグから、青白い光が溢れ出した。
「え、なに……?」
ゲートクリスタルの欠片が、激しく明滅していた。足元へ光の粒子が集まり、ステラと雫の体を包み始める。
「今になって、どうして……!」
この光は、二人を別の場所へ転移させようとしている。
だが目の前の敵は、まだ倒せていない。ソニカも意識を失ったままだった。
「このままじゃ、ソニカを置き去りに……」
ステラは欠片を雫へ差し出す。
「雫、コレを持って! アンタだけでも転移しなさい!」
「できませんわ」
「早く受け取りなさい!」
「ステラさんこそ、お持ちくださいませ」
雫は欠片を受け取るどころか、ステラの指を無理やり握らせた。
「なにするのよ!」
「私がここに残ります」
「馬鹿なこと言わないで! 雫だけじゃ、あいつは倒せない!」
「わかっております」
「だったら!」
改造人間の砲身へ光が集まる。
ステラは法力を捻り出すように目元へ力を込め、パステリアウィッシュを地面へ突き立てた。
改造人間の前後左右へ、四枚の封壁が出現する。続けて頭上にも、巨大なバリアプレートが形成された。五枚の封壁が改造人間を囲み、動きを封じ込める。
「これで……暫くは持つ、はず」
ステラは聖杖へ両手を添えた。
残り少ない法力を注ぎ込み、改造人間を閉じ込め続ける。
封壁の内側で砲撃が起こった。激しい衝撃がステラの全身へ伝わる。
「くっ……!」
「ステラさん!」
「アタシのことはいい! アンタは欠片を持って転移しなさい!」
「いいえ」
真剣な顔で雫は首を横に振った。
「クリスタルの導きには、ステラさんが必要ですわ」
「そんなの、わからないでしょ!」
「私は異世界のことも、法術のことも知りません。クリスタルに選ばれた者でもございません」
雫は岩陰に横たわるソニカへ目を向ける。
「ですが、刀を振るい、この方を守ることはできます」
「それで死んだら何にもならないのよ!」
封壁の一枚へ亀裂が走る。ステラは必死に法力を送り、亀裂を塞いだ。
「アンタ一人を残してなんて行けない!」
「行ってくださいませ」
「嫌よ!」
「ステラさん」
雫は穏やかに微笑む。
恐怖を隠しているのではない。自らに訪れるかもしれない結末を受け入れた笑みだった。
その表情を見た瞬間、ステラの胸が強く締めつけられる。
「そんな顔……しないでよ」
声が震えた。
「死ぬ覚悟をしたみたいな顔、しないで……」
「申し訳ございません」
「謝らないで!」
ステラの瞳から涙が溢れ出す。
「どうしてアンタが、そこまでする必要があるのよ!」
封壁の中で、改造人間が暴れている。
一度。二度。砲撃のたびに金色の壁が揺れ、ステラの法力が失われていく。
「アタシへの宣戦布告はどうなったのよ!」
ステラは涙を流しながら叫ぶ。
「陸徒のことが好きなんでしょ! アタシには絶対に負けないって言ったじゃない!」
「その気持ちは、今も変わっておりませんわ」
「だったら、勝手にいなくならないでよ!」
「ステラさん……」
雫は少しだけ目を伏せた。
その瞳にも、透明な涙が浮かんでいた。
「ステラさんと出会った時、私はあなたを恋敵としか思っておりませんでした」
「アタシだって同じよ」
「ですが今は、それだけではございません」
雫はステラへ近づき、両手でクリスタルを握る彼女の手を包み込む。
「あなたに生きていてほしいのです」
「雫……」
「陸徒様のためだけではございません。私が、あなたを失いたくないからです」
ステラの唇が震える。
封壁へ新たな亀裂が走った。今度は塞ぎ切れず、金色の破片が剥がれ落ちていく。
「そんなこと言われたら……余計に置いていけないじゃない……!」
「同じ想いだからこそ、私はあなたを行かせるのです」
「嫌よ……」
「クリスタルの導きに従ってくださいませ」
「嫌……」
「そして必ず、陸徒様のもとへ戻ってください」
「アンタも一緒に戻るのよ!」
ステラは雫の手を握り返した。
「また陸徒のことで喧嘩するの! どっちが相応しいか、まだなにも決まってないでしょ!」
「えぇ。ですから、これはお別れではございません」
雫の頬を涙が伝う。
それでも彼女は、最後まで笑顔を崩さなかった。
「少しの間、離れるだけですわ」
「だったら約束しなさい!」
ステラは声を張り上げる。
「絶対に死なないって! ソニカを連れて、アタシたちのところへ戻ってくるって約束して!」
「はい」
「本当に?」
「私は陸徒様を、ステラさんへお譲りするつもりなどございませんもの」
「そんなこと、今はどうでもいい!」
「私には、とても大切なことですわ」
雫はステラの手から離れる。
宝刀水鏡を構え、封壁に閉じ込められた改造人間へ向き直った。
「雫……」
「今度は、私があなたを守る番です」
バリアプレートへ、さらに大きな亀裂が広がる。
改造人間が内側から機械の腕を叩きつけ、封壁を破ろうとしていた。
ステラの顔から血の気が失われていく。法力が尽きようとしている。
「待って……! まだ消えないで!」
ステラは聖杖を握る手へ力を込めた。
しかしパステリアウィッシュの宝石から、少しずつ光が失われていく。
「アタシはまだ……雫になにも返してない!」
「十分にいただきましたわ」
「なにもしてない!」
「危険を承知で、私を助けに来てくださいました」
「そんなの当たり前でしょ!」
「私とともに戦い、守ってくださいました」
「それだって当然よ!」
「そして今、私のために泣いてくださっております」
「だから、泣いてないって……!」
ステラの声が涙で掠れる。
雫は一度だけ振り返った。
「ステラさん」
朝の光を受け、彼女の笑顔が優しく輝いていた。
「あなたと友人になれて、本当によかった」
「雫……!」
その言葉と同時に、ステラの法力が完全に尽きた。
改造人間を囲んでいたバリアプレートが一斉に砕け、光の屑となって無数に宙へと散る。
解放された異形の巨体が咆哮した。砲身が動き、雫へ向けられる。
雫は刀を正眼に構え、ソニカを守るように立ちはだかった。
「行ってらっしゃいませ、ステラさん」
「嫌——!」
次の瞬間、ゲートクリスタルの欠片が眩い光を放つ。
「しずくぅぅぅーっ!」
ステラの絶叫が響き渡った。
彼女が最後に見たのは、笑顔を残し、改造人間へ立ち向かう雫の後ろ姿だった。
青白い光がステラの全身を包み込む。そして、その姿はアジトから完全に消え去った。




