27話 浮かび上がる名
一行は常闇の森を抜け、さらに北へ進む。
深く生い茂っていた木々は徐々に少なくなり、やがて一行の前に切り立った山が姿を現した。
その麓には、周囲の岩肌へ溶け込むように、小さな石造りの建物が佇んでいる。
窓は少なく、正面には分厚い鉄製の扉が一つ。看板もなければ、人が暮らしているような気配も感じられない。
「ここが、アタシたちのアジトよ」
したり顔に似た口で、ソニカが当然のように建物へ近づく。
「どう見ても怪しい奴らの隠れ家だな」
陸徒は建物を見上げながら、思ったことをそのまま口にした。
「だからアジトって言ってるでしょ」
「もう魔信教団じゃないんだろ? だったら、なんでこんな場所に怪しい建物を構えてるんだよ」
「人目につかなくて都合がいいからよ」
ソニカは扉の脇に埋め込まれた小さな石へ手をかざした。
表面に紫色の紋様が浮かび、重い音を立てて扉が開く。
「都合がいいって、アンタたちはここでなにをしていたの?」
ステラも疑わしげな目を向ける。
「入れば説明するわ」
「そうやってもったいぶるから、余計に怪しいのよ」
「うるさいわね。疑うなら外で待ってれば?」
「誰が待つもんですか!」
睨み合う二人を横目に、陸徒は小さくため息を吐いた。
「また始まったよ……」
「ま、放っておけばいいさ」
レグナムは苦笑して肩をすくめながら建物の中へ入っていく。
「女同士の言い争いへ首を突っ込むと、せっかく鍛えた筋肉まで萎縮しちまうからな!」
「そんなわけあるか」
ラグレイトが胸筋を張りながら豪快に笑い、レグナムの後に続いた。
建物の内部は、外観から想像するよりも広かった。
壁には複数の地図が貼られ、各地の町や街道に赤い印がつけられている。棚には古びた書物や色とりどりの魔道具が並び、中央の大きな机には、各地から集められたと思しき報告書が山のように積まれていた。
「思っていたより、まともな場所ね」
「どういう意味よ」
「もっと禍々しい祭壇とか、怪しい儀式の道具があると思ってたの」
「アタシたちはもう魔族を崇拝してないって、何度言えばわかるのよ!」
「では、こちらにある資料はなにを調べたものなのですか?」
マイアは机の上へ置かれた報告書に目を向ける。
ソニカはわずかに沈黙した後、壁に貼られた地図の前へ立った。
「魔信教団の残党よ」
「残党?」
「魔族が滅んでからの二年間、アタシたちは元教団員の動きを監視してたの」
言いながら地図につけられた赤い印の一つを指差す。
「教団は解体された。でも、所属していた全員が考えを改めたわけじゃない。魔族崇拝という思想は簡単に消えるものじゃなかった」
「僕たちは各地を回り、そうした者たちを見つけては止めてきた。この建物は、集めた情報を管理するための拠点なんだ」
腕を組みながら、レグナムはソニカの言葉に継いだ。
「それなら、どうしてエルグランドへ報告しなかったのですか?」
「元魔信教団の幹部が、教団の残党について話したところで、すぐに信用されると思う?」
マイアの静かな問いに、ソニカは自嘲するように口元を歪めた。
余計な疑いをかけられるくらいなら、自分たちだけで片づけた方が早い。そう判断し、ひっそりと進められていたということだ。
マイアや陸徒はそれに納得し、壁一面に貼られた地図や報告書を見渡す。
「魔族がいなくなった後も、お前たちなりに教団の後始末をしていたってことか」
「別に、そんな立派なものじゃないわ」
口を尖らせながら、ソニカは陸徒から顔を背ける。
「放っておいたら、アタシたちまで同類だと思われるでしょ。それが気に入らないだけよ」
「素直じゃないところまで、ステラそっくりだな」
「どういう意味よ!」
「アタシを引き合いにしないで!」
「キャハハハハ! こんなのと一緒にさせるなんて心外よ!」
「はぁ!?」
二人の間にまたも火花が散る。
いちいち小競り合いが繰り広げられては話が進まないと、レグナムが奥の棚から一枚の石板を持ち出してきた。
「ほらソニカ、これを始めるんだろ」
その大きさは両手で抱えられるほど。表面には複雑な文字と、幾重もの細い溝が刻み込まれている。
「言われなくたってわかってるわよ」
「それは?」
「追跡玉の波動を映し出すための石板」
レグナムが石板を中央の机に置くと、早速ソニカが右手をかざして念じる。
間もなくして手のひらから紫色の法力が流れ込む。刻まれた溝へ光が走り、やがて石板の上に立体的な映像が浮かび上がった。
「地図……」
陸徒が覗き込んだそこに浮かび上がったのは、ミドラディアスの全土を示す地図だった。
山脈や森林、各国の領土までが淡い光によって細かく描かれている。
ソニカがもう一度、石板へ手をかざすと、地図全体へ紫色の波紋が広がった。
一度目は、何も起こらない。二度目の波紋が通過した時、地図上の一点が小さく明滅を始めた。
示しているのは、エルグランドから遠く離れた場所——工業大国、エリシオンの領内だった。
「この位置は……」
そんなはずないと言わんばかりにソニカの表情が強張る。
レグナムとラグレイトも石板を覗き込み、同様に目を見開いた。
「プレサージュの街だ」
「プレサージュ……ですって?」
ステラの声に緊張が走る。その地名は、陸徒も覚えていた。
かつて魔信教団が本部を構え、魔族復活の計画を進めていた場所。陸徒たちの冒険においても、決して忘れることのできない因縁の地である。
「どういうことだよ」
陸徒はソニカへ鋭い視線を向ける。
「おい、教団はもう解体されたんじゃないのか? なぜ回収されたロボットの残骸が、プレサージュにあるんだよ!」
「アタシに聞かないでよ!」
考えを巡らせてもすぐに答えなど出ず、ソニカも声を荒らげる。
「教団は確かに解体された。本部のアジトも閉鎖されているはずよ!」
「だったら、これはなんだ!」
陸徒は語気を強め、手を机に振り下ろした。
ガタンと音を立てて、石板が一度だけ軽く跳ねる。その上では、今も紫色の光が明滅している。
教団員と酷似した黒いローブ。そして黒い渦に回収されたロボットの残骸が辿り着いた、かつての魔信教団本部。
ソニカたちへ疑いを向けるのも無理はなかった。
「落ち着いてください」
マイアの凛とした声が間へ入ってくる。
「お二人が嘘をついているのであれば、私たちをここへ案内し、追跡先を見せる必要はありません」
「それは……そうだけど」
「誰かが、閉鎖された教団本部を再び利用していると考えるべきでしょう」
レグナムは重々しく頷く。
「だが、あの場所へ入るには、教団の内部構造を知っている必要がある」
「つまり、元教団員が関与している可能性は高いということだね」
ルキノは石板に浮かぶ光を、面白半分で何かを見透かしたかのように見つめている。
「もしくは、教団を最初から知っていた誰か、かなぁ」
そして誰を見るでもなく視線を遊ばせていると、その言葉を聞いた陸徒とステラの表情が変わった。
「……まさか」
「あぁ」
二人は顔を見合わせて頷いた。
「教団を知っていて、プレサージュの本部へ自由に出入りできる人物……一人いるわ」
「誰のことよ?」
「デオル・ヴォクシードだ」
その名が告げられた途端、室内の空気が凍りついた。
ソニカとレグナムの表情からも、明らかに余裕が消える。
デオル・ヴォクシード。
かつて魔信教団を率い、魔族復活を企てていた教団の長。
「でも、団長は死んだはずよ……」
ソニカの言葉に、ステラは首を横へ振る。
そして事情を知らない面々へ経緯を説明した。同時に、陸徒の脳裏にかつての出来事が蘇る。
ステラをはじめ、魔族化した空也によって命を奪われた者たちは、レクサスの力によって蘇生。しかしそれは敵か味方かなど関係なく、失われた命は等しく呼び戻されたということ。
つまり教団の長であったデオルも、今なおこの世界のどこかで生きている可能性がある。
「団長が……生きている」
思い詰めた顔をしながら、ソニカは拳を強く握りしめた。
「そして、もう一度魔信教団を動かしているかもしれないってこと?」
「まだ決まったわけではありません」
マイアは顎に手を添えながら慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、調査する必要はあります」
「あぁ。もし団長が暗躍しているなら、完全に止めなくては」
レグナムの瞳に、強い決意が宿る。
「俺様たちに任せろ!」
ラグレイトは胸を叩き、室内へ豪快な音を響かせた。
「なにが来ようと、この筋肉で万事解決だぜ!」
「アナタは少し黙ってなさい」
「なぜだ!?」
「話がややこしくなるからよ」
ソニカはため息を吐き、石板を見つめる。
「プレサージュの調査は、アタシたちがやる。元教団員なら、本部の構造も把握してるから」
「危険じゃないか?」
「だからって、放っておけるわけないでしょ。これが本当に団長の仕業なら、アタシたちが片をつける」
その返答に迷いはなかった。
「私とルキノは、一度エルグランドへ戻ります。アーシェラ様へ今回の件を報告し、魔騎士隊としての対策を立てなくてはなりません」
「せっかくの面白そうな展開だけど、仕事だからね。それにプレサージュはエリシオン領。ワタシたちが勝手に動くわけにもいかない」
ルキノは薄い笑みを浮かべる。
「わかった。俺たちは——」
陸徒が言葉を続けようとした、その時だった。
ステラのバッグから、青白い光が漏れ出す。
すかさず取り出された結晶は、先ほどまでの沈黙が嘘のように強い光を放っている。
その輝きは次第に激しくなり、室内の壁や天井を青白く染め上げた。
「なんでこのタイミングに?」
陸徒が石板とクリスタルを交互に見る。
「ステラ、場所はどこかわかるか?」
「待って。今、探ってる」
ステラは目を閉じ、意識を欠片へ集中させた。
これまでと同じならば、脳裏に次の目的地を示す景色が浮かび上がる。
しかし今回は、いくら待っても何も見えなかった。
「……駄目」
目を開いたステラは首を傾けた。
「映像が出てこない。行き先がわからないわ」
「それでも、反応しているのですよね?」
「えぇ。それも、かなり強く」
クリスタルの光が脈打つ。まるで今すぐに向かえと、二人を急かしているかのようだった。
陸徒は考えを巡らせ、腰元のラディアセイバー・ゼノを確認する。
「なら、行こう」
「陸徒?」
「こいつは今まで、異変が起きる場所へ俺たちを導いてきた。行き先がわからなくても、ここで無視するわけにはいかない」
ステラは少しだけ目を細め、やがて強く頷いた。
「そうね。ここはソニカたちとマイアに任せるしかないわ」
「気をつけてください」
二人を案じたマイアは、神妙な顔で見つめる。
その傍らで、ソニカがわずかな躊躇いを見せつつも、視線を部屋の隅へ逸らしながら口を開けた。
「……死ぬんじゃないわよ」
「なに? それアタシの台詞なんだけど」
二人は一瞬だけ目を合わせ、同時に鼻を鳴らして顔を背けた。
ゲートクリスタルの光が、陸徒とステラを包み込む。周囲の景色が青白い輝きに塗り潰され、二人の姿はアジトから消え去った。




