↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/56

37話 夜明けからの

 朝日が昇り始めてしばらく。小屋にある小さな窓から差し込む陽光が、ステラの顔を照らしていた。


「んっ……」


 瞼を通す刺激にステラは眉を寄せ、毛布の中で寝返りを打つ。

 聞こえてくるのは、穏やかな川のせせらぎと鳥のさえずり。いつもとは違う硬い床の感触に違和感を覚え、ゆっくりと目を開いた。


「そうだ。アタシたち、ミドラディアスに……」


 まどろみを残しながら上半身を起こし、目を擦る。

 霞む視線の先。そこに映る小屋の扉は少しだけ開いていた。

 不審に思い、首を横に振る。昨夜、隣で眠っていたはずの雫の姿がない。


「雫?」


 名前を呼んでみるが、返事はなかった。

 雫が使っていた毛布は綺麗に畳まれ、壁際へ置かれている。


「外かしら」


 ステラは立ち上がり、パステリアウィッシュを手に取る。その時、床に置かれた宝刀水鏡が目に入った。


「刀を、置いたまま?」


 雫が武器を持たずに外へ出たことへ、わずかな不安を覚える。

 しかし、部屋の隅に置かれていた水汲み用の桶もなくなっていた。

 朝食の支度か、その準備をしようと、雫が先に川へ向かったのだろう。


「モンスターがいる世界なんだから、刀くらい持っていきなさいよ」


 ステラは呆れてため息をつきながら、宝刀水鏡を拾い上げる。

 小屋の外。河辺には、薄い霧が立ち込めている。草木についた朝露が光を反射し、辺りを淡く輝かせていた。


「雫、刀を忘れてるわよ!」


 川へ向かって声を上げる。


「近くにいないの?」


 首をかしげ、ステラは河原へ下りていく。

 昨夜と変わらず、澄んだ水が静かに流れていた。下流、上流と左右を見渡し、辺りに視線を配っても雫の姿はどこにもない。

 彼女と思しき人影はおろか、動物の気配すら感じない。対岸へ渡った様子もない。


「どこまで水を汲みに行ったのよ」


 口を尖らせて文句を垂れながら、ステラは川沿いを歩く。

 やがて少し離れた場所に、何かが落ちていることに気づいた。

 小屋に置いてあった木製の桶だ。河原の石の上へ横倒しになり、中に水は残っていない。


「これ……」


 ステラは嫌な予感がし、駆け寄った。

 取っ手が壊れた様子はない。水を汲んで置いたというより、誰かが途中で投げ出したように見える。

 胸の奥が押し付けられるような、不穏なざわつきが広がった。


「雫!」


 周囲へ向かって叫ぶ。


「どこにいるの! 返事をしなさい!」


 しかし返ってくるのは、川の流れる音だけ。茂みの奥にも、木々の陰にも人の姿はない。


「雫っ!」


 先ほどよりも強く大きく呼ぶ。それでも返ってくる声はなかった。

 ステラは宝刀水鏡を強く抱え、周辺へ視線を巡らせる。

 雫が何も言わず遠くへ行くとは思えない。ましてや刀を小屋へ置いたまま、長時間離れるはずがなかった。


「まさか……」


 モンスターに襲われたのか。あるいは、何者かに連れ去られたのか。

 最悪の可能性が次々と頭へ浮かんでは、己の顔が徐々に青ざめていくのを如実に感じていた。


「落ち着きなさい。アタシが慌ててどうするのよ」


 深く一呼吸しながら自分へ言い聞かせるように呟き、ステラは慎重に辺りを調べ始めた。


 河原の石や、川沿いの草。

 雫が残した痕跡を見逃さないよう、一つずつ確認する。

 桶の近くには、雫のものと思しき足跡があった。小屋の方角から川へ向かって続き、桶が落ちていた場所で一度止まっている。


「ここで水を汲もうとした……?」


 さらに目を凝らして周囲を調べる。

 朝露に濡れた地面へ、別の足跡が残されていることに気づいた。

 雫のものよりも大きく、深い。これは、一人分ではない。複数の何者かが、川の近くを歩いていたのか。


「モンスターの足じゃない。人間の靴の跡……」


 アルファードの兵士や旅人が通りかかったのであれば、雫が何も言わずについていくとは考えにくい。刀を小屋に置いたまま、桶を乱暴に投げ出してまで姿を消す理由もなかった。

 ステラは足跡の傍へ膝をつき、手のひらを地面へかざした。


「なにか痕跡が残っていれば……」


 目に力を込め意識を集中する。

 空気中に漂う微弱な魔力。普段であれば気にも留めないほど小さな残滓が、足跡の周囲へ残されていた。


「ここで誰かが魔術らしきものを使ったのね」


 ステラは目を閉じ、聖杖パステリアウィッシュへ法力を集める。自分のものと、空気中へ残された魔力を混同しないよう、慎重に痕跡を拾い上げていく。

 魔力の残滓は河原から草むらへ続き、その先にある森の方角へ伸びていた。


「見つけた」


 ステラは目を強く開きながら勢いよく立ち上がる。

 残された魔力は微弱で、時間が経てば完全に消えてしまう。考えるまでもない。追跡するなら、今しかない。


「勝手にいなくなって……本当に世話が焼けるんだから!」


 ステラは宝刀水鏡を抱え直す。

 胸の奥で、不安が膨れ上がっていた。昨日までなら、雫がいなくなったところで、ここまで動揺しなかったかもしれない。だがともに戦い、一晩を過ごし、互いの気持ちを語り合った。

 雫はもう、陸徒を巡るだけの恋敵ではなかった。


「絶対に見つけてあげる」


 パステリアウィッシュを握りしめ、ステラは魔力の残滓が続く方角へ目を向ける。

 朝霧に包まれた森。その奥に何が待ち構えているのかはわからない。


「それまで無事でいなさいよ、雫!」


 ステラは地面を蹴り、森へ向かって走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。