24話 森に潜む不穏
一行は城下町を抜け、南東へと続く石畳が並べられた街道を進む。
初めのうちは穏やかな草原が広がっていたが、目的地へ近づくにつれ、景色は少しずつ変化していった。
地面を覆う草は深い色へ変わり、周辺の木々も奇妙に捻れ始める。
そして一時間ほど歩いた先に、巨大な森が姿を現した。
「ここが、常闇の森……」
陸徒は足を止め、その異様な光景を見上げる。
空は雲一つない快晴。太陽もまだ高い位置に昇っていた。
であるにもかかわらず、森の内部は夜のような闇に包まれている。天を覆い隠すほどに枝葉が重なり、木々の隙間から差し込む陽光さえ、闇の中へ吸い込まれていた。
「嫌な感じね」
ステラがパステリアウィッシュを握り直す。
「こんな暗闇の中で、本当に調査できるのか?」
「問題ないわ」
得意げな顔を見せながらステラは杖を掲げ、呪文を唱えた。
先端に嵌め込まれた青い宝石から、白い光が生まれる。柔らかな輝きは周囲へ広がり、足元や近くの木々を照らし出した。
「アタシを誰だと思ってるのよ。天才法術士が、この程度の暗闇に困るわけないでしょ」
「はいはい。頼りにしてるよ」
「なによ、その適当な返事」
マイアも聖槍クラドセフィーロを掲げる。
槍の穂先に聖なる光が宿り、ステラの光とは別方向から森の闇を押し退けた。
「これで、先も見通せると思います」
二つの光によって、周囲の照度が一気に増す。
しかし先頭を歩いていたルキノは、不満そうに足を止めた。
「眩しい」
「でも、これくらい照らさないとなにも見えないだろ」
「あまり強く光らせないで。闇の森の声が、聞き取りにくくなるから」
「森の声?」
陸徒は訝しげに耳を澄ませる。
聞こえてくるのは、風に揺れる葉の音と、遠くで鳴く鳥の声だけだった。
「なにも聞こえないぞ」
「キミたちにはね」
ルキノは近くの木の幹へ手を添え、静かに目を閉じる。
すると、突然ざわざわと木々が揺れた。
風が吹いたわけではない。枝葉が互いに擦れ合い、何かを囁いているかのような音を奏でている。
「光が強すぎると、森が怯える。そうしたら、ワタシにも声が届かなくなるの」
「わかりました。少し光を抑えますね」
言いながらマイアは目を閉じ、槍の光を弱めた。
「このくらいで、いかがでしょうか?」
「うん。それならいいよ」
「ちょっと、暗すぎない?」
不満そうに眉をひそめながら、ステラも杖の光量を調整する。
再び闇が濃くなった森の中を、一行は慎重に歩き始めた。
地面には太い根が幾重にも張り巡らされ、気を抜けば足を取られる。周囲からは獣とも虫ともつかない鳴き声が響き、時折、木々の間を小さな黒い影が横切った。
「なにか感じるか、ステラ?」
「微かにね。森全体に闇の力が満ちているせいで、異質な魔力を判別しにくいわ」
「残滓を隠すには、最適な場所ということね」
ぼんやりと発光する槍を構えたマイアの視線は、常に険しく周囲に配られている。
「自然の闇と、誰かが生み出した闇。混ぜれば見つけるのは難しくなる」
大鎌メルファサイスを肩に担ぎながら、ルキノが低く囁いた。
「つまり、誰かが意図的にこの森を選んだ可能性があるってことか」
「そうかもしれないね」
さらに森の奥へ進む。
その時、ルキノが突然片手を上げた。
「ちょっと止まろうか」
「どうした?」
「なにか、来る」
陸徒はラディアセイバー・ゼノの柄へ手を添えた。
ステラとマイアも杖と槍を構え、暗闇の奥へ目を凝らす。
やがて遠くから、落ち葉を踏みしめられる音が聞こえてきた。
ザッ、ザッ、ザッ——
何者かが走っている。それは次第に大きくなり、真っ直ぐこちらへ近づいてくる。
「一人……いや?」
ルキノの目が鋭く細められる。
木々の隙間で影が揺れた。
直後、茂みを掻き分け、一人の男が飛び出してくる。
「くっ……!」
男は数歩進んだところで足をもつれさせ、その場へ膝をついた。
身に纏った衣服は至るところが裂け、全身に無数の傷を負っている。額から流れた血が顔を濡らし、片腕は力なく垂れ下がっていた。
「大丈夫か!」
陸徒が駆け寄ろうとする。
しかしステラは、その男の顔を見た途端に目を見開いた。
「アンタ……レグナム!?」
名を呼ばれた男が、苦しそうに顔を上げる。
そしてステラの姿を視認すると、同様に目を丸くした。
「ステラ……? なぜ、君がここに……」
「それはこっちの台詞よ!」
レグナムは、かつて魔族を信奉し、その復活を企んでいた魔信教団の幹部だ。
怪訝な顔を突きつけながら、陸徒は即座にラディアセイバー・ゼノの柄を握る。
「お前、元魔信教団の……」
「待ってください」
マイアが陸徒を制し、レグナムの前へ膝をつく。
「ひどい傷です。まずは治療を」
わずかに視診してから手をかざし、光の力を流し込む。
柔らかな輝きがレグナムの全身を包み、傷口から流れる血を止めていった。
「話せますか?」
「……あぁ、助かるよ。ありがとう」
このような状況でもレグナムのナルシズムは健在。怪我を負った無様な姿でも、自分を格好よく見せようと微笑む。
だがそれに反応する者は皆無だった。
「どうしてこの森にいるの?」
淡々とした表情でステラが鋭く問う。
「魔信教団は、もうなくなったはずでしょ。まさか、またなにか企んでいるんじゃないでしょうね」
「違う」
レグナムは荒い呼吸を整えながら、首を横へ振る。
「教団は滅びた。僕たちも、今さら魔族を復活させようなどとは考えていない。それに、あの時バサラを打ち倒すために戦った仲じゃないか」
「だったら、なにをしに来た」
陸徒の低い声に、レグナムはわずかに視線を伏せた。
「あることを、調べるためだ」
「あること?」
「最近、各地で感じるようになった闇の気配。僕たちがかつて信奉していた魔族のものに似ているが、なにかが違う。その正体を確かめるため、ここへ来た」
話しながらレグナムの眉に力が入り、拳を握りしめる。
「だが、森の奥で敵襲を受けた」
「敵の姿は?」
立てたメルファサイスを抱えるように持ち、木にもたれかかったルキノが問うた。
「はっきりとは見えなかった。黒い影のようなものだ。気配を感じた直後には、すでに攻撃されていた」
「一人で来たのか?」
「いや……」
レグナムの顔が、苦痛とは別の理由で歪む。
「ソニカと一緒だった」
「ソニカ……ですって?」
その名を耳にしたステラの表情が凍りついた。
かつて魔信教団幹部として、ステラの前に立ちはだかった法術士の少女。互いの信念と力をぶつけ合い、一対一で戦った相手だ。
敵であったことに変わりはない。だがあの戦いを通じて、ステラはソニカの覚悟も、その内に抱えていた想いも知っていた。
「ソニカはどこにいるの?」
「敵を振り払って逃げる途中、はぐれた。僕を先に行かせ、彼女は一人で追っ手を引きつけて——」
「どこ!」
語気を強めたステラの声が森に響き渡った。
「アンタたちが襲われた場所はどこなの!?」
「ここから北東だ。黒い蔦に覆われた、巨大な枯れ木がある。その近くで——」
レグナムが言い終えるより早く、ステラは地を蹴っていた。
「おい、ステラ!」
「一人で行ってはいけません!」
陸徒の呼びかけにも振り返らず、マイアの声も届かない。
パステリアウィッシュの光を闇の中へ靡かせながら、北東へ向かって走っていく。
(ソニカ……!)
かつて命を懸けて戦った、因縁の相手。
今、彼女の身に何が起きているのか。
「ったく、あいつは!」
陸徒も先走った天才法術士を追って走り出す。
「マイアはレグナムを頼む!」
「わかりました。治療を終え次第、私たちも追います!」
「一人で先走るなんて、面白い娘だね」
ルキノは薄暗い笑みを浮かべると、木々の影へ溶けるように姿を消した。
深き黒に包まれた常闇の森。
その奥から、何かが激しくぶつかり合う轟音が響いていた。




