26話 歩く鋼鉄
陸徒たちの倍近い高さ。
胴体から伸びる腕と、地面を確実に捉える太い脚。頭部に顔らしきものはなく、横一列に並んだ赤い光が周囲を走査している。関節部には幾つもの歯車や筒状の機構が組み込まれ、それらが滑らかに連動していた。
「なんだ、こいつ……」
陸徒は目を見開く。
「ロボット? 俺たちの時代でも、こんな精巧な二足歩行のロボットなんていないはずだ。まさか未来から来たのか?」
「考えるのは後!」
ステラはパステリアウィッシュを構え、鋼鉄の巨体を睨みつける。
「さっさとこいつを倒すわよ!」
人型ロボットの赤い光が、ステラへ向けられた。
次の瞬間、右腕が変形する。装甲が左右へ開き、その内部から黒い筒が姿を現した。
「避けろっ!」
陸徒が叫ぶと同時に、閃光が視界を覆う。
直後、凄まじい爆発が森を揺らした。
―其は万物を遮る絶衝の盾となれ―
「魔防壁!」
ステラが展開した障壁へ、放たれた光弾が直撃する。
半透明の壁全体へ亀裂のような光が走り、体が数歩後ろへ押し戻された。
「くっ……なんて威力よ!」
「たった一発で!?」
陸徒はラディアセイバー・ゼノの刀身を生み出すと、ロボットの側面へ回り込んだ。
「はあぁぁっ!」
光の剣を、その脚へ叩きつける。
火花が飛び散り、鋼鉄の装甲へ斬痕が刻まれた。しかし完全に切断するまでには至らない。
「エリシオンの戦車より硬いぞ!」
ロボットが腰部を回転させ、巨大な腕を横薙ぎに振るう。
陸徒は咄嗟に剣を盾にするが、圧倒的な質量を受け止めきれず、地面を転がった。
「陸徒!」
「よそ見してるんじゃないわよ!」
ソニカがステラの隣へ並び、漆黒のワンドを前へ突き出す。
紫色の法力が幾つもの光弾へ変わり、ロボットの頭部へ殺到した。
爆発が連続する。だが鋼鉄の巨体はわずかによろめいただけで、再び赤い光を二人へ向けた。
「ステラ、合わせなさい!」
「誰に命令してるのよ!」
言い返しながらも、ステラは意図を理解していた。
二人は同時に法力を高める。
ステラの杖から白い光が、ソニカのワンドから紫色の光が放たれ、空中で交わった。
二つの法術は螺旋状に絡み合い、巨大な光の奔流となってロボットの胸部へ直撃する。
轟音とともに、巨体が大きく後ずさった。
「やるじゃない」
「アンタこそ、アタシの法術によく合わせられたわね」
「逆よ。アナタがアタシに合わせたの」
「はぁ!?」
「言い争いは後にしてください!」
マイアがクラドセフィーロを構え、ロボットへ向ける。槍の穂先に聖なる光が集まり、一本の光線となって放たれた。
胸部の斬痕へ正確に突き刺さり、外装の一部を大きく溶かす。
そこへルキノが指を鳴らした。
周囲の木々から太い蔦と根が伸び、ロボットの両腕へ巻きつく。
「鉄でも、動かなければ怖くないよね」
しかしロボットは両腕を無理やり動かし、蔦を引き千切った。そのままルキノへ急接近し、鋼鉄の拳を振り下ろす。
そこにいた彼女の姿が木の葉となって散る。
「残念。そっちは偽物」
本物のルキノは、すでにロボットの背後へ立っていた。メルファサイスを関節部へ振り下ろし、内部の配線を纏めて切断する。
破損部から火花を散らし、片腕の動きがカクカクと痙攣している。
「今だ、レグナム!」
「あぁ!」
傷を負っていたレグナムも、マイアの治療によって動けるまでに回復していた。
腰から翠色の双剣を抜き放ち、低い姿勢で駆ける。
左右から繰り出された連撃が、マイアの光で脆くなった胸部装甲を削り取っていく。
「そこだ!」
陸徒が再び懐へ飛び込み、露出した内部機構へラディアセイバー・ゼノを突き刺した。
光の刀身が鋼鉄を貫通する。しかしロボットは停止しない。
機械的な電子音を出すと、胴体から強烈な衝撃波を放ち、周囲にいた全員を吹き飛ばした。
「うわぁっ!」
陸徒は背中から地面へ落ちる。
ロボットの胸部からは、放電する音と白い煙が上がっていた。
確実に損傷している。それでも赤い光は消えず、両肩から新たな砲口が展開される。
「まだ動くの!?」
ステラは起き上がりながら杖を構えた。
左右の砲口へ、膨大な光の粒子が集まり輝きを増していく。
先ほどとは比べものにならないほどの魔力——いや、未知のエネルギーが周囲の空気を震わせた。
「全員、アタシの後ろへ!」
「私も力を貸します!」
ステラは杖を地面へ突き立て、最大出力で障壁を展開する。
マイアも隣へ立ち、盾を掲げた。
―飛躍せよ全てを守れ、其は万物を遮る絶衝の壁―
「魔防壁剛!」
「ディバインフォースシールド!」
二人の発声とともに法術の障壁と光の盾が重なり、二重の防壁を形成する。
直後、二つの砲口から凄まじい閃光が放たれた。
落雷のような耳を叩く爆音が轟く。光と光が正面から衝突し、周囲の木々が根元から大きく揺れる。
「くっ……!」
「このままでは、障壁が持ちません!」
ステラは歯を食いしばり、マイアが顔を歪ませながら必死に耐える。
予想を上回る砲撃の出力に、二重の防壁には無数の亀裂が走り、今にも砕けそうになっていた。
その時——
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
森の奥から、野太い雄叫びが聞こえてきた。
何かが風を切りながら飛来する。
鎖に繋がれた双斧が走り、ロボットの片方の砲口へ直撃。発射方向を大きく逸らした。
その反動で二本の光線の均衡が崩れた瞬間、ステラとマイアは残る一撃を弾き返し、砲撃を上空へと逸らした。
「この俺様を置いて、勝手に楽しんでんじゃねぇぞ!」
木々を押し退け、一人の大男が姿を現した。
隆々とした筋肉を誇示するように上半身を反らし、口元には豪快な笑みを浮かべている。
投げつけた巨大な斧の柄からは、長い鎖が伸びていた。
「ラグレイト!」
ソニカが声を上げる。
「遅いわよ!」
「お前らが勝手に先走ったんだろうが!」
ラグレイトは鎖を両手で掴み、全身の筋肉を膨れ上がらせた。
「見ろ! この美しく鍛え上げられた筋肉を! 鋼鉄だろうがなんだろうが、俺様の前じゃ同じだぜ!」
「キャハハハハ! 別に見たくないわよ!」
「ははっ、いつも通りだね」
レグナムが呆れたように呟く。
ラグレイトは鎖を大きく回す。
砲口へ食い込んだ斧を軸に、長い鎖がロボットの胴体へ何重にも巻きついた。
「うおぉぉぉっ!」
両足で地面を踏み締め、力任せに鎖を引く。
鋼鉄の巨体が傾いた。内部の機構が唸り、体勢を立て直そうとするが、ラグレイトは一歩も動かない。
「ワタシも手伝ってあげる」
ルキノが大鎌の柄を地面へ突き立てると、そこから緑色の波紋が広がる。
直後、地中から無数の蔦が噴き出し、ロボットの両脚と腕へ絡みついた。
ラグレイトの鎖とルキノの蔦が鋼鉄の巨体を完全に捕縛する。
「今だよ、陸徒」
「決めちまえ!」
二人の合図に、陸徒は柄を握り直し、即座に地を蹴る。
同時にルキノが手を翳すと、ロボットの手前で木の根が隆起。陸徒はそれを足場として使い、高く跳躍した。
相手の頭上まで舞い上がり、ラディアセイバー・ゼノを両手で振りかぶる。
光の刀身が眩い輝きを放って、周囲が青白く瞬いた。
「ぶっ壊れちまぇぇぇっ!」
真上から振り下ろされた一閃。
光の刃はロボットの頭部を捉え、そのまま胴体の中心を縦に走る。
強固な鋼鉄の装甲が左右へ割れ、内部の機構から大量の火花が噴き出した。
陸徒が着地したその背後で、ロボットの巨体が二つに分かれた。
わずかな一拍が通り過ぎ、激しい爆発を起こす。
熱風が周囲へ広がり、森の闇を一瞬だけ赤く照らした。
「終わった……か」
陸徒は剣を構えたまま、燃え上がる残骸を見つめる。
赤い光は消えていた。鋼鉄の手足も、二度と動く気配を見せない。
「ふん。俺様の筋肉にかかれば、こんな鉄クズ——」
「最後に斬ったのは陸徒でしょ」
「俺様が動きを止めたから勝てたんだ!」
ラグレイトは腕を曲げ、自慢げに上腕部の筋肉を見せつける。
「暑苦しいからやめなさい」
ソニカが冷たく言い放った。
戦いは終息を迎えた——誰もがそう思った、その時だった。
ロボットの残骸の背後に、小さな黒い点が現れる。
「これはっ!」
陸徒の声で一斉に視線が集まると、すでに黒い点は急速に拡大し、巨大な渦となっていた。
凄まじい吸引力が生まれ、散乱していた鋼鉄の破片が次々と宙へ浮かび上がる。
「こいつ、また残骸を回収するつもりね!」
「証拠を持ってかれてたまるかよっ!」
阻止しようとステラと陸徒が動く。
しかし下手に攻撃を放てば、残骸ごと吹き飛ばしかねない。
「待って!」
ソニカが制止。即座に右手を前へ突き出した。
手のひらに紫色の光が集まると、ビー玉ほどの大きさへ凝縮され、脈打つように明滅する光の玉を作り出した。
「なにをするつもり?」
「いいから見てなさい!」
ソニカは紫の玉を、吸い込まれていく残骸へ投げつけた。
光の玉は鋼鉄の破片へ触れると、液体のように表面へ溶け込んだ。そのまま残骸とともに黒い渦の中へ吸い込まれていく。
最後の破片が消えると、黒い渦も急速に収縮。全ての雑音が払われ、森に静寂が戻る。
「今の光は?」
「追跡玉よ」
ソニカは得意げに茜の髪を掻き上げた。
「追跡玉?」
「魔信教団にいた頃、アタシが禁術を応用して編み出した術。対象へ付着させれば、どこへ移動しても、その位置と魔力を辿ることができるわ」
「つまり、俺たちの世界でいう発信機みたいなものか」
陸徒が言うと、ソニカは訝しげに眉を寄せた。
「ハッシンキ? なによそれ」
「物や人がどこにいるか、遠くから調べるための道具だよ」
「だったら、似たようなものね」
「それで、その追跡玉は今どこにあるの?」
「ここでは正確に調べられないわ」
黄緑の瞳が左右に動く。
「常闇の森は、闇の魔力が強すぎる。追跡玉から届く波動まで乱されてしまう」
「森の外に出ればわかるのか?」
「たぶんね。でも、術を安定させるための道具が必要よ」
ソニカは北の方角を指差した。
「ここから北に、アタシたちのアジトがある。そこでなら、追跡玉の位置を確認できるわ」
「アジトって……まだそんな怪しい場所に住んでるのかよ」
「うるさいわね。人目につかなくて便利なのよ」
漆黒のワンドで肩を叩きながらソニカは口をへの字に曲げた。
「追跡玉の反応を確認できれば、あのロボットを送り込んだ者の居場所もわかるかもしれない」
ルキノは黒い渦が消えた空間を見つめ、口元に薄い笑みを浮かべる。
「黒いローブの人たちが逃げた先も、もしかしたら」
「可能性は高いと思います」
続けるようにマイアは頷いた。
「なら、行って確かめよう」
陸徒はラディアセイバー・ゼノの刀身を消し、柄を腰へ戻す。
「黒い渦の向こうにいる奴が、二つの世界で起きている異変の元凶なら、これ以上好き勝手にさせるわけにはいかない」
「決まりね」
ステラもパステリアウィッシュを握り直す。
「案内しなさい、ソニカ」
「キャハハハハ、なんでアンタが命令するのよ」
「追跡玉を調べるんでしょ。早く行くわよ。あと、その高笑いなんとかならないの?」
「キャハハハハ。癖よ。どうだっていいじゃないそんなこと!」
「はいはいわかったわかった。とにかく、時間が惜しいわ」
「相変わらず勝手な奴ね!」
「アンタに言われたくないわよ!」
「本当に仲がいいな、お前たち」
陸徒が苦笑気味に肩を揺らす。
「どこを見たらそうなるのよ!」
二人の声が、またしても重なった。
マイアは口元へ手を添え、静かに微笑む。
レグナムは呆れたように息を吐き、ラグレイトは豪快な笑い声を森へ響かせた。
一行はソニカを先頭に、常闇の森を北へ向かって歩き始める。
異変を引き起こす黒い渦と 存在しないはずの魔信教団。そして、現代にも存在しない鋼鉄の人型兵器。
幾つもの謎が複雑に絡み合う中、追跡玉の光だけが、真相へ続く新たな道を示そうとしていた。




