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42話 追跡玉

 異形の肉塊が消滅した場所で、ステラはゲートクリスタルの欠片を見つめていた。

 表面から青白い輝きは失われている。黒い渦が現れた時も、盗賊たちが怪物へ変えられた時も、欠片は一度として反応しなかった。


「やはり、なにも起こりませんわね」

「こんな異変が起きたっていうのに、相変わらずだんまりよ」


 ステラは不満そうに欠片を握り、雫も首をかしげながらそれを覗き込んでいる。

 反応しないからといって、今回の異変と無関係とは限らない。これまでも欠片は、目的や行き先を告げることなく、突然ステラたちを別の場所へ導いてきた。


「一度、ソニカたちのところへ戻るわ。追跡玉に変化がないか確認しないと」

「お仲間のところですか。先ほどの怪物についても、報告が必要ですわね」

「そういうこと。雫、アタシのそばに来て」


 ステラはパステリアウィッシュを構えた。

 聖杖の先端にある宝石が輝き、二人の足元へ白き法陣が広がる。


―其は時空に留まりし光の記憶

 いざ我と共に経つ時の旅行者―

「翔転移(エターナルドライブ)!」


 術が発動され、眩い光が二人を包み込んだ。

 次の瞬間、ステラと雫の姿は森から消え、霧のような微かな法力の残滓だけを残した。




 光が薄れると、二人は常闇の森北側の山麓にあるアジトへ降り立っていた。


「ステラ?」


 地図の前に立っていたソニカが振り返る。

 アジトにいたのは彼女一人だった。


「キャハハハ! 随分と早いじゃない。向こうの世界に戻ったのではなかったの?」

「そのつもりだったんだけど、厄介なことが起きたのよ」


 ステラは、黒い渦に吸い込まれた八人の盗賊が、一つの怪物へ変えられたことを説明した。

 ソニカは驚きを露わにしながらも、黙って最後まで聞いていた。


「人間を融合させ、別の存在へ作り変えた……」

「そうよ。今までの異変より、もっとおぞましいものになってる」


 ソニカは神妙な顔つきで机の上に置かれた追跡玉へ目を向けた。

 玉の内部で明滅する紫の光は、地図上のプレサージュを指している。


「追跡玉の反応に変化はないわ。今も魔信教団の本部があった場所を示している」

「レグナムたちは?」

「ラグレイトと一緒に、プレサージュへ潜入しているところよ」


 ソニカは胸元から伝心石を取り出し、上下に振った。


「レグナム、聞こえる?」


 琥珀色の石が淡く光る。

 暫くして、石の中からレグナムの声が聞こえてきた。


『聞こえているよ』

「キャハハハ! すぐに出なさいよ。で、そっちの状況は?」

『街自体に異常は見られないね。住民たちも普段どおりに生活している』

「黒い渦については?」

『今のところ、それらしい話は聞けていない。だが、やはり教団本部のあった場所が臭うな』

「なにか見つけたの?」

『周囲に、わずかだが魔力の痕跡が残っている。教団が使っていたものとは少し性質が違う。今、ラグレイトと調べているところだ』


 ソニカは再び追跡玉の光へ目を落とす。


「こちらの反応も変わっていないわ。今も本部の位置を指してる」

『なら、もう少し近くまで探ってみる』

「キャハハハ。なにが起きてもおかしくないからね。慎重にいきなさいよ」

『わかってるさ』


 伝心石の光がゆっくりと消えた。


「やっぱり、デオルが黒幕なのかしら」


 ステラが地図上に記されたプレサージュの位置を見つめる。


「生きていることは、ほぼ間違いないのでしょう?」

「これまでに得た情報を考えれば、そう見ていいわ」


 顎に手を添えながらソニカが答えた。


「教団本部跡から未知の魔力が検出され、追跡玉も同じ場所を示している。団長が今回の異変に関わっている可能性は高い」

「なら、アイツが黒い渦を使ってるってこと?」

「キャハハハ。まだ断定はできないわ。でも、本人か、その協力者が本部跡でなにかをしていると考えるのが自然よ」

「どちらにしても、直接確かめるしかなさそうね」


 ステラがそう口にした直後だった。

 突然、追跡玉の光が消えた。見間違いなどではない。


「えっ?」


 目を見開いたソニカが、地図を映し出している石板を掴んで揺らす。


「反応が……消えた?」

「追跡玉が壊れたのですか?」

「わからない。でも石板そのものは正常よ」


 ソニカが眉間に皺を寄せながら法力を流す。石板の中心から、浮かんだ地図へ淡い紫の光が波紋となってに広がった。

 それでも、先ほどまでプレサージュの位置で明滅していた光が戻ることはなかった。

 ところが次の瞬間、追跡玉が再び姿を見せた。


「反応が戻ったわ!」


 場所は変わらずプレサージュに停滞している。しかしどこか様子が変だ。光が不安定に微動している。

 訝しげにソニカがそれを睨むと、突如紫の光が移動し始めた。

 プレサージュから北へ。カクカクと不規則に動きながら、地図上の海を越えてエルグランド領へ入る。さらに西。それは常闇の森を越え、山麓へ近づいてくる。

 そして——光は、ある場所で止まった。


「え、そんな……まさか」


 ソニカの表情が凍りつく。


「追跡玉が、ここを示している」


 その時、外から空気を震わせるような低い音が響いた。三人は顔を見合わせ、同時にアジトを飛び出す。

 

 岩場の上で、景色が大きく歪んでいた。黒い光が螺旋を描き、周囲の空間を飲み込むように広がっていく。


「黒い渦……!」


 ステラはパステリアウィッシュを構える。雫が宝刀水鏡を抜き、ソニカも漆黒のワンドを右手に握った。

 渦の内部から、金属同士が擦れ合う不快な音が響く。

 やがて巨大な腕が突き出された。ロボットの部品を繋ぎ合わせたような機械の腕。だが装甲の隙間からは、赤黒い肉が盛り上がっている。

 巨大な手が地面を掴み、異形の巨体が黒い渦から這い出してきた。

 下半身には戦車の履帯。上半身には幾つものロボットの残骸が繋ぎ合わされ、胸部から折れ曲がった砲身が伸びている。

 破壊された装甲板の隙間を埋めるように、人間の肉体が機械へ融合していた。胴体には複数の腕や顔が埋め込まれ、苦痛に歪んだ口から掠れた呻き声を漏らしている。


「これまで破壊した兵器を……」

「人間と、融合させたのですか……?」


 雫の顔から血の気が引いた。

 先ほどの肉塊よりも、さらに歪な存在。人間と兵器を無理やり一つにした、改造人間だった。

 頭部に埋め込まれた赤いレンズが、三人を照らす。


「来るわよ!」


 胸部の砲身へ光が集まった。

 すかさずステラは三人の前へ封壁(バリアプレート)を展開する。

 直後、砲弾が金色の壁へ激突した。凄まじい爆発が起こり、封壁全体に亀裂が走る。


「なんて威力なの……!」


 ステラは地面を踏みしめ、どうにか壁を維持する。


「キャハハハ! 左右から仕掛ける!」


 ソニカが漆黒のワンドを改造人間へ向けた。

 先端へ紫色の光が集まり、鋭い光線となって放たれる。それは胸部の装甲を貫き、奥にある肉を焼いた。

 改造人間が苦しげな咆哮を上げる。

 雫も地面を蹴り、反対側から肉薄した。


「水瀬流剣術——水天一閃!」


 宝刀水鏡が横薙ぎに振るわれる。

 履帯を繋ぐ肉が断ち切られ、黒い血と火花が同時に飛び散った。

 巨体が大きく傾くが、改造人間は倒れなかった。肩から機械の腕が展開し、雫へ無数の弾丸を放つ。


「雫、一度下がって!」


 ステラが再び封壁を出現させる。雫の前へ設置された瞬間、弾丸が次々と激突した。

 タイミングを見計らって雫が後退。同時にステラは封壁を前方へ押し出した。それが改造人間の腕に衝突すると、銃口の向きが逸らされる。

 そこへソニカの光線が直撃した。機械の腕が爆発し、幾つもの部品が地面へ散らばる。

 だが切断面から赤黒い肉が伸び、落ちた部品を取り込んでいく。


「再生していますわ!」

「キャハハハ! だったら、再生できないくらい壊すだけよ!」


 ソニカが漆黒のワンドを連続して振るう。

 紫色の光線が次々と放たれ、改造人間の装甲を焼き切っていった。

 雫も露出した肉を狙って刀を振るう。

 ステラは二人を守りながら、要所で封壁(バリアプレート)をぶつけ、敵の体勢を崩した。

 三人の連携により、異形の巨体へ傷が増えていく。しかし、それでも動きは止まらない。改造人間は履帯を激しく回転させ、ステラへ突進した。


「止まりなさい!」


 ステラは複数のバリアプレートを重ねる。

 巨体と封壁が正面から激しくぶつかりあうと、足元の岩が砕け、ステラの体が後方へ押されていった。


「ステラ!」


 ソニカが漆黒のワンドを両手で構える。

 先端に集めた光を、一本の巨大な光線として放った。砲撃は改造人間の側面へ命中し、巨体を大きく揺らす。

 ステラはその隙を逃さなかった。封壁を勢いよく押し返し、改造人間を岩壁へ叩きつける。


「雫!」

「はい!」


 雫は改造人間の頭上へ跳び上がった。

 宝刀水鏡を振り下ろし、赤いレンズを斬り裂く。火花が弾け、レンズの光が消えた。

 だが胸部に埋め込まれた幾つもの人間の顔が、一斉に目を開く。


「アアアアアアッ!」


 咆哮と同時に、全身から細い金属線が放たれた。

 雫は空中で刀を振るい、迫る金属線を切り払う。しかし全ては防ぎ切れず、一本が彼女の肩を切り裂いた。


「くっ……!」


 着地した雫の足元が揺らぐ。

 別の金属線が、その胸元を狙って迫った。ソニカの光線が横から撃ち込まれ、金属線を焼き切る。

 ところが、その瞬間を狙って改造人間の砲身がソニカへ向けられた。


「ソニカ、避けて!」


 砲撃が放たれる。

 ステラはソニカの前へ封壁を展開した。

 だが法力の消耗により、壁は十分な厚みを作れなかった。


「きゃあっ!」


 壁は瞬く間に砕け散り、爆発に巻き込まれたソニカの体が宙を舞った。

 岩壁へ背中から叩きつけられ、そのまま地面へ倒れる。漆黒のワンドが手を離れ、岩場を転がっていった。

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