28話 ライバル出現
到着を認識した瞬間、初めに耳へ飛び込んできたのは自動車の走行音だった。
「……ここは?」
二人が立っていたのは、何の変哲もない街中の道路。片側一車線の車道を車が行き交い、周辺には住宅や小さな商店が並んでいる。
空には電線が伸び、その遥か向こうには山々の稜線が見えた。
「また、日本ね」
ステラが周囲を見回しがら杖を握る。
陸徒はその目立つ銀色を気に掛けながら、ラディアセイバー・ゼノの柄を上着で隠し道路沿いへ歩いた。
「問題は、日本のどこかってことだな」
「あっちに標識があるわ」
見上げた青い案内標識には、複数の地名とともに一際見覚えのある文字が記されていた。
「前橋……?」
陸徒は目を見開く。
「前橋って、群馬県の?」
「あぁ。スマホでも確認すれば間違いないが、ここは群馬だ」
周囲の道路や遠くの山並みを確認し、陸徒は確信する。
しかも、この辺りなら陸徒たちの地元からそれほど遠くなかった。
「これは都合がいいぞ。喬介さんたちとも合流できるかもしれない」
陸徒はポケットからスマートフォンを取り出した。
ミドラディアスへ転移していた間、当然ながら電波は届いていない。
画面を点灯させると、圏外表示が消え、溜まっていた通知が一斉に表示された。
「うわっ。結構来てるな」
その中に、長峰結からのメッセージが数件あった。
『日本へ戻ったら、すぐ連絡ちょうだい』
『ちょっと面倒なことになってる』
『既読がつかないってことは、また異世界かな?』
最後のメッセージは、今朝送られたものだった。
「結さんからだ」
「なにかあったのかしら」
陸徒はその場で通話を発信する。
数回の呼び出し音の後、結はすぐに応答した。
『はいはーい。やっと日本に戻ったんだね』
「今さっきな。メッセージが何件も入ってたけど、なにかあったのか?」
『その前に、こっちから報告。喬介くんに会ったよ』
「喬介さんに?」
『うん。なかなかのキレ者だね、彼。あんまり愛想はないけど』
「昔からそういう人だ」
『それに、開発したあの武器。一般人が作れるレベルじゃないよ。本当なら、あんな危険なものを放っておくわけにはいかないんだけど——』
結はそこで一度言葉を切る。
『今回は見なかったことにしてあげた』
「公安が、それでいいのかよ」
『柔軟な判断ってやつ。今の状況では、使える戦力は多い方がいいからね』
電話越しでも、結が軽い笑みを浮かべている姿が想像できた。
『それはさておき、本題』
声の調子がわずかに変わる。
『例の吸血殺人事件が、今度は群馬で起きた』
「なんだって?」
陸徒の表情が引き締まる。
秋葉原の空き店舗で発見された、大量の血を抜かれた男性の遺体。
その現場には、ドヘルズペインに似た異形のモンスターが現れた。
『被害者はすでに一人。前の事件と同じように、ほとんどの血を抜かれていた。現場は県内にある古い剣道場』
「剣道場……」
『今から地図情報を送る。すぐ向かってほしい』
陸徒のスマートフォンへ、新たな通知が届いた。
『波美ちゃんと那琴ちゃんも、現地へ向かってるよ』
「波美と那琴が?」
『うん。那琴ちゃんには、あなたたちと別れた後で喬介くんたちへ接触してもらったからね。波美ちゃんとも、すでに顔を合わせてる』
「さすが那琴。行動が早いな。で、結さんは来ないのか?」
『私は別件の処理中。こっちが片づいたら向かうつもりだけど、間に合うかは微妙かな』
「無理はするなよ」
『それ、公安の私に言う? まあ、お互い様だね。それじゃよろしく』
通話が終了する。
陸徒は送られてきた地図を開き、現在地から目的地までの経路を確認した。
「歩いたら二時間くらいか」
「二時間?」
ステラは得意げにパステリアウィッシュを掲げる。
「なに律儀に歩こうとしてるのよ。アタシの空間転移術なら、ひとっ飛びよ!」
「場所はわかるのか?」
「地図があるんでしょ? 物は試しだけど、周辺の景色と位置を頭に入れれば十分だわ」
「便利すぎるだろ、その術」
「もっと褒めてもいいのよ」
「さすが天才法術士」
「ふふん。わかればよろし」
ステラは満足げに胸を張り、呪文の詠唱を始める。
足元へ法陣が広がった。そこから浮かび上がった光に二人は包まれる。
周囲に人がいないことを確認し、ステラは輝くパステリアウィッシュを振り下ろした。
―其は時空に留まりし光の記憶
いざ我と共に経つ時の旅行者―
「翔転移!」
空間が歪み、陸徒たちの姿が一瞬にして消える。
次に現れたのは、郊外に建つ大きな木造建築の前だった。
瓦屋根が敷かれた立派な気の塀と正面玄関。その脇には、墨で水瀬真正道場と書かれた木製の看板が掲げられている。
「よし、成功だわ」
「あぁ。地図の場所と一致してる」
外から見る限り、何か事件が起きたようには見えない。
警察車両もなく、立入禁止の規制線も張られていなかった。
「公安が、表沙汰にならないよう動いてるのかもな」
「とりあえず、周囲を調べてみましょう」
二人が道場の様子を窺っていると、道路の向こうから聞き覚えのある声が響いた。
「りっくん!」
振り返った先には、亜麻色のポニーテールを揺らしながら手を振る波美がいた。
その少し後ろから、紫色のショートヘアーを風に靡かせ、那琴も歩いてくる。
臙脂色と桜色を基調とした忍び装束は、薄手の羽織に覆われていた。人目を避けるためと思われるが、腰元には、布で覆われた小太刀を携えている。
「波美!」
波美は陸徒たちの前まで駆けてくると、膝へ手をついて息を整えた。
「もう……なんで連絡くれないの!」
「久しぶりに会って、最初の言葉がそれかよ」
「だって、あの日ミドラディアスに行ってから、日本にもちょくちょく戻ってたんでしょ? その時くらい連絡してよね。心配してたんだから」
「こっちも色々あってさ。悪かったよ」
陸徒が苦笑すると、波美はその姿を確かめるように眺める。
特に怪我もなく、いつもどおりの様子であるとわかり、ようやく安堵したように表情を緩めた。
「まぁ那琴ちゃんから話は聞いてたし、無事ならいいけどさ」
続いて、波美は陸徒の隣へ立つステラへ顔を向ける。
「ステラちゃんも、元気そうね!」
「えぇ。そっちもね、波美」
波美との再会を終え、陸徒はその後ろに立つ那琴へ視線を移した。
「那琴。協力してくれてありがとな」
「言ったはずだ。私も無関係ではないと」
那琴は口元を緩めて小さく頷く。
「ところで、りっくんたちはいつ着いたの?」
「ついさっきだ」
「えっ?」
「ステラの空間転移術で、ここまで一瞬だった」
「空間転移術!?」
波美が素っ頓狂な声を上げる。
「こっちは、わざわざ電車に乗って、駅からずっと歩いてきたのに! 転移術とかずるい!」
「ずるいって言われてもな」
「ステラちゃん、途中で拾ってくれてもよかったじゃない!」
「アンタたちが来ることを知ったのは、ほんの少し前よ。無茶言わないで」
「それでも羨ましい!」
「確かに、便利な術だ」
腕を組みながら那琴も静かに同意し、ステラの手に握られた銀色の聖杖を改めて眺めている。
「那琴まで文句を言うの?」
「文句ではない。忍にとって、移動時間の短縮は重要だからな。私も会得できるものなら、覚えてみたい」
「法術の資質がなければ無理よ。それに、たった二日で会得したアタシが特別なの」
「はいはい。天才法術士だもんね」
「わかってるじゃない」
得意のウィンクをして見せながら波美が笑顔で返すと、ステラも得意のドヤ顔を決めて胸を張った。
そこでふと、周囲の顔ぶれを見回す。
「……よりによって、陸徒以外は女。いったいなんなのよ」
ステラは誰にも聞こえない程度の声で呟き、深いため息を吐いた。
「ん? どうした、ステラ」
「なんでもないわよ」
「いや、今ため息ついただろ」
「アンタには関係ない!」
理由もわからず怒鳴られ、陸徒は困惑したように眉を寄せる。
「ステラちゃん、相変わらずね」
「そうだな」
苦笑する波美に那琴も同意しながら、ステラの反応の意味を察したようにわずかに口元を緩めた。
その時、奥に建つ道場の引き戸が静かに開いた。
「先ほどから、随分と賑やかですわね」
全員が声の方へ顔を向ける。
戸に手を添えながらゆっくりと、一人の女性が姿を現した。
年齢は陸徒や波美と近く、高校生と思しきあどけなさが見て窺える。濃い青色の髪は顎の辺りで切り揃えられたショートボブ。澄んだ瑠璃色の瞳を持ち、白い剣術道着と紺色の袴を身につけている。
凛とした立ち姿には、長く剣術を学んできた者特有の隙のなさがあった。
一方で、整った顔立ちや高校生とは思えないほど大人びた体つきからは、上品で落ち着いた雰囲気も漂っている。
「皆様が、警察の方からお話を伺って来られた方々でしょうか?」
「警察っていうか、少し事情が複雑なんだけどな」
警戒心を持たれぬよう、両手を見せて陸徒は一歩前へ出る。
「俺は陸徒。こっちはステラ。それから波美と那琴だ。ここで起きた事件について調べに来た」
「私は、水瀬雫と申します。陸徒、様……ですか」
雫は袴の前で両手を重ね、丁寧に一礼した。
そして陸徒の名を確かめるように呟き、彼の顔をじっと見つめる。
「えっと……どうかした?」
数秒の沈黙。
雫の白い頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。瑠璃の瞳は熱を帯びて煌めき、いつしか陸徒だけを映していた。
「あら……」
雫は片手を頬へ添え、うっとりと微笑む。
「すてきな殿方ですわね」
「え?」
陸徒が反応するより早く、雫は距離を縮めた。
そして陸徒の右手を、両手で包み込むように握る。
「どうぞ、末永くよろしくお願いいたしますわ」
「す、末永く?」
「はい」
雫は頬を染めたまま、陸徒を見上げる。
初対面とは思えないほど、好意に満ちた眼差しだった。
「りっくん、会って数秒で気に入られてる……」
波美が呆然と呟く。
「陸徒は、こういうことが多いのか?」
「ううん。あたしもよくわからないけど……昔から、妙なところで女の子と縁があるのよね」
「俺はなんもしてねぇよ!」
陸徒は困惑しながら、雫に握られた手をどうすればよいのかわからずにいた。
その隣で、ステラの口元が引きつる。
波美と那琴。そして新たに現れた雫。
気がつけば、陸徒の周囲はまたしても女性ばかりになっている。
しかも雫に至っては、出会った直後から陸徒の手を握り、熱のこもった眼差しを向けていた。
(だから、いったいなんなのよ、この状況は!)
ステラは笑みを浮かべていた。
しかし、その桃色の瞳はまったく笑っていない。
「陸徒」
突き刺してくるような低く響いた声に、陸徒の背筋が凍りつく。
「そろそろ、その手を離してもらったら?」
「いや、俺が握ってるんじゃなくて——」
「どちらでも同じよ」
ステラの杖を握る指へ、徐々に力が込められていく。
「ステラちゃん、顔が怖いよ」
波美が小声で指摘する。
「別に、怒ってないわよ」
「そう言う人の顔じゃないと思うけど……」
「どうやら、前途多難らしいな」
那琴は温泉旅館でステラと交わした会話を思い返しながら、わずかに口元を緩めた。
「他人事みたいに言わないでよ!」
ステラの声が、静かな剣道場の前へ響き渡る。
そんな周囲の反応にも気づかず、雫は幸せそうに陸徒の手を握り続けていた。




